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第六章 アルナハブ編
尾行
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その頃、シハーブのもとに後宮の宦官から報せが入った。
「例の娘が現れました」
「仕立て屋か」
「はい。記憶では塔の姫君の服も仕立てていたかと」
シハーブの尋問で、塔に籠められた姫は仕立て屋の娘の名を挙げていた。同郷だということで仲良くなった娘は、姫の里心につけ込み、親身に相談に乗った。噂好きの女官たちから仕入れた話を細やかに語って聞かせ、嫉妬心を煽り、更に王が一人になる日や男の口説き方まで入れ知恵したという。
「今どこにいる?」
「納品に来たと言っていましたから、すぐ帰ってしまうやも。捕らえますか?」
「――いや、後をつけさせる。仲間がいるはずだ」
王宮を出たファティマは、しかしすぐに尾行されていることに気付いた。
(二……いや、三人……?)
気付いていることに気付かれないよう、なるべく歩調を変えずに歩く。このまま尾行を連れて「踊る子ブタ」へ行くわけにはいかない。
(どうしよう……一旦工房へ戻ろうか)
と、その時、道の先でこちらに向かって手をふる姿があった。ダーナだ。
ダーナはアルヴィラ砦を出てから、「踊る子ブタ」で臨時で踊り子をしていた。
ファティマは知らんぷりするのを諦めて、笑顔でダーナに駆け寄った。偶然友人に会った、というふりをする。
「ダーナ、よく聞いて。あたし尾けられてるの。たぶん王宮の兵士よ」
「えっ!?どうしよう?逃げる?」
ダーナはあからさまに焦った。
「しっ。笑って」
笑顔を貼り付けたままのファティマに叱られ、ダーナは引きつった笑みを浮かべる。元来、嘘をついたり誤魔化したりは苦手な性格だった。
「……あたしはスキを見て逃げるわ。ダーナ、あんたも逃げたほうがいいよ。きっともう目をつけられてる」
「わかった。すぐに荷物をまとめて王都を出るわ」
「一緒にいると危険かも。別々にアルヴィラを目指しましょう」
じゃあまたね、と笑顔で手を振り交わし、二人は別れた。
ダーナはオットーの肉屋に間借りしていた。オットーに手短に事情を説明し、手早く荷物をまとめて砂漠街道を目指す。
大通りに出たところで、ダーナは騎馬の一団に行き合った。
慌てて道の端に避ける。どうやら国軍兵士らしいが、先頭の数人だけは見慣れない制服を着ていた。
「あっ……?」
ダーナは目を疑った。その先頭を行く一人に、見覚えがあった。
「ねぇ!ねぇ、ちょっと!あの人、女のひと?」
たまたま近くで見物していた女をつかまえて、ダーナは訊いた。
「え?どれ?」
「だから、あの、先頭の」
「ああ、あのマントは近衛兵ね。かっこいいわよねぇ」
「いやそうじゃなくて、あの先頭の、ちっちゃい人!あれ、誰?男?女?」
「えー?知らないわよぅ……」
そんなことを話している間に、その姿はもう見えなくなってしまった。だが、ダーナの目には馬上の人物の横顔がくっきりと残っていた。あれは、確かに。
「……あの子だわ……」
もう一年以上前だ。初めて会った時も、男の子の格好をしていた。ユーリの陰に隠れるように、おどおどとしていた。
二度目に会ったのはその数日後、砂漠の岩場だった。ジャヤトリア辺境伯の兵士に密告したダーナは、彼女に組み伏せられて短剣を突きつけられたのだ。
そうだ。あれは確かにあの娘だ。名前はなんといったか。
「ユーリ……ユーリに知らせなきゃ……」
騎馬の一団はイシュラヴァール街道を東へと駆けていった。
それを見届けて、ダーナはふらふらと南東門を出た。
仲間の間では、国軍の兵が王都を出たら狼煙を上げる事になっていた。東門は白煙、南東門は黒煙、南門は黄色がかった煙を上げる。狼煙を上げる場所は、ザラから聞いて知っていた。ダーナは街道を逸れて、教えられた場所へと向かった。予め隠してあった特殊な燃料に火を付けると、勢いよく白煙が立ち上った。
(これでいいわ。あたしも逃げよう)
ダーナは立ち上がった。だがその行く手を、数人の警備兵が塞いだ。
「……えっ……?」
「反乱軍の一味だな?」
ダーナは青ざめた。そして、自分が完全に逃げ遅れたことを悟った。
「例の娘が現れました」
「仕立て屋か」
「はい。記憶では塔の姫君の服も仕立てていたかと」
シハーブの尋問で、塔に籠められた姫は仕立て屋の娘の名を挙げていた。同郷だということで仲良くなった娘は、姫の里心につけ込み、親身に相談に乗った。噂好きの女官たちから仕入れた話を細やかに語って聞かせ、嫉妬心を煽り、更に王が一人になる日や男の口説き方まで入れ知恵したという。
「今どこにいる?」
「納品に来たと言っていましたから、すぐ帰ってしまうやも。捕らえますか?」
「――いや、後をつけさせる。仲間がいるはずだ」
王宮を出たファティマは、しかしすぐに尾行されていることに気付いた。
(二……いや、三人……?)
