212 / 230
イシュラヴァール拾遺
番外編 東方異聞 中編
しおりを挟む
【63 星空】と【65 奴隷市】の間くらい。
*****
船から飛び降りたタリムは、港の明かりを目指して泳いだ。
レーの港に泳ぎ着くと、腕に結びつけていた靴紐をほどいて、靴の中の水をあけ、履いた。そして目星をつけた酒場のドアを開けた。
「おいおい、誰かと思ったら、タリムじゃねぇか」
「久しぶりだね、キャプテン・ドレイク」
真っ先に目当ての人物に会えて、タリムは自分の幸運に感謝した。ドレイクを探して夜のレーを歩き回る体力は残っていない。
「しかし、なんて格好だ。奴隷船狩りに遭ったって聞いたが、船から放り出されでもしたか?」
ドレイクは、頭の天辺から足の先までずぶ濡れのタリムをしげしげと見た。
「いや、自分で降りたのさ。もうあの船に用はなくなったからね」
「強がるねぇ。で、お前さんの船は今どこだ?」
「強がるもなにも、船はカナン自由民に乗っ取られて、沖に停泊してる。奴隷商人は廃業だよ。悔しいけど」
「何も廃業するこたねえだろう。どういう心境の変化だ」
「別に。飽きただけさ。それよりキャプテン・ドレイク、明日、ここは戦場になるぜ」
「なんだって?」
「カナン自由民が奴隷市を狙ってる。奴隷市に向けて、レーには千人からの奴隷が集まっているだろう。それをそっくり解放する気だよ」
ドレイクがヒュウっと口笛を吹いた。
「おいおい、聞いてねぇぞ」
「明日、あっちの幹部から接触があるはずだ。奴隷市が襲撃されたら、市長が黙っていない。恐らく王都に兵を要請するだろう。おいキャプテン、あんたはどっちにつく?」
「そりゃあ俺は海賊だからな。今更市長側にはつけねぇよ。といってカナン自由民にゃ、なんの義理もねぇしなぁ」
「じゃあ黙って傍観するのかい?この海域を牛耳るキャプテン・ドレイクともあろう者が?」
「煽るなよ、タリム。俺にどうしろってんだ」
ドレイクは苦い顔をして言った。タリムの細い目がにっこりと微笑んだ。
「僕はね、奴隷市襲撃までは成功するだろうと踏んでいる。明日はアルサーシャは花祭だ。レーの警備はスカスカだろう。だが問題はその後だ。国軍が派兵されるとしたら、早くて夜、遅ければ明後日の朝だが、カナン自由民に国軍とやり合うほどの兵力はない」
「しかも、逃した千人の奴隷を無事に逃がさねぇとならん。戦うっても、それだけの足手まとい抱えてちゃあな……って、ちょっと待てよ。じゃあ明日、カナンは負ける?」
「それだよ、ドレイク。いいか、レーはシャルナクやリアラベルデと繋がる、イシュラヴァールで一番の要港だ。これをこの機に、国王からいただいてしまえよ」
「……なんだって!?」
「ドレイク、この機に乗り遅れて良いのか?内陸ではアルヴィラの奴らが着々と拠点を増やしてる。ぼやぼやしてるとレーもアルヴィラに先を越されるぞ。それに知っての通り、レーの市長は食わせ者だ。僕らの足元を見ちゃあ金をふっかけてくる。あいつを追い出して、カナンとドレイクの連名でレーを独立させれば」
「……悪くねぇな」
ドレイクは呟いた。
「いつだったか、ルビーの姐御も似たようなことを言ってたな……レーがほしいとかなんとか。だがその、俺たち海賊がカナンと組んだとして、勝算はあるかねぇ?」
「なんだ、弱気だな、キャプテン」
タリムは片頬を上げてふっと微笑った。
「だから煽るなって。実際俺たちは海には強いが、陸戦は慣れてないぜ。砲撃をかますことはできても、兵隊の数が足りん」
「その兵隊だが、奴隷千人をお荷物だと考えるからいけない。彼らを兵力にするんだ。カナンたちが劣勢になる前に、奴隷を小隊に分けて、ドレイク、あんたの手下たちに指揮させろ」
「……だいたい話はわかったが……タリム、お前さんはどうするんだ?」
「僕は逃げるよ。カナンの連中に見つかったら、何されるかわからないしね」
タリムは肩をすくめて言った。
「なんだよ、ひとをさんざん煽っておきながら、自分は」
ドレイクは呆れて、椅子の上でのけぞった。
「僕はその後のことをね。ドレイク、解放された奴隷たちには仕事が必要だよね?」
「まあそうだろうな。霞を食って生きてけるわけじゃねぇ」
「僕はその仕事を世話するよ。シャルナクやリアラベルデでも、東のアルナハブにも、人手が欲しいところはいくらでもあるからね。せっかく奴隷から解放されたのに、悪い斡旋業者にはまってまた奴隷に逆戻りしないよう、ちゃんと面倒見てやらないと」
「おいおい、その悪徳斡旋業者ってお前さんじゃねぇのか?」
「うるさいよ」
タリムは細い目を僅かに釣り上げてみせた。
「まあ、話は大体わかった。あとはカナンの連中と話してみるさ……しかし、お前さんが奴隷商人を廃業するとはねぇ」
ドレイクは大きなカップに残っていた酒を飲み干して言った。
「ま、時代の流れ、ってヤツ?……っくしゅん!」
「いい加減着替えろよ。風邪ひくぞ、タリム」
ドレイクが酒場の奥の階段を指して言った。酒場の二階は宿屋になっている。
「ああそうだ、着替えもだけど、そもそも金がないんだった。ドレイク、あんたの船に泊めてくれない?」
「タリム、そういう話は一番先にするもんだぜ」
ドレイクはまた呆れ返った。
「まったく、お前はほんと昔っから変わってねぇよ!」
*****
船から飛び降りたタリムは、港の明かりを目指して泳いだ。
レーの港に泳ぎ着くと、腕に結びつけていた靴紐をほどいて、靴の中の水をあけ、履いた。そして目星をつけた酒場のドアを開けた。
「おいおい、誰かと思ったら、タリムじゃねぇか」
「久しぶりだね、キャプテン・ドレイク」
真っ先に目当ての人物に会えて、タリムは自分の幸運に感謝した。ドレイクを探して夜のレーを歩き回る体力は残っていない。
「しかし、なんて格好だ。奴隷船狩りに遭ったって聞いたが、船から放り出されでもしたか?」
ドレイクは、頭の天辺から足の先までずぶ濡れのタリムをしげしげと見た。
「いや、自分で降りたのさ。もうあの船に用はなくなったからね」
「強がるねぇ。で、お前さんの船は今どこだ?」
「強がるもなにも、船はカナン自由民に乗っ取られて、沖に停泊してる。奴隷商人は廃業だよ。悔しいけど」
「何も廃業するこたねえだろう。どういう心境の変化だ」
「別に。飽きただけさ。それよりキャプテン・ドレイク、明日、ここは戦場になるぜ」
「なんだって?」
「カナン自由民が奴隷市を狙ってる。奴隷市に向けて、レーには千人からの奴隷が集まっているだろう。それをそっくり解放する気だよ」
ドレイクがヒュウっと口笛を吹いた。
「おいおい、聞いてねぇぞ」
「明日、あっちの幹部から接触があるはずだ。奴隷市が襲撃されたら、市長が黙っていない。恐らく王都に兵を要請するだろう。おいキャプテン、あんたはどっちにつく?」
「そりゃあ俺は海賊だからな。今更市長側にはつけねぇよ。といってカナン自由民にゃ、なんの義理もねぇしなぁ」
「じゃあ黙って傍観するのかい?この海域を牛耳るキャプテン・ドレイクともあろう者が?」
「煽るなよ、タリム。俺にどうしろってんだ」
ドレイクは苦い顔をして言った。タリムの細い目がにっこりと微笑んだ。
「僕はね、奴隷市襲撃までは成功するだろうと踏んでいる。明日はアルサーシャは花祭だ。レーの警備はスカスカだろう。だが問題はその後だ。国軍が派兵されるとしたら、早くて夜、遅ければ明後日の朝だが、カナン自由民に国軍とやり合うほどの兵力はない」
「しかも、逃した千人の奴隷を無事に逃がさねぇとならん。戦うっても、それだけの足手まとい抱えてちゃあな……って、ちょっと待てよ。じゃあ明日、カナンは負ける?」
「それだよ、ドレイク。いいか、レーはシャルナクやリアラベルデと繋がる、イシュラヴァールで一番の要港だ。これをこの機に、国王からいただいてしまえよ」
「……なんだって!?」
「ドレイク、この機に乗り遅れて良いのか?内陸ではアルヴィラの奴らが着々と拠点を増やしてる。ぼやぼやしてるとレーもアルヴィラに先を越されるぞ。それに知っての通り、レーの市長は食わせ者だ。僕らの足元を見ちゃあ金をふっかけてくる。あいつを追い出して、カナンとドレイクの連名でレーを独立させれば」
「……悪くねぇな」
ドレイクは呟いた。
「いつだったか、ルビーの姐御も似たようなことを言ってたな……レーがほしいとかなんとか。だがその、俺たち海賊がカナンと組んだとして、勝算はあるかねぇ?」
「なんだ、弱気だな、キャプテン」
タリムは片頬を上げてふっと微笑った。
「だから煽るなって。実際俺たちは海には強いが、陸戦は慣れてないぜ。砲撃をかますことはできても、兵隊の数が足りん」
「その兵隊だが、奴隷千人をお荷物だと考えるからいけない。彼らを兵力にするんだ。カナンたちが劣勢になる前に、奴隷を小隊に分けて、ドレイク、あんたの手下たちに指揮させろ」
「……だいたい話はわかったが……タリム、お前さんはどうするんだ?」
「僕は逃げるよ。カナンの連中に見つかったら、何されるかわからないしね」
タリムは肩をすくめて言った。
「なんだよ、ひとをさんざん煽っておきながら、自分は」
ドレイクは呆れて、椅子の上でのけぞった。
「僕はその後のことをね。ドレイク、解放された奴隷たちには仕事が必要だよね?」
「まあそうだろうな。霞を食って生きてけるわけじゃねぇ」
「僕はその仕事を世話するよ。シャルナクやリアラベルデでも、東のアルナハブにも、人手が欲しいところはいくらでもあるからね。せっかく奴隷から解放されたのに、悪い斡旋業者にはまってまた奴隷に逆戻りしないよう、ちゃんと面倒見てやらないと」
「おいおい、その悪徳斡旋業者ってお前さんじゃねぇのか?」
「うるさいよ」
タリムは細い目を僅かに釣り上げてみせた。
「まあ、話は大体わかった。あとはカナンの連中と話してみるさ……しかし、お前さんが奴隷商人を廃業するとはねぇ」
ドレイクは大きなカップに残っていた酒を飲み干して言った。
「ま、時代の流れ、ってヤツ?……っくしゅん!」
「いい加減着替えろよ。風邪ひくぞ、タリム」
ドレイクが酒場の奥の階段を指して言った。酒場の二階は宿屋になっている。
「ああそうだ、着替えもだけど、そもそも金がないんだった。ドレイク、あんたの船に泊めてくれない?」
「タリム、そういう話は一番先にするもんだぜ」
ドレイクはまた呆れ返った。
「まったく、お前はほんと昔っから変わってねぇよ!」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる