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第二章 落日のエクバターナ
間諜
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王都ララ=アルサーシャは内戦後、治安が悪化していた。
市中警備隊の精鋭で構成されていた王都守護団は前王派として処断され、代わりに摂政アトラスが連れてきた辺境の私兵たちに取って代わられていた。軍の規律は崩壊し、毎夜享楽的に浮かれ騒ぐ色街を除けば、市街はほとんどが暗く閑散としていた。色街では誰も彼もが溺れるほどに酒に酔い、金や色恋沙汰を巡っての諍いが絶えず、死人が出ることも珍しくなかった。官吏の大部分が粛清され、または逃げ去った官庁街は、ひっそりと闇に沈み、強盗や追い剥ぎ、通り魔の類の格好の餌場と化していた。
「この有り様じゃ、あと五年もすれば砂漠に戻っちゃうんじゃないかしらね」
黒い衣で頭から足先まですっぽりと覆い、顔すらも黒いヴェールで隠した女が呟いた。
「何か言いました?」
従者の一人が聞き返した。昼夜関係なく、昨今の王都では女のひとり歩きなど無謀でしかない。女は武装した従者を三人連れていた。
「独り言よ。殿下は後宮に?」
「はい。まっすぐご案内しろと仰せつかっております」
王宮の門をくぐり、後宮の入口で従者と女は別れた。国王と宦官以外の男性は後宮には立ち入れない。
女はまっすぐに自室へ向かった。
「長旅だったな、ザラ」
室内には先客がいた。彼は寝台に横たわり、下女に背を揉ませている。
「すぐに汗を流してまいりますわ」
ヴェールを外して、ザラは言った。
ザラの部屋は、ほかの女官の部屋よりだいぶ広かった。かつては有力な側室の部屋だったのだろう。
「構わん。こっちへ来い」
「でも」
言いかけたザラの手をつかみ、寝台に引っ張り込む。その男の碧い目を、ザラは見返した。
「あいにく、風呂上がりの女しか抱けねぇなんて気取った育ちじゃないんでな」
「アトラス様――」
アトラスの首に腕を回し、ザラの方から口づける。深窓の姫君の振る舞いなど、この男は望んでいないことを、ザラは承知していた。ちらりと下女に目配せして部屋から下がらせる。
国王以外は立ち入れないはずの後宮に摂政のアトラスが自由に出入りしていることは、規律の乱れは王宮内部まで侵食している証左だった。だが、さすがに国王の寝所はバハルの領域だ。バハルの母、サラ=マナの目もある。アトラスは後宮の女官の私室に侵入しては、女たちを食い荒らしていた。そんなアトラスの傍若無人ぶりに年若いバハルが口を出せるわけもなく、サラ=マナに至っては見て見ぬふりを決め込んでいる始末だった。
「あたしがいない間、何人の女官に手をつけなさったの?」
「お前が一番だよ、ザラ」
アトラスが乱暴に衣を剥ぎ取った。ビリッとどこかの布が裂ける音がした。
むき出しになったザラの乳房に食らいつく。
「んっ」
「王子様の手練はどうだった?」
先端の突起を舌で転がしながら、アトラスが言った。
「お坊ちゃんって感じでしたよ。ちょっと舐めてやったら、すぐに……あっ」
アトラスが歯を立てたので、ザラは仰け反った。
「世間知らずの王子様じゃ、お前のここは物足りなかっただろうが」
アトラスの手がザラの背中から尻へと滑り降り、両脚の間をまさぐる。
「あん……殿下、先に報告を」
「続けろよ。アルナハブの状況は?ニケは自害と伝わっているが」
「ええ、確実に仕留めましたわ。バセルは自害と信じて……っ!」
報告するザラの内部をアトラスの指がかき回す。その動きが巧みで、ザラはたまらず自分から腰を擦り付けた。すぐにとろりとした液が溢れ、アトラスの手を濡らす。アトラスは満足げに唇を舐め、中指を曲げて感じる場所を押した。
「んん!」
「続けろ」
「……っ、バセルは見るからに落胆していましたわ。ニケを死なせてしまったことで前王の期待を裏切ってしまったと。でも、前王の隠し子の話を吹き込んだら簡単に堕ちて」
「バセル王子にもそうやって腰を振ってやったのか。坊ちゃん育ちにゃここはたまらねぇだろうな」
向かい合って座ったままアトラスがザラを下から貫き、突き上げた。ザラが動きに合わせて腰を上下させる。
「ああ……殿下、そんなこと言わないで……あたしは殿下のために……っ」
ザラの媚びた声に、アトラスの目が一瞬、不快感を浮かべた。体勢を変えて、ザラをうつ伏せに寝台に押し付け背後から犯す。
媚びた顔を見たくなくてそうしたのだが、今度は艶めかしい後ろ姿に苛立った。西方の異国の生まれらしいザラの、眩しいほど白い肌が、興奮でうっすら桃色に染まっている。この背中を踏みつけ、鞭で打ったら、さぞ美しい紅に染まるだろう――。
「ああ、殿下、あ、あ、殿下、殿下っ……」
奥を突くたびに律儀に喘ぐザラの声が、アトラスの苛立ちを助長する。
「それで、バセルは今どこだ?」
「……エクバターナから一部の兵を率い、今頃バラドの町を越えたところですわ」
ザラは息を整えると、アトラスに向き直って意味ありげに微笑んだ。
「お目付け役のジャミール将軍はエクバターナに置き去りに。バセルには殿下からお借りした兵をつけていますが、気づかれてはいないはずですわ。眠れないと言うので、よく眠れる薬酒を与えて頭を鈍らせていますから。ご指示があれば、すぐに連れてきてご覧に入れますわ」
アトラスの従順な女間諜という役柄を、ザラは完璧に演じていた。ザラの本当の思惑には、アトラスも気付いてはいなかった。
内戦で混乱した王都の娼館で、アトラスはザラと出会った。気が強そうな女だ、と思った。しかしその瞳には暗い影があった。そこも気に入った。修羅場のひとつやふたつくぐって、世間擦れしているくらいがちょうどいい。ザラが間諜を買って出たのは出世欲だろうと思った。娼婦から王宮に入れるとなれば、なりふり構わないのも頷ける。
ザラは王都の事情に精通していて、アトラスにとって使える女だった。蓮っ葉だが馬鹿ではない。世間知らずの元王子を転がすにもちょうどよかった。
ザラはとても慎重に、アトラスの懐に入り込んだ。アトラスが自分を愛したりはしないだろうこともわかっていた。ザラはただひとつの目的のためにアトラスと寝、バセルを籠絡した。
(もうすぐよ……前王マルス、せいぜい足掻いたら良いわ)
アトラスに組み敷かれ荒々しく貫かれながら、ザラは心中で昏い笑みを浮かべた。
市中警備隊の精鋭で構成されていた王都守護団は前王派として処断され、代わりに摂政アトラスが連れてきた辺境の私兵たちに取って代わられていた。軍の規律は崩壊し、毎夜享楽的に浮かれ騒ぐ色街を除けば、市街はほとんどが暗く閑散としていた。色街では誰も彼もが溺れるほどに酒に酔い、金や色恋沙汰を巡っての諍いが絶えず、死人が出ることも珍しくなかった。官吏の大部分が粛清され、または逃げ去った官庁街は、ひっそりと闇に沈み、強盗や追い剥ぎ、通り魔の類の格好の餌場と化していた。
「この有り様じゃ、あと五年もすれば砂漠に戻っちゃうんじゃないかしらね」
黒い衣で頭から足先まですっぽりと覆い、顔すらも黒いヴェールで隠した女が呟いた。
「何か言いました?」
従者の一人が聞き返した。昼夜関係なく、昨今の王都では女のひとり歩きなど無謀でしかない。女は武装した従者を三人連れていた。
「独り言よ。殿下は後宮に?」
「はい。まっすぐご案内しろと仰せつかっております」
王宮の門をくぐり、後宮の入口で従者と女は別れた。国王と宦官以外の男性は後宮には立ち入れない。
女はまっすぐに自室へ向かった。
「長旅だったな、ザラ」
室内には先客がいた。彼は寝台に横たわり、下女に背を揉ませている。
「すぐに汗を流してまいりますわ」
ヴェールを外して、ザラは言った。
ザラの部屋は、ほかの女官の部屋よりだいぶ広かった。かつては有力な側室の部屋だったのだろう。
「構わん。こっちへ来い」
「でも」
言いかけたザラの手をつかみ、寝台に引っ張り込む。その男の碧い目を、ザラは見返した。
「あいにく、風呂上がりの女しか抱けねぇなんて気取った育ちじゃないんでな」
「アトラス様――」
アトラスの首に腕を回し、ザラの方から口づける。深窓の姫君の振る舞いなど、この男は望んでいないことを、ザラは承知していた。ちらりと下女に目配せして部屋から下がらせる。
