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第六章 アルナハブ編
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アルヴィラ砦には一足先にカイヤーンが戻っていた。
「どうだ、王都の様子は」
ジェイクが出迎えて、蒸留酒を振る舞って労う。丁度夕食時で、ユーリとハッサも同席していた。
食卓は特になく、床に車座に座って、前に並んだ皿から食べ物を取って食べる。ユーリは仲間たちの輪から少し離れた窓辺にいた。
「まだ本隊は王都にいるな。ただし、今度は殲滅戦で来るつもりだ。軍の編成も前回の比じゃない」
カイヤーンは受け取った盃を一気に飲み干した。生粋の遊牧民には珍しく、カイヤーンは酒に関しては底なしだった。
「ここアルヴィラより手前の三つの砦を、既に落としている。そこを前線にする」
「わかった。俺は前線に向かえばいいか?」
「ああ。だが今夜一晩くらい休んでいけ」
「おう。王都に残っている連中はどうなる?」
「本隊が王都を出たら、王都の南側を占拠する」
「王宮までは攻め込まないのか?」
ジェイクは首を振った。
「俺たちの要望は砂漠地帯の独立だ。その交渉ができればいい」
「甘いな」
カイヤーンはもう一杯、勢いよく盃を煽ってにたりと笑った。
「――まあいいさ、大将はあんただ。……そういえば、国軍のアトゥイーは女だったってよ。俺は会ってないが、ファティマとカスィムが確認したらしい」
「カスィム……」
どくん、とユーリの心臓が鳴った。座っていた窓辺からゆらりと立ち上がる。
「そら、カスィムからこれを預かっている。あんたに直接渡せと」
カイヤーンが差し出した手紙を、ユーリは奪うように受け取る。
封を切るのももどかしく、くしゃくしゃと開いたその紙に目を通したユーリは、弾かれたように立ち上がった。
「……アトゥイー!!」
疾風の如く部屋を飛び出していったユーリを、ジェイクが追う。
ユーリは自分でも、どこをどう走っているのかわからなかった。じっとしていられない。
ファーリア。ファーリア。
「……ファーリア……っ!」
砦の急な階段を駆け下り、前庭へと飛び出す。外壁の内側に隣接した厩舎から馬を引き出し、鞍を乗せたところで、ジェイクがその手綱に飛びついてきた。
「アトゥイー!待て!」
「ジェイク」
「どこへ行く気だ!?それには何と書いてある?」
ユーリが握りしめていた手紙を、ジェイクがもぎ取った。
そこには短くこう書かれていた。
『王都のアトゥイーは君が取り逃した兎だ。早晩、立后する模様。追伸、今回は手を出していないよ』
「……兎?どういう意味だ?」
ファーリアが「夜の兎」という娼館にいたらしいことは、カスィムとユーリしか知らない。
「ファーリアが……ファーリアが、王都にいるんだ……生きて……!」
ユーリは空を仰ぐ。王都の方角、日没の地平線近くには金星が輝いている。
遠いあの日に別れたきり、生死すら定かではなかった。それでも生きてると信じて探していた。ようやく見つけたと思ったら、思わぬ邪魔が入った。そして消息を断って約一年。
「生きてた……!」
鐙に片足をかけたユーリを、ジェイクが力ずくで引き下ろす。
「ダメだ、ユーリ!行くな!」
「生きてたんだ、ジェイク!」
「いいか、お前は王都へはいけない。手配書が回っている、賞金付きで」
「いやだ。いやだ、俺はファーリアに」
逢いたい。逢って今度こそ、言いそびれた言葉を伝えたい。掴まえて、抱きしめて、もう二度と離さない。
「女に会う前に捕まるぞ!捕まって晒し者にされて処刑される!落ち着けユーリ!」
ジェイクが叫んだ。騒ぎを聞きつけて集まってきた仲間たちと数人がかりで、ユーリを馬から引き剥がす。
「俺は……畜生!」
地面に押さえつけられたユーリが、悲痛な叫びを上げた。
「おれはどうすればいいんだ!!」
「――忘れろ、ユーリ」
肩で息をしながら、ジェイクが諭す。
「いやだ」
「手紙をよく読め。立后すると書いてある」
「……え……?」
ユーリにはカスィムの手紙の意味が分からなかった。ユーリの中のファーリアの姿と「立后」という言葉がどうしても重ならない。何を言っているのか理解できない。
「つまりその女が、国王の妃になるということさ」
背後で声がして振り向くと、カイヤーンが立っていた。
「ファティマが言っていた。後宮の噂では、アトゥイーは国王の寵を受けていると」
「国王……?」
「お前が探している女がそのアトゥイーなら、そいつはもう国王の女になっているということだ」
押さえつける無数の腕に逆らっていたユーリの手足から、力が抜けていく。
「忘れろ、ユーリ」
再びジェイクが言った。
「いやだ……ファーリア……!」
その時、遠くララ=アルサーシャ方面に白煙が立った。
「狼煙――!」
狼煙はリレー方式で伝えられる。アルサーシャからアルヴィラまで連携するのに、早くても六時間ほどかかる。その報せは日没直前ぎりぎりに届いた。
「色は……白だ!」
「イシュラヴァール街道だ!アルナハブへ兵が向かった!」
「よし、例の作戦を開始するぞ!」
砦の男たちは一様に色めき立った。
「アトゥイーはどうする?」
ユーリを抑え込んでいた一人がジェイクに訊いた。
「……地下へ閉じ込めておけ。少し頭を冷やせ、アトゥイー」
「ジェーーーーイク!!」
ユーリの叫びは黙殺され、砦の地下の一室に軟禁された。
「どうだ、王都の様子は」
ジェイクが出迎えて、蒸留酒を振る舞って労う。丁度夕食時で、ユーリとハッサも同席していた。
食卓は特になく、床に車座に座って、前に並んだ皿から食べ物を取って食べる。ユーリは仲間たちの輪から少し離れた窓辺にいた。
「まだ本隊は王都にいるな。ただし、今度は殲滅戦で来るつもりだ。軍の編成も前回の比じゃない」
カイヤーンは受け取った盃を一気に飲み干した。生粋の遊牧民には珍しく、カイヤーンは酒に関しては底なしだった。
「ここアルヴィラより手前の三つの砦を、既に落としている。そこを前線にする」
「わかった。俺は前線に向かえばいいか?」
「ああ。だが今夜一晩くらい休んでいけ」
「おう。王都に残っている連中はどうなる?」
「本隊が王都を出たら、王都の南側を占拠する」
「王宮までは攻め込まないのか?」
ジェイクは首を振った。
「俺たちの要望は砂漠地帯の独立だ。その交渉ができればいい」
「甘いな」
カイヤーンはもう一杯、勢いよく盃を煽ってにたりと笑った。
「――まあいいさ、大将はあんただ。……そういえば、国軍のアトゥイーは女だったってよ。俺は会ってないが、ファティマとカスィムが確認したらしい」
「カスィム……」
どくん、とユーリの心臓が鳴った。座っていた窓辺からゆらりと立ち上がる。
「そら、カスィムからこれを預かっている。あんたに直接渡せと」
カイヤーンが差し出した手紙を、ユーリは奪うように受け取る。
封を切るのももどかしく、くしゃくしゃと開いたその紙に目を通したユーリは、弾かれたように立ち上がった。
「……アトゥイー!!」
疾風の如く部屋を飛び出していったユーリを、ジェイクが追う。
ユーリは自分でも、どこをどう走っているのかわからなかった。じっとしていられない。
ファーリア。ファーリア。
「……ファーリア……っ!」
砦の急な階段を駆け下り、前庭へと飛び出す。外壁の内側に隣接した厩舎から馬を引き出し、鞍を乗せたところで、ジェイクがその手綱に飛びついてきた。
「アトゥイー!待て!」
「ジェイク」
「どこへ行く気だ!?それには何と書いてある?」
ユーリが握りしめていた手紙を、ジェイクがもぎ取った。
そこには短くこう書かれていた。
『王都のアトゥイーは君が取り逃した兎だ。早晩、立后する模様。追伸、今回は手を出していないよ』
「……兎?どういう意味だ?」
ファーリアが「夜の兎」という娼館にいたらしいことは、カスィムとユーリしか知らない。
「ファーリアが……ファーリアが、王都にいるんだ……生きて……!」
ユーリは空を仰ぐ。王都の方角、日没の地平線近くには金星が輝いている。
遠いあの日に別れたきり、生死すら定かではなかった。それでも生きてると信じて探していた。ようやく見つけたと思ったら、思わぬ邪魔が入った。そして消息を断って約一年。
「生きてた……!」
鐙に片足をかけたユーリを、ジェイクが力ずくで引き下ろす。
「ダメだ、ユーリ!行くな!」
「生きてたんだ、ジェイク!」
「いいか、お前は王都へはいけない。手配書が回っている、賞金付きで」
「いやだ。いやだ、俺はファーリアに」
逢いたい。逢って今度こそ、言いそびれた言葉を伝えたい。掴まえて、抱きしめて、もう二度と離さない。
「女に会う前に捕まるぞ!捕まって晒し者にされて処刑される!落ち着けユーリ!」
ジェイクが叫んだ。騒ぎを聞きつけて集まってきた仲間たちと数人がかりで、ユーリを馬から引き剥がす。
「俺は……畜生!」
地面に押さえつけられたユーリが、悲痛な叫びを上げた。
「おれはどうすればいいんだ!!」
「――忘れろ、ユーリ」
肩で息をしながら、ジェイクが諭す。
「いやだ」
「手紙をよく読め。立后すると書いてある」
「……え……?」
ユーリにはカスィムの手紙の意味が分からなかった。ユーリの中のファーリアの姿と「立后」という言葉がどうしても重ならない。何を言っているのか理解できない。
「つまりその女が、国王の妃になるということさ」
背後で声がして振り向くと、カイヤーンが立っていた。
「ファティマが言っていた。後宮の噂では、アトゥイーは国王の寵を受けていると」
「国王……?」
「お前が探している女がそのアトゥイーなら、そいつはもう国王の女になっているということだ」
押さえつける無数の腕に逆らっていたユーリの手足から、力が抜けていく。
「忘れろ、ユーリ」
再びジェイクが言った。
「いやだ……ファーリア……!」
その時、遠くララ=アルサーシャ方面に白煙が立った。
「狼煙――!」
狼煙はリレー方式で伝えられる。アルサーシャからアルヴィラまで連携するのに、早くても六時間ほどかかる。その報せは日没直前ぎりぎりに届いた。
「色は……白だ!」
「イシュラヴァール街道だ!アルナハブへ兵が向かった!」
「よし、例の作戦を開始するぞ!」
砦の男たちは一様に色めき立った。
「アトゥイーはどうする?」
ユーリを抑え込んでいた一人がジェイクに訊いた。
「……地下へ閉じ込めておけ。少し頭を冷やせ、アトゥイー」
「ジェーーーーイク!!」
ユーリの叫びは黙殺され、砦の地下の一室に軟禁された。
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