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第八章 流転編
露見
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「あなたたち、知り合い?」
ザラが二人を見比べる。
「ああ、俺は彼女に助けられたんだ。あの時アトゥイーが来なかったら、俺は今もあの地下にいた」
「おい、アトゥイーだって!?」
ザラの仲間たちがざわりとした。
「アトゥイーといえば、国軍の――」
「間違いねぇ、ユーリと同じ名の、近衛兵だ!」
今度は、誰も躊躇しなかった。
皆一斉に短剣を抜いた。が、ファーリアは既に抜身の短剣をザラの首元に突きつけ、その手から長剣を奪い返していた。
「遅いわ」
「……腕が立つはずだわ……あんた、何が目的!?」
ファーリアに羽交い締めにされたザラが言う。
「目的も何も、あなたがわたしを連れてきたんでしょう」
「困ってたから助けたのよ!それを、こんな」
「ええ、困ってたわ。あのときは追われていたし、服もなくて、助かった。ありがとう。感謝している」
「ふざけんじゃないわよ!」
ザラの肘鉄がファーリアの腹めがけて繰り出された。が、ファーリアは身を捻って躱した。
「ふざけてなんかいない。わたしはスパイではないし、あなたたちを殺したいわけじゃない――そこをどいて」
ファーリアが入り口を塞いだ男たちに命令する。
「……くそっ」
男たちは言われるままに左右に下がった。
「あなたも」
まだ戸口に突っ立ったままのイランに、ファーリアは言った。だが、イランはどかなかった。
「あんた、なんでこんなとこにいるんだ?」
「それは――」
何と説明するべきなのだろう。この状況で、どう言えば窮地を逃れられるだろう。
ファーリアは考えを巡らせたが、何ひとつ言葉は浮かばなかった。これ以上黙っていることはできなかったし、その場しのぎの嘘も思いつかなかった。
「わたしは、軍を脱走したの。もう戻れな――」
声に出して言った瞬間、込み上げてきたものに喉が塞がれた。
「――っ、わたし、みんなを、マルスさまを、裏切っ……」
涙がひとすじ、頬を伝った。嗚咽で言葉が途切れる。
「ザラ、わたし……っ、国軍とは……戦えない……ごめんなさ……」
ファーリアの戦意が薄れた隙を突こうと、ザラの仲間たちがにじり寄る。
ファーリアは一歩下がり、ザラの首元に短剣を押し付けた。
「寄るな……っ!」
その声は、嗚咽が混じって悲鳴のようだ。
「ザラ、お前はなんでこんな面倒事を拾ってくるんだ……よりによって近衛兵だなんて」
兄のオットーがため息まじりに言った。
「あんた……裏切って逃げてきたってことはさ、国軍に追われてんだろ……?この先、どうすんのさ?」
ザラが背後のファーリアに尋ねた。
「わからない……でも、仲間だった人たちを斬ることは……できない」
エディを、リンを、ヨナを、サハルを。
共に戦ってきた仲間を敵に回して。愛してくれた男を裏切って。
何のために、生きるのか。
ひとを殺して。命を奪って。たくさんの大切だったものを、粉々に壊して。
そこまでして生きる価値が、果たして自分にあるのだろうか。
「わたしは、戦えない……」
かつての仲間を殺してまで、生きる価値なんて、ない――。
そこでとうとう、ファーリアの糸が切れた。
短剣を構えた腕が僅かに下がった瞬間、イスマイルがファーリアに飛びかかった。他の男達も一斉にファーリアを取り押さえる。
「うっ!」
腕を捻り上げられ、床に押さえつけられて、ファーリアは呻いた。
「さっさと殺しちまえ!いつ逃げられるかわからねぇぞ!」
「ああ、油断するな!近衛兵といえば国軍いちの精鋭だ!」
口々に言って、中の一人が剣を振り上げた。
その手をぐいっと押さえた者がいた。
「まあ、落ち着けよ」
イランはそう言って、ファーリアを押さえつけていた男たちを引き剥がした。
「どうやら、俺が余計なことバラしちまった責任がありそうだな」
イランがファーリアの手を引くと、ファーリアはよろよろと立ち上がった。虚ろな瞳のまま、イランに寄りかかる。
「どういうつもりだ、イラン!」
男たちがいきり立った。
「彼女は俺が引き受けるよ。なに、ここのことをバラしたりはさせねぇ」
「だが、信用できないぞ」
誰かが言った。
「俺は信用している。俺はこの人に地獄から救われてるからな」
イランは迷いのない口調で答えると、ファーリアの肩を抱いて立ち去りかけた。
ずっと部屋の奥で事の次第を眺めていたサイードが、のっそりと前に出てくると、床に落ちていた剣を拾った。
「こいつはその女にやったんだ。持っていけ」
「わかった。――あ!俺、そういえば槍を換えてもらいに来たんだった、サイード」
「これか?」
サイードは、イランが持ってきて壁に立てかけてあった槍を手に取ると、ひとしきり状態を確認して言った。
「着いてこい」
一言そう言うと、サイードは「バラ」を後にし、イランとファーリアもそれに続いた。
「カナン!あんた――!」
ザラが戸口を飛び出した。が、ザラとファーリアの間に、イランが立ちはだかった。
「ザラ、残念だが、彼女のことは一旦諦めてくれ。どのみち、みんながあの様子じゃあ、ここにはいられんだろう。落ち着いたら連絡するよ」
ザラが二人を見比べる。
「ああ、俺は彼女に助けられたんだ。あの時アトゥイーが来なかったら、俺は今もあの地下にいた」
「おい、アトゥイーだって!?」
ザラの仲間たちがざわりとした。
「アトゥイーといえば、国軍の――」
「間違いねぇ、ユーリと同じ名の、近衛兵だ!」
今度は、誰も躊躇しなかった。
皆一斉に短剣を抜いた。が、ファーリアは既に抜身の短剣をザラの首元に突きつけ、その手から長剣を奪い返していた。
「遅いわ」
「……腕が立つはずだわ……あんた、何が目的!?」
ファーリアに羽交い締めにされたザラが言う。
「目的も何も、あなたがわたしを連れてきたんでしょう」
「困ってたから助けたのよ!それを、こんな」
「ええ、困ってたわ。あのときは追われていたし、服もなくて、助かった。ありがとう。感謝している」
「ふざけんじゃないわよ!」
ザラの肘鉄がファーリアの腹めがけて繰り出された。が、ファーリアは身を捻って躱した。
「ふざけてなんかいない。わたしはスパイではないし、あなたたちを殺したいわけじゃない――そこをどいて」
ファーリアが入り口を塞いだ男たちに命令する。
「……くそっ」
男たちは言われるままに左右に下がった。
「あなたも」
まだ戸口に突っ立ったままのイランに、ファーリアは言った。だが、イランはどかなかった。
「あんた、なんでこんなとこにいるんだ?」
「それは――」
何と説明するべきなのだろう。この状況で、どう言えば窮地を逃れられるだろう。
ファーリアは考えを巡らせたが、何ひとつ言葉は浮かばなかった。これ以上黙っていることはできなかったし、その場しのぎの嘘も思いつかなかった。
「わたしは、軍を脱走したの。もう戻れな――」
声に出して言った瞬間、込み上げてきたものに喉が塞がれた。
「――っ、わたし、みんなを、マルスさまを、裏切っ……」
涙がひとすじ、頬を伝った。嗚咽で言葉が途切れる。
「ザラ、わたし……っ、国軍とは……戦えない……ごめんなさ……」
ファーリアの戦意が薄れた隙を突こうと、ザラの仲間たちがにじり寄る。
ファーリアは一歩下がり、ザラの首元に短剣を押し付けた。
「寄るな……っ!」
その声は、嗚咽が混じって悲鳴のようだ。
「ザラ、お前はなんでこんな面倒事を拾ってくるんだ……よりによって近衛兵だなんて」
兄のオットーがため息まじりに言った。
「あんた……裏切って逃げてきたってことはさ、国軍に追われてんだろ……?この先、どうすんのさ?」
ザラが背後のファーリアに尋ねた。
「わからない……でも、仲間だった人たちを斬ることは……できない」
エディを、リンを、ヨナを、サハルを。
共に戦ってきた仲間を敵に回して。愛してくれた男を裏切って。
何のために、生きるのか。
ひとを殺して。命を奪って。たくさんの大切だったものを、粉々に壊して。
そこまでして生きる価値が、果たして自分にあるのだろうか。
「わたしは、戦えない……」
かつての仲間を殺してまで、生きる価値なんて、ない――。
そこでとうとう、ファーリアの糸が切れた。
短剣を構えた腕が僅かに下がった瞬間、イスマイルがファーリアに飛びかかった。他の男達も一斉にファーリアを取り押さえる。
「うっ!」
腕を捻り上げられ、床に押さえつけられて、ファーリアは呻いた。
「さっさと殺しちまえ!いつ逃げられるかわからねぇぞ!」
「ああ、油断するな!近衛兵といえば国軍いちの精鋭だ!」
口々に言って、中の一人が剣を振り上げた。
その手をぐいっと押さえた者がいた。
「まあ、落ち着けよ」
イランはそう言って、ファーリアを押さえつけていた男たちを引き剥がした。
「どうやら、俺が余計なことバラしちまった責任がありそうだな」
イランがファーリアの手を引くと、ファーリアはよろよろと立ち上がった。虚ろな瞳のまま、イランに寄りかかる。
「どういうつもりだ、イラン!」
男たちがいきり立った。
「彼女は俺が引き受けるよ。なに、ここのことをバラしたりはさせねぇ」
「だが、信用できないぞ」
誰かが言った。
「俺は信用している。俺はこの人に地獄から救われてるからな」
イランは迷いのない口調で答えると、ファーリアの肩を抱いて立ち去りかけた。
ずっと部屋の奥で事の次第を眺めていたサイードが、のっそりと前に出てくると、床に落ちていた剣を拾った。
「こいつはその女にやったんだ。持っていけ」
「わかった。――あ!俺、そういえば槍を換えてもらいに来たんだった、サイード」
「これか?」
サイードは、イランが持ってきて壁に立てかけてあった槍を手に取ると、ひとしきり状態を確認して言った。
「着いてこい」
一言そう言うと、サイードは「バラ」を後にし、イランとファーリアもそれに続いた。
「カナン!あんた――!」
ザラが戸口を飛び出した。が、ザラとファーリアの間に、イランが立ちはだかった。
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