国王以外は立ち入れないはずの後宮に摂政のアトラスが自由に出入りしていることは、規律の乱れは王宮内部まで侵食している証左だった。だが、さすがに国王の寝所はバハルの領域だ。バハルの母、サラ=マナの目もある。アトラスは後宮の女官の私室に侵入しては、女たちを食い荒らしていた。そんなアトラスの傍若無人ぶりに年若いバハルが口を出せるわけもなく、サラ=マナに至っては見て見ぬふりを決め込んでいる始末だった。
「あたしがいない間、何人の女官に手をつけなさったの?」
「お前が一番だよ、ザラ」
アトラスが乱暴に衣を剥ぎ取った。ビリッとどこかの布が裂ける音がした。
むき出しになったザラの乳房に食らいつく。
「んっ」
「王子様の手練はどうだった?」
先端の突起を舌で転がしながら、アトラスが言った。
「お坊ちゃんって感じでしたよ。ちょっと舐めてやったら、すぐに……あっ」
アトラスが歯を立てたので、ザラは仰け反った。
「世間知らずの王子様じゃ、お前のここは物足りなかっただろうが」
アトラスの手がザラの背中から尻へと滑り降り、両脚の間をまさぐる。
「あん……殿下、先に報告を」
「続けろよ。アルナハブの状況は?ニケは自害と伝わっているが」
「ええ、確実に仕留めましたわ。バセルは自害と信じて……っ!」
報告するザラの内部をアトラスの指がかき回す。その動きが巧みで、ザラはたまらず自分から腰を擦り付けた。すぐにとろりとした液が溢れ、アトラスの手を濡らす。アトラスは満足げに唇を舐め、中指を曲げて感じる場所を押した。
「んん!」
「続けろ」
「……っ、バセルは見るからに落胆していましたわ。ニケを死なせてしまったことで前王の期待を裏切ってしまったと。でも、前王の隠し子の話を吹き込んだら簡単に堕ちて」
「バセル王子にもそうやって腰を振ってやったのか。坊ちゃん育ちにゃここはたまらねぇだろうな」
向かい合って座ったままアトラスがザラを下から貫き、突き上げた。ザラが動きに合わせて腰を上下させる。
「ああ……殿下、そんなこと言わないで……あたしは殿下のために……っ」
ザラの媚びた声に、アトラスの目が一瞬、不快感を浮かべた。体勢を変えて、ザラをうつ伏せに寝台に押し付け背後から犯す。
媚びた顔を見たくなくてそうしたのだが、今度は艶めかしい後ろ姿に苛立った。西方の異国の生まれらしいザラの、眩しいほど白い肌が、興奮でうっすら桃色に染まっている。この背中を踏みつけ、鞭で打ったら、さぞ美しい紅に染まるだろう――。
「ああ、殿下、あ、あ、殿下、殿下っ……」
奥を突くたびに律儀に喘ぐザラの声が、アトラスの苛立ちを助長する。
「それで、バセルは今どこだ?」
「……エクバターナから一部の兵を率い、今頃バラドの町を越えたところですわ」
ザラは息を整えると、アトラスに向き直って意味ありげに微笑んだ。
「お目付け役のジャミール将軍はエクバターナに置き去りに。バセルには殿下からお借りした兵をつけていますが、気づかれてはいないはずですわ。眠れないと言うので、よく眠れる薬酒を与えて頭を鈍らせていますから。ご指示があれば、すぐに連れてきてご覧に入れますわ」
アトラスの従順な女間諜という役柄を、ザラは完璧に演じていた。ザラの本当の思惑には、アトラスも気付いてはいなかった。
内戦で混乱した王都の娼館で、アトラスはザラと出会った。気が強そうな女だ、と思った。しかしその瞳には暗い影があった。そこも気に入った。修羅場のひとつやふたつくぐって、世間擦れしているくらいがちょうどいい。ザラが間諜を買って出たのは出世欲だろうと思った。娼婦から王宮に入れるとなれば、なりふり構わないのも頷ける。
ザラは王都の事情に精通していて、アトラスにとって使える女だった。蓮っ葉だが馬鹿ではない。世間知らずの元王子を転がすにもちょうどよかった。
ザラはとても慎重に、アトラスの懐に入り込んだ。アトラスが自分を愛したりはしないだろうこともわかっていた。ザラはただひとつの目的のためにアトラスと寝、バセルを籠絡した。
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