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チャイコフスキーの薔薇4
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リサは何も言えずに、老人の寂しげな顔から目を離せずに、ずっと見つめていた。
「私の名誉も、音楽家人生も、その時点で墓場へと埋められた。海外にも国内にも汚名は広がり、もはや挽回しようがなかった。マスコミも冷ややかに私のことを書きたてた。そういう状態で、子供と接するのは困難だった。酒びたりになって、廃人寸前まで落ちた。こんな年まで、生き延びてしまって、情けない限りだよ」
リサは老人の言葉にしずしずと言った。
「そんなこと……ありません。私、聞きたいです。お願いです。演奏、聞かせてくれませんか。思い通りに、思ったとおりに演奏した音を聞きたい」
「しかし……」
リサにはもう老人がチェロに向かうしか救いはないと感じていた。
「お願いです。なんでもします。精一杯の演奏聞かせてくれたら、なんでもします」
自分でも言った言葉に驚いていた。
「いや、しかし、何でもすると言っても、あなたはよくやってくれているじゃないか」
「お願いします」
リサは一心だった。ひどい振る舞いをしていても「よくやってくれている」と心の底では思ってくれていたことに、リサは涙が出そうだった。老人の行動は、すべて自暴自棄の思いで、私に対してのものじゃなかったのだ。リサの中に、老人を抱き締めたい気持ちが芽生えていた。
老人は深いため息をついて立ち上がり、チェロを見つめた。老人の脇から光が差し込み、チェロを半分輝かせた。
チェロを持ち、ベッドに座る。まるで別人のように顔つきが変わっていた。
出だしを少し聞いたとき、聞き覚えがあるとリサは感じた。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。それをチェロで演奏している。
驚いたのはピアノのパートをピッツィカート(弦を指で弾く演奏)を交えて演奏しているうえに、老人なりにチェロ用に第二楽章を抜いて編曲していて、それも流れ込んでもなお溢れるようなピアノの音の激流を上回るようなチェロの激しく上下する音階にリサの体はざわざわと震え上がっていた。
まるで人間技とは思えない、手が時折消えたようにも見え、神の演奏を聞いているようだった。
生まれて初めて音楽を聞いて息が震えて苦しくなり、全身に鳥肌が立ち、呼吸をし、乳首が少しでもすれると全身に快感が行き渡り、股の奥がじんわりと熱くなり、女の花びらの奥にある紅色の蕾が音の震えに反応して、叩かれているように感じている。
老人の演奏がクライマックスに入っていく時に、リサは「はぁ、ああ!」と激しく息をし、もだえながら逝ってしまった。
なおも続くクライマックスの激しさに、リサはもう一度逝くほどに感じた。
「私の名誉も、音楽家人生も、その時点で墓場へと埋められた。海外にも国内にも汚名は広がり、もはや挽回しようがなかった。マスコミも冷ややかに私のことを書きたてた。そういう状態で、子供と接するのは困難だった。酒びたりになって、廃人寸前まで落ちた。こんな年まで、生き延びてしまって、情けない限りだよ」
リサは老人の言葉にしずしずと言った。
「そんなこと……ありません。私、聞きたいです。お願いです。演奏、聞かせてくれませんか。思い通りに、思ったとおりに演奏した音を聞きたい」
「しかし……」
リサにはもう老人がチェロに向かうしか救いはないと感じていた。
「お願いです。なんでもします。精一杯の演奏聞かせてくれたら、なんでもします」
自分でも言った言葉に驚いていた。
「いや、しかし、何でもすると言っても、あなたはよくやってくれているじゃないか」
「お願いします」
リサは一心だった。ひどい振る舞いをしていても「よくやってくれている」と心の底では思ってくれていたことに、リサは涙が出そうだった。老人の行動は、すべて自暴自棄の思いで、私に対してのものじゃなかったのだ。リサの中に、老人を抱き締めたい気持ちが芽生えていた。
老人は深いため息をついて立ち上がり、チェロを見つめた。老人の脇から光が差し込み、チェロを半分輝かせた。
チェロを持ち、ベッドに座る。まるで別人のように顔つきが変わっていた。
出だしを少し聞いたとき、聞き覚えがあるとリサは感じた。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。それをチェロで演奏している。
驚いたのはピアノのパートをピッツィカート(弦を指で弾く演奏)を交えて演奏しているうえに、老人なりにチェロ用に第二楽章を抜いて編曲していて、それも流れ込んでもなお溢れるようなピアノの音の激流を上回るようなチェロの激しく上下する音階にリサの体はざわざわと震え上がっていた。
まるで人間技とは思えない、手が時折消えたようにも見え、神の演奏を聞いているようだった。
生まれて初めて音楽を聞いて息が震えて苦しくなり、全身に鳥肌が立ち、呼吸をし、乳首が少しでもすれると全身に快感が行き渡り、股の奥がじんわりと熱くなり、女の花びらの奥にある紅色の蕾が音の震えに反応して、叩かれているように感じている。
老人の演奏がクライマックスに入っていく時に、リサは「はぁ、ああ!」と激しく息をし、もだえながら逝ってしまった。
なおも続くクライマックスの激しさに、リサはもう一度逝くほどに感じた。
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