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序章 放浪の少女
マムの飯屋
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市場の端に着くと、小さな木造の店が目に飛び込んできた。看板には『マムの飯屋』と殴り書きされ、扉の隙間から焼けた肉と香草の匂いが漂ってくる。
「ここ、肉シチューが美味いんだ!」
ミロが胸を張るように言った。
「パンも焼きたてでさ、姉ちゃんが元気だった頃はよく一緒に食べてたんだよ!」
「へえ、肉シチューか。よし、入ろう!」
アルテアは微笑んで扉を開けた。
店の中は木の素朴なテーブルと椅子が並んでいた。木の香りと、肉や小麦粉の匂いが喧騒のように混ざり合っていた。まだ客はまばらだったが、粗末な服を着ていてもみな笑顔で酒を酌み交わしていた。
奥の厨房から、恰幅のいいおばさんが現れ、ミロを見つけるなり腰に手を当てた。
「あんた! またスリなんてしてないだろうね!」
その声にミロがたじろぐ。
「し、しし、してないよ!」
「本当だろうね? 嘘だったら承知しないよぉ!」
ミロを叱り飛ばした後に、隣の少女に目をやった。
「おや、新顔だねぇ」
皺の間から覗く笑顔が、陽だまりのようにあたたかい。
「ミロが迷惑かけてないかい? この子はいい子なんだけど、ちょっとやんちゃでねぇ。あたしはマム。よろしくねぇ。さぁさ、座って座って。サービスしとくよぉ。何にする?」
アルテアとミロは、壁際の木のテーブルに腰を下ろした。年季の入った天板には、染みついたスープの跡や、皿が何回も置かれてついた細かな傷が刻まれている。
「肉シチューと焼きたてパン、お願いします!」
アルテアが元気よく声を上げると、マムが「はいよ、元気な子だねぇ」と笑いながら厨房へ引っ込んだ。奥では鍋がコトコトと音を立て、香ばしい匂いが漂ってくる。
やがて、皿に盛られたシチューが運ばれてきた。深い茶色のスープの中に、角切りの肉と野菜がごろごろと沈み、表面に溶けた脂が金色の輪を描いている。
脇には焼きたてのパン。外は香ばしい焼き色が付き、割れ目から湯気を立てていた。
濃厚な肉の香りと小麦の甘い匂いが鼻をくすぐり、アルテアは思わず鼻先をヒクヒクと動かす。
「いい匂い……!」
アルテアはスプーンを取り、シチューをすくって口に運んだ。
濃厚な香りが舌に広がり、ほろりと崩れる肉が溶けていく。スープには野菜の甘みと香草の香りが溶け合い、思わず頬がゆるんだ。
続けて、焼きたてのパンをちぎってスープに浸し、頬張る。外は香ばしく、中はふわりと柔らかい。噛むたびに小麦の甘みが滲み出してくる。
「うわっ、美味しい! 肉がホロホロだ……スープのコクもすごい。パンも外はカリッ、中はふわふわ!」
目を輝かせるアルテアを見て、ミロが小さく笑った。
「でしょ? 姉ちゃんにも食べさせたいな……」
その声には、ほんの少し影が差していた。
アルテアはパンを咀嚼しながら目をぱちりと見開き、閃いたように手を叩いた。
「そうだ、ミロのお姉ちゃんにお土産買おうよ! このシチュー、持ち帰りできる?」
厨房から顔をのぞかせたマムが、にっこりと頷く。
「できるとも。壺に詰めてやるよぉ。ちょっと待ってな」
「じゃあ、お土産用に一つお願い!」
アルテアの声は、まるで店の中の空気を一段明るくしたかのように弾んだ。
テーブルの料理をきれいに平らげた二人は、マムが丁寧に壺へ詰めてくれたシチューと、焼きたてのパンを受け取った。
支払いを済ませて店を出ると、夕方の市場はすでに片づけが始まり、屋台の灯りがぽつりぽつりと灯っていた。
肉とパンの余韻がまだ鼻の奥に残る中、ミロが嬉しそうに笑う。
「姉ちゃん、きっとびっくりするだろうな。アルテア、ほんとにありがとう!」
「いいのいいの。美味しいものは、みんなで食べたほうがずっと美味しいからね」
アルテアは微笑みながらフードを被り直し、温もりの残る壺をそっと抱きしめた。
二人はゆっくりと夕闇が迫る貧民街を歩き出す。
長く伸びる影、暮れゆく空が屋根を朱く染め、遠くでは鐘の音が一度だけ響いた。
アルテアのフードの下で、金の髪が微かに揺れる。
その一筋の光が、沈みかけた日差しを受けて、かすかに煌めいた。
(序章・完)
「ここ、肉シチューが美味いんだ!」
ミロが胸を張るように言った。
「パンも焼きたてでさ、姉ちゃんが元気だった頃はよく一緒に食べてたんだよ!」
「へえ、肉シチューか。よし、入ろう!」
アルテアは微笑んで扉を開けた。
店の中は木の素朴なテーブルと椅子が並んでいた。木の香りと、肉や小麦粉の匂いが喧騒のように混ざり合っていた。まだ客はまばらだったが、粗末な服を着ていてもみな笑顔で酒を酌み交わしていた。
奥の厨房から、恰幅のいいおばさんが現れ、ミロを見つけるなり腰に手を当てた。
「あんた! またスリなんてしてないだろうね!」
その声にミロがたじろぐ。
「し、しし、してないよ!」
「本当だろうね? 嘘だったら承知しないよぉ!」
ミロを叱り飛ばした後に、隣の少女に目をやった。
「おや、新顔だねぇ」
皺の間から覗く笑顔が、陽だまりのようにあたたかい。
「ミロが迷惑かけてないかい? この子はいい子なんだけど、ちょっとやんちゃでねぇ。あたしはマム。よろしくねぇ。さぁさ、座って座って。サービスしとくよぉ。何にする?」
アルテアとミロは、壁際の木のテーブルに腰を下ろした。年季の入った天板には、染みついたスープの跡や、皿が何回も置かれてついた細かな傷が刻まれている。
「肉シチューと焼きたてパン、お願いします!」
アルテアが元気よく声を上げると、マムが「はいよ、元気な子だねぇ」と笑いながら厨房へ引っ込んだ。奥では鍋がコトコトと音を立て、香ばしい匂いが漂ってくる。
やがて、皿に盛られたシチューが運ばれてきた。深い茶色のスープの中に、角切りの肉と野菜がごろごろと沈み、表面に溶けた脂が金色の輪を描いている。
脇には焼きたてのパン。外は香ばしい焼き色が付き、割れ目から湯気を立てていた。
濃厚な肉の香りと小麦の甘い匂いが鼻をくすぐり、アルテアは思わず鼻先をヒクヒクと動かす。
「いい匂い……!」
アルテアはスプーンを取り、シチューをすくって口に運んだ。
濃厚な香りが舌に広がり、ほろりと崩れる肉が溶けていく。スープには野菜の甘みと香草の香りが溶け合い、思わず頬がゆるんだ。
続けて、焼きたてのパンをちぎってスープに浸し、頬張る。外は香ばしく、中はふわりと柔らかい。噛むたびに小麦の甘みが滲み出してくる。
「うわっ、美味しい! 肉がホロホロだ……スープのコクもすごい。パンも外はカリッ、中はふわふわ!」
目を輝かせるアルテアを見て、ミロが小さく笑った。
「でしょ? 姉ちゃんにも食べさせたいな……」
その声には、ほんの少し影が差していた。
アルテアはパンを咀嚼しながら目をぱちりと見開き、閃いたように手を叩いた。
「そうだ、ミロのお姉ちゃんにお土産買おうよ! このシチュー、持ち帰りできる?」
厨房から顔をのぞかせたマムが、にっこりと頷く。
「できるとも。壺に詰めてやるよぉ。ちょっと待ってな」
「じゃあ、お土産用に一つお願い!」
アルテアの声は、まるで店の中の空気を一段明るくしたかのように弾んだ。
テーブルの料理をきれいに平らげた二人は、マムが丁寧に壺へ詰めてくれたシチューと、焼きたてのパンを受け取った。
支払いを済ませて店を出ると、夕方の市場はすでに片づけが始まり、屋台の灯りがぽつりぽつりと灯っていた。
肉とパンの余韻がまだ鼻の奥に残る中、ミロが嬉しそうに笑う。
「姉ちゃん、きっとびっくりするだろうな。アルテア、ほんとにありがとう!」
「いいのいいの。美味しいものは、みんなで食べたほうがずっと美味しいからね」
アルテアは微笑みながらフードを被り直し、温もりの残る壺をそっと抱きしめた。
二人はゆっくりと夕闇が迫る貧民街を歩き出す。
長く伸びる影、暮れゆく空が屋根を朱く染め、遠くでは鐘の音が一度だけ響いた。
アルテアのフードの下で、金の髪が微かに揺れる。
その一筋の光が、沈みかけた日差しを受けて、かすかに煌めいた。
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