イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第十章 王都編

塔☆★

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 乾いた風に乗って、哀歌が流れてくる――。
 王宮の北西の端、王宮の外壁の一角に、その塔は建てられていた。東を向いた宮殿の正門から見て真裏に当たる。
 塔からは小さな広場が見えた。市内の多くの広場とは異なり、ここに市場が立ったり、祭が開かれたりすることはない。周辺に活気はなく、一帯の古い家々はひっそりと静かだ。ぽつりぽつりと建つ商店は、開店していてもどこか薄暗く、陰気な様子で佇んでいる。それらは石工、花屋、香具店、葬儀屋、墓掘り人夫の斡旋所……などである。
 その広場は、処刑場だった。
 広場の先、多くはない家々が途切れた場所には、墓地が広がっていた。
 墓地にある巨大な礼拝堂からは、葬儀が行われる日に歌が聞こえてくる。その歌は、この数ヶ月に渡って一日も途切れたことはなかった。
 処刑を見下ろす以外やることのない塔での生活の中で、ファーリアの唯一の娯楽は読書だった。室内には最低限のものしかない。せめて本を貸してほしいと、マルスに頼んだ。
 マルスは毎日のように塔を訪れた。それは夕刻のこともあれば、深夜や、明け方近くのこともあった。昨夜は来なかった――と思うと、真昼にふらりとやってきて寝台に倒れ込み、二時間ほど正体もなく眠って、帰っていくこともあった。そういう時、マルスはファーリアを抱き締めて放さなかった。ファーリアがちっとも眠くなくても、寝台に引っ張り込んで腕の中に捕らえたまま眠ってしまう。ファーリアは仕方なくその安らかな寝顔を眺めながら、マルスはここに眠りに来ているのだろうか、と思うのだった。
 眠る前に、簡単な食事を摂ることもあった。
 寝台の頭側の飾り板に背中をもたせかけ、長い脚を寝台の上に無造作に投げ出して、盆に用意された料理を口に運ぶ。その間も、マルスの左腕はファーリアを抱いていた。
 窓の外の夕陽が、マルスの輪郭を金色に縁取っている。
 ファーリアがマルスを拒むことはなかった。マルスが望むなら大人しく抱かれていたし、あれ以来反抗することもなかった。眠ったマルスの髪を優しく梳いたりもした。マルスもまた、赤子を宿したファーリアの身体を常時気遣い、いたわっていた。その様子は、何も知らない者が見れば、ただの仲睦まじい夫婦のように見えたことだろう。
 ファーリアの腹部はだいぶ大きくなり、胎動も感じられるようになってきていた。
「ここは私の母が私を産んだ部屋だ」
 手慰みにファーリアの丸く膨らんだ腹部を撫でていたマルスが、ぽつりと言った。
 ファーリアはマルスを見上げた。
「……でも、なぜ塔に?」
 塔に籠められた者には自由はない。堅牢な構造は脱出を妨げ、見張りの兵士の数が最小限で済むよう出口は一箇所に限られている。牢獄よりは遥かにましだが、監禁されている事実は同じだった。
「当時、誰も私にそのことを話そうとしなかった。私は私で、母の顔も覚えていなかったしな。幼い頃は恋しがったような記憶もあるが、会わせてもらえぬまま、ある日死んだと聞かされた。父王は知っていただろうが、会えるのが年に数度だったからな」
 マルスは皿に乗った黄緑色の葡萄の実をひとつもいで、ファーリアの口に押し込んだ。甘い汁と芳香がファーリアの口いっぱいに広がる。
「当時、第二王子だった異母兄あにが、私が生まれる直前に死んでいる。母には兄の殺害疑惑が掛けられていたそうだ。結局、母の死で有耶無耶になったが……随分後になって、側室の幾人かと対立していたと聞いた。側室たちは辺境の砂漠の出身の者が多い。誰もが世継を産んで、生家を取り立ててもらおうと必死だ。西の帝国の貴族の血を引く母とは、元々折り合いが悪かったのだろう」
 そのとき外から、必死で命乞いをする、半分泣き声のような声が聞こえてきた。
 処刑が始まったのだ。
 マルスは窓際に立って広場を見下ろした。
 覆面をした処刑人に、罪人が鞭打たれる。その回数は罪状によって細かく定められていた。
 見物人の数は多くはない。処刑が年に数回だった頃は物見高い民衆が押し寄せたが、反乱が起きてからこっち三日に上げず行われる処刑に、民は辟易していた。
 やがて鞭打ち刑が終わり、罪人は前屈みに地面に押さえつけられた。死刑執行人が剣を高く掲げ、振り下ろす。
「――思えば私は、母の胎内にいた時からこの断末魔を聞いていたのだな」
 ふわりと血のにおいが風に混じる。
 マルスはファーリアの手をとって引き寄せ、後ろを向かせて窓枠に手を着かせた。
 眼下では、二人目の罪人が鞭打たれていた。そのすぐ横に一人目の罪人の首が転がって、鞭打たれる罪人を空虚な目で見上げている。
 マルスはファーリアの胸元を止めていた紐を解いた。するりと手を滑り込ませ、ひと回り大きく張った乳房を優しく愛撫しだす。
「――っ……」
 妊娠のために敏感になった乳首は、少し触れられただけで痺れるように感じてしまう。
 広場では、罪人の悲鳴が続いていた。
「あれは反乱軍と通じていた兵士だ。軍の機密書類を流していた男だな」
 マルスはファーリアのうなじを喋みながら、長衣の裾をたくし上げた。出会った頃に比べ、うっすらと脂肪がついた双丘の、割れ目に沿って後ろから前へと指を這わせていく。
「あ……っ」
 ファーリアがくびを仰け反らせた。マルスの指は固く締まった排泄孔をひと撫でし、更に奥へとファーリアを割り開いた。しっとりと湿った襞を人差し指と薬指で開いて、中指の先を入り口に埋める。途端、ぬるりと蜜が溢れ出た。
「や……っ」
 指の根本まで挿し入れてから引き抜いて、ピンと張り詰めた陰核にぬらぬらと塗りつける。
「――あ!」
 ――もう、立っていられない――。膝ががくがくと震えて、ファーリアは必死で窓枠にしがみついた。
 眼下では二人目の鞭打ちが終わり、罪人が斬首の体勢を取らされているところだった。
 ファーリアへの愛しさと、残酷な感情が綯い交ぜになって、マルスの内側で荒れ狂っている。それがおぞましい怪物となって、今にも内臓を突き破って飛び出してくるのではないか――。
「くっ……」
 マルスは固くなった陰茎を取り出して、背後からファーリアを貫いた。
「――――っ……」
 マルスは奥まで挿入すると、ゆっくりと動きだした。激情のまま突き上げたい衝動を抑えて、ファーリアの反応を確認しながら出し入れする。
 激しさがない分、焦らされているようで、ファーリアの内壁はひくひくとマルスを欲した。それを味わうように、マルスは更にゆっくりと出し挿れを繰り返した。
「……そなたもまたここで産むのだ――この広場が、あの男の血で染まるのを見下ろしながら」
 空と大地を炎の色に染めて、太陽が遠い地平線に沈んでいく。振り上げられた剣が、強烈な西陽を反射した。
 耐えきれなくなったファーリアが、びくびくと躰を痙攣させて達した。と同時に、マルスもまた決壊した。
 広場には再び断末魔の叫びが響いた。
 太陽が完全に沈み切るまでの長い時間をかけて、マルスはファーリアに注ぎ込んだ。

 月に一度、ファーリアの診察のために医師が塔を訪れた。
「どこにも問題はありませんな。このまま順調にいけば、あと三月みつきかそこらでしょう」
 ひとしきり診察を終えた医師は、窓際に立っていたマルスにそう告げた。そして、ちらりと窓の外に目をやった。
「――陛下、あまりご無体はなさいますな。せめて無事にお生まれになるまでは」
 老医師は小声で言った。
「わかっている」
 マルスとて、これが初めての子ではない。子を孕んだ女の扱いはそれなりに心得ている。
「処刑も――少し減らされては如何かな」
「これしきのことで気を病むような、やわな女ではない」
 ファーリアは最前線で剣を振るっていた兵士なのだ。事実、塔に来てからファーリアが泣いたり取り乱したりしたことは一度もなかった。むしろ冷静に脱出の機会を窺っている、と言われたほうがしっくりくる。だが、四階分ほどの高さのある窓から逃げることは不可能だし、入り口はファーリアとは面識のない兵士が常時六人体勢で固めている。念の為、食器はすべて木製のものにし、紙やペンなど外部と連絡を取れるような物は一切与えていない。何より、ユーリの命を預かっている間は絶対に逃げたりはしないだろう――。
 マルスもまた、広場を見下ろした。その日は処刑はなく、死刑ではない罪人の鞭打ち刑のみが行われていた。
「ご婦人もですが――民が、恐れておりますぞ。いくら国賊といえど、こう毎日のように処刑が続いては――」
 老医師は一段と声を潜めた。
 マルスが産まれた時も取り上げたという医師は、齢七十に差し掛かっていた。王室とは半世紀近く関係を築いてきている。多少の苦言を呈しても許される立場にあった。
「……善処しよう」
 マルスは老医師を送って、ファーリアの部屋を出て塔の螺旋階段を下りた。
「遥か東の彼方にある国に、傾国の美女、という謂れがございますな」
 ふと思い立ったように医師が言った。
「何と?」
いにしえの皇帝が、絶世の美女に溺れ、国を傾けたと」
「正直、そこまでの美女でもないとは思うが……あれが真に私の手に入るなら、むしろ国を栄えさせてみせようものを」
 マルスは困ったように眉を歪めて微笑った。この老人に見透かされている。恐らく、腹の子がマルスの子ではない可能性についても。
「いずれにしても、お気をつけなされ。毒蠍は砂漠にばかりいるわけではないですぞ」
 老医師はそう言い残して、ゆっくりとした足取りで救護院の方へと去っていった。弟子の若者が、大きな鞄を提げて老医師の後をついていった。
「毒蠍……」
 老医師の言葉が指していたのは、きっとファーリアのことではないだろう。
「……誰のことだ……」
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