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第二章 娼館編
10 恋☆
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日が傾くと、客が入ってくる。
その日のライラの客は、アルサーシャの街でも有名な遊び人だった。
「マリア、噂の新入りの妓、あいてるかな?」
「まあカスィム様、お耳が早いわ。ライラなら部屋にいますけど、呼んできましょうか?」
「そうだねぇ。今日は星も綺麗だし、少し庭でも歩こうか。ワインも頼めるかい?」
「もちろんでございますわ」
カスィムは茶と塩の卸売を営む大店の次男坊で、店の仕事は専ら兄弟たちに任せて自分は遊び歩いている。陰では放蕩息子と囁かれていた。
ワインの盆を持った下働きの女に先導されて、ライラは現れた。
「君がライラ?」
「はい、カスィム様」
カスィムは銀の盃を受け取ると、ライラを促して熱帯の木々が植えられた庭の奥へと歩いていく。盆を持った下女が二人の後ろをついていく。
「ああ、本当に今夜は星が綺麗だ。僕は星座なんて知らないけど、眺めているだけで心が落ち着くよね」
ライラは空を仰いだ。黒々とした梢の向こうに瞬く星は、大層窮屈そうに見えた。
「この庭からは、木と塀が邪魔をしてあまり星座は見えない」
ライラは言った。砂漠での移動は星が頼りだ。奴隷の子でも星の名前と砂嵐の予兆だけは言葉より先に叩き込まれる。
「あの明るいのがアルデバラン。あの星が見えなくなると、砂漠は一年で一番暑い時期になる」
ライラが指差したので、カスィムもその星を見上げた。
「へえ。そういえばうちの船の船長もそんなことを言っていたな」
「カスィム様は、船をお持ちか?」
「ああ、仕入れ用にね。船に乗ったことがあるのかい?」
「……ある」
ライラは甲板から見上げた星空を思い出した。下腹に疼きが走り、思わず子宮のあたりに手を当てる。
「へえ、それはどんな船?」
カスィムは空を見上げたまま言った。
「……奴隷船」
ライラは短く答えた
「へえ……」
カスィムはライラをしげしげと見た。奴隷船に女の船員はいない。つまりライラは商品として乗っていたのだ。
「……カスィム様の船は何を運んでいる?」
「色々さ。お茶や塩、それと石」
「石……?」
「ああ、金や銀や宝石、それ以外にも色々な道具や武器の材料になる」
棕櫚の葉陰が濃い闇を作っている。その群青の中で、カスィムの眼が妖しく光った。――獲物に狙いを定めた蛇のように。
「奴隷は扱っていないがね」
カスィムはしゅる、とライラの腰に巻かれていた細い紐を解いた。
「で、奴隷船で君は、奴隷たちに犯された?それとも水夫たちかな」
「――!」
星明かりの下、カスィムはライラの表情を見逃さない。ライラを木の幹に押し付けて、口づけした。
「ねぇ――どんなふうに犯されたの?」
ライラは答えなかった。陵辱の記憶が蘇る。
カスィムは解いた腰紐をライラの手首に巻き付け、木の幹に回して、もう一方の手首も縛る。ライラは木に抱きつくように縛られた。
カスィムはライラの服を脱がせる。
そしてワインをゆっくりと口に含み、舌の上で転がしながら、木に縛られたライラの後ろ姿を視姦する。
「このワインも僕の商会が輸入したものだよ。ライラ、ワインは好きかい?」
「……飲んだことが、ない」
ライラは素直に答えた。
「じゃあ飲ませてやるよ」
そう言って、カスィムはライラの背中に細くワインを垂らした。ワインは背中の疵痕を伝って、丸い尻の割れ目に流れ込んでいく。それを手ですくって、ライラの秘所になすりつけた。
ぴくん、とライラの腰が跳ねる。
