イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
85 / 230
第六章 アルナハブ編

それぞれの道程

しおりを挟む
 砂漠の黒鷹ユーリ・アトゥイー。
 彼は確かに、反乱軍にいるのだ。
 砂漠を突っ切る街道の単調な風景が、ファーリアの思考を自然と内側へと向かわせる。
 王国の北西にあるララ=アルサーシャから真っ直ぐに東に向かうイシュラヴァール街道を、三十数騎の騎馬が行く。東にある隣国アルナハブまでは七日の行程だ。四日目の昼に差し掛かり、交わす言葉も少なくなっている。
 十騎でいい、とエディアカラは言ったが、いつ解放戦線の戦士に襲撃されるかわからないとスカイが主張して、更に二十騎増やした。エディとアトゥイーの他、近衛隊から四名、エディの古巣の治安部隊から十名、陸軍から十五名、傭兵隊からは狙撃手のリンを借りた混成隊だ。
 近衛隊の四名には、スカイから特別に言い含められていた――何があってもアトゥイーを無事に連れ帰れ、と。なんなら密書もエディアカラ少佐も二の次でいい――。その屈託のない笑顔とは裏腹の容赦ない性格で「冷血鬼」と渾名されたスカイが、久しぶりに見せた冷酷な表情には、いつもの笑みはなかった。
 アトゥイーは、馬上で物思いに耽っていた。
(カスィムは何故、わたしに会いに来たのだろう――)
 あの時、後宮を出た日、突然すぎるカスィムの訪問に驚いて、アトゥイーは何も反応できなかった。娼館にいたことを隠している後ろめたさから、早く立ち去ってほしいとすら思った。アトゥイーの望み通り、カスィムはユーリの正体だけ伝えると、あっさりと去っていった。動転していたアトゥイーは、追いかけて問い質そうとも思わなかった。
(もっとちゃんと聞いておけばよかった……)
 逢いたい逢いたいと願った人。
 なのに、掴んだ手がかりはあまりに無情すぎた。
(どうして――どうして、敵側そっちにいるの……?)
 逢いたいのに。
 どうして戦わなければならないのか。
(どうしてわたしは、ここにいるの……)
 くらり、と視界が揺れる。
 ――なぜおまえはそちらがわにいる――?
「――――ぐっ!」
 突如、目の前に血泡を吐きながら喋る男の幻影が現れて、吐き気がこみ上げた。
「大丈夫!?」
 心配したエディが声を掛ける。アトゥイーは手綱を握り直し、水袋を出して水を一口飲んだ。
「……大丈夫。久しぶりの砂漠で、ちょっと日に当てられただけだ」
 アトゥイーは広大な砂漠を見渡した。視界にはアトゥイーたちの他には人っ子一人、駱駝一頭いない。
「――行こう。日が暮れる前に市場に着かないと」
 この砂漠のどこかに、ユーリがいる。

   *****

 遡ること十日前。ジェイクはアルナハブへ密かに兵を向かわせていた。
「順当に行って、イシュラヴァール王はアルナハブの宰相と停戦交渉するはずだ」
 ジェイクがチェスの駒を地図の上に置いていく。
「宰相とて、アルナハブ王や第一王子を差し置いて末子の王子が勝手に宣戦布告したことを気に入ってはいない。が、末の王子は大宰相の将軍時代のお気に入りでもある。王が動かない限りは末の王子に意見もできない。そこへイシュラヴァールが交易税の引き下げなりをエサにする。アルナハブは、イシュラヴァールを通らないと大国シャルナクと交易ができない。イシュラヴァール街道の交易条件の緩和は喉から手が出るほど欲しいはずだ」
「じゃあ、アルナハブは和平に応じるのか?それじゃ挟み撃ちに遭うのは俺らじゃねぇか」
「そこでイシュラヴァールの密使がアルナハブの宰相と会見したところを押さえる。理由は何でもいい、とにかく謀反だクーデターだと理由をつけて拘束する。宰相の裏に第三王子がついている……という裏工作をしておいたから、宰相は王子ともども失脚、アルナハブはクーデターに関与したという名目で、イシュラヴァールを攻撃する大義名分ができる」
「……ジェイク、あんた、見かけによらず大胆だな。気に入ったぜ」
「目的はイシュラヴァールの弱体化だ。砂漠地帯で我々とアルナハブ軍でイシュラヴァール軍を挟み撃ちにすれば、アルナハブにも恩が売れるだろう」

「――が、我らが国王サマもそこまで阿呆あほうではない、と仮定して、裏をかいたつもりのジェイクの策の、更にその裏をかいてくるに違いない――だから俺らは、裏の裏の裏をかいてやるのさ」
 カイヤーンは焚き火で炙った干し肉を齧りながら言った。ユーリを伴い、ファティマと合流した一行は、アルナハブの都エクバターナを目指していた。テントも何も持ってきていないので、露天で野宿である。
「まあ見てろ――ジェイクの策は失敗する。あいつは正義感が強すぎるんだ。国王なんていう希代の悪党の相手をするにはな」
「国王って悪党なのか?」
 ハッサが無邪気に訊ねた。
「悪党か余程の阿呆あほうじゃなきゃ立てねぇだろう、国の天辺てっぺんになんて」
「ねえ、でも、だったら最初からジェイクの送り込んだ兵に加勢すりゃいいんじゃないの?まどろっこしい」
「分かってねぇな、ファティマ。そりゃあそうさ。お前の言うとおりだ。でもそれじゃジェイクに恩を売れねぇ。ピンチを救うから有り難みがあるってもんだ」
「あんたって男は……」
「なんだ、賢すぎて惚れ直したか?」
「バカね。そういうのは小賢しいっていうのよ」
「……どっちみち、王都から向かっている密使には追いつけない。三日前にアルサーシャを出ているとしたら、彼らは明々後日にはエクバターナに着く。だが、ここからエクバターナまではどう見積もってもあと四日はかかる」
 ユーリが言った。
(それまで、無事でいてくれれば――)
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

処理中です...