追憶の匂い

貴美月カムイ

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追憶の匂い1

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 結局、抱かれた。
 抱かれるつもりはなかったけれど、もう太々としてずんぐりした彼の雄肉を、入れられそうになっている。
 ものの三時間で私の体は堕ちて欲望の密に漬けられ食紅のように染まる。
 待ち合わせのバーのカウンターで一緒に飲んでいただけなのに、ほんの少しだけ酔っ払って、ほんの少しだけ彼の話を聞いていただけなのに。今彼を、熱くふやけて汁を垂らす女の肉の中に入れようとしている。

 バーのカウンターでいつもの通り喋っているつもりだった。会話のリズムに乗りながら楽しんでいただけだと思っていた。少しの笑いとあなたの手短かな話。好きだとか付き合いたいとか意識していたわけではなかった。
 ただ私は普段通りの気持ちで期待もせず、誘われてもさらりと受け流して断るつもりでいた。
 ピッチが早くなり、酔いすぎると困るので、飲むペースを下げるためにグラスを指先で撫でるなどしていると唐突に彼の言葉が突き刺さってくる。
「お前は、支配される方が好きな女だな」
「え?そんなことないよ」と平気なふりをしていたら「孤独になって落ち着かなくなるようではダメだ」と太股をぐっと掴まれた。
 高圧的な言い方は彼の癖で今更気になることではなかった。太股を捕まれ周囲を気にする。スカートから出た素足に太い指は食い込んでいる。
「お前は、誰かに触れて求められるのが好きな女だからな」
 大胆かと思えば時折繊細に指先が太股をなぞり、ぞくりとする。平気なふりをしながらバーテンを見る。他のお客と話していてこちらに気は向いていないし周囲のお客の視界にもカウンターの下の手の動きは見えないはずと、どこか落ち着きなく見渡してしまう。
 体温が上がって汗が吹き出てくるような気持ちを覚えた私に「お前、ひどく牝の匂いがするぞ」と囁いた。
 驚き「え?」と彼を見ると彼の手は太股の中へ潜り込み、さらに下着の中へと一気に入ってきた。
 叫ぶわけにもいかず、ばれないように声を抑えるのが精一杯だったけれど、「濡らしてるぞ。牝め」と言われ、スジをなぞられるとゾワゾワと鳥肌が立ち喘ぎそうになってしまった。
 彼の言葉に余計に意識して「もうぐしょぐしょなのではないか」とか「感じてないはずなのにどうして」とか、少しパニックを起こしそうで、それでも心地の良いざわめきが体中を包んでいて、私はきっと濡らしていると思った。いいえ、もう期待するほど濡らしてる。
 カウンターの上の彼の顔は涼しげだった。下で卑猥な音を響かせそうなほどの指の動きをしているなんて、きっと気づかないだろう。私は中へと入り込みそうな彼の指に「今は入ってこないで」と心で必死に祈っていた。断ればすぐに済むはずなのに、「止めて」という言葉は浮かんでこない。
 彼はグラスを持って酒を飲み、もう片手で私の濡れた花びらをいじめている。ぐしょぐしょに濡れた私の中へ、すっと指が少しだけ入り込むと「あっ」と声をあげてしまった。カク、カク、と耐え忍ぶ体が震える。「お願い、もう止めて」とようやく口にできると「入れてやる。それまで待て」と返される。
 期待していたわけでも何でもない。ただ、抗う選択肢がなぜか私の中にはなかった。「理由」とか、「行為へ至るまでの感情」とか、そんな理性的なものはどこにもなく、心地よい波に乗りながらプカプカとどこまでもいってしまうような、このまま溺れるなんて少しも思えない、そんな安心感すらあった。
 男は「理由」を求めたがるけれど、私にはそんな野暮なものをいちいち持ち出して理屈で過去を固めることなんてできなかった。感情が膨らんだまま、その膨らんだものを心の中に溜め込んで胸いっぱいにして、気球のように空に浮かんでいたいのかもしれない。「入れて欲しい」とは言わない。止めて欲しいけれど、気持ちとか雰囲気とか口説く腕とか私の体とか、そういうもの次第。そんなものが折り重なって風になり、船を進ませる。
 目的地は「そこじゃない」ってわかってても。
 でも、もう「入れてもらうこと」を期待している。貫かれて揺れて、波の中に放り投げられて、溺れたように彼の腕の中でもがく。演じるわけでもなく、感じた先に見えてくるものをひとつひとつ確認したいだけ。感情の海に、感覚の海になりたいだけ。私は抱かれる。これから、狂うほど抱かれる。
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