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前編
寝る前のちょっとしたお話
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一行が龍ノ川から降りた時、既に地上は真っ暗だった。龍の姿の覇白に乗ったのだが、如何せん人を乗せて飛んだ事はないらしく、落とすのを怖がってか必要以上に慎重に飛んでいた為、結構な時間がかかったのだ。
途中で尖岩が「俺の栗三号にしよっか?」と提案したが、何のプライドかそれは覇白に拒否された。
それに、栗三号には重大な欠点がある。乗り心地よし、スピードよし。だが、非常に脆いのだ。障害物にぶつかりでもしたら一発で崩れる。
行きは、急ぎの為それを飛ばしたが、普通の人間は上空から落ちれば死ぬ。中々スリリングであるから、尖岩としても白刃と鏡月を乗せるのは極力避けたくて、断ってくれて逆にありがたいという思いもあった。
時間で言えば、既に十時にはなっている頃だろう。旅人宿を見つけて、今回はそこで寝ることにした。
白刃が湯に入っている間、借りてきた布団を置いて適当な所に座わる。この宿は上質な所ではないが、それでも雨風しのげる壁と天井、あと布団があるだけいいモノだろう。野宿にはこれら全てが無いのだから。
「なんか久しぶりにちゃんとした布団で寝るなぁ」
積み重なった布団をぼふんぼふんと叩き、尖岩は笑う。久しぶりなんてレベルではない程に久しぶりのその感触は懐かしさも感じる。
「私もですー。ほんと、五年ぶりですよ」
鏡月の時間感覚で言えば、五年は結構な時間だ。しかし、尖岩はその比ではない。なんと驚き、その百倍だ。
「俺なんて五百年岩のかってぇ地面で寝てたんだぜ? 一応毛布はあったんだけどよ」
尖岩がそう話すと、覇白は苦い笑みで心配そうに尋ねてくる。
「それは、体は大丈夫なのか? 寝づらいなんて騒ぎではないと思うが」
覇白も龍ノ川を降りてからは岩の上に寝ていたが、寝るときは龍の姿であった。龍であれば問題はないが、人の体となると話は変わってくるのだ。
「慣れればこっちの勝ちってもんよ。流石に五百年はキツかったけどなぁ」
そんな会話をしながら五人分の布団を敷き、尖岩はそこに横になる。そうして、ははっ笑いながら答えると、山砕が布団に腰を下ろしながら言った。
「まぁ、お前の場合は自業自得だよ」
「そうは言うけどよ、三歳児。お前もまぁまぁ色々やってただろ、なんでお前はお咎めなし何だよ」
布団に伏せながら頬杖を突き、ちょっとした不満を漏らす。
「俺はお前に便乗して悪戯しただけだからね」
お前の悪事とは比にならないと、何故か若干のどや顔で言われた。
しかし、尖岩のあれも本当に遊びのつもりだったのだ。嘘ではない、殺さなければ遊びの範疇に収まっていると思っていた。
一方山砕は豚や猪を使って農作物を荒らすなど、その程度の嫌がらせであり、その二つが同時期であったからか、実刑があったのは自分だけ。尖岩からすれば、そこが納得いかない部分なのだ。
「ホント、自由人って感じだぜ」
尖岩がそう言うと、鏡月がほんの少しだけ怯えるように話した。
「私からしたら少し怖い方です。あの方、急に現れるので」
「あーそれも分かるわ。あいつめっちゃ突然現れるんだよな、一回箱を開けたらそこから出て来た事あったもん、ありゃビビったわー」
「あったあった。心臓に悪いんだよな」
鏡月の気持ちもよく分かる。あいつは、にゅっと現れるのだ。何の前触れもなく突然やぁとか言って姿を出す。普通に心臓に悪いからよしてほしいのだが、あのご登場の仕方が気に入っているみたい。
『やぁ! 噂をすればなんとやら、僕だよ!』
そう、こんな風に。
唐突に現れた超越者。驚いた四人を見て、楽しそうに笑った。
『ふっふー、驚いた? 僕の話してたから、来ちゃった』
「来ちゃった、じゃねぇよ! お前が来いって言ったんだから、大人しく待ってろよ!」
尖岩のもっともなツッコみに、超越者は『えー』と声を漏らす。
『僕じっとしてるの好きくない。それに、僕に対面する事じゃなくて、君たちが自力で天ノ下にたどり着くと言う事に意味があるんだ』
「それはそれでいいけど……。鏡月が怖がってるから、なるべく手短に帰ってよ」
そう言って山砕は自身の背後に回った鏡月を横目に見る。心なしか、鏡月が気配を消しているのだ。先程少し怖いと言っていたから、それだろう。
超越者も怖がられるのは不服なようで、頬を膨らませる。
『もー怖がらないでよ、僕は怖い人じゃないよ? 君が逃げるから追いかけたんじゃないか』
「私からしたら、追いかけられたから逃げたのですが……」
『それは君が悪い事してたからじゃない。大人しく話聞いてくれたら直ぐに終わったのにさ。この僕の手を焼かせるなんて、寄生虫いたとは言え大した子だよ!』
本気で怒っている訳ではなさそうが、ぷんぷんとしている。
「えっと、ごめんなさい」
『まぁいいよ、僕は心優しいからね! 何はともあれ、助かったみたいで良かったよ』
超越者はそう言って微笑む。本人の言葉通り、安心しているように見えた。
しかし、心優しい奴は心優しいと自称しないと思うが。これには何も言わないでおく。
それにしてもこの人、何しに来たのだろうか。尖岩がそう思った時、その思考を読んだかのように、彼は話を切り出してきた。
『少し訊きたいことがあってね。あのさ、君達は僕の子育ての仕方は間違っていると思うかい?』
「「うん」」
『そんな即答じゃなくてもいいじゃんかぁ』
尖岩と山砕の即答に苦笑い、超越者は頭をかく。その様子から、また何か拾ったのだろうなと予想できた。
「何、また拾ってきたの?」
『うん。ちょっと変わり種でね、中々扱いが難しいんだ。君達さ、親は子にどうしてやればいいか知っているかい?』
訊くと、尖岩は訝しげに問いを返す。
「え、それ俺達に訊くの? 俺も三歳児も親お前なんだけど」
『それもそうか。じゃあ覇白だけでもいいや、知ってる?』
覇白に問いの方向を変えてみるが、こちらはこちらでその問いに答える事は困難で。
「私の家で親子交流が滅多に行われていなかったのは知っているであろう」
『あぁ、そうだった』
彼の返答は予想通りの物で、ここに子育てについて訊ける相手はいなさそうだ。
まぁ構わない、本題はそれではないのだから。
『だったらいいや。君達の様子も確認できたしね』
『ほんと、元気そうで何よりだよ。じゃあね! あ、あと、白刃によろしく言っといて~』
手を振ると相手の返答も聞かずにさっと帰っていく。なんとも自由なモノだ。
「なんというか、マイペースなのですね」
「そーいう訳よ。あれが子育て上手くできるわけねぇだろ? まぁ、良い親ではあるんだろうけど」
「しっかし、今度は何処の誰を拾ったんだかねぇ……」
思い出すのは、ある日突然「新しい子だよ!」と言って連れてこられた、当時の自分と同じくらいの歳の山砕だ。その時は彼に名前はなかった。確か、来て初端に玩具の山の模型を何を思ってか壁に投げつけ壊した事から、「山を砕く」で山砕だったような。超越者は「元気でよろしい」と褒めていたが、あれには普通にドン引きした記憶がある。
思い返して懐かしんでいると、白刃が風呂から上がって戻って来た。
「風呂空いたぞ」
風呂上りの白刃は髪を結んでおらず、一瞬誰かと思ったが、これは間違いなく白刃だ。
「おー……って白刃、髪下すと本当に女だな」
「そうか? その理論なら、覇白は常に女になるぞ」
山砕の感想にそう返すと、尖岩が嫌そうな顔をした。
「こんなデカい女子いてたまるか」
その言葉の意味はまさに自身の身長へのコンプレックスにある。
「女でもお前より高い奴は五万といるだろうな」
「うっせ! じゃあ、次俺入って来るな」
あらかじめじゃんけんで決めていた順番がある。白刃の次は尖岩だが、こいつはおそらくすぐ出てくるだろう。
少しして、適当に駄弁っていた時、ふと白刃が手をぎゅーっと握った。誰も特に何も気にしなかったが、その時風呂の方から尖岩の叫び声が聞こえ、直ぐに激しい足音がこちらまで来た。
「おい白刃! 風呂中はやめろ手ぇ滑ってシャワーの温度めちゃくそ熱くしちまったじゃねぇか! 火傷するかと思ったわ!」
「うん、面白い」
「俺で遊ぶなっ!」
とても愉しそうなのは良いのだが、自分で遊ばないで欲しい。本当に火傷するかと思った。
「頼むから、少し我慢してくれ。後で付き合ってやるから、な?」
「分かった」
諭してみると、白刃は素直に頷いた。
「頼むぜ?」
切実に頼んでから、再び引っ込む。言うまでもなく白刃は直ぐに手を握ったが、その一回と聞こえた痛がる声で満足がいったのか、それからは何もしなかった。
尖岩の次に、鏡月、山砕、覇白の順に風呂に入る。待っている間、尖岩と山砕は髪の長い三人に髪洗うの大変そうだなぁと思っていた。
全員が風呂からがってから、布団を敷いてその上に座ったり寝転がったりして過ごしている。
「鏡月、そんな長い髪洗うの面倒じゃねぇの?」
尖岩が訊くと、鏡月は結んでいない髪の毛先を触る。普段上の方に結んでいるため、下ろすとそれなりの長さになる。丁度、覇白より少し短いくらいか。面倒だと言われれば面倒だとは思うが、気にした事がない。
「不便と言えば不便ですけど、短いと項に風が当たってくすぐったくて」
「あー、そういうね」
納得できる理由だ。しかし、髪が触れたらもっとくすぐったいと思うが、その辺りは個人の匙加減なのだろう。尖岩が頷くと、鏡月は加えて話す。
「後たまに切られたりするんですよね、後ろから首。髪があればそっちで守ってくれたりしますので、丁度いいんです」
「首を、後ろから切られるのか……?」
覇白の耳には確かにそう聞こえた。自分の聞き間違いかなーとも思ったが、そうではないようだ。
「はい、たまにいたんですよね。殺されそうになったら誰でも抵抗するじゃないですか、それで」
考えてみれば普通の話ではない。あれからずっとやって来た事とは、絶対に正常ではないのだ、今なら分かる。
その経験談から、山砕が率直に思った事を訊く。
「お前、何歳なの?」
「えっと、確か……十七、ですね」
答えると、全員が驚いた顔をした。皆が彼の事を言うて大人と呼ばれる年齢ではあるだろうと思っていた物だから、この反応だ。
「もう寝ろ。もうすぐ日が回る」
白刃が鏡月に言うと、覇白も頷く。そして尖岩と山砕も同意した。
「そーだな、鏡月はもう寝た方が良い」
「うん、幸いここには布団あるしな。よく寝なよ」
何て言ったって、白刃以外は普通の人間が刻める訳もない年数生きている。加えて、育った環境の事もあり、それなりに育ちは良い。所謂子どもは早めに寝て健康的な生活リズムで過ごすという認識だ。
「そんな子ども扱いしなくても大丈夫ですよ? とっくの昔に自立はしていますし……」
「している方が可笑しいのだ」
「そうだぞー、この俺だって十七の時はきちんと日ぃ回る前に寝てたぜ! 起きてると超越者がうるさいからだけど」
「わ、分かりました。では、おやすみなさい」
これは完全に押し切られた。寝ないと言う理由もないので、素直に大人の言う事を聞いておく事にした。
