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第六章 アルナハブ編
それぞれの道程
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砂漠の黒鷹ユーリ・アトゥイー。
彼は確かに、反乱軍にいるのだ。
砂漠を突っ切る街道の単調な風景が、ファーリアの思考を自然と内側へと向かわせる。
王国の北西にあるララ=アルサーシャから真っ直ぐに東に向かうイシュラヴァール街道を、三十数騎の騎馬が行く。東にある隣国アルナハブまでは七日の行程だ。四日目の昼に差し掛かり、交わす言葉も少なくなっている。
十騎でいい、とエディアカラは言ったが、いつ解放戦線の戦士に襲撃されるかわからないとスカイが主張して、更に二十騎増やした。エディとアトゥイーの他、近衛隊から四名、エディの古巣の治安部隊から十名、陸軍から十五名、傭兵隊からは狙撃手のリンを借りた混成隊だ。
近衛隊の四名には、スカイから特別に言い含められていた――何があってもアトゥイーを無事に連れ帰れ、と。なんなら密書もエディアカラ少佐も二の次でいい――。その屈託のない笑顔とは裏腹の容赦ない性格で「冷血鬼」と渾名されたスカイが、久しぶりに見せた冷酷な表情には、いつもの笑みはなかった。
アトゥイーは、馬上で物思いに耽っていた。
(カスィムは何故、わたしに会いに来たのだろう――)
あの時、後宮を出た日、突然すぎるカスィムの訪問に驚いて、アトゥイーは何も反応できなかった。娼館にいたことを隠している後ろめたさから、早く立ち去ってほしいとすら思った。アトゥイーの望み通り、カスィムはユーリの正体だけ伝えると、あっさりと去っていった。動転していたアトゥイーは、追いかけて問い質そうとも思わなかった。
(もっとちゃんと聞いておけばよかった……)
逢いたい逢いたいと願った人。
なのに、掴んだ手がかりはあまりに無情すぎた。
(どうして――どうして、敵側にいるの……?)
逢いたいのに。
どうして戦わなければならないのか。
(どうしてわたしは、ここにいるの……)
くらり、と視界が揺れる。
――なぜおまえはそちらがわにいる――?
「――――ぐっ!」
突如、目の前に血泡を吐きながら喋る男の幻影が現れて、吐き気がこみ上げた。
「大丈夫!?」
心配したエディが声を掛ける。アトゥイーは手綱を握り直し、水袋を出して水を一口飲んだ。
「……大丈夫。久しぶりの砂漠で、ちょっと日に当てられただけだ」
アトゥイーは広大な砂漠を見渡した。視界にはアトゥイーたちの他には人っ子一人、駱駝一頭いない。
「――行こう。日が暮れる前に市場に着かないと」
この砂漠のどこかに、ユーリがいる。
*****
遡ること十日前。ジェイクはアルナハブへ密かに兵を向かわせていた。
「順当に行って、イシュラヴァール王はアルナハブの宰相と停戦交渉するはずだ」
ジェイクがチェスの駒を地図の上に置いていく。
「宰相とて、アルナハブ王や第一王子を差し置いて末子の王子が勝手に宣戦布告したことを気に入ってはいない。が、末の王子は大宰相の将軍時代のお気に入りでもある。王が動かない限りは末の王子に意見もできない。そこへイシュラヴァールが交易税の引き下げなりをエサにする。アルナハブは、イシュラヴァールを通らないと大国シャルナクと交易ができない。イシュラヴァール街道の交易条件の緩和は喉から手が出るほど欲しいはずだ」
「じゃあ、アルナハブは和平に応じるのか?それじゃ挟み撃ちに遭うのは俺らじゃねぇか」
