5 / 5
チャイコフスキーの薔薇5
しおりを挟む
老人の演奏が終わり、汗を垂らして息を切らせている。老人もまたアスリートのように汗を垂らして憑き物が取れたように鬼気迫る顔が薄らいでいく。
リサは下着に妙な冷たさを感じ、老人の演奏の感想をじっくり言いたい気持ちもあったが、早く下着を取り替えたくなった。これほど濡れたことはなかった。
(もしかしたら、潮でも吹いちゃったのかな……どうしよう……恥ずかしい)
「あの、先にお手洗い行ってきていいですか?」
リサが顔を赤くしながら言うと、演奏の余韻残る凛々しい顔で老人は言った。
「ここで、脱いでくれないか?」
「え? な、何をですか?」
「逝ったんだろ。見ていたよ」
リサは真っ赤になって何も言えなくなった。そうだ、自分は老人の前にいたんだ。そのことをすっかり忘れて演奏に圧倒されていた。
「見せて欲しいんだ。自分の演奏があなたにとってどれほどのものだったのかを」
そう老人に言われ、断る気持ちが薄らいだ。
「わかりました」
腹をくくりました、と言うように、リサはスラックスを脱ぎ、下着をおろした。
下着はねっとりと糸を引きながら、股間の輪郭をしっかり濡らしてつけていた。
リサは自分の下着を見て驚いていた。
「ありがとう」
リサは老人の思わぬ言葉に「え?」と聞き返した。
「あなたは私に衝動というものを教えてくれた。弾きたい。聞かせたい。逝かせるほど感動させたい。そういう衝動を私に教えてくれた。本当にありがとう」
「そ、そんな……」
リサは恥ずかしいやら嬉しいやら、わけがわからなくなりそうだった。早く下着をはきたいが、今脱いだのをはいても冷たくて気持ち悪いだけだった。
「なんでも言うことを聞いてくれると言ったね」
「え?」
もうどうにでもなれ、とリサは思った。先ほどの神の演奏を聞いただけでも一生分の思い出ができたとすら感じていた。
「私の前で、先ほどの演奏を思い出しながらしているところを見せてくれないか?」
「わかりました。喜んで」
一年後、マスコミに引っ張りだこの老人の姿があった。
大きなコンサートホールには幅広い年齢層の人々で満席となっていた。
「あ、お姉ちゃん! いたんだ!」
控え室に入ってきた老人の孫娘がリサに近づく。
「元気そう。今日は応援に来てくれたの?」
「うん。パパとママも一緒。お姉ちゃん、ずっとおじいちゃんの側にいてくれているんだね。ありがとうございます」
孫娘の言葉に「うふふ」と微笑みながら入り口に眼をやると、両親が立っていた。
もう一度音楽と正面から向き合った老人は何度も何度も息子の元に謝意を伝えにいき、数か月を経て少しずつわだかまりを取っていったのだった。
孫娘が両親へと向き、リサへと言った。
「今日チャイコフスキーを演奏するでしょ? パパの持っている薔薇ね、チャイコフスキーって言う薔薇なんだって」
老人の息子が大事そうに抱えている薔薇の花束は、赤々と燃えるようだった。
薔薇の赤が、リサの中に燃えるように広がっていくようで、目をうっすらと閉じて、ふるりと震えた。
老人の出番は、近い。
リサは下着に妙な冷たさを感じ、老人の演奏の感想をじっくり言いたい気持ちもあったが、早く下着を取り替えたくなった。これほど濡れたことはなかった。
(もしかしたら、潮でも吹いちゃったのかな……どうしよう……恥ずかしい)
「あの、先にお手洗い行ってきていいですか?」
リサが顔を赤くしながら言うと、演奏の余韻残る凛々しい顔で老人は言った。
「ここで、脱いでくれないか?」
「え? な、何をですか?」
「逝ったんだろ。見ていたよ」
リサは真っ赤になって何も言えなくなった。そうだ、自分は老人の前にいたんだ。そのことをすっかり忘れて演奏に圧倒されていた。
「見せて欲しいんだ。自分の演奏があなたにとってどれほどのものだったのかを」
そう老人に言われ、断る気持ちが薄らいだ。
「わかりました」
腹をくくりました、と言うように、リサはスラックスを脱ぎ、下着をおろした。
下着はねっとりと糸を引きながら、股間の輪郭をしっかり濡らしてつけていた。
リサは自分の下着を見て驚いていた。
「ありがとう」
リサは老人の思わぬ言葉に「え?」と聞き返した。
「あなたは私に衝動というものを教えてくれた。弾きたい。聞かせたい。逝かせるほど感動させたい。そういう衝動を私に教えてくれた。本当にありがとう」
「そ、そんな……」
リサは恥ずかしいやら嬉しいやら、わけがわからなくなりそうだった。早く下着をはきたいが、今脱いだのをはいても冷たくて気持ち悪いだけだった。
「なんでも言うことを聞いてくれると言ったね」
「え?」
もうどうにでもなれ、とリサは思った。先ほどの神の演奏を聞いただけでも一生分の思い出ができたとすら感じていた。
「私の前で、先ほどの演奏を思い出しながらしているところを見せてくれないか?」
「わかりました。喜んで」
一年後、マスコミに引っ張りだこの老人の姿があった。
大きなコンサートホールには幅広い年齢層の人々で満席となっていた。
「あ、お姉ちゃん! いたんだ!」
控え室に入ってきた老人の孫娘がリサに近づく。
「元気そう。今日は応援に来てくれたの?」
「うん。パパとママも一緒。お姉ちゃん、ずっとおじいちゃんの側にいてくれているんだね。ありがとうございます」
孫娘の言葉に「うふふ」と微笑みながら入り口に眼をやると、両親が立っていた。
もう一度音楽と正面から向き合った老人は何度も何度も息子の元に謝意を伝えにいき、数か月を経て少しずつわだかまりを取っていったのだった。
孫娘が両親へと向き、リサへと言った。
「今日チャイコフスキーを演奏するでしょ? パパの持っている薔薇ね、チャイコフスキーって言う薔薇なんだって」
老人の息子が大事そうに抱えている薔薇の花束は、赤々と燃えるようだった。
薔薇の赤が、リサの中に燃えるように広がっていくようで、目をうっすらと閉じて、ふるりと震えた。
老人の出番は、近い。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる