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廃寺へ
廃寺へ2
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「因果ですか。何もかも知りたいと思うのが人の心理かもしれませんが、本当は知らないほうがいいこともあるのです。すべてのことを知ることは不可能ですしね。私たちがしていることは因果を辿ることでもありますが、こんな深刻な事件でも起こらない限りは、本人がそっと必用な時に相手に差し出すものなのかもしれませんね。皆そのタイミングを逃し続けているのかもしれませんが」
和夫は柏田の話を一つ一つ頷きながら聞いていた。秘密を暴かれることは苦痛だろう。しかし知って欲しい秘密も人はたくさん抱えている。見えないものをあれこれ想像して感じることはあるだろうが、秘密を無理にこじ開けないのは、ひとつの思いやりかもしれない。
しかしこんな事態になるまで引きずり込まれてしまっている。秘密を暴くつもりはなくても、暴かれたがっているのはむしろあちらのほうだ。死んでもなお現世にとどまり続け、生きている人間を呪い続ける。木下翔子にせよ、奈緒美という女にせよ、どちらにせよ自分の情念のためにこの世に執着しているのは間違いないのだ。紀之は確かに悪いことをしたのかもしれない。積年の思いがないがしろにされ人を憎み、呪うほどになるのはよくわかることだ。奈緒美だって紀之のことを好きでしょうがなかったのかもしれない。もうこうなってしまったら、誰が正しいも悪いもない。生きている人間には生きている人間の生活がある。死者には関係がないじゃないか。俺は決着をつけないといけない。どうしたらいいのかわからないが、紀之たちにはあの世に行って安らかに休み続けて欲しい。
長い柏田の運転中、和夫は何度も紀之のことへと思いをめぐらせた。小さな頃を思い出そうにも、ほとんど何も思い出せない。「昔遊んだ」というぐらいしかない。それだけ自分は新しい生活を積み重ねてきたのだと改めて感じていた。
柏田が告げる。
「もうそろそろ、封筒の住所に近いところまで着きます」
周辺には民家がポツリポツリとしかない。だんだんと森林が多くなってきて山道を行くようになってきている。ここに何があるというのだろう。時間はすでに午後三時近くにまでなっていた。一県まるまる移動したことになる。
「ここら辺……ですかね? ちょっとそこの民宿で聞いてみましょう」
柏田が言って車を止める。民宿の中へと入ると中年の女性が出てきて、一目見るなり「人探しかい?」と聞いてきた。和夫は紀之の件のことかと勘違いして驚き「え? どうしてわかったのですか?」と言うと、女は言った。
「ここにはよく自殺する人が泊まりに来るんだよ。そういう人間ばっかり見ているから死のうと思い悩んでいるか、そうでないかぐらいの見分けはつくよ。ほら、自殺する人も多いだろ。だから人探しに来る人も時々いるんだよ」
柏田が背広から手帳を取り出して、ある住所を探していることを聞くと、女の眉間にしわが寄って黙り込む。「どうしました?」と柏田が聞く。女は深いため息をひとつついてしゃべり出す。
「そこにはね、昔水子を供養する寺があったんだけどね、後を継ぐ人もいなくてね、住職が死んだ後、何年も前から朽ちてきているよ。その頃からかな、心霊スポットだとか言って、たまにテレビとかが来るようになってね、若い子たちも夏になると面白がって来るんだけどね。よく、女の人が出るとかなんとかで。あそこだけは本当にやめておいたほうがいいよ。あんたら、そういう目的じゃないんだろ? あ、そういえば、前にも一人で女の人がそこの寺のこと聞きに来たことがあったっけ」
柏田が手帳をぺらぺらとめくり、一枚の写真を見せる。
「もしかして、この女性じゃないですか?」
女は目を細めながら、「ふーむ」とうなる。
「ああ、この写真、学生の頃かい? ずいぶん若いねえ。あー、化粧をしてたし、前髪が垂れていてよく見えなかったから印象は変わってたけど、たぶんこの子だよ」
女の言葉に和夫も回りこんで写真を見る。
「あ、こ、この人が木下翔子」
「そうです。木下翔子の高校時代の写真です」
和夫は確かに印象に見覚えがあった。ちらちらと何度も見てきたような気がした。しかし今の発言を信じるならば木下翔子は生きていたということになる。
柏田が「その女性は、いつここにいらしたのですか?」と聞くと、女は長々とうなり「随分と印象のない子だったよ。でも一人っていうのは珍しいだろ。いつだったかなあ。二・三ヶ月前かな? 忘れちゃったよ。ああ、でもねぇ、ちらっと頬や手が見えたけど、ありゃ随分酷い火傷の痕だったねぇ。かわいそうにねぇ」と答えた。
柏田と和夫は顔を合わせた。まだ生きているかもしれないという憶測が和夫の中によぎった。
まずはその寺に行ってみましょう、ということになり二人は寺へと急いだ。
山林の中を走りながら、柏田が運転中表情を変えずに助手席に乗っている和夫に言う。
「あの小沢さんのアパートの玄関にたくさん手紙があったでしょう」
「あ、はい。古ぼけたやつですね」
和夫の声に一呼吸置いて柏田がおかしなことを言う。
「実はあれの消印、数年前のからあるんですよ」