「そこでイシュラヴァールの密使がアルナハブの宰相と会見したところを押さえる。理由は何でもいい、とにかく謀反だクーデターだと理由をつけて拘束する。宰相の裏に第三王子がついている……という裏工作をしておいたから、宰相は王子ともども失脚、アルナハブはクーデターに関与したという名目で、イシュラヴァールを攻撃する大義名分ができる」
「……ジェイク、あんた、見かけによらず大胆だな。気に入ったぜ」
「目的はイシュラヴァールの弱体化だ。砂漠地帯で我々とアルナハブ軍でイシュラヴァール軍を挟み撃ちにすれば、アルナハブにも恩が売れるだろう」
「――が、我らが国王サマもそこまで阿呆ではない、と仮定して、裏をかいたつもりのジェイクの策の、更にその裏をかいてくるに違いない――だから俺らは、裏の裏の裏をかいてやるのさ」
カイヤーンは焚き火で炙った干し肉を齧りながら言った。ユーリを伴い、ファティマと合流した一行は、アルナハブの都エクバターナを目指していた。テントも何も持ってきていないので、露天で野宿である。
「まあ見てろ――ジェイクの策は失敗する。あいつは正義感が強すぎるんだ。国王なんていう希代の悪党の相手をするにはな」
「国王って悪党なのか?」
ハッサが無邪気に訊ねた。
「悪党か余程の阿呆じゃなきゃ立てねぇだろう、国の天辺になんて」
「ねえ、でも、だったら最初からジェイクの送り込んだ兵に加勢すりゃいいんじゃないの?まどろっこしい」
「分かってねぇな、ファティマ。そりゃあそうさ。お前の言うとおりだ。でもそれじゃジェイクに恩を売れねぇ。ピンチを救うから有り難みがあるってもんだ」
「あんたって男は……」
「なんだ、賢すぎて惚れ直したか?」
「バカね。そういうのは小賢しいっていうのよ」
「……どっちみち、王都から向かっている密使には追いつけない。三日前にアルサーシャを出ているとしたら、彼らは明々後日にはエクバターナに着く。だが、ここからエクバターナまではどう見積もってもあと四日はかかる」
ユーリが言った。
(それまで、無事でいてくれれば――)
彼は確かに、反乱軍にいるのだ。
砂漠を突っ切る街道の単調な風景が、ファーリアの思考を自然と内側へと向かわせる。
王国の北西にあるララ=アルサーシャから真っ直ぐに東に向かうイシュラヴァール街道を、三十数騎の騎馬が行く。東にある隣国アルナハブまでは七日の行程だ。四日目の昼に差し掛かり、交わす言葉も少なくなっている。
十騎でいい、とエディアカラは言ったが、いつ解放戦線の戦士に襲撃されるかわからないとスカイが主張して、更に二十騎増やした。エディとアトゥイーの他、近衛隊から四名、エディの古巣の治安部隊から十名、陸軍から十五名、傭兵隊からは狙撃手のリンを借りた混成隊だ。
近衛隊の四名には、スカイから特別に言い含められていた――何があってもアトゥイーを無事に連れ帰れ、と。なんなら密書もエディアカラ少佐も二の次でいい――。その屈託のない笑顔とは裏腹の容赦ない性格で「冷血鬼」と渾名されたスカイが、久しぶりに見せた冷酷な表情には、いつもの笑みはなかった。
アトゥイーは、馬上で物思いに耽っていた。
(カスィムは何故、わたしに会いに来たのだろう――)
あの時、後宮を出た日、突然すぎるカスィムの訪問に驚いて、アトゥイーは何も反応できなかった。娼館にいたことを隠している後ろめたさから、早く立ち去ってほしいとすら思った。アトゥイーの望み通り、カスィムはユーリの正体だけ伝えると、あっさりと去っていった。動転していたアトゥイーは、追いかけて問い質そうとも思わなかった。
(もっとちゃんと聞いておけばよかった……)
逢いたい逢いたいと願った人。
なのに、掴んだ手がかりはあまりに無情すぎた。
(どうして――どうして、敵側にいるの……?)
逢いたいのに。
どうして戦わなければならないのか。
(どうしてわたしは、ここにいるの……)
くらり、と視界が揺れる。
――なぜおまえはそちらがわにいる――?
「――――ぐっ!」
突如、目の前に血泡を吐きながら喋る男の幻影が現れて、吐き気がこみ上げた。
「大丈夫!?」
心配したエディが声を掛ける。アトゥイーは手綱を握り直し、水袋を出して水を一口飲んだ。
「……大丈夫。久しぶりの砂漠で、ちょっと日に当てられただけだ」
アトゥイーは広大な砂漠を見渡した。視界にはアトゥイーたちの他には人っ子一人、駱駝一頭いない。
「――行こう。日が暮れる前に市場に着かないと」
この砂漠のどこかに、ユーリがいる。
*****
遡ること十日前。ジェイクはアルナハブへ密かに兵を向かわせていた。
「順当に行って、イシュラヴァール王はアルナハブの宰相と停戦交渉するはずだ」
ジェイクがチェスの駒を地図の上に置いていく。
「宰相とて、アルナハブ王や第一王子を差し置いて末子の王子が勝手に宣戦布告したことを気に入ってはいない。が、末の王子は大宰相の将軍時代のお気に入りでもある。王が動かない限りは末の王子に意見もできない。そこへイシュラヴァールが交易税の引き下げなりをエサにする。アルナハブは、イシュラヴァールを通らないと大国シャルナクと交易ができない。イシュラヴァール街道の交易条件の緩和は喉から手が出るほど欲しいはずだ」
「じゃあ、アルナハブは和平に応じるのか?それじゃ挟み撃ちに遭うのは俺らじゃねぇか」
「そこでイシュラヴァールの密使がアルナハブの宰相と会見したところを押さえる。理由は何でもいい、とにかく謀反だクーデターだと理由をつけて拘束する。宰相の裏に第三王子がついている……という裏工作をしておいたから、宰相は王子ともども失脚、アルナハブはクーデターに関与したという名目で、イシュラヴァールを攻撃する大義名分ができる」
「……ジェイク、あんた、見かけによらず大胆だな。気に入ったぜ」
「目的はイシュラヴァールの弱体化だ。砂漠地帯で我々とアルナハブ軍でイシュラヴァール軍を挟み撃ちにすれば、アルナハブにも恩が売れるだろう」
「――が、我らが国王サマもそこまで阿呆ではない、と仮定して、裏をかいたつもりのジェイクの策の、更にその裏をかいてくるに違いない――だから俺らは、裏の裏の裏をかいてやるのさ」
カイヤーンは焚き火で炙った干し肉を齧りながら言った。ユーリを伴い、ファティマと合流した一行は、アルナハブの都エクバターナを目指していた。テントも何も持ってきていないので、露天で野宿である。
「まあ見てろ――ジェイクの策は失敗する。あいつは正義感が強すぎるんだ。国王なんていう希代の悪党の相手をするにはな」
「国王って悪党なのか?」
ハッサが無邪気に訊ねた。
「悪党か余程の阿呆じゃなきゃ立てねぇだろう、国の天辺になんて」
「ねえ、でも、だったら最初からジェイクの送り込んだ兵に加勢すりゃいいんじゃないの?まどろっこしい」
「分かってねぇな、ファティマ。そりゃあそうさ。お前の言うとおりだ。でもそれじゃジェイクに恩を売れねぇ。ピンチを救うから有り難みがあるってもんだ」
「あんたって男は……」
「なんだ、賢すぎて惚れ直したか?」
「バカね。そういうのは小賢しいっていうのよ」
「……どっちみち、王都から向かっている密使には追いつけない。三日前にアルサーシャを出ているとしたら、彼らは明々後日にはエクバターナに着く。だが、ここからエクバターナまではどう見積もってもあと四日はかかる」
ユーリが言った。
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