「ね、教えてよ」
カスィムは服の間からそそり立った男根を引き出して、背後からライラに沈めた。
ライラは声もなく、熱い息を吐いた。
下女が少し離れたところに立って、二人を見ている。
「船では何人相手したの?激しかった?」
ライラは力なく首を振った。思い出したくないのに、カスィムの言葉と胎内を蠢く感覚によって、記憶が次々と引っ張り出される。
ライラの中がひくひくと引き攣って、甘酸っぱい匂いを放つ汁が溢れ出てくる。まるであの時注ぎ込まれた大量の精液が吐き出されたかのように。
「……ふふ、思い出した?」
カスィムが合図をすると、下女が盆を持って来た。カスィムはまたワインを口に含むと、ライラの口に注ぎ込んだ。
むせ返るようなアルコールに、ライラが息を呑んだ瞬間、カスィムはライラの一番奥を突き上げた。
「ん、ぐ、ふぐぅっ……」
ワインを必死で飲みこみながら、背後から激しく揺さぶられる。
「君はどうして奴隷船に?」
「それは、騙されて……船に乗りたいって言ったら」
「それは災難だが、不用心だったな。船は後ろ盾もない女が一人で乗り込むもんじゃない。一体どうして船になんか乗りたがったんだい」
「……」
愚かだったと思う。今にして思えば、あの頃は世の中を知らなさすぎた。だが他に何か方法があっただろうか――。
逃亡奴隷だったことを、知られてはならない。――あそこにだけは戻りたくない。たとえ娼婦に堕ちても。
カスィムはライラの細い胴に腕を絡め、乳房を捏ね回す。どこまでいっても、男の欲を受け止める道具でしかない。
(……違う……今は、あの頃とは違う。いつかここを出る、そのために)
一人最低500ラーナ。20万ラーナを返せば、出られる。
――自由になれる。
ライラは固く目を閉じて、カスィムが与える快感を受け止めた。情がなくとも、弄られれば身体は反応する。だが、砂漠を出てからライラはその感覚に変化を感じていた。
「奴隷市で売られる前は、何をしていたの?」
「……遊牧……を」
カスィムと繋がった秘所が熱い。身体に触れられるたび、感覚が研ぎ澄まされる。そして――思い出す。
水夫に犯されても、客に抱かれても、頭に浮かぶのはいつも同じ。
口づけを交わした、砂漠の夕日。
テントに揺れる、あたたかいランタンの光。
背中に触れた肌の温度。
疵痕を濡らした涙。
(また逢うことがあるのだろうか――)
黒い髪の残像がよぎり、ライラの内側がきゅうっと収縮した。
「――あぁ……っ」
カスィムは小さく呻いてライラの中から引き抜くと、暗い茂みの中に精を撒き散らした。
*****
イドリスが言った通り、ライラ目当ての客は途絶えることがなかった。一部の客は傷跡を嫌って二度と買わなかったが、ライラを気に入った客は溺れるように通い詰める。マリアはライラに「合いそうな」客を嗅ぎ分けて、充てがった。そういう客は決まって裕福だったり、遊び慣れていたので、トラブルも少ない。そうしてライラの借金は順調に減っていった。
「……あと半年もいれば、ライラは返し切っちまうねぇ……」
帳場で帳簿をつけていたマリアが誰に言うともなく呟いた。まだ日は高く、娼妓のほとんどは自室で休んでいる。
「いいことじゃねぇか。娼館なんて、長く居座る場所じゃねぇよ」
たまたま通りかかったイドリスが言った。
「そうなんだけどねぇ……ここ出たらあの子、どうするんだろうね?」
「さあなぁ……」
イドリスは懐から煙草を取り出して火を付けた。白昼に紫煙が溶けていく。
「色々教えちゃいるし、たしかに覚えはいいよ。だけどね、あの見た目だろう?どこ行ってもあの子は、苦労しそうでねぇ……」
「親心か?ガラにもねぇな」
イドリスが煙と共に皮肉な笑みを吐き出した。
「確かに、ありゃあ男がほっとかねぇよ。それに対して、本人の自覚がなさすぎるというか……あれで寄ってくる男を手玉に取るくらいの気概がありゃいいんだろうがな」
「そういうあざとさがないから売れてるんだよ、あの子はさ」
「奴隷上がりか……」
「誰かに身請けされるのが一番いいと思っていたんだけどねぇ」
「……中佐か?」
「あの人なら大事にしてくれるだろうね。少なくとも塩問屋の放蕩息子よりは」
「カスィムか。今は手広くやってるようだがな」
「彼の周りには女が多すぎるほどいるじゃないの。あんなところに行ってもすぐに捨てられるのがオチよ」
「確かにな。俺も反対だ」
「あとはヒヨッコが一人、入れ揚げてるけどね。ありゃあダメだね。若すぎるし、第一、手も握ってないよ」
エディは月に一度は「夜の兎」にやってきた。
「やあライラ。これ、新しい本」
「ありがとう。こちらは返す」
「もう読んじゃったの?」
幼児向けの挿絵付きの童話から始まって、伝記や詩集のたぐいまで、この半年でエディが持っていた物語本はほとんど貸し尽くしてしまった。
「次はこれ……ちょっと難しいかもしれないけど、イシュラヴァール史……歴史の本の上下巻」
「レキシ?」
「この国で昔起こったことを記した本だよ」
「本当に起きたことが書かれているの?」
「そう。それからこっちは、シャルナクの人気の作家が書いた……小説」
「シャルナク?……の、小説?今まで借りた物語とは違うの?」
「ああ、ええと、シャルナク帝国はイシュラヴァールの隣にある国だよ。イシュラヴァールの三倍の国土と十倍の民を擁する大国さ。イシュラヴァールはほとんどが人の住まない砂漠だからね。小説は……なんて言ったらいいかな、大人向けの本のこと」
「大人……?今までのは、子供向け?」
「まあそうだね。大人向けの小説は、色々な個性の登場人物が出てきて、ハッピーエンドじゃなかったりする。英雄でもなんでもない、ただの兵士や農民が主人公だったり、裏切り者や人殺しが出てきたりもする。歴史を扱ったものもあれば、事件の犯人を探す推理小説もあるんだけど」
「これは、どういう話?」
ライラは若草色の表紙を撫でて、優美な書体で書かれたタイトル文字を指先でなぞった。エディは一瞬目を泳がせ、照れくさそうに言った。
「……恋愛小説さ」
ライラは無言で表紙を開いた。ぱらり、と紙をめくる音が、部屋に響く。
数ページ読み進んだところで、ライラははっと顔を上げた。
「あ、ごめんなさい、夢中で読んでしまった。引き込まれるな、これは」
「気にしないで。僕もこれは一気に読んだ。面白いだろう?」
エディは嬉しそうに言った。次回、ライラと感想を語り合えるのが楽しみでたまらなかった。
ライラはしばらく続きが気になって本のページをくっていたが、やがて本を閉じてエディをまっすぐに見て言った。
「ありがとう。エディのおかげで、たくさん言葉を覚えられる。嬉しい」
そしてライラは読んだ本の感想をエディに報告した。ライラがわからない部分を尋ねると、エディは丁寧に教えてくれる。
マリアの読み通り、エディは一度もライラを抱くことはなかった。ただ本を間に置いて会話して過ごし、時間になると帰っていった。
「呆れたな、エディ。それじゃ金だけ取られてバカみたいじゃないか」
「娼婦にいいようにカモにされちゃ、王国陸軍兵士の名が廃るぞ」
昨秋晴れて陸軍に入隊したエディだったが、月に一度の給料日に馴染みの娼妓に会いに行くのは、仲間内でも知れ渡っていた。今夜も酒の席でどんないい女なのだと引き合いに出され、実際は会話以上は何もしていないとうっかり口を滑らせたことを、エディは軽く後悔していた。
「放っといてやれよ。エディアカラは恋をしてるのさ。なあ?」
士官学校時代からの友人のマクシミリアンが、エディの肩を引き寄せて言った。
「恋だって!」
どっ、と笑い声が上がる。
「マクシミリアン、助け舟のつもりだろうが逆効果だ」
エディは苦々しく友人を睨めつけた。
「俺は応援しているんだぜ。どれだけいい女か、一度買いに行きたいくらいだ」
「――やめろよ」
エディは低く言った。その目に殺気を読み取って、マクシミリアンは両手を上げた。
「悪い。冗談が過ぎたな。だが初心な友人が心配なのも本当さ。娼婦ってやつは、嘘を並べて男に惚れさせるのが商売だからな」
「そういう娘じゃないよ、ライラは。素直で、すごく真っ直ぐな目をしてるんだ。辛い目に遭ってきたんだろうに、全然ひねくれてなくて、それが」
もう仲間たちは他の話題で盛り上がっている。
「なんかね、もう触れられないんだ。彼女に。触れたらもう、変わってしまう気がして」
「つまり君は、彼女を苦しめる存在に成り下がりたくなくて、手が出せないと?」
エディは頷いて、酒をあおった。
「……重症だな」
マクシミリアンは半ば呆れ顔で、友人の背をぽんぽんと叩いた。
そして慣れない酒に酔ったエディは、誰にも話したことのない話をした。
「最初に会ったときに、彼女の――裸を見たんだ……その、結局僕が断ってしまったんだけど。彼女の身体には……背中じゅうに、疵痕があったんだ」
エディは眼を閉じた。美しい肢体に刻まれた無数の爪痕が、今でも鮮明に蘇る。
「疵……?」
「ああ。背中いっぱい、縦横無尽に――鞭かなんかの痕みたいな」
後ろの席に、背中合わせに座っていた碧い目の男が、二人の会話に聞き耳を立てていたことに、エディは気が付いていなかった。
その日のライラの客は、アルサーシャの街でも有名な遊び人だった。
「マリア、噂の新入りの妓、あいてるかな?」
「まあカスィム様、お耳が早いわ。ライラなら部屋にいますけど、呼んできましょうか?」
「そうだねぇ。今日は星も綺麗だし、少し庭でも歩こうか。ワインも頼めるかい?」
「もちろんでございますわ」
カスィムは茶と塩の卸売を営む大店の次男坊で、店の仕事は専ら兄弟たちに任せて自分は遊び歩いている。陰では放蕩息子と囁かれていた。
ワインの盆を持った下働きの女に先導されて、ライラは現れた。
「君がライラ?」
「はい、カスィム様」
カスィムは銀の盃を受け取ると、ライラを促して熱帯の木々が植えられた庭の奥へと歩いていく。盆を持った下女が二人の後ろをついていく。
「ああ、本当に今夜は星が綺麗だ。僕は星座なんて知らないけど、眺めているだけで心が落ち着くよね」
ライラは空を仰いだ。黒々とした梢の向こうに瞬く星は、大層窮屈そうに見えた。
「この庭からは、木と塀が邪魔をしてあまり星座は見えない」
ライラは言った。砂漠での移動は星が頼りだ。奴隷の子でも星の名前と砂嵐の予兆だけは言葉より先に叩き込まれる。
「あの明るいのがアルデバラン。あの星が見えなくなると、砂漠は一年で一番暑い時期になる」
ライラが指差したので、カスィムもその星を見上げた。
「へえ。そういえばうちの船の船長もそんなことを言っていたな」
「カスィム様は、船をお持ちか?」
「ああ、仕入れ用にね。船に乗ったことがあるのかい?」
「……ある」
ライラは甲板から見上げた星空を思い出した。下腹に疼きが走り、思わず子宮のあたりに手を当てる。
「へえ、それはどんな船?」
カスィムは空を見上げたまま言った。
「……奴隷船」
ライラは短く答えた
「へえ……」
カスィムはライラをしげしげと見た。奴隷船に女の船員はいない。つまりライラは商品として乗っていたのだ。
「……カスィム様の船は何を運んでいる?」
「色々さ。お茶や塩、それと石」
「石……?」
「ああ、金や銀や宝石、それ以外にも色々な道具や武器の材料になる」
棕櫚の葉陰が濃い闇を作っている。その群青の中で、カスィムの眼が妖しく光った。――獲物に狙いを定めた蛇のように。
「奴隷は扱っていないがね」
カスィムはしゅる、とライラの腰に巻かれていた細い紐を解いた。
「で、奴隷船で君は、奴隷たちに犯された?それとも水夫たちかな」
「――!」
星明かりの下、カスィムはライラの表情を見逃さない。ライラを木の幹に押し付けて、口づけした。
「ねぇ――どんなふうに犯されたの?」
ライラは答えなかった。陵辱の記憶が蘇る。
カスィムは解いた腰紐をライラの手首に巻き付け、木の幹に回して、もう一方の手首も縛る。ライラは木に抱きつくように縛られた。
カスィムはライラの服を脱がせる。
そしてワインをゆっくりと口に含み、舌の上で転がしながら、木に縛られたライラの後ろ姿を視姦する。
「このワインも僕の商会が輸入したものだよ。ライラ、ワインは好きかい?」
「……飲んだことが、ない」
ライラは素直に答えた。
「じゃあ飲ませてやるよ」
そう言って、カスィムはライラの背中に細くワインを垂らした。ワインは背中の疵痕を伝って、丸い尻の割れ目に流れ込んでいく。それを手ですくって、ライラの秘所になすりつけた。
ぴくん、とライラの腰が跳ねる。
「ね、教えてよ」
カスィムは服の間からそそり立った男根を引き出して、背後からライラに沈めた。
ライラは声もなく、熱い息を吐いた。
下女が少し離れたところに立って、二人を見ている。
「船では何人相手したの?激しかった?」
ライラは力なく首を振った。思い出したくないのに、カスィムの言葉と胎内を蠢く感覚によって、記憶が次々と引っ張り出される。
ライラの中がひくひくと引き攣って、甘酸っぱい匂いを放つ汁が溢れ出てくる。まるであの時注ぎ込まれた大量の精液が吐き出されたかのように。
「……ふふ、思い出した?」
カスィムが合図をすると、下女が盆を持って来た。カスィムはまたワインを口に含むと、ライラの口に注ぎ込んだ。
むせ返るようなアルコールに、ライラが息を呑んだ瞬間、カスィムはライラの一番奥を突き上げた。
「ん、ぐ、ふぐぅっ……」
ワインを必死で飲みこみながら、背後から激しく揺さぶられる。
「君はどうして奴隷船に?」
「それは、騙されて……船に乗りたいって言ったら」
「それは災難だが、不用心だったな。船は後ろ盾もない女が一人で乗り込むもんじゃない。一体どうして船になんか乗りたがったんだい」
「……」
愚かだったと思う。今にして思えば、あの頃は世の中を知らなさすぎた。だが他に何か方法があっただろうか――。
逃亡奴隷だったことを、知られてはならない。――あそこにだけは戻りたくない。たとえ娼婦に堕ちても。
カスィムはライラの細い胴に腕を絡め、乳房を捏ね回す。どこまでいっても、男の欲を受け止める道具でしかない。
(……違う……今は、あの頃とは違う。いつかここを出る、そのために)
一人最低500ラーナ。20万ラーナを返せば、出られる。
――自由になれる。
ライラは固く目を閉じて、カスィムが与える快感を受け止めた。情がなくとも、弄られれば身体は反応する。だが、砂漠を出てからライラはその感覚に変化を感じていた。
「奴隷市で売られる前は、何をしていたの?」
「……遊牧……を」
カスィムと繋がった秘所が熱い。身体に触れられるたび、感覚が研ぎ澄まされる。そして――思い出す。
水夫に犯されても、客に抱かれても、頭に浮かぶのはいつも同じ。
口づけを交わした、砂漠の夕日。
テントに揺れる、あたたかいランタンの光。
背中に触れた肌の温度。
疵痕を濡らした涙。
(また逢うことがあるのだろうか――)
黒い髪の残像がよぎり、ライラの内側がきゅうっと収縮した。
「――あぁ……っ」
カスィムは小さく呻いてライラの中から引き抜くと、暗い茂みの中に精を撒き散らした。
*****
イドリスが言った通り、ライラ目当ての客は途絶えることがなかった。一部の客は傷跡を嫌って二度と買わなかったが、ライラを気に入った客は溺れるように通い詰める。マリアはライラに「合いそうな」客を嗅ぎ分けて、充てがった。そういう客は決まって裕福だったり、遊び慣れていたので、トラブルも少ない。そうしてライラの借金は順調に減っていった。
「……あと半年もいれば、ライラは返し切っちまうねぇ……」
帳場で帳簿をつけていたマリアが誰に言うともなく呟いた。まだ日は高く、娼妓のほとんどは自室で休んでいる。
「いいことじゃねぇか。娼館なんて、長く居座る場所じゃねぇよ」
たまたま通りかかったイドリスが言った。
「そうなんだけどねぇ……ここ出たらあの子、どうするんだろうね?」
「さあなぁ……」
イドリスは懐から煙草を取り出して火を付けた。白昼に紫煙が溶けていく。
「色々教えちゃいるし、たしかに覚えはいいよ。だけどね、あの見た目だろう?どこ行ってもあの子は、苦労しそうでねぇ……」
「親心か?ガラにもねぇな」
イドリスが煙と共に皮肉な笑みを吐き出した。
「確かに、ありゃあ男がほっとかねぇよ。それに対して、本人の自覚がなさすぎるというか……あれで寄ってくる男を手玉に取るくらいの気概がありゃいいんだろうがな」
「そういうあざとさがないから売れてるんだよ、あの子はさ」
「奴隷上がりか……」
「誰かに身請けされるのが一番いいと思っていたんだけどねぇ」
「……中佐か?」
「あの人なら大事にしてくれるだろうね。少なくとも塩問屋の放蕩息子よりは」
「カスィムか。今は手広くやってるようだがな」
「彼の周りには女が多すぎるほどいるじゃないの。あんなところに行ってもすぐに捨てられるのがオチよ」
「確かにな。俺も反対だ」
「あとはヒヨッコが一人、入れ揚げてるけどね。ありゃあダメだね。若すぎるし、第一、手も握ってないよ」
エディは月に一度は「夜の兎」にやってきた。
「やあライラ。これ、新しい本」
「ありがとう。こちらは返す」
「もう読んじゃったの?」
幼児向けの挿絵付きの童話から始まって、伝記や詩集のたぐいまで、この半年でエディが持っていた物語本はほとんど貸し尽くしてしまった。
「次はこれ……ちょっと難しいかもしれないけど、イシュラヴァール史……歴史の本の上下巻」
「レキシ?」
「この国で昔起こったことを記した本だよ」
「本当に起きたことが書かれているの?」
「そう。それからこっちは、シャルナクの人気の作家が書いた……小説」
「シャルナク?……の、小説?今まで借りた物語とは違うの?」
「ああ、ええと、シャルナク帝国はイシュラヴァールの隣にある国だよ。イシュラヴァールの三倍の国土と十倍の民を擁する大国さ。イシュラヴァールはほとんどが人の住まない砂漠だからね。小説は……なんて言ったらいいかな、大人向けの本のこと」
「大人……?今までのは、子供向け?」
「まあそうだね。大人向けの小説は、色々な個性の登場人物が出てきて、ハッピーエンドじゃなかったりする。英雄でもなんでもない、ただの兵士や農民が主人公だったり、裏切り者や人殺しが出てきたりもする。歴史を扱ったものもあれば、事件の犯人を探す推理小説もあるんだけど」
「これは、どういう話?」
