イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第九章 海賊編

乱戦〜深夜〜

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 レーの街は、いわゆる要塞都市の機能はない。街を侵入者から守る外壁もなければ、籠城して戦える砦もなかった。港町レーは、様々な意味で「開けた」街だったのである。
 王都からの軍は街を占拠したゲリラ兵たちと街道の入口で衝突したが、戦闘は徐々に市中へとその場を広げていった。
「奪われた奴隷を、どこかに隠しているはずだ!街の宿屋をしらみつぶしに探せ!抵抗したら殺していい、これは反乱だ!」
 街に侵入を果たした兵士たちは、建ち並ぶ店を次々と制圧していった。
 陣頭で指揮を執っているスカイのもとに、兵士が駆けてきて敬礼した。
「隊長!市庁舎を奪還しました!」
「ご苦労さま。で、いた?噂の女頭領」
「いえ、敵兵は四~五名ほどで、全員男性でした」
「そっか……」
「は!しかし、役人が頭領らしき人物を見ていると。男女の二人組だったそうです」
「わかった。すぐ行くよ」
 ――カナンを逃がすな。必ず生きて捕らえろ。
 スカイはそう部下たちに命じていた。
 スカイには確信があった。ファーリアが王都から消えた後、どこかで大人しく隠れてなどいられるはずがない。
 はじめ、娼館にでも身を寄せているのかと思った。王都の娼館を調べたが、彼女が姿を現した形跡はなかった。次に、ユーリ・アトゥイーを追って解放戦線に加わったのかと思った。だが間もなく、奴隷船荒らしの噂が耳に入ってきた。アルナハブの奴隷上がりの海賊が、奴隷船を次々と襲っている――と。
 何の裏付けもなかった。ただ、スカイの勘が告げていた。その海賊こそ、ファーリアだと。
 アルナハブ人たちとは、恐らくエクバターナでの一件で親しくなったのだろう。ファーリアほどの使い手を、周りが放っておくはずがない。放っといてもいずれ戦場に姿を現すと踏んでいた。それに、ファーリアはいつも自分の居場所を探していた。支配されずに生きられる場所を。
「……ばかな子だ。陛下に飼われているのが一番自由だったのに」
 スカイはひとりごちた。
 自由になりたい。自分の足で立って、好きな所へ行きたい。ひとりの人間として認めてもらえる居場所がほしい。その気持ちはスカイにはわかりすぎるほどわかった。だからこそもどかしい。求めた居場所はいずれ鎖になるのだ。皮肉なことに。
(自由に生きようとしても、結局は縛られているんだ。自由になったつもりで、自分を縛る鎖を選んでいるだけだってことに、気付いてない)
 スカイはふと自身の胸の星に触れ、そして小さく自嘲した。
「縛られてるのは、僕も同じか」
 市長は既に逃げてしまったので、市庁舎には拘束された警備兵と役人が僅かしか残っていなかった。
 市庁舎のホールにはレー市街の精巧な模型があった。スカイは部下に警備兵たちの拘束を解くよう命じると、その模型に見入った。
(……どこだ……どこにいる……ファーリア)
 実際に見た市街の様子を思い浮かべながら、目の前の模型に頭の中で戦況を当てはめていく。
 海岸に近くなるにつれて敵の護りが堅固になる。つまり、敵は本拠地を海岸もしくは船に置いている、ということまでは予想していた。海岸に建ち並ぶ同じ形状の建物群――。
「――倉庫か!」
 スカイは閃いた。大所帯を隠して置ける場所。海岸の倉庫街ならば、それが可能だ。
「スカイ隊長!敵将と接触したという役人をお連れしました!」
 部下の兵士の声にスカイが顔を上げると、そこには中年の、白い服に髭を短く揃えた、いかにも役人といった風情の男がいた。
「どうも、討伐隊の隊長を努めます、近衛隊長のスカイ・アブドラです。市庁舎ここを占拠された時の状況をお聞かせ願えますか?敵の指導者が面会に来たとか?」
 スカイはにっこりと笑って言った。戦場でも笑顔を絶やさないでいられるのはスカイの特技だったが、さすがに疲労を感じていた。時刻は深夜をとうに過ぎていた。
「ああーーあの若い女ですね」
 果たして役人は、スカイの疲れきった神経を逆撫でするように、そう言った。
「槍使いの男を従えて、来ましたよ。カナン自由民はレーを奴隷解放の拠点にするつもりらしい。ご丁寧に市長の横領の証拠まで持参して、市長を追い出したんです。なんでも、どこか外国の王族の後押しがあるようでしたよ」
 その役人はペラペラとよく喋った。ついさっきまで上司だったはずの市長の失脚も嬉しそうに話す。その軽薄な声を聞いていると、スカイは笑顔を貼り付けているのが徐々に苦痛になってくるのだった。
「それで、あなたがここに残られたのは何故?人質になっていたのですか?」
「いいえ!必ず討伐隊が来てくださると信じてましたからね。それまでここをお守りしないと、市長ももういないですし。それに、カナンの情報をお伝えしないとね――近衛隊長なら、よくご存知ですよね?」
 役人は思わせぶりに言葉を濁した。
「……ご存知?」
 スカイは笑顔を僅かに引きつらせて聞き返した。が、役人はスカイの機嫌が急降下していることに気付かない。
「ええ、カナンですよ。ご存知でしょう?私、知ってるんですよ……見たことがね、あるんです。有名ですよ、女だてらに近衛兵――それも、国王陛下のお気に入りだっていうじゃありませんか」
 スカイの笑顔につられたのか、役人は頬に笑みすら浮かべて言った。その歪んだ唇がスカイを更に苛立たせた。
「そうそう、アトゥイーとかいったかな。ええ、カナンは、アトゥイーだったんです。私ね、見たことがあるんですよ、王都でね。あの女は死んでなんかいない。ご存知でしたか?それが、どういう経緯か海賊になった。だから討伐にあんたが来たんだ。近衛隊長のスカイ殿」
 いよいよ得意げに唾を飛ばす役人に、スカイの顔からとうとう笑みが消えた。
「……それで、あなたは僕を脅迫でもするつもりですか?」
「滅相もない。ただね、市長はもう失脚おしまいでしょう……?この街のことなら、私はよく知ってますよ、ってことです」
「つまり市長の後継に収まりたいと?」
「さすが話が早い!」
「まず、そのカナンの居場所を教えてもらえるかな?この目で確認しないと」
「アジトは海岸の倉庫ですよ。奴隷どもを押し込めるにも都合がいい」
「そうだろうね」
 スカイは予想通りの答えに興ざめした。仮にアジトが倉庫だとして、カナンの性格上、そこに大人しく収まってなどいるはずがない。必ず戦闘に出ているはずだ。
「――もういいや」
 スカイはぽつりと呟いた。
「え?」
 シュン――とスカイの剣が一閃する。首を切られて、よく喋る役人の口は、声もなく血泡を溢れさせた。
「貴様ごときが、陛下の名を軽々と口にするものじゃない。お喋りは、長生きしないよ」
 スカイは冷たい笑みを浮かべて言った。
 部下の兵士が駆けつけてくる。
「ごめん、死体コレ、片付けておいて」
「――はっ!」
 部下はよく心得ていた。ひと言も無駄口を叩くことなく、三人がかりで手際よく死体を片付ける。
(腐っているな。レーは、市長も役人も)
 スカイは溜息をついた。政治のことは専門外だが、二十年続いた平和が、徐々に腐敗の種を萌芽させているのか。
 とにかく、近衛兵のアトゥイーがカナンだなどと、言いふらされてはたまらない。
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