「じゃあ俺達も寝るか」
「そうだな。白刃、電気消してー」
「はいよ」
部屋を暗くしたところで、もうじき今日が終わる時間だ。それぞれ布団に入って眠った。やはり布団はいい、慣れたとは言え硬い地面に横になるのは苦行に近い。
「いっ……」
とはいえ、こうも夜中に文字通り締め起こされては、これも苦行かもしれない。
尖岩は布団から顔を出し、白刃の方を見て小声で話した。
「寝ろよ」
「眠くないんだから、仕方ないだろ」
「だからって俺を起こすなって……」
「お前は使い勝手がいいから」
「どういう事だよ怒るぞコラ」
他の三人は電気を消したら直ぐに眠りについて、また尖岩も同じだ。しかし、この中だと一番起こしやすいと言うのは何となく分かる、要因はなによりこの頭の輪だ。
「頼むからよ、これ外してくんね? 別に逃げないからよ」
断られる事は前提で頼んでみるが、白刃はそもそも返答をしなかった。
「無視かよ……ったく、外面も外面で気色悪いけど、普段のお前もまぁまぁアレだなぁ。ま、お前はそういう奴なんだろうけど」
「俺だって世間体というモノは気にしている。多少は装う」
そう言えば昼にもそのような事を言っていた。覇白が馬鹿正直に気色悪いと言った時だ。
尖岩は世間体というモノを気にしたことが無い人間であるため、その意はあまり理解できないが、まぁ分からない事もない。しかし、あれはもう別人だろう。
「あれは多少じゃないんよ」
「大多数に良い顔するにはあれが一番いいんだよ。しかし、それでも女からは怖がられる。じゃあどうすればいいんだ」
何故だと言いたげだが、それに関しては何度か説明したはずだ。それでも分からないか。
「だからなぁ……」
もう一度言ってやろうかと思ったが、もうこれでもいいかと。全国の女子諸君には申し訳ないが、白刃は色恋が分からぬ男なのだ。
モテると言うのに損な奴だ。自分なんてアプローチしても「可愛い~」としか言われないのだぞ。出来る事なら、カッコいいって言われたいのに。
溜息を付いて、尖岩は白刃を見る。
「いいから、お前も寝ろ」
「眠くないんだよ」
またそれだ。しかし、白刃からしてもこうとしか言いようがない、眠くならないのだ。しかし、気が付いたら真っ暗だった空に日が出ている。これは睡眠と言ってもいいと白刃は思っている。まぁ、師匠にその話をしたらかなり心配されたのだが。
尖岩のこの顔を見る限り、やはり正常ではないのだろうか。それが分かったところで寝られないものは寝られないのだからどうしようもない。
という訳で、白刃は尖岩に面白い話を要求した。
「なんか面白い話しろ」
「えぇ、んな無茶急に言われてもな……」
考えて、尖岩は一つのお話を思い出す。
「えー、じゃあこれは昔に超越者が話ていた、異世界のお話なんだけどな」
「昔々、その場所にはごく普通の老夫婦がいたんだ。ある時その婆さんが川に洗濯に行ったときな」
「待て。川で洗濯って、どれ程古風なんだその話は」
「昔々だからな。そんで、川上から大きな桃が流れて来て、婆さんはそれを拾ったのよ」
「拾うんだな。その明らかな不審物」
「まぁ、婆さんだからな。で、家に帰ってその桃を食べようと爺さんと桃を切ったんだ。そしたら桃の中にな、赤子がいてな」
「……?! その世界では、子は桃から産まれるのか……?」
「そういう訳じゃないと思うぞ。まぁ夫婦はその赤子に桃太郎って名前を付けて、育てたんだ。そしたらその子は異様な速さで成長して、あっという間に大人になった」
「桃太郎か。妙なネーミングだな」
「それは俺も思った。まぁそんで、その桃太郎が村に迷惑をかけていた鬼を、犬と猿と雉を連れて倒しに行ったっていう話」
