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第七章 愛執編
救出
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「着いたぜ」
カイヤーンが馬を止めた。
太陽は既にじりじりと砂漠を熱し始めている。
砂の上に禍々しく黒い十字架が立てられ、腰布一枚だけのダーナが鎖で括り付けられている。ダーナは髪を振り乱し、ぐったりとうなだれていたが、鉄の温度が上がっているらしく時折身をよじっては苦悶の声を上げる。
竜騎兵は十字架の両側に半円状に展開していた。小銃の射程距離ぎりぎりまで詰め寄って、カイヤーンは曲剣を抜いた。
「あんた、もしその気があったら、俺の部族へ来い。剣の腕も魅力的だが、その胆力は大したもんだ。歓迎するぜ」
そしてカイヤーンは曲剣をファーリアの首元に当て、ファーリアの顔を覆っていたターバンを取り去った。
作戦の総指揮はシハーブが執っていた。
砦から出てきたのは二十騎ほど。皆一様にターバンで顔を覆っていたので、どれがユーリ・アトゥイーなのかわからない。もしかしたら身代わりでも立てる気か、それとも力づくで奪い返すか――後者だとしたらシハーブは容赦なく射殺するつもりだった。この時代、銃は高価で希少だ。反乱軍は所詮、有象無象の集団に過ぎない。ろくな火器を持っているはずがない。
――が。
(おかしい……)
中央の馬が、背に二人乗せている。二人乗りで戦うなど聞いたこともない。或いは片方がユーリ・アトゥイーで、大人しく差し出すつもりなのか――果たして件の騎馬は十字架の正面に進み出ると、後ろの一人が前の一人のターバンを取り去った。
折しもその時、敵の先頭が射程距離に踏み込んだ。兵たちが一斉に銃を構える。
「――待て!撃つな!」
シハーブが部下を制止した。
馬上で縛られて曲剣を突きつけられているのは――。
「……アトゥイー!」
シハーブは一瞬、自分の目が信じられなかった。
「なぜここに……?」
だが、アルナハブと反乱軍が手を組んでいる、という噂もあったのだ。エクバターナにいた反乱軍に捕らえられたか。シハーブの脳内を様々な情報が駆け巡る。
カイヤーンは、そのままダーナの真下まで馬を進めた。
「手を出すなよ!こいつの命が惜しかったらな!」
カイヤーンはファーリアの首筋にぴったりと刃を押し当てて叫んだ。
「くっ……何故、アトゥイーが……?」
シハーブは奥歯を噛んだ。ダーナを餌に、ユーリ・アトゥイーを引っ張り出す機会をみすみす逃したことになる。いや、はじめからユーリ・アトゥイーが素直に出頭する可能性は低かった。だがそれでも、仲間の女を見せしめに処刑することで、反乱軍全体の士気を削ぐことができるはずだった。それが。
(これでは反乱軍の思うツボではないか――!)
だがここ数日、エディたちの部隊が血眼になってアトゥイーを探しているのも事実だ。
一発も撃てないシハーブの目の前で、カイヤーンの手下たちがダーナを十字架から下ろす。ダーナの肌には、既に赤い水膨れができかけていた。それ以外にも、無数の鞭や縄の痕が見て取れる。
ダーナは気を失いかけてぐったりとしていた。手下の一人がダーナを馬に乗せ、ひと足先に砦へと走り去る。
カイヤーンはファーリアに刃を当てたまま、またじりじりと下がっていった。
「シハーブ様!このまま逃がすんですか!?」
「……うるさい、黙ってろ……!」
シハーブは苛々と答える。たかだか女一人の命、どうでもいい。仲間の名は吐かせ、既に用済みだ。
だが、アトゥイー――ファーリアはだめだ。あの娘を見殺しになどしたら。
(マルス様――)
シハーブの乳兄弟でもある国王が、唯一執着する娘。
彼女が死んだら――。
(……想像するだに恐ろしい……)
マルスは怒り狂うだろうか。泣き崩れるだろうか。それともまた心を封じ、何事もなかったかのように振る舞うのだろうか。
「……っ!」
シハーブは馬を前に進めた。
「そいつを解放しろ!」
カイヤーンの前に進み出てシハーブは言った。
「ああ、解放するさ。ただしそっちの攻撃が届かない場所まで付き合ってもらう」
カイヤーンが答える。
「――解放しなかったら俺がお前を殺すぞ」
「フッ、いい殺気だな。殺り合いたいのは山々だが、今日は目的が違う。また今度な」
カイヤーンは口の端で笑って、ファーリアを馬から下ろした。
瞬間、シハーブが馬に鞭を入れた。
カシィン――
シハーブとカイヤーンの剣が噛み合う。銃の射程からはとうに外れていた。
砦へ向かいかけていたカイヤーンの手下たちが、馬の首を返して猛スピードで戻ってくる。
竜騎兵たちも銃を構えながら飛び出してきた。
一触即発の、その瞬間。
「やめてぇっ!」
ファーリアが叫んだ。
ガシィン!
カイヤーンがシハーブの剣を弾き飛ばす。
「――ここまでだ。残念だがな」
カイヤーンはそう言い残し、くるりと後ろを向いて全速力で砦へと馬を駆けさせた。
シハーブはカイヤーンを追わなかった。アルヴィラ砦の難攻不落は前回の遠征で証明されていた。砦に逃げ込まれては、いかな竜騎兵でも勝算はない。
ファーリアは馬がなかったので、ダーナが運ばれてきた護送車に乗せられることになった。
(一体、何があったのか……)
鉄の檻に入れられたファーリアを見下ろして、シハーブは思いを巡らせた。
ファーリアは、がたごとと重い音を鳴らす車に揺られながら、とうに視界から消えたアルヴィラの方角を見つめている。その瞳のひたむきさが、シハーブの心に一抹の不安を生んだ。
(――俺は、果たしてこの娘を連れ帰って良かったのだろうか)
カイヤーンが馬を止めた。
太陽は既にじりじりと砂漠を熱し始めている。
砂の上に禍々しく黒い十字架が立てられ、腰布一枚だけのダーナが鎖で括り付けられている。ダーナは髪を振り乱し、ぐったりとうなだれていたが、鉄の温度が上がっているらしく時折身をよじっては苦悶の声を上げる。
竜騎兵は十字架の両側に半円状に展開していた。小銃の射程距離ぎりぎりまで詰め寄って、カイヤーンは曲剣を抜いた。
「あんた、もしその気があったら、俺の部族へ来い。剣の腕も魅力的だが、その胆力は大したもんだ。歓迎するぜ」
そしてカイヤーンは曲剣をファーリアの首元に当て、ファーリアの顔を覆っていたターバンを取り去った。
作戦の総指揮はシハーブが執っていた。
砦から出てきたのは二十騎ほど。皆一様にターバンで顔を覆っていたので、どれがユーリ・アトゥイーなのかわからない。もしかしたら身代わりでも立てる気か、それとも力づくで奪い返すか――後者だとしたらシハーブは容赦なく射殺するつもりだった。この時代、銃は高価で希少だ。反乱軍は所詮、有象無象の集団に過ぎない。ろくな火器を持っているはずがない。
――が。
(おかしい……)
中央の馬が、背に二人乗せている。二人乗りで戦うなど聞いたこともない。或いは片方がユーリ・アトゥイーで、大人しく差し出すつもりなのか――果たして件の騎馬は十字架の正面に進み出ると、後ろの一人が前の一人のターバンを取り去った。
折しもその時、敵の先頭が射程距離に踏み込んだ。兵たちが一斉に銃を構える。
「――待て!撃つな!」
シハーブが部下を制止した。
馬上で縛られて曲剣を突きつけられているのは――。
「……アトゥイー!」
シハーブは一瞬、自分の目が信じられなかった。
「なぜここに……?」
だが、アルナハブと反乱軍が手を組んでいる、という噂もあったのだ。エクバターナにいた反乱軍に捕らえられたか。シハーブの脳内を様々な情報が駆け巡る。
カイヤーンは、そのままダーナの真下まで馬を進めた。
「手を出すなよ!こいつの命が惜しかったらな!」
カイヤーンはファーリアの首筋にぴったりと刃を押し当てて叫んだ。
「くっ……何故、アトゥイーが……?」
シハーブは奥歯を噛んだ。ダーナを餌に、ユーリ・アトゥイーを引っ張り出す機会をみすみす逃したことになる。いや、はじめからユーリ・アトゥイーが素直に出頭する可能性は低かった。だがそれでも、仲間の女を見せしめに処刑することで、反乱軍全体の士気を削ぐことができるはずだった。それが。
(これでは反乱軍の思うツボではないか――!)
だがここ数日、エディたちの部隊が血眼になってアトゥイーを探しているのも事実だ。
一発も撃てないシハーブの目の前で、カイヤーンの手下たちがダーナを十字架から下ろす。ダーナの肌には、既に赤い水膨れができかけていた。それ以外にも、無数の鞭や縄の痕が見て取れる。
ダーナは気を失いかけてぐったりとしていた。手下の一人がダーナを馬に乗せ、ひと足先に砦へと走り去る。
カイヤーンはファーリアに刃を当てたまま、またじりじりと下がっていった。
「シハーブ様!このまま逃がすんですか!?」
「……うるさい、黙ってろ……!」
シハーブは苛々と答える。たかだか女一人の命、どうでもいい。仲間の名は吐かせ、既に用済みだ。
だが、アトゥイー――ファーリアはだめだ。あの娘を見殺しになどしたら。
(マルス様――)
シハーブの乳兄弟でもある国王が、唯一執着する娘。
彼女が死んだら――。
(……想像するだに恐ろしい……)
マルスは怒り狂うだろうか。泣き崩れるだろうか。それともまた心を封じ、何事もなかったかのように振る舞うのだろうか。
「……っ!」
シハーブは馬を前に進めた。
「そいつを解放しろ!」
カイヤーンの前に進み出てシハーブは言った。
「ああ、解放するさ。ただしそっちの攻撃が届かない場所まで付き合ってもらう」
カイヤーンが答える。
「――解放しなかったら俺がお前を殺すぞ」
「フッ、いい殺気だな。殺り合いたいのは山々だが、今日は目的が違う。また今度な」
カイヤーンは口の端で笑って、ファーリアを馬から下ろした。
瞬間、シハーブが馬に鞭を入れた。
カシィン――
シハーブとカイヤーンの剣が噛み合う。銃の射程からはとうに外れていた。
砦へ向かいかけていたカイヤーンの手下たちが、馬の首を返して猛スピードで戻ってくる。
竜騎兵たちも銃を構えながら飛び出してきた。
一触即発の、その瞬間。
「やめてぇっ!」
ファーリアが叫んだ。
ガシィン!
カイヤーンがシハーブの剣を弾き飛ばす。
「――ここまでだ。残念だがな」
カイヤーンはそう言い残し、くるりと後ろを向いて全速力で砦へと馬を駆けさせた。
シハーブはカイヤーンを追わなかった。アルヴィラ砦の難攻不落は前回の遠征で証明されていた。砦に逃げ込まれては、いかな竜騎兵でも勝算はない。
ファーリアは馬がなかったので、ダーナが運ばれてきた護送車に乗せられることになった。
(一体、何があったのか……)
鉄の檻に入れられたファーリアを見下ろして、シハーブは思いを巡らせた。
ファーリアは、がたごとと重い音を鳴らす車に揺られながら、とうに視界から消えたアルヴィラの方角を見つめている。その瞳のひたむきさが、シハーブの心に一抹の不安を生んだ。
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