楽園遊記

紅創花優雷

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前編

白刃のお楽しみ

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 そしてその日の夕、大将経由で見つかった宿の部屋での事だ。
 遊ばれている。今の状況を一言で示せと言われたらそうなるだろう。ちなみに、白刃の足元にいる白い大型犬は、間違いなく覇白だ。
 犬にはなりたくないと言ったが、結局やらされた。首輪を付けられて、まるで飼い犬のようで。
 加えて、撫でられると安易に尻尾を振ってしまう。振りたくて振っている訳ではない、自然と動いてしまうだけだ。これは龍として、非常に羞恥を感じざるを得ない。
 覇白が犬に化ける事で、間接的に尖岩も被害を受けていた。何故なら、彼は犬が苦手だったのだ。中身が覇白と分かっても、九割本能的に恐怖を感じている。
「白刃ぁ……ほんと、俺犬は無理なんだって……」
 白刃の背後に隠れて、いつもより弱気で懇願してくる尖岩。勿論、こちらにも首輪は付けられている。白刃は師匠から渡されたこれが随分気に入っているようだ。
 怯えている尖岩を面白がりながら、覇白に犬の芸をさせる。まぁなんとも、良い趣味をしているモノだと。覇白は内に沸く羞恥とその他諸々をなんとか抑えながら白刃のゆらっとした手にモフモフしている自信の手を乗せる。
 そして山砕と鏡月だが、こちらは只今所謂縄抜けゲームのようなものをしていた。というより、させられていると言った方が良いか。
 実際に縄はないが、術により動きを拘束されているのだ。不定期に様々な強さの電撃が流れるから早めに術を解きたいのだが、これが中々強固なもので。
 山砕は、犬と戯れて楽しそうな白刃にほぼ叫びに近い声を上げる。
「白刃! この術本当に解けるの?!」
「その気になれば」
 しかし、平然としてそんな風に答えるものだ。
 なんだそれはと文句を言おうとしたところで、強めの電撃が流れる。
「っあぁ! 今の、すっげぇ痛かった……」
 手首がひりひりする。なんだか、いつも頭を締められている尖岩の気持ちが若干分かったような気がした。
 大体、この術は目に見えるモノではない為、何処をどのように拘束されているかは確かめてみないと分からない。とりあえず手は動かせないようで、この電撃も基本手首から流れている。
 鏡月の所にも電撃は行っているが、どうやら山砕に比べれば可愛いくらいであるそうだ。証拠に、痛がる山砕を見てこう尋ねて来た。
「山砕さん、電気に弱いんですか?」
「いや、強くてもこれは流石に痛いよ。というか多分、お前には手加減してるんだろ、子どもだし」
 そう言いながらも必死に術を解こうとしていると、鏡月は思わぬ事を口走る。
「白刃さん、私スタンガンくらいなら余裕ですので大丈夫ですよ! 思いっきりどうぞ!」
 まさかの自ら志願だ。
「よしとけ鏡月、お前にはまだ早ぇって」
「そうですか……」
 なんで少し残念そうなのだろうか。痛いモノは痛いだろうに、一緒が良いというのはそういう所も含まれるのか。どうしよう、この子、ちょっと心配だ。
 大人三人がそう思っていると、白刃が言う。
「じゃあ、一回だけだぞ」
「はい!」
 やめろよせとは言い出せなかった。本人がしたいというなら、まぁ一回くらいならとりあえず良いかと。白刃が術に合図を出すと、本気の電撃が鏡月に流れる。ついでに、山砕にも。
 山砕はまさか自分にも来ると思っていなかったので、不意打ちの衝撃により地面に横になってビクビクしている。
「おい大丈夫か三歳児」
「だいじょぶ、一応」
 山砕にはこんなに大打撃だというのに、鏡月は少し痛がった程度だ。
「このくらいだったら大丈夫ですよ!」
「そのようだな。じゃあ、遠慮なく」
 どうやら、加虐欲に火が付いたようだ。鏡月に付けた首輪を撫で、もう一度打ち込む。そしてそれも山砕に流れた。
 どうやら「遠慮なく」というのには山砕も入っているようだ。
「待って、俺には遠慮して! あれ続けられたら死ぬ!」
 これまた尖岩に引き続き本気の懇願だった。
 しかし、それを受け入れてくれるのならこんな状況にはなっていない訳で。
「遺脱者は、そう簡単に死なないだろ」
「そうだけれども!」
 その様子は、前に思いっきり輪を締められた尖岩を思い出す。
 覇白は気の毒に思うと同時に、自分のこの状況はマシじゃないかと思い始めていた。所謂、感覚麻痺と言うものだ。
 それでも龍として、犬の姿で従順に尻尾を振っているのは恥だ。
「白刃、私はそろそろ戻っていいか?」
「駄目だ。今夜はそのままでいろ」
 無慈悲な指示に、覇白は犬の姿で微苦笑を浮かべる。
「あぁ。まぁ、分かってたさ」
 これが逃げた罰かと。この変化は、いつもと違って戻ろうとしても戻れない。まるで、龍の本能がそれを遮るようだ。龍が下手に出て、尚且つ使役するような相手は超越者しかいないはずなのに。
 そんなことぉ考えながらお座りしていると、尖岩が白刃を揺さぶって訴えた。
「白刃! こいつがずっと犬でいると俺が嫌なんだけど!」
 尖岩が必死の訴えをして尚且つそれを笑って受け流されているされている間にも、山砕が術の解除に成功し、ほぼ同時に鏡月の術も解除出来たようだ。
 体が自由になった鏡月は真っ先に覇白の所まで行き、撫でたそうな顔でそのモフモフを見詰める。
「覇白さん、触っていいですか?」
「良いぞ」
 案外すんなりと了承してくれた覇白。本人はあまり認めたくないが、撫でられると心地が良いのだ。
 鏡月は本人から許可を取ると、直ぐにその背中に触れる。なんともいい毛並みをして、手触りがいい。
「わぁ、凄い。モフモフですよ、山砕さん」
「どれ。あ、ほんとだ。いいねこれ。おいチビ、触ってみろよ」
 嬉しそうな鏡月に誘われ、山砕はそっと覇白を撫でた。そして、分かった上で尖岩に話を持ち掛けた。
「無理!」
 それは、なんともはっきりとした即答だった。
「そんなに拒絶されたら、流石に少し寂しいぞ。見た目は犬だが、私は龍だ」
「うぅ。分かってるんだけど……」
 横目でちらりと見てみるが、やはり怖い。中がなんであろうと犬は犬なのだ。渋っていると、白刃にひょいと持ち上げられて、覇白の前に置かれる。そして逃げられないように押さえられた。
 それにしても、白刃の力は凄いモノだ。一切逃げられる気がしない。
「怯えているお前は可愛いな」
「全てにおいて褒め言葉になってない!」
 止めろと言っているが聞いてくれる訳もなく、目を瞑った。
「大丈夫ですよ、尖岩さん。噛みませんし、吠えもしませんよ。覇白さんなので」
「そうだぞ、私は大人しい犬だ。……いや、私は犬ではないぞ!」
 言ってから語弊があると思ったのだろう。慌てて修正している。
「たまに思うけど、お前結構飼い慣らされてない?」
「言わないでくれ山砕。気付かないようにしているのだ」
「プライドと自尊心は時に邪魔でしかないからな。それでいい」
 何処かで聞いたことあるような事を再び言われた。白刃としてはそれでいいのだろうが、本人からすればそういう話ではない。それこそが龍の誇りだ。とまぁ、犬の姿でいる覇白が言うのも何ではあるが。
 油断している所に、白刃が覇白の前に手を出す。
「覇白。お手」
 反射でそれに応えると、分かりやすく笑われた。ハッとするより先に、いい子だ撫でられ尻尾を振る。
 断じて自分の意志ではない。そうだ、そのはずだ。
 彼のその様子を見れば、尖岩は犬が怖いという事よりも覇白を同情する思いが勝った。
 そう騒いでいる間も夜は更け、鏡月が眠ると言うので電気を橙にする。山砕がじゃあ自分も寝ようかとしたところで、白刃に襟首を掴まれ、そう言えば今日はそうだったと思い出した。
「じゃあ俺は寝る~、頼むぜ三歳児」
「分かった」
 全員眠るために布団に入り、白刃も一応横になっているが寝てはいない。適当に話をしていればそのうち眠るだろう。
 白刃の隣の布団に入ろうとしていると、向こうから呼びかけられる。
「山砕」
「何?」
 見ると、白刃は布団を半分明けてそこを叩いている。こっちに来いという事なのだろう。行くと、思いっきり腕を引っ張られた。
 白刃の布団に横にされて、そして軽く抱かれる。それだけで困惑でいっぱいになる。