色々と省いたが、確かこんな話だったと思う。尖岩もうろ覚えだが、なんだよそれと思った記憶があるからその辺りは間違っていないだろう。
「で、他には?」
白刃の一定のトーンで出された言葉には、確かな好奇心があった。
その時尖岩は察した。あ、これ長いヤツだと。
夜になるたびに、全国の母親を尊敬する。今日もまた、自分にはいなかった母親と言う存在の心労を体感するのであった。
途中で尖岩が「俺の栗三号にしよっか?」と提案したが、何のプライドかそれは覇白に拒否された。
それに、栗三号には重大な欠点がある。乗り心地よし、スピードよし。だが、非常に脆いのだ。障害物にぶつかりでもしたら一発で崩れる。
行きは、急ぎの為それを飛ばしたが、普通の人間は上空から落ちれば死ぬ。中々スリリングであるから、尖岩としても白刃と鏡月を乗せるのは極力避けたくて、断ってくれて逆にありがたいという思いもあった。
時間で言えば、既に十時にはなっている頃だろう。旅人宿を見つけて、今回はそこで寝ることにした。
白刃が湯に入っている間、借りてきた布団を置いて適当な所に座わる。この宿は上質な所ではないが、それでも雨風しのげる壁と天井、あと布団があるだけいいモノだろう。野宿にはこれら全てが無いのだから。
「なんか久しぶりにちゃんとした布団で寝るなぁ」
積み重なった布団をぼふんぼふんと叩き、尖岩は笑う。久しぶりなんてレベルではない程に久しぶりのその感触は懐かしさも感じる。
「私もですー。ほんと、五年ぶりですよ」
鏡月の時間感覚で言えば、五年は結構な時間だ。しかし、尖岩はその比ではない。なんと驚き、その百倍だ。
「俺なんて五百年岩のかってぇ地面で寝てたんだぜ? 一応毛布はあったんだけどよ」
尖岩がそう話すと、覇白は苦い笑みで心配そうに尋ねてくる。
「それは、体は大丈夫なのか? 寝づらいなんて騒ぎではないと思うが」
覇白も龍ノ川を降りてからは岩の上に寝ていたが、寝るときは龍の姿であった。龍であれば問題はないが、人の体となると話は変わってくるのだ。
「慣れればこっちの勝ちってもんよ。流石に五百年はキツかったけどなぁ」
そんな会話をしながら五人分の布団を敷き、尖岩はそこに横になる。そうして、ははっ笑いながら答えると、山砕が布団に腰を下ろしながら言った。
「まぁ、お前の場合は自業自得だよ」
「そうは言うけどよ、三歳児。お前もまぁまぁ色々やってただろ、なんでお前はお咎めなし何だよ」
布団に伏せながら頬杖を突き、ちょっとした不満を漏らす。
「俺はお前に便乗して悪戯しただけだからね」
お前の悪事とは比にならないと、何故か若干のどや顔で言われた。
しかし、尖岩のあれも本当に遊びのつもりだったのだ。嘘ではない、殺さなければ遊びの範疇に収まっていると思っていた。
一方山砕は豚や猪を使って農作物を荒らすなど、その程度の嫌がらせであり、その二つが同時期であったからか、実刑があったのは自分だけ。尖岩からすれば、そこが納得いかない部分なのだ。
「ホント、自由人って感じだぜ」
尖岩がそう言うと、鏡月がほんの少しだけ怯えるように話した。
「私からしたら少し怖い方です。あの方、急に現れるので」
「あーそれも分かるわ。あいつめっちゃ突然現れるんだよな、一回箱を開けたらそこから出て来た事あったもん、ありゃビビったわー」
「あったあった。心臓に悪いんだよな」
鏡月の気持ちもよく分かる。あいつは、にゅっと現れるのだ。何の前触れもなく突然やぁとか言って姿を出す。普通に心臓に悪いからよしてほしいのだが、あのご登場の仕方が気に入っているみたい。
『やぁ! 噂をすればなんとやら、僕だよ!』
そう、こんな風に。
唐突に現れた超越者。驚いた四人を見て、楽しそうに笑った。
『ふっふー、驚いた? 僕の話してたから、来ちゃった』
「来ちゃった、じゃねぇよ! お前が来いって言ったんだから、大人しく待ってろよ!」
尖岩のもっともなツッコみに、超越者は『えー』と声を漏らす。
『僕じっとしてるの好きくない。それに、僕に対面する事じゃなくて、君たちが自力で天ノ下にたどり着くと言う事に意味があるんだ』
「それはそれでいいけど……。鏡月が怖がってるから、なるべく手短に帰ってよ」
そう言って山砕は自身の背後に回った鏡月を横目に見る。心なしか、鏡月が気配を消しているのだ。先程少し怖いと言っていたから、それだろう。
超越者も怖がられるのは不服なようで、頬を膨らませる。
『もー怖がらないでよ、僕は怖い人じゃないよ? 君が逃げるから追いかけたんじゃないか』
「私からしたら、追いかけられたから逃げたのですが……」
『それは君が悪い事してたからじゃない。大人しく話聞いてくれたら直ぐに終わったのにさ。この僕の手を焼かせるなんて、寄生虫いたとは言え大した子だよ!』
本気で怒っている訳ではなさそうが、ぷんぷんとしている。
「えっと、ごめんなさい」
『まぁいいよ、僕は心優しいからね! 何はともあれ、助かったみたいで良かったよ』
超越者はそう言って微笑む。本人の言葉通り、安心しているように見えた。
しかし、心優しい奴は心優しいと自称しないと思うが。これには何も言わないでおく。
それにしてもこの人、何しに来たのだろうか。尖岩がそう思った時、その思考を読んだかのように、彼は話を切り出してきた。
『少し訊きたいことがあってね。あのさ、君達は僕の子育ての仕方は間違っていると思うかい?』
「「うん」」
『そんな即答じゃなくてもいいじゃんかぁ』
尖岩と山砕の即答に苦笑い、超越者は頭をかく。その様子から、また何か拾ったのだろうなと予想できた。
「何、また拾ってきたの?」
『うん。ちょっと変わり種でね、中々扱いが難しいんだ。君達さ、親は子にどうしてやればいいか知っているかい?』
訊くと、尖岩は訝しげに問いを返す。
「え、それ俺達に訊くの? 俺も三歳児も親お前なんだけど」
『それもそうか。じゃあ覇白だけでもいいや、知ってる?』
覇白に問いの方向を変えてみるが、こちらはこちらでその問いに答える事は困難で。
「私の家で親子交流が滅多に行われていなかったのは知っているであろう」
『あぁ、そうだった』
彼の返答は予想通りの物で、ここに子育てについて訊ける相手はいなさそうだ。
まぁ構わない、本題はそれではないのだから。
『だったらいいや。君達の様子も確認できたしね』
『ほんと、元気そうで何よりだよ。じゃあね! あ、あと、白刃によろしく言っといて~』
手を振ると相手の返答も聞かずにさっと帰っていく。なんとも自由なモノだ。
「なんというか、マイペースなのですね」
「そーいう訳よ。あれが子育て上手くできるわけねぇだろ? まぁ、良い親ではあるんだろうけど」
「しっかし、今度は何処の誰を拾ったんだかねぇ……」
思い出すのは、ある日突然「新しい子だよ!」と言って連れてこられた、当時の自分と同じくらいの歳の山砕だ。その時は彼に名前はなかった。確か、来て初端に玩具の山の模型を何を思ってか壁に投げつけ壊した事から、「山を砕く」で山砕だったような。超越者は「元気でよろしい」と褒めていたが、あれには普通にドン引きした記憶がある。
思い返して懐かしんでいると、白刃が風呂から上がって戻って来た。
「風呂空いたぞ」
風呂上りの白刃は髪を結んでおらず、一瞬誰かと思ったが、これは間違いなく白刃だ。
「おー……って白刃、髪下すと本当に女だな」
「そうか? その理論なら、覇白は常に女になるぞ」
