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第七章 愛執編
エディアカラの報告書
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ララ=アルサーシャの王宮にアルナハブの政変の報せが届いたのは、エディらがエクバターナを脱出して二日後のことだった。「アルナハブ王家に異変あり」の第一報から、五月雨式に情報が届く。更に二日後、バラドの街からエディが出した早馬が王都に着き、事の詳細を伝えた。
エディからの書簡には、アルナハブ第六王子ダレイがアルヴィラ解放戦線と組んでクーデターを起こしたこと、ニケ王妃軍がこれに対抗して起ったこと、不当に幽閉されていた第五王子ヤーシャールを救出したこと、同氏のイシュラヴァールへの亡命を許可してほしいこと……などが詳しく記述されていた。
参事会は紛糾した。
「やはり反乱軍の後ろにはアルナハブがついておったか!」
「だが今回の件はダレイ王子の軽はずみで、国王は了承していないという話ではないのか?」
「ヤーシャール王子の脱獄幇助は他国介入に当たるのでは?」
「いや、今回の状況的に、幇助というよりも我が国の使節が脱出する際の、あくまでついでに脱獄した、というのが正しいのではないか」
「仮にそうだとしても、アルナハブ政府がどう捉えるかは別問題じゃ」
「その場合、亡命してくるヤーシャール王子に人質としての価値はあるのかね?」
「異議あり!亡命者を人質に取るのは同義に悖る。賛成いたしかねますな」
「結局、クーデターは成功したのかね?失敗したのかね?」
「それについては、アルナハブに潜ませている密偵から最新の情報が届いている」
シハーブが答える。
「エクバターナは現在、王妃軍が勝利し、戒厳令が敷かれている。ダレイ王子はアルヴィラ解放戦線と共に逃げ落ちた模様、とのことだ」
「なんと――!ではダレイ王子の私兵がまるごと反乱軍についたということになるな!?」
肘をついた手に頬をもたせかけて、マルスは不機嫌に黙り込んでいた。
正直なところ、マルスにとってアルナハブの王家がひっくり返ったことなどどうでも良かった。アルヴィラ解放戦線を叩くのに、誰が敵なのかを見極めたかっただけなのだ。マルスは今の所、アルナハブそのものには興味がなかった。
(砂漠の領土を増やしたところで、たかが知れている――)
だが参事たちの誰も王の真意を理解している者はいなかった。そのことが王を辟易とさせていた。
「――マルス様」
シハーブがマルスに小声で話し掛けた。あまり人に聞かれたくはない。
「実はスカイが少々、お伝えしたいことがあると」
「……では星の間へ移動しよう。昼食でも運ばせろ」
このタイミングで王と側近が執務室に籠もったら、官吏たちの間に余計な詮索を生む。一方、星の間は表向き王のプライベートな間であるから、官吏の目が届きにくい。
シハーブが手配し、星の間でマルス、シハーブ、スカイの三人は簡単な昼食を囲んだ。
「実は、報告には続きがありまして」
エディの書簡の最後には、バラドの宿で起きた事件についてと、アトゥイーが戦闘中に行方不明になったことに触れられていた。
「――バラドで問題を起こした兵士三名につきましては、管轄の国境警備兵が王都へ護送します故、審議の程お願い致します。また、エクバターナでの戦闘中に十名が負傷しましたが、いずれも軽症――近衛兵一名が行方不明――」
「それがアトゥイーだと申すのか?」
書簡を読み上げるスカイに、マルスは苛立ちをぶつける。心配していたことが現実になったのだ。
「報告にはそう書いてあります。ついては、隊の一部をアトゥイーの捜索に充てる許可が欲しいと」
「許可を待っている暇にさっさと探させろ。バラドの賊は、アトゥイーが目的だったのか?隊長のエディアカラではなく?」
「そのようですね。本日中にはバラドから例の三名が到着する予定ですから、着き次第尋問を開始します」
「そいつらの一味がエクバターナに残っていて、アトゥイーを攫った可能性は?」
「……不明です」
「なにもかも後手だな、珍しく」
マルスは口元に薄笑いを浮かべてスカイを睨みつけた。その眼には怒りと焦燥が燃えている。
「――面目もございません」
マルスは苛立ち紛れに、手にしていた茶杯を壁に叩きつけた。そのまま席を立って、中庭へと出る。
スカイは首謀者に心当たりがあった。
「――もしこれがアリー宰相の差し金だったら、ただ事では済まないな――いや、もし宰相でないなら、もっと最悪かも……」
スカイはマルスに聞こえないように呟いた。それを耳にしたシハーブが首肯する。もしも国王の第一側室の仕業なら、醜聞は避けられない。
「今、王家の威信を損なうわけにはいかん。他国のお家騒動を傍観している場合ではなくなってきたな」
「シハーブ!」
中庭からマルスが呼んだ。
「あの踊り子の娘はどうした?」
「吐きましたよ。最初は強情でしたが、少々痛めつけたらあっさりと。やはり反乱軍の一味でした」
「仲間の場所はわかったのか?」
「はい。今、治安部隊を差し向けています」
「女は?」
「弱ってはいますが、生きています。使いますか?」
マルスは頷いた。
「アルナハブまで巻き込んでは、いささか事が大きくなりすぎた。代償は払ってもらう。まあ、あの娘ごときでどれだけの者が釣れるのかわからぬがな」
昼食が揃った――と声が掛かり、王が星の間へ戻るのを、中庭の茂みの陰から見ていた者がいた。
その女は、音もなくその場を離れ、庭づたいに後宮の門の前まで出ると、その白と金の門をくぐって中へと入っていった。
そして、物陰から更に男が一人、その女を見張っていた。男は女が後宮へ消えたのを見届けて、戻っていった。
見張られていたことに気付かないまま、女は主人のもとへと急いだ。
後宮の中でもひときわ広い居室の、豪奢な扉を叩く。すぐに中から声がした。
「――入れ」
「失礼致します――兵士が三名、アルサーシャに連行されてくるそうでございます、本日中にも」
「……失敗したか」
「そのようでございます。ですが、ご本人は行方不明とのこと」
「なんですって――?」
「戦いの最中に、何者かに拉致されたとか」
主人――サラ=マナは眉を寄せて何事か考え込んでいたが、鏡台の引き出しから小瓶を取り出して、女に渡した。
「ひと瓶で十人分はある。ゆめゆめしくじらぬようにな」
エディからの書簡には、アルナハブ第六王子ダレイがアルヴィラ解放戦線と組んでクーデターを起こしたこと、ニケ王妃軍がこれに対抗して起ったこと、不当に幽閉されていた第五王子ヤーシャールを救出したこと、同氏のイシュラヴァールへの亡命を許可してほしいこと……などが詳しく記述されていた。
参事会は紛糾した。
「やはり反乱軍の後ろにはアルナハブがついておったか!」
「だが今回の件はダレイ王子の軽はずみで、国王は了承していないという話ではないのか?」
「ヤーシャール王子の脱獄幇助は他国介入に当たるのでは?」
「いや、今回の状況的に、幇助というよりも我が国の使節が脱出する際の、あくまでついでに脱獄した、というのが正しいのではないか」
「仮にそうだとしても、アルナハブ政府がどう捉えるかは別問題じゃ」
「その場合、亡命してくるヤーシャール王子に人質としての価値はあるのかね?」
「異議あり!亡命者を人質に取るのは同義に悖る。賛成いたしかねますな」
「結局、クーデターは成功したのかね?失敗したのかね?」
「それについては、アルナハブに潜ませている密偵から最新の情報が届いている」
シハーブが答える。
「エクバターナは現在、王妃軍が勝利し、戒厳令が敷かれている。ダレイ王子はアルヴィラ解放戦線と共に逃げ落ちた模様、とのことだ」
「なんと――!ではダレイ王子の私兵がまるごと反乱軍についたということになるな!?」
肘をついた手に頬をもたせかけて、マルスは不機嫌に黙り込んでいた。
正直なところ、マルスにとってアルナハブの王家がひっくり返ったことなどどうでも良かった。アルヴィラ解放戦線を叩くのに、誰が敵なのかを見極めたかっただけなのだ。マルスは今の所、アルナハブそのものには興味がなかった。