ライラは若草色の表紙を撫でて、優美な書体で書かれたタイトル文字を指先でなぞった。エディは一瞬目を泳がせ、照れくさそうに言った。
「……恋愛小説さ」
ライラは無言で表紙を開いた。ぱらり、と紙をめくる音が、部屋に響く。
数ページ読み進んだところで、ライラははっと顔を上げた。
「あ、ごめんなさい、夢中で読んでしまった。引き込まれるな、これは」
「気にしないで。僕もこれは一気に読んだ。面白いだろう?」
エディは嬉しそうに言った。次回、ライラと感想を語り合えるのが楽しみでたまらなかった。
ライラはしばらく続きが気になって本のページをくっていたが、やがて本を閉じてエディをまっすぐに見て言った。
「ありがとう。エディのおかげで、たくさん言葉を覚えられる。嬉しい」
そしてライラは読んだ本の感想をエディに報告した。ライラがわからない部分を尋ねると、エディは丁寧に教えてくれる。
マリアの読み通り、エディは一度もライラを抱くことはなかった。ただ本を間に置いて会話して過ごし、時間になると帰っていった。
「呆れたな、エディ。それじゃ金だけ取られてバカみたいじゃないか」
「娼婦にいいようにカモにされちゃ、王国陸軍兵士の名が廃るぞ」
昨秋晴れて陸軍に入隊したエディだったが、月に一度の給料日に馴染みの娼妓に会いに行くのは、仲間内でも知れ渡っていた。今夜も酒の席でどんないい女なのだと引き合いに出され、実際は会話以上は何もしていないとうっかり口を滑らせたことを、エディは軽く後悔していた。
「放っといてやれよ。エディアカラは恋をしてるのさ。なあ?」
士官学校時代からの友人のマクシミリアンが、エディの肩を引き寄せて言った。
「恋だって!」
どっ、と笑い声が上がる。
「マクシミリアン、助け舟のつもりだろうが逆効果だ」
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「俺は応援しているんだぜ。どれだけいい女か、一度買いに行きたいくらいだ」
「――やめろよ」
エディは低く言った。その目に殺気を読み取って、マクシミリアンは両手を上げた。
「悪い。冗談が過ぎたな。だが初心な友人が心配なのも本当さ。娼婦ってやつは、嘘を並べて男に惚れさせるのが商売だからな」
「そういう娘じゃないよ、ライラは。素直で、すごく真っ直ぐな目をしてるんだ。辛い目に遭ってきたんだろうに、全然ひねくれてなくて、それが」
もう仲間たちは他の話題で盛り上がっている。
「なんかね、もう触れられないんだ。彼女に。触れたらもう、変わってしまう気がして」
「つまり君は、彼女を苦しめる存在に成り下がりたくなくて、手が出せないと?」
エディは頷いて、酒をあおった。
「……重症だな」
マクシミリアンは半ば呆れ顔で、友人の背をぽんぽんと叩いた。
そして慣れない酒に酔ったエディは、誰にも話したことのない話をした。
「最初に会ったときに、彼女の――裸を見たんだ……その、結局僕が断ってしまったんだけど。彼女の身体には……背中じゅうに、疵痕があったんだ」
エディは眼を閉じた。美しい肢体に刻まれた無数の爪痕が、今でも鮮明に蘇る。
「疵……?」
「ああ。背中いっぱい、縦横無尽に――鞭かなんかの痕みたいな」
後ろの席に、背中合わせに座っていた碧い目の男が、二人の会話に聞き耳を立てていたことに、エディは気が付いていなかった。
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清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
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