山砕の感想にそう返すと、尖岩が嫌そうな顔をした。
「こんなデカい女子いてたまるか」
その言葉の意味はまさに自身の身長へのコンプレックスにある。
「女でもお前より高い奴は五万といるだろうな」
「うっせ! じゃあ、次俺入って来るな」
あらかじめじゃんけんで決めていた順番がある。白刃の次は尖岩だが、こいつはおそらくすぐ出てくるだろう。
少しして、適当に駄弁っていた時、ふと白刃が手をぎゅーっと握った。誰も特に何も気にしなかったが、その時風呂の方から尖岩の叫び声が聞こえ、直ぐに激しい足音がこちらまで来た。
「おい白刃! 風呂中はやめろ手ぇ滑ってシャワーの温度めちゃくそ熱くしちまったじゃねぇか! 火傷するかと思ったわ!」
「うん、面白い」
「俺で遊ぶなっ!」
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「分かった」
諭してみると、白刃は素直に頷いた。
「頼むぜ?」
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「鏡月、そんな長い髪洗うの面倒じゃねぇの?」
尖岩が訊くと、鏡月は結んでいない髪の毛先を触る。普段上の方に結んでいるため、下ろすとそれなりの長さになる。丁度、覇白より少し短いくらいか。面倒だと言われれば面倒だとは思うが、気にした事がない。
「不便と言えば不便ですけど、短いと項に風が当たってくすぐったくて」
「あー、そういうね」
納得できる理由だ。しかし、髪が触れたらもっとくすぐったいと思うが、その辺りは個人の匙加減なのだろう。尖岩が頷くと、鏡月は加えて話す。
「後たまに切られたりするんですよね、後ろから首。髪があればそっちで守ってくれたりしますので、丁度いいんです」
「首を、後ろから切られるのか……?」
覇白の耳には確かにそう聞こえた。自分の聞き間違いかなーとも思ったが、そうではないようだ。
「はい、たまにいたんですよね。殺されそうになったら誰でも抵抗するじゃないですか、それで」
考えてみれば普通の話ではない。あれからずっとやって来た事とは、絶対に正常ではないのだ、今なら分かる。
その経験談から、山砕が率直に思った事を訊く。
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「えっと、確か……十七、ですね」
答えると、全員が驚いた顔をした。皆が彼の事を言うて大人と呼ばれる年齢ではあるだろうと思っていた物だから、この反応だ。
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白刃が鏡月に言うと、覇白も頷く。そして尖岩と山砕も同意した。
「そーだな、鏡月はもう寝た方が良い」
「うん、幸いここには布団あるしな。よく寝なよ」
何て言ったって、白刃以外は普通の人間が刻める訳もない年数生きている。加えて、育った環境の事もあり、それなりに育ちは良い。所謂子どもは早めに寝て健康的な生活リズムで過ごすという認識だ。
「そんな子ども扱いしなくても大丈夫ですよ? とっくの昔に自立はしていますし……」
「している方が可笑しいのだ」
「そうだぞー、この俺だって十七の時はきちんと日ぃ回る前に寝てたぜ! 起きてると超越者がうるさいからだけど」
「わ、分かりました。では、おやすみなさい」
これは完全に押し切られた。寝ないと言う理由もないので、素直に大人の言う事を聞いておく事にした。
「じゃあ俺達も寝るか」
「そうだな。白刃、電気消してー」
「はいよ」
部屋を暗くしたところで、もうじき今日が終わる時間だ。それぞれ布団に入って眠った。やはり布団はいい、慣れたとは言え硬い地面に横になるのは苦行に近い。
「いっ……」
とはいえ、こうも夜中に文字通り締め起こされては、これも苦行かもしれない。
尖岩は布団から顔を出し、白刃の方を見て小声で話した。
「寝ろよ」
「眠くないんだから、仕方ないだろ」
「だからって俺を起こすなって……」
「お前は使い勝手がいいから」
「どういう事だよ怒るぞコラ」
他の三人は電気を消したら直ぐに眠りについて、また尖岩も同じだ。しかし、この中だと一番起こしやすいと言うのは何となく分かる、要因はなによりこの頭の輪だ。
「頼むからよ、これ外してくんね? 別に逃げないからよ」
断られる事は前提で頼んでみるが、白刃はそもそも返答をしなかった。
「無視かよ……ったく、外面も外面で気色悪いけど、普段のお前もまぁまぁアレだなぁ。ま、お前はそういう奴なんだろうけど」
「俺だって世間体というモノは気にしている。多少は装う」
そう言えば昼にもそのような事を言っていた。覇白が馬鹿正直に気色悪いと言った時だ。
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「あれは多少じゃないんよ」
「大多数に良い顔するにはあれが一番いいんだよ。しかし、それでも女からは怖がられる。じゃあどうすればいいんだ」
何故だと言いたげだが、それに関しては何度か説明したはずだ。それでも分からないか。
「だからなぁ……」
もう一度言ってやろうかと思ったが、もうこれでもいいかと。全国の女子諸君には申し訳ないが、白刃は色恋が分からぬ男なのだ。
モテると言うのに損な奴だ。自分なんてアプローチしても「可愛い~」としか言われないのだぞ。出来る事なら、カッコいいって言われたいのに。
溜息を付いて、尖岩は白刃を見る。
「いいから、お前も寝ろ」
「眠くないんだよ」
またそれだ。しかし、白刃からしてもこうとしか言いようがない、眠くならないのだ。しかし、気が付いたら真っ暗だった空に日が出ている。これは睡眠と言ってもいいと白刃は思っている。まぁ、師匠にその話をしたらかなり心配されたのだが。
尖岩のこの顔を見る限り、やはり正常ではないのだろうか。それが分かったところで寝られないものは寝られないのだからどうしようもない。
という訳で、白刃は尖岩に面白い話を要求した。
「なんか面白い話しろ」
「えぇ、んな無茶急に言われてもな……」
考えて、尖岩は一つのお話を思い出す。
「えー、じゃあこれは昔に超越者が話ていた、異世界のお話なんだけどな」
「昔々、その場所にはごく普通の老夫婦がいたんだ。ある時その婆さんが川に洗濯に行ったときな」
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「そういう訳じゃないと思うぞ。まぁ夫婦はその赤子に桃太郎って名前を付けて、育てたんだ。そしたらその子は異様な速さで成長して、あっという間に大人になった」
「桃太郎か。妙なネーミングだな」
「それは俺も思った。まぁそんで、その桃太郎が村に迷惑をかけていた鬼を、犬と猿と雉を連れて倒しに行ったっていう話」
色々と省いたが、確かこんな話だったと思う。尖岩もうろ覚えだが、なんだよそれと思った記憶があるからその辺りは間違っていないだろう。
「で、他には?」
白刃の一定のトーンで出された言葉には、確かな好奇心があった。
その時尖岩は察した。あ、これ長いヤツだと。
夜になるたびに、全国の母親を尊敬する。今日もまた、自分にはいなかった母親と言う存在の心労を体感するのであった。
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