蝿の仲介人

文字の大きさ
6 / 12

第六話 黒蛇

しおりを挟む
 忠犬が獣人の少女こねずみを拾ってから、一年の時が過ぎた。
 小鼠は意外と役に立ち、忠犬とはすっかりバディになった。
 今じゃ、どんな依頼にもチョロチョロと着いていくようになったほどだ。

 そして、同時に生意気にもなった。
 

「……あのな小鼠。これでも奮発してるんだ。なあ、忠犬」

 俺はため息混じりに、報酬の入った袋を机に置いた。

 相変わらずの沈黙。
 だが、隣で口やかましい小鼠がその静寂を裂いた。

「いい加減にしてください、仲介人さん! あなたはもっと適正な報酬を御主人様に渡すべきです。あと、小鼠はやめて!私はリスの獣人だって何度も言ってるでしょ!」

 かつての腰巾着は、今や立派なバディ兼マネージャー気取りだ。
 俺は彼女を無視し、冷めた視線を投げ返す。

「いいか。俺たち仲介人は、仕事を『わざわざ』探し、『わざわざ』交渉してやるんだ。手間賃を毟り取る権利はあるだろ。わかったら、そのチューチューうるさい口を閉じろ小鼠」

 俺はわざと、彼女が嫌がる言葉を混ぜて突き放した。

「それに、ネズミもリスも、分類上は似たようなもんだ。囓歯目げっしもくの区別なんて、俺には必要ない」

「中抜きが大きすぎると言ってるんです! 囓歯目とか、また変な言葉で誤魔化して!」

 生意気な口を叩くようになったものだ。
 以前、数字を教えた際の理屈中抜きを俺への反論に使うとは、皮肉な話だ。

「それにだ。オレはお前とじゃなくて忠犬と交渉しているんだ。お前が口を挟む余地はない」
 
「……うぐぐ」
 
 小鼠は悔しそうに引き下がった。
 所詮ただの小鼠だ。日頃からでっぷり太った卑しい権力者の豚どもとの舌戦に慣れてる俺の敵じゃない。


 俺は当事者の参加しない不毛な言い合いを切り上げ、本題の書状を広げた。

「口やかましいのは黙らせた。本題だ。今回の依頼は、忠犬、お前でも骨が折れるぞ」

 机に置いたのは、国家の紋章が刻印された極秘の書状だ。

「大悪党『黒蛇盗賊団』の暗殺。奴らは国宝を狙い、騎士団の面子を泥で塗りつぶした。これは国家からの直接依頼だ。つまり、正規兵じゃ手に負えなかった汚れ仕事を、俺たちに回してきたってことだ。

 ……心してかかれ」

「……盗賊」

 小鼠の瞳に、一瞬だけくらい色が宿る。
 こいつの過去に何があったかなど俺の関知するところじゃないが、どうやら浅からぬ因縁があるらしい。

「で、でも……騎士団がダメだったのに、御主人様一人で行かせるなんて……!」

「できる。……だろ、忠犬」

 俺が問うと、忠犬は音もなく立ち上がった。
 フードの奥、その瞳に宿る静かな決意。この男が依頼を断ったことは、これまで一度だってない。

「報酬は金貨1000枚。……交渉成立だ。頼んだぞ、忠犬」

「私も行きます! 絶対に!」

 相変わらず口うるさい小鼠だ。
 俺が内心苦笑していると、忠犬は反対も肯定もせず、ただ少女の頭に大きな手を置いた。
 
 二人が地下室を出ていくのを見送りながら、俺は不味い安酒を煽った。

――――――――――

 二人が出ていったのを確認し、俺は手元に残った分け前を数える。
 ……これでしばらくは、あそこへの支払いが滞ることはない。

「……いつまで、持つか」

 どれだけ金を焚べても、決して満たすことのできない過去という名の空洞。
 それが単なる気休めに過ぎないことは分かっている。

 だが、その無意味な希望にすがることすら止めてしまえば、俺をこの現世に繋ぎ止めるものは何もなくなってしまうのだ。

 ふと思い立ち、俺は懐から古びた小箱を取り出した。
 中に収まっていたのは、安物の、だが丹念に磨き上げられた一輪の銀の指輪だ。

 これを質に入れれば、もう少しはましな酒が買えるだろう。
 だが、この銀の輝きを手放す時は、俺が俺であることを辞める時だと決めている。

 普段、これを指に嵌めることはない。
 血と埃にまみれた俺が嵌めれば、この輝きさえ黒く濁りそうで。
 ……ただそれだけが、今の俺に残された最後の潔癖だった。
 

 煤けたランプの下で鈍く光るそれを眺め、再び丁寧に箱へと戻す。
 
 大事に懐の奥へしまい込んだ瞬間、不意に、部屋の空気がわずかに冷えた気がした。
 扉の向こう、夜の闇に消えていった二人の背中が、妙に小さく見えたのは気のせいか。

「……チッ」

 ざわつく胸を黙らせるように、俺は不味い安酒を煽った。
 喉を焼く痛みだけが、今の俺に許された唯一の贅沢だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...