108 / 230
第七章 愛執編
砂漠の朝
しおりを挟む
身体の下に硬い地面を感じて、ファーリアは今いるのが砂漠だったことを思い出した。
まだ眠っているユーリの両腕の間からすり抜けると、ちょうど空と地平線をオレンジ色に染めて朝日が昇ってくるところだった。
「ん……」
ユーリの腕が、起きかけたファーリアに絡みついてくる。
まるで片時も離したくないとでも言いたげに、抱き寄せて、唇を重ねる。
「起きてるの?」
ファーリアが尋ねると、ユーリは目を瞑ったまま、ふるると首を振った。
「水を汲んでくる」
そう言って立ち上がりかけたファーリアを、またユーリの腕が引き止める。
「……行くな」
「すぐ戻る」
「行くな」
ユーリはファーリアをきつく抱き締めて繰り返した。
ファーリアは起きるのを諦めた。野宿しているのは日陰になる岩陰だ。少し歩けば水場もある。もうしばらくこうしていても大丈夫だろう。
エクバターナを出て何日経っただろうか。
ここ数日、ユーリとファーリアは明確にどこへ向かうともなく、なんとなく西へと馬を進めていた。ユーリはファーリアを解放戦線に引き入れていいものか迷っていたが、このままジェイクや逃がしてくれたハッサらと訣別するのも気が引けた。結果、アルヴィラ砦のすぐ近くまで来てはいたものの、なんとなく帰りづらくて脚が鈍っていた。
ファーリアもまた迷っていた。帰らなければ、と思うが、もう帰れない、とも思う。
(このまま帰らなければ、陛下はわたしのことなど忘れるだろうか)
そもそも後宮にはマルスの側室候補の姫がたくさんいるのだ。サラ=マナや大勢の姫たちを差し置いてファーリアが寵を受け続けることなどあるのだろうか。ファーリアはまだ後宮に入る決心すらできていないというのに。
『――逃げて逃げて、いつまでも追ってきてもらえるとでも思ってる?』
スカイの言葉が胸に突き刺さる。
(また逃げるの?今度はユーリまで巻き込んで?)
ファーリアはユーリの寝顔を眺める。黒くまっすぐな眉、黒い睫毛、日に焼けた肌。くっきりとした唇が少しだけ開き、かすかに寝息を漏らしている。もういちど逢いたいと思い続けた顔が、すぐ目の前にある。
(離れたくない――だけど)
思えばずっと逃げてきた。ジャヤトリアから、娼館から、後宮から。逃げて逃げて逃げ続けて。
(わたしは逃げることしかできないのか……?)
ファーリアはそっとユーリの顔に触れた。
ユーリがぱちりと目を開ける。
そしておもむろにうつ伏せになった。ファーリアを片腕で抱いたまま、無言で前方を窺っている。
「……ユーリ?」
ファーリアはユーリの身体の下から訊いた。ユーリの筋肉が緊張しているのを感じる。
「国軍だ」
ユーリが呟いた。
ファーリアはユーリの視線を追った。遠く砂煙が巻き上がるのが見える。――騎馬隊が駆けていく。
「――アルヴィラへ向かっている」
そう言うなり、ユーリは起き上がって岩陰づたいに馬のそばへ向かった。
「アルヴィラへ行くの?」
「……」
ユーリは答えない。手早く荷をまとめて馬につけている。そして自身も馬に跨ると、ファーリアに手を差し伸べた。
「お前も来い、ファーリア」
そして答えを聞くのも待たずに、ユーリはファーリアを馬上に引っ張り上げた。
まだ眠っているユーリの両腕の間からすり抜けると、ちょうど空と地平線をオレンジ色に染めて朝日が昇ってくるところだった。
「ん……」
ユーリの腕が、起きかけたファーリアに絡みついてくる。
まるで片時も離したくないとでも言いたげに、抱き寄せて、唇を重ねる。
「起きてるの?」
ファーリアが尋ねると、ユーリは目を瞑ったまま、ふるると首を振った。
「水を汲んでくる」
そう言って立ち上がりかけたファーリアを、またユーリの腕が引き止める。
「……行くな」
「すぐ戻る」
「行くな」
ユーリはファーリアをきつく抱き締めて繰り返した。
ファーリアは起きるのを諦めた。野宿しているのは日陰になる岩陰だ。少し歩けば水場もある。もうしばらくこうしていても大丈夫だろう。
エクバターナを出て何日経っただろうか。
ここ数日、ユーリとファーリアは明確にどこへ向かうともなく、なんとなく西へと馬を進めていた。ユーリはファーリアを解放戦線に引き入れていいものか迷っていたが、このままジェイクや逃がしてくれたハッサらと訣別するのも気が引けた。結果、アルヴィラ砦のすぐ近くまで来てはいたものの、なんとなく帰りづらくて脚が鈍っていた。
ファーリアもまた迷っていた。帰らなければ、と思うが、もう帰れない、とも思う。
(このまま帰らなければ、陛下はわたしのことなど忘れるだろうか)
そもそも後宮にはマルスの側室候補の姫がたくさんいるのだ。サラ=マナや大勢の姫たちを差し置いてファーリアが寵を受け続けることなどあるのだろうか。ファーリアはまだ後宮に入る決心すらできていないというのに。
『――逃げて逃げて、いつまでも追ってきてもらえるとでも思ってる?』
スカイの言葉が胸に突き刺さる。
(また逃げるの?今度はユーリまで巻き込んで?)
ファーリアはユーリの寝顔を眺める。黒くまっすぐな眉、黒い睫毛、日に焼けた肌。くっきりとした唇が少しだけ開き、かすかに寝息を漏らしている。もういちど逢いたいと思い続けた顔が、すぐ目の前にある。
(離れたくない――だけど)
思えばずっと逃げてきた。ジャヤトリアから、娼館から、後宮から。逃げて逃げて逃げ続けて。
(わたしは逃げることしかできないのか……?)
ファーリアはそっとユーリの顔に触れた。
ユーリがぱちりと目を開ける。
そしておもむろにうつ伏せになった。ファーリアを片腕で抱いたまま、無言で前方を窺っている。
「……ユーリ?」
ファーリアはユーリの身体の下から訊いた。ユーリの筋肉が緊張しているのを感じる。
「国軍だ」
ユーリが呟いた。
ファーリアはユーリの視線を追った。遠く砂煙が巻き上がるのが見える。――騎馬隊が駆けていく。
「――アルヴィラへ向かっている」
そう言うなり、ユーリは起き上がって岩陰づたいに馬のそばへ向かった。
「アルヴィラへ行くの?」
「……」
ユーリは答えない。手早く荷をまとめて馬につけている。そして自身も馬に跨ると、ファーリアに手を差し伸べた。
「お前も来い、ファーリア」
そして答えを聞くのも待たずに、ユーリはファーリアを馬上に引っ張り上げた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる