17 / 87
前編
世を護る四つの巨壁
しおりを挟む
そんな時だった。
「爺さーん! 俺が来たぞー? 何処にいるー?!」
声の元はここから離れていると言うのに、横から叫ばれているかのような声量。幻映はビクンと震えて、大将に嘘だろと言いたげな目を向ける。
「折角お前が屋敷から出て来たのだ、この機会を逃すわけにはいかないのでな」
さっき帰してくれなかったのはこの為かと、察した幻映は頭を抱える。
そんな叔父に鏡月が「どうしたの?」と声を掛ける前に、その激しい声はこの部屋に入り込んできた。
「やほっす爺さん! おっ、幻映もいるじゃねぇーか! 珍しい~、引きこもりは止めたのかぁ? いい事じゃねぇか!」
「年下を虐めるのは感心しませんよ、宴我。大体、この子が会議に出なくなったのは貴方がグイグイ行くからでしょうが」
「うむ、羅宇の言う通りだ。お前は何事においても遠慮がなさすぎる、たまには弁えたらどうだ」
二人から一斉に放火され、宴我は悪びれる素振りもなく笑う。何でだろうか、深い事情は知らないが幻映が気の毒な気がしてきた。
「白刃。急ではあるが、私達は今から向こうで会議を行う。折角来てくれたのにすまない、しかし一度逃がすと幻映があと半年は顔を出さぬのでな。帰る時は一声かけろよ」
先ほど席を外したのはこの二人を呼ぶためだったのだろう。大将が白刃に言うと、羅宇は礼儀として五人に挨拶をした。
「この子が堅物爺さんのお気に入りの子ですか。どうも初めまして。封壁の長、羅宇と申します。この煩いのは宴我です、信じ難い話ですが、一応陽壁の長らしいですよ。まぁ、適当にジジイとでも呼んでやってください」
真面目な顔で淡々と言うものだから、冗談かどうかの判別は付かないが、まぁ多分戯れの一種だろう。
幻映は彼等の目を盗んでこっそりと抜け出そうとしているが、あっさりと見つかっていた。
どう見ても乗り気ではないが、彼も大人であるため逃げられなかったからには呑む事にしたようだ。
四人が他の部屋に移動したのを見送ってから、尖岩が何となく言う。
「しっかし、鏡月。お前は陰壁の屋敷の子だったんだなぁ、道理で逃げ足が速いわけだ。超越者が捕まえられないのも納得だな」
褒めているのだが、鏡月にはピンと来ていない様子で尖岩を見詰め返した。
陰壁の事も、他の壁の名を持つお家の事も知らないのだろう。無理はない。それに、言うて尖岩もそこまで詳しくないのだ。
例えるのであれば、正義のヒーローのような。この世に佇む四つの巨壁、悪を許さず正義を貫く、それが四壁だ。
ちなみに、尖岩も山砕も昔世話になった。
「俺、陽壁にはちょっとしたトラウマあんだよなぁ。怖かったぜ、いきなり寝床の近くで爆発起こされてさぁ、行ってみたら奴等がいるんだもん。目立つことに定評があるだけあるよなぁ」
「分かるわそれ。俺、封壁にやられたもん。家から出られなくなっていた時の衝撃は凄いもんだよな。部屋戻ったら知らん人いたの、マジで死ぬかと思ったもん。小一時間説教されただけなんだけどさ」
「それで済んだだけいいじゃん! 俺マジで殺されそうになったんだぞ。途中で陰壁も隠れて加わってさ、逃げていたら結果超越者に捕まったんだ。一言目が『鬼ごっこは楽しかった?』だぞ、ガチ目に怖かったんだからな!」
床を叩いて訴えかける。あの時の恐怖は、誰かに共感して貰いたい。本当に震えたのだ、服の中に潜り込んでいた小猿も一緒に。
「それに関してはお前が悪いと思うのだが」
「あぁ。お前が悪い」
「正論は求めちゃねぇよ」
今欲しいのは共感だ。そうは言っても、こいつらにそういうのを求めるのは違うか。
「追いかけられるのって怖いですよね、分かります。私はもう慣れちゃいましたけど、最初の頃は凄く怖かったですよ」
そう、こういうのが欲しかった。尖岩がいいこいいこをしてやると、白刃も無言で鏡月を撫でた。鏡月は不思議そうな顔をしてそれを受け入れている。
最近、やけに物騒であることは尖岩も何となく知っている。閉じ込められている間もちょくちょく顔を出す超越者に、色々と話をされていたから。そこまで思い出して、尖岩はちょっとだけムッとする。
「どしたