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第七章 愛執編
カイヤーンの思惑
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「ねぇカイヤーン、本当にこんなところに現れるの?」
暗い地下通路に、ファティマの声がこだました。空気は湿っぽく、床や壁面は地下水で濡れている。
「ああ、旅の商人に聞いたことがあるんだ。エクバターナの地下には隠し通路があるってな。月光宮――王宮から街の外まで、網の目のように張り巡らされてるって話だ」
カイヤーンが答える。イシュラヴァール南部の砂漠地帯に暮らす遊牧民族は、古くからアルナハブとシャルナクの交易の中継として様々な役割を担っていた。自然と、アルナハブ内部の情勢にも詳しくなる。
「しっ!カイヤーン」
先を歩いていたハッサが言った。
「誰か来る」
三人は立ち止まってしばらく息を潜めていたが、ややあってカイヤーンがにんまりと笑った。
「ほらな。どうやら読みが当たった」
「クソッ……婆あめ、侮れんな。まさかあんな軍隊を隠し持っているとは。死に損ないの親父よりよっぽど手強いぜ」
隠し通路の一角で、ダレイ王子は毒づいた。
ニケ王妃軍との戦いに敗れ、月光宮を追われたダレイ王子は、追手を逃れて手勢と共に隠し通路へ逃れていた。通路は本来、月光宮から街の外まで抜けることができるものだったが、ファーリアたちが起こした洪水の水が無数の風穴を通ってこの隠し通路にも流れ込んでいた。
「こっちもダメです!地下道はすべて水が……あの洪水で水の流れが変わったらしく、抜け道はすべて水で埋まっています」
「畜生!なんだったんだ、あの洪水は!」
地下通路はほとんど明かりがないので、携帯用のランプの小さな光を頼りに進むしかない。
その暗い道の先に、人影が現れた。
「誰だ!」
ダレイ王子の側近達が剣を抜き放つ。
「おっと、随分気が立ってるな。安心しろ、俺たちは敵じゃねぇ」
ランプに照らし出された人影の一人――カイヤーンは両手を上げて言った。
「俺はアルヴィラ解放戦線のカイヤーンだ。ダレイ王子殿下、アルヴィラ砦までご案内します」
*****
「カイヤーンが戻っただと!?」
アルヴィラ砦の司令室で、ジェイクは苛立ちを募らせていた。閉じ込めていたはずのユーリはいつの間にか牢から消え、反乱軍が助力したダレイ王子のクーデターは失敗。追い打ちをかけるように、王都から悪い知らせが届いた矢先のことだった。
「ハッサとファティマも一緒です」
「アトゥイーは!?」
ユーリを逃がしたのはハッサとカイヤーンに違いない、とジェイクは踏んでいた。だが、報告した少年兵は首を振った。
「畜生!一体何のつもりだ!」
ジェイクが拳を卓に叩きつける。
「あの、でもダレイ王子が一緒です」
少年兵はおどおどと言った。
「なんだって?」
「おいおい、お前さんも大概気が立ってるな。将たるもの、もっと泰然自若としていたほうがいいんじゃないのか?」
いつの間にか戸口に立っていたカイヤーンが言った。
「誰のお陰で苛立ってると思ってる。おい、何故アトゥイーを逃がした?奴は今どこだ。それに王子だって?お前、エクバターナにいたのか?」
「おいおいおいおい、どれから答えりゃいいんだ」
「全部だ!」
怒鳴るジェイクに、カイヤーンは天井を仰いだ。
「――とりあえずダレイ王子殿下ご一行様を階下の食堂に通してある。やっこさん長旅で疲れていらっしゃるから、部屋の用意を頼む――ああ、お前、お前でいいや、一応王子様だから、失礼のないようにな」
カイヤーンは少年兵に命じた。
「はい!」
少年兵はぴょこんと敬礼して部屋を飛び出していった。
「戦に敗れたとはいえ、王子はまだピンピンしてる。エクバターナの住人の話だと、アルナハブ王家はグズグズだぜ。待てば海路の日和あり――助け出したことをもっと評価してもらいたいところだが、まあいいや。ところで途中でファティマを拾った。聞けばダーナが捕まったとか。どうやら王都がやばいことになってるらしいぜ」
カイヤーンの説明に、ジェイクは頷いた。
「知っている。カスィムが逮捕された」
「なんだと……!」
これにはカイヤーンも顔色を変えた。
「実家の手前、アルサーシャを離れられなかったんだろう。まさかバレるとは思わなかったが――」
「――ダーナか」
「恐らくはな。ダーナが漏らしたとなると、サイードやオットーの身も危ない。ザラはもう逃げてきている。ファティマも砦から出すな」
「わかった」
カイヤーンは頷いた。その肩にジェイクが手を置く。
「待て。まだ続きがある。アトゥイーはどこにいる?」
「知るか。俺は女に会わせてやっただけだ。気が済んだら戻ってくるさ」
「――ダーナが処刑される」
ジェイクが低い声で言った。
「この砦の北10キロ地点で『鉄の十字架』に架けるそうだ。助けたいならアトゥイーを出せと言っている」
「ばかな。のこのこ出ていったらあいつこそ八つ裂きだ。小娘と引き換えになんかできるか」
「と、見殺しにしたら、兵の士気に関わる。ここには女子供もいるんだ」
仮にも戦闘部族の戦士が哀れな踊り子を見殺しにしたとなると、兵士やその家族の心中は穏やかではいられないだろう。
「10キロか――砦からギリギリ見える場所だな」
カイヤーンは窓の外に目をやった。