「えっとー、どうした?」
「やっぱり、丁度いい」
 それはつまり、抱き枕かと。これでも山砕も、大の大人であり年上だ。そう言えば、いつだったか夜に尖岩が「俺は抱き枕じゃねぇよ」と言っている声が聞こえた気がする。あぁ、こういう事だったか。
 妙に落ち着くのが地味に遺憾だ。こうして同じ布団に入るのは、妻ぶりだろう。思い出さないようにしていたそれを思い出し、なんとか振り払おうとしていると、白刃が言ってくる。
「山砕。なんか面白い話しろ」
「えっ、面白い話? あー、じゃあ、昔に超越者から聞いた異世界の話なんだけどな、桃太郎っていう」
「それは聞いた」
 どうやら、尖岩も同じ事を考えたようだ。一緒に育っていると、こうも思考も似たり寄ったりで困る。
 大体、自分が面白いまたは興味深いと思った話は超越者から仕入れたもので、そしてそれは大抵尖岩も一緒に聞いている。彼奴が白刃に話していなさそうな事は何だろうか。考えて、一つのモノに思い当たる。
「じゃあ、俺等の兄貴の話は?」
「聞いてない」
 白刃が首を横に振ると、山砕はじゃあこれにしようと話した。これもまた、育ての親が話してくれた事だが、桃太郎とやらとは違った系統だ。
「そっか。あのね、実際一緒に過ごした事はないけど、超越者は俺等の前に違う奴を育ててたんだって。名前は忘れたけど」
「だけど、そいつも尖岩と同じようにある時突然出て行ってさ。地上で色々したんだって。しかも、そいつは尖岩とは違って、悪意だとさ」
「それで、どうなった?」
「それがさ、教えてくれなかったんだよ」
「俺もそれでどうなったか気になって何回か訊いたんだけどな、なんやかんやではぐらかせられたんだ。そんな事よりもおやつあるよとか言われてさ。まんまとね」
 お菓子で釣られるなんて子どもそのものだと、過去の自分を苦笑う。今も釣られるであろうが、それは置いて。
「お前、昔から食い意地張ってんのな」
「食欲が俺の一番の欲だからな」
 適当に返事をしてから、山砕はその話を思い出してみる。
 兄の話は本当に噂に聞いた程度だ。少しの情報を与えられてしまった為非常に気になっていたが、超越者はその事を漏らすように話し、そしてあまり触れてほしそうではなかった。子どもながらに気を使って、下手に詮索はしなかったのだ。
 それに兄とは言うが実際一緒に育ったわけでも血がつながっている訳でもない為、山砕からすれば他人だ。気にする事もないかと思っている。
 一人で考え事をしていると、退屈になったのか白刃がちょっかいをかけて来た。
 突然のこしょばゆさ逃げようと自然と体をねじった時、白刃が何かを思いついたようだ。
「あぁそうだ」
「山砕、お前嫁いたろ。馴れ初めとかないのか?」
 その質問には、いつも以上に好奇心を感じる。
 いつかは訊かれると思っていた。山砕は少しだけ、その話を聞かせてみる。
 数年前、暇潰しに悪戯をして遊んでいたところにやって来た、一人のとても可愛らしい少女。どうやら、山砕に悪戯を止めて欲しいと言いに来たようだ。そう、その少女こそ、正に最愛だった妻だ。それから、度々合うようになり、気が合って行って。
 服のセンスはよく分からない方向に向いているが、料理がとても美味しく、理想の異性だった。
 話してみると、ふと心にまだ一緒に居たかったという言葉が浮かぶ。
「……すまない。無神経だったな」
 白刃のその言葉が聞こえると、自分が泣いてしまった事に気が付いた。
 情けない。相手は年下だというのに。仮にも年上の意地として、山砕は強がってみる。
「どうせ人間は先に死ぬし。それが少し早まっただけだよ。気にしてない」
「気にしていない奴が疑似蘇生使うものか」
「それもそうか」
 なんだか、空気が気まずくなってしまった。どうしたモノか、我ながら少し女々しすぎるような。
 その時、ふと頭を撫でられる。
「なんで撫でるんだよ」
「いや、なんとなく」
 慰めか。優しいところもあるんだなと思った矢先にくすぐられた。
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