(砂漠の領土を増やしたところで、たかが知れている――)
だが参事たちの誰も王の真意を理解している者はいなかった。そのことが王を辟易とさせていた。
「――マルス様」
シハーブがマルスに小声で話し掛けた。あまり人に聞かれたくはない。
「実はスカイが少々、お伝えしたいことがあると」
「……では星の間へ移動しよう。昼食でも運ばせろ」
このタイミングで王と側近が執務室に籠もったら、官吏たちの間に余計な詮索を生む。一方、星の間は表向き王のプライベートな間であるから、官吏の目が届きにくい。
シハーブが手配し、星の間でマルス、シハーブ、スカイの三人は簡単な昼食を囲んだ。
「実は、報告には続きがありまして」
エディの書簡の最後には、バラドの宿で起きた事件についてと、アトゥイーが戦闘中に行方不明になったことに触れられていた。
「――バラドで問題を起こした兵士三名につきましては、管轄の国境警備兵が王都へ護送します故、審議の程お願い致します。また、エクバターナでの戦闘中に十名が負傷しましたが、いずれも軽症――近衛兵一名が行方不明――」
「それがアトゥイーだと申すのか?」
書簡を読み上げるスカイに、マルスは苛立ちをぶつける。心配していたことが現実になったのだ。
「報告にはそう書いてあります。ついては、隊の一部をアトゥイーの捜索に充てる許可が欲しいと」
「許可を待っている暇にさっさと探させろ。バラドの賊は、アトゥイーが目的だったのか?隊長のエディアカラではなく?」
「そのようですね。本日中にはバラドから例の三名が到着する予定ですから、着き次第尋問を開始します」
「そいつらの一味がエクバターナに残っていて、アトゥイーを攫った可能性は?」
「……不明です」
「なにもかも後手だな、珍しく」
マルスは口元に薄笑いを浮かべてスカイを睨みつけた。その眼には怒りと焦燥が燃えている。
「――面目もございません」
マルスは苛立ち紛れに、手にしていた茶杯を壁に叩きつけた。そのまま席を立って、中庭へと出る。
スカイは首謀者に心当たりがあった。
「――もしこれがアリー宰相の差し金だったら、ただ事では済まないな――いや、もし宰相でないなら、もっと最悪かも……」
スカイはマルスに聞こえないように呟いた。それを耳にしたシハーブが首肯する。もしも国王の第一側室の仕業なら、醜聞は避けられない。
「今、王家の威信を損なうわけにはいかん。他国のお家騒動を傍観している場合ではなくなってきたな」
「シハーブ!」
中庭からマルスが呼んだ。
「あの踊り子の娘はどうした?」
「吐きましたよ。最初は強情でしたが、少々痛めつけたらあっさりと。やはり反乱軍の一味でした」
「仲間の場所はわかったのか?」
「はい。今、治安部隊を差し向けています」
「女は?」
「弱ってはいますが、生きています。使いますか?」
マルスは頷いた。
「アルナハブまで巻き込んでは、いささか事が大きくなりすぎた。代償は払ってもらう。まあ、あの娘ごときでどれだけの者が釣れるのかわからぬがな」
昼食が揃った――と声が掛かり、王が星の間へ戻るのを、中庭の茂みの陰から見ていた者がいた。
その女は、音もなくその場を離れ、庭づたいに後宮の門の前まで出ると、その白と金の門をくぐって中へと入っていった。
そして、物陰から更に男が一人、その女を見張っていた。男は女が後宮へ消えたのを見届けて、戻っていった。
見張られていたことに気付かないまま、女は主人のもとへと急いだ。
後宮の中でもひときわ広い居室の、豪奢な扉を叩く。すぐに中から声がした。
「――入れ」
「失礼致します――兵士が三名、アルサーシャに連行されてくるそうでございます、本日中にも」
「……失敗したか」
「そのようでございます。ですが、ご本人は行方不明とのこと」
「なんですって――?」
「戦いの最中に、何者かに拉致されたとか」
主人――サラ=マナは眉を寄せて何事か考え込んでいたが、鏡台の引き出しから小瓶を取り出して、女に渡した。
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