「え? だって確か宛名は木下翔子で、その木下翔子が二・三ヶ月前にさっきの民宿に聞きに来たというのはおかしな話ですよね。紀之は木下翔子が封筒の住所にいるのを知ってて出したんでしょう?」
「そうなりますよね。しかも手紙の住所は廃寺です」
二人はそれ以上の言葉を発することをやめた。考えてもどうしようもなかった。行けば、きっと何かがわかるに違いないという思いだけがあった。
和夫は柏田の話を一つ一つ頷きながら聞いていた。秘密を暴かれることは苦痛だろう。しかし知って欲しい秘密も人はたくさん抱えている。見えないものをあれこれ想像して感じることはあるだろうが、秘密を無理にこじ開けないのは、ひとつの思いやりかもしれない。
しかしこんな事態になるまで引きずり込まれてしまっている。秘密を暴くつもりはなくても、暴かれたがっているのはむしろあちらのほうだ。死んでもなお現世にとどまり続け、生きている人間を呪い続ける。木下翔子にせよ、奈緒美という女にせよ、どちらにせよ自分の情念のためにこの世に執着しているのは間違いないのだ。紀之は確かに悪いことをしたのかもしれない。積年の思いがないがしろにされ人を憎み、呪うほどになるのはよくわかることだ。奈緒美だって紀之のことを好きでしょうがなかったのかもしれない。もうこうなってしまったら、誰が正しいも悪いもない。生きている人間には生きている人間の生活がある。死者には関係がないじゃないか。俺は決着をつけないといけない。どうしたらいいのかわからないが、紀之たちにはあの世に行って安らかに休み続けて欲しい。
長い柏田の運転中、和夫は何度も紀之のことへと思いをめぐらせた。小さな頃を思い出そうにも、ほとんど何も思い出せない。「昔遊んだ」というぐらいしかない。それだけ自分は新しい生活を積み重ねてきたのだと改めて感じていた。
柏田が告げる。
「もうそろそろ、封筒の住所に近いところまで着きます」
周辺には民家がポツリポツリとしかない。だんだんと森林が多くなってきて山道を行くようになってきている。ここに何があるというのだろう。時間はすでに午後三時近くにまでなっていた。一県まるまる移動したことになる。
「ここら辺……ですかね? ちょっとそこの民宿で聞いてみましょう」
柏田が言って車を止める。民宿の中へと入ると中年の女性が出てきて、一目見るなり「人探しかい?」と聞いてきた。和夫は紀之の件のことかと勘違いして驚き「え? どうしてわかったのですか?」と言うと、女は言った。
「ここにはよく自殺する人が泊まりに来るんだよ。そういう人間ばっかり見ているから死のうと思い悩んでいるか、そうでないかぐらいの見分けはつくよ。ほら、自殺する人も多いだろ。だから人探しに来る人も時々いるんだよ」
柏田が背広から手帳を取り出して、ある住所を探していることを聞くと、女の眉間にしわが寄って黙り込む。「どうしました?」と柏田が聞く。女は深いため息をひとつついてしゃべり出す。
「そこにはね、昔水子を供養する寺があったんだけどね、後を継ぐ人もいなくてね、住職が死んだ後、何年も前から朽ちてきているよ。その頃からかな、心霊スポットだとか言って、たまにテレビとかが来るようになってね、若い子たちも夏になると面白がって来るんだけどね。よく、女の人が出るとかなんとかで。あそこだけは本当にやめておいたほうがいいよ。あんたら、そういう目的じゃないんだろ? あ、そういえば、前にも一人で女の人がそこの寺のこと聞きに来たことがあったっけ」
柏田が手帳をぺらぺらとめくり、一枚の写真を見せる。
「もしかして、この女性じゃないですか?」
女は目を細めながら、「ふーむ」とうなる。
「ああ、この写真、学生の頃かい? ずいぶん若いねえ。あー、化粧をしてたし、前髪が垂れていてよく見えなかったから印象は変わってたけど、たぶんこの子だよ」
女の言葉に和夫も回りこんで写真を見る。
「あ、こ、この人が木下翔子」
「そうです。木下翔子の高校時代の写真です」
和夫は確かに印象に見覚えがあった。ちらちらと何度も見てきたような気がした。しかし今の発言を信じるならば木下翔子は生きていたということになる。
柏田が「その女性は、いつここにいらしたのですか?」と聞くと、女は長々とうなり「随分と印象のない子だったよ。でも一人っていうのは珍しいだろ。いつだったかなあ。二・三ヶ月前かな? 忘れちゃったよ。ああ、でもねぇ、ちらっと頬や手が見えたけど、ありゃ随分酷い火傷の痕だったねぇ。かわいそうにねぇ」と答えた。
柏田と和夫は顔を合わせた。まだ生きているかもしれないという憶測が和夫の中によぎった。
まずはその寺に行ってみましょう、ということになり二人は寺へと急いだ。
山林の中を走りながら、柏田が運転中表情を変えずに助手席に乗っている和夫に言う。
「あの小沢さんのアパートの玄関にたくさん手紙があったでしょう」
「あ、はい。古ぼけたやつですね」
和夫の声に一呼吸置いて柏田がおかしなことを言う。
「実はあれの消印、数年前のからあるんですよ」
「え? だって確か宛名は木下翔子で、その木下翔子が二・三ヶ月前にさっきの民宿に聞きに来たというのはおかしな話ですよね。紀之は木下翔子が封筒の住所にいるのを知ってて出したんでしょう?」
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