イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第三章 王宮編

再び戦場へ

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 21ポイントは奪還したものの、砂漠地帯では戦闘民族による攻撃が散発していた。
 各ポイントにある砦にはその規模に応じて十~数十人の警備兵が駐留しているが、戦闘民族たちは常にそれを上回る数と機動力で攻めてくるため、防衛には苦戦していた。交戦の報せが入るとすぐに近隣の駐屯地から国軍が向かったが、なかなか戦果を挙げられていなかった。
 イシュラヴァール国王は一連の攻撃の対策のため、参謀本部を招集した。関係各軍の司令官も、同時に召喚された。
「彼らの目的は攻撃そのもののようですな。一旦砦を占領しても、上回る数の兵を向けると容易に撤退していく」
「となると、こちらの対応がどれも後手後手になっている感が否めませんね」
「王国にとって、砦を取られるのが最も脅威だ。砦を死守しているのだから、後手後手と言われるのは遺憾ですな」
 これまでの派兵を決定してきた治安部隊の司令官が憤慨する。
「そもそも辺境地帯の戦闘民族がここまで増長するのを野放しにしてきた責任が、辺境警備軍にあるのではないか?」
「こっちはポイント警備が仕事だ。それも限られた人員設備で、あの広大な砂漠を守っているんだ。敵が現れたところにだけ貴重な銃器を持ち込んで戦える治安部隊おたくらとはわけが違う!」
 今度は名指しされた辺境警備軍司令官が声を荒げた。
「おい、責任のなすり合いをする場ではない。それに過ぎたことの是非を議論しても問題は解決しなかろう」
 参謀長のシハーブが、たまりかねて仲裁に入る。
「いや、これを機に戦闘民族を根絶やしにするべきだ、と言っているのだ!」
「そこまでの軍備は今は出せん。掃討戦にはそれなりに準備がいる。それに――」
 そう言って、ちらりとシハーブは王を見遣った。王は先程から無言で成り行きを静観していたが、その表情からも機嫌がいいようには到底見えなかった。
「――戦闘民族との問題は根深い。余計な反発を招く恐れもある。近隣国との調整も必要だ。今は無理だ」
 不機嫌な王の意図を最大限汲んで、シハーブは言った。

 結局具体的な打開案のないまま、見切りをつけた王が席を立ったのを合図にするように会議は解散した。
「マルス様」
 足早に居室へと向かう王の後を、シハーブが小走りについていく。その姿を見た幕僚の一人が、
「小判鮫が――」
と呟いた。誰だ――とシハーブが振り向くより早く、王が立ち止まった。ゆっくりと振り向き、その冷たい双眸で睥睨しながら、その場でひと回りする。
 辺りは水を打ったような静けさに包まれた。王はそのまま、無言で立ち去った。
「あ、陛下ー!」
 静寂を破ったその明るい声の持ち主が、回廊の先で手を降っている。その先の庭に降り注ぐ陽光が、彼の金髪を輝かせている。
「スカイ!」
 ぱっと明るい笑顔を浮かべ、王はスカイに駆け寄った。
「よく戻ったな!」
「遅くなってすみません!海岸の村で略奪が起きていたのを治めていたら、予定よりだいぶかかっちゃって」
「待っていたぞ。早速だが――」
 王はスカイの肩を抱くと、そのまま『星の間』へ向かう。
「シハーブ!」
 ふと振り向いて、王が呼んだ。その顔に先程までの棘はない。
「はい」
「お前も来い。それと『星の間』に飲み物を用意させろ」
「御意」
 シハーブは、一時的にでも王の機嫌が治ったことに安堵しながらも、王国に不穏な影が忍び寄っている予感が拭えなかった。

   *****

「今だ!左方、出ろ!」
「防衛線を越えさせるな!」
 イシュラヴァール街道17ポイントでは、まさに攻撃を仕掛けてきた戦闘民族とザハロフ=エディアカラ連合隊が激しい攻防を繰り広げていた。今回、エディアカラ隊の斥候が攻撃前に敵の動きを読んでいた。すぐ近くの15ポイントにいたザハロフ隊に出動要請が下り、総勢80名の部隊で戦闘民族の撃退に当たった。
 まだ砦を占領される前だったので、城攻めよりも有利に戦うことができる。ウラジーミル・ザハロフは敵の隊列が乱れたのを見逃さなかった。そして指揮官らしき騎馬が、正面で一瞬だけ孤立した。
「リン!撃て!」
 パァ――――――ン…………
 銃声が地平線に消えていき、指揮官が仰け反って落馬する。砦の見張り台から狙撃したリンが、小さくガッツポーズした。
「……よし、奴ら撤退を始めたぞ」
「アトゥイー!深追いするな!」
 ウラジーミルが叫ぶ。隊の一番先頭で剣を振るっていたアトゥイーが、ばらばらと撤退する敵の中から戻ってくる。
「あいつ、速すぎるんだ」
 パブロがやれやれと首を振る。騎馬剣士になって、アトゥイーは専用の馬を拝領していた。スカイが国王からだと言って連れてきた美しい黒い牝馬だった。アトゥイーが乗った馬は、まるで何も乗せていないかのような身軽さで砂漠を駆けた。
「まるで馬と一体だ」
 誰かが言った。
「戦闘民族よりも速いんじゃないか?」
 アトゥイー自身、驚いていた。確かにいい馬なのだろうが、相性の良さは想像以上だった。呼吸をするように砂漠を駆け回ることができた。
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