気付いていることに気付かれないよう、なるべく歩調を変えずに歩く。このまま尾行を連れて「踊る子ブタ」へ行くわけにはいかない。
(どうしよう……一旦工房へ戻ろうか)
と、その時、道の先でこちらに向かって手をふる姿があった。ダーナだ。
ダーナはアルヴィラ砦を出てから、「踊る子ブタ」で臨時で踊り子をしていた。
ファティマは知らんぷりするのを諦めて、笑顔でダーナに駆け寄った。偶然友人に会った、というふりをする。
「ダーナ、よく聞いて。あたし尾けられてるの。たぶん王宮の兵士よ」
「えっ!?どうしよう?逃げる?」
ダーナはあからさまに焦った。
「しっ。笑って」
笑顔を貼り付けたままのファティマに叱られ、ダーナは引きつった笑みを浮かべる。元来、嘘をついたり誤魔化したりは苦手な性格だった。
「……あたしはスキを見て逃げるわ。ダーナ、あんたも逃げたほうがいいよ。きっともう目をつけられてる」
「わかった。すぐに荷物をまとめて王都を出るわ」
「一緒にいると危険かも。別々にアルヴィラを目指しましょう」
じゃあまたね、と笑顔で手を振り交わし、二人は別れた。
ダーナはオットーの肉屋に間借りしていた。オットーに手短に事情を説明し、手早く荷物をまとめて砂漠街道を目指す。
大通りに出たところで、ダーナは騎馬の一団に行き合った。
慌てて道の端に避ける。どうやら国軍兵士らしいが、先頭の数人だけは見慣れない制服を着ていた。
「あっ……?」
ダーナは目を疑った。その先頭を行く一人に、見覚えがあった。
「ねぇ!ねぇ、ちょっと!あの人、女のひと?」
たまたま近くで見物していた女をつかまえて、ダーナは訊いた。
「え?どれ?」
「だから、あの、先頭の」
「ああ、あのマントは近衛兵ね。かっこいいわよねぇ」
「いやそうじゃなくて、あの先頭の、ちっちゃい人!あれ、誰?男?女?」
「えー?知らないわよぅ……」
そんなことを話している間に、その姿はもう見えなくなってしまった。だが、ダーナの目には馬上の人物の横顔がくっきりと残っていた。あれは、確かに。
「……あの子だわ……」
もう一年以上前だ。初めて会った時も、男の子の格好をしていた。ユーリの陰に隠れるように、おどおどとしていた。
二度目に会ったのはその数日後、砂漠の岩場だった。ジャヤトリア辺境伯の兵士に密告したダーナは、彼女に組み伏せられて短剣を突きつけられたのだ。
そうだ。あれは確かにあの娘だ。名前はなんといったか。
「ユーリ……ユーリに知らせなきゃ……」
騎馬の一団はイシュラヴァール街道を東へと駆けていった。
それを見届けて、ダーナはふらふらと南東門を出た。
仲間の間では、国軍の兵が王都を出たら狼煙を上げる事になっていた。東門は白煙、南東門は黒煙、南門は黄色がかった煙を上げる。狼煙を上げる場所は、ザラから聞いて知っていた。ダーナは街道を逸れて、教えられた場所へと向かった。予め隠してあった特殊な燃料に火を付けると、勢いよく白煙が立ち上った。
(これでいいわ。あたしも逃げよう)
ダーナは立ち上がった。だがその行く手を、数人の警備兵が塞いだ。
「……えっ……?」
「反乱軍の一味だな?」
ダーナは青ざめた。そして、自分が完全に逃げ遅れたことを悟った。
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