「そこまで計算ずくってことか」
「アトゥイー……出てくるなよ……女と一緒でもなんでもいい、どっかへ消えてろ。今回ばかりは」
ジェイクは未だ無人の砂漠に向かって呟いた。
暗い地下通路に、ファティマの声がこだました。空気は湿っぽく、床や壁面は地下水で濡れている。
「ああ、旅の商人に聞いたことがあるんだ。エクバターナの地下には隠し通路があるってな。月光宮――王宮から街の外まで、網の目のように張り巡らされてるって話だ」
カイヤーンが答える。イシュラヴァール南部の砂漠地帯に暮らす遊牧民族は、古くからアルナハブとシャルナクの交易の中継として様々な役割を担っていた。自然と、アルナハブ内部の情勢にも詳しくなる。
「しっ!カイヤーン」
先を歩いていたハッサが言った。
「誰か来る」
三人は立ち止まってしばらく息を潜めていたが、ややあってカイヤーンがにんまりと笑った。
「ほらな。どうやら読みが当たった」
「クソッ……婆あめ、侮れんな。まさかあんな軍隊を隠し持っているとは。死に損ないの親父よりよっぽど手強いぜ」
隠し通路の一角で、ダレイ王子は毒づいた。
ニケ王妃軍との戦いに敗れ、月光宮を追われたダレイ王子は、追手を逃れて手勢と共に隠し通路へ逃れていた。通路は本来、月光宮から街の外まで抜けることができるものだったが、ファーリアたちが起こした洪水の水が無数の風穴を通ってこの隠し通路にも流れ込んでいた。
「こっちもダメです!地下道はすべて水が……あの洪水で水の流れが変わったらしく、抜け道はすべて水で埋まっています」
「畜生!なんだったんだ、あの洪水は!」
地下通路はほとんど明かりがないので、携帯用のランプの小さな光を頼りに進むしかない。
その暗い道の先に、人影が現れた。
「誰だ!」
ダレイ王子の側近達が剣を抜き放つ。
「おっと、随分気が立ってるな。安心しろ、俺たちは敵じゃねぇ」
ランプに照らし出された人影の一人――カイヤーンは両手を上げて言った。
「俺はアルヴィラ解放戦線のカイヤーンだ。ダレイ王子殿下、アルヴィラ砦までご案内します」
*****
「カイヤーンが戻っただと!?」
アルヴィラ砦の司令室で、ジェイクは苛立ちを募らせていた。閉じ込めていたはずのユーリはいつの間にか牢から消え、反乱軍が助力したダレイ王子のクーデターは失敗。追い打ちをかけるように、王都から悪い知らせが届いた矢先のことだった。
「ハッサとファティマも一緒です」
「アトゥイーは!?」
ユーリを逃がしたのはハッサとカイヤーンに違いない、とジェイクは踏んでいた。だが、報告した少年兵は首を振った。
「畜生!一体何のつもりだ!」
ジェイクが拳を卓に叩きつける。
「あの、でもダレイ王子が一緒です」
少年兵はおどおどと言った。
「なんだって?」
「おいおい、お前さんも大概気が立ってるな。将たるもの、もっと泰然自若としていたほうがいいんじゃないのか?」
いつの間にか戸口に立っていたカイヤーンが言った。
「誰のお陰で苛立ってると思ってる。おい、何故アトゥイーを逃がした?奴は今どこだ。それに王子だって?お前、エクバターナにいたのか?」
「おいおいおいおい、どれから答えりゃいいんだ」
「全部だ!」
怒鳴るジェイクに、カイヤーンは天井を仰いだ。
「――とりあえずダレイ王子殿下ご一行様を階下の食堂に通してある。やっこさん長旅で疲れていらっしゃるから、部屋の用意を頼む――ああ、お前、お前でいいや、一応王子様だから、失礼のないようにな」
カイヤーンは少年兵に命じた。
「はい!」
少年兵はぴょこんと敬礼して部屋を飛び出していった。
「戦に敗れたとはいえ、王子はまだピンピンしてる。エクバターナの住人の話だと、アルナハブ王家はグズグズだぜ。待てば海路の日和あり――助け出したことをもっと評価してもらいたいところだが、まあいいや。ところで途中でファティマを拾った。聞けばダーナが捕まったとか。どうやら王都がやばいことになってるらしいぜ」
カイヤーンの説明に、ジェイクは頷いた。
「知っている。カスィムが逮捕された」
「なんだと……!」
これにはカイヤーンも顔色を変えた。
「実家の手前、アルサーシャを離れられなかったんだろう。まさかバレるとは思わなかったが――」
「――ダーナか」
「恐らくはな。ダーナが漏らしたとなると、サイードやオットーの身も危ない。ザラはもう逃げてきている。ファティマも砦から出すな」
「わかった」
カイヤーンは頷いた。その肩にジェイクが手を置く。
「待て。まだ続きがある。アトゥイーはどこにいる?」
「知るか。俺は女に会わせてやっただけだ。気が済んだら戻ってくるさ」
「――ダーナが処刑される」
ジェイクが低い声で言った。
「この砦の北10キロ地点で『鉄の十字架』に架けるそうだ。助けたいならアトゥイーを出せと言っている」
「ばかな。のこのこ出ていったらあいつこそ八つ裂きだ。小娘と引き換えになんかできるか」
「と、見殺しにしたら、兵の士気に関わる。ここには女子供もいるんだ」
仮にも戦闘部族の戦士が哀れな踊り子を見殺しにしたとなると、兵士やその家族の心中は穏やかではいられないだろう。
「10キロか――砦からギリギリ見える場所だな」
カイヤーンは窓の外に目をやった。
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