イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
81 / 230
第六章 アルナハブ編

尾行

しおりを挟む
 その頃、シハーブのもとに後宮の宦官から報せが入った。
「例の娘が現れました」
「仕立て屋か」
「はい。記憶ではの服も仕立てていたかと」
 シハーブの尋問で、塔に籠められた姫は仕立て屋の娘の名を挙げていた。同郷だということで仲良くなった娘は、姫の里心につけ込み、親身に相談に乗った。噂好きの女官たちから仕入れた話を細やかに語って聞かせ、嫉妬心を煽り、更に王が一人になる日や男の口説き方まで入れ知恵したという。
「今どこにいる?」
「納品に来たと言っていましたから、すぐ帰ってしまうやも。捕らえますか?」
「――いや、後をつけさせる。仲間がいるはずだ」
 王宮を出たファティマは、しかしすぐに尾行されていることに気付いた。
(二……いや、三人……?)
 気付いていることに気付かれないよう、なるべく歩調を変えずに歩く。このまま尾行を連れて「踊る子ブタ」へ行くわけにはいかない。
(どうしよう……一旦工房へ戻ろうか)
 と、その時、道の先でこちらに向かって手をふる姿があった。ダーナだ。
 ダーナはアルヴィラ砦を出てから、「踊る子ブタ」で臨時で踊り子をしていた。
 ファティマは知らんぷりするのを諦めて、笑顔でダーナに駆け寄った。偶然友人に会った、というふりをする。
「ダーナ、よく聞いて。あたし尾けられてるの。たぶん王宮の兵士よ」
「えっ!?どうしよう?逃げる?」
 ダーナはあからさまに焦った。
「しっ。笑って」
 笑顔を貼り付けたままのファティマに叱られ、ダーナは引きつった笑みを浮かべる。元来、嘘をついたり誤魔化したりは苦手な性格だった。
「……あたしはスキを見て逃げるわ。ダーナ、あんたも逃げたほうがいいよ。きっともう目をつけられてる」
「わかった。すぐに荷物をまとめて王都を出るわ」
「一緒にいると危険かも。別々にアルヴィラを目指しましょう」
 じゃあまたね、と笑顔で手を振り交わし、二人は別れた。
 ダーナはオットーの肉屋に間借りしていた。オットーに手短に事情を説明し、手早く荷物をまとめて砂漠街道を目指す。
 大通りに出たところで、ダーナは騎馬の一団に行き合った。
 慌てて道の端に避ける。どうやら国軍兵士らしいが、先頭の数人だけは見慣れない制服を着ていた。
「あっ……?」
 ダーナは目を疑った。その先頭を行く一人に、見覚えがあった。
「ねぇ!ねぇ、ちょっと!あの人、女のひと?」
 たまたま近くで見物していた女をつかまえて、ダーナは訊いた。
「え?どれ?」
「だから、あの、先頭の」
「ああ、あのマントは近衛兵ね。かっこいいわよねぇ」
「いやそうじゃなくて、あの先頭の、ちっちゃい人!あれ、誰?男?女?」
「えー?知らないわよぅ……」
 そんなことを話している間に、その姿はもう見えなくなってしまった。だが、ダーナの目には馬上の人物の横顔がくっきりと残っていた。あれは、確かに。
「……あの子だわ……」
 もう一年以上前だ。初めて会った時も、男の子の格好をしていた。ユーリの陰に隠れるように、おどおどとしていた。
 二度目に会ったのはその数日後、砂漠の岩場だった。ジャヤトリア辺境伯の兵士に密告したダーナは、彼女に組み伏せられて短剣を突きつけられたのだ。
 そうだ。あれは確かにあの娘だ。名前はなんといったか。
「ユーリ……ユーリに知らせなきゃ……」
 騎馬の一団はイシュラヴァール街道を東へと駆けていった。
 それを見届けて、ダーナはふらふらと南東門を出た。
 仲間の間では、国軍の兵が王都を出たら狼煙を上げる事になっていた。東門は白煙、南東門は黒煙、南門は黄色がかった煙を上げる。狼煙を上げる場所は、ザラから聞いて知っていた。ダーナは街道を逸れて、教えられた場所へと向かった。予め隠してあった特殊な燃料に火を付けると、勢いよく白煙が立ち上った。
(これでいいわ。あたしも逃げよう)
 ダーナは立ち上がった。だがその行く手を、数人の警備兵が塞いだ。
「……えっ……?」
「反乱軍の一味だな?」
 ダーナは青ざめた。そして、自分が完全に逃げ遅れたことを悟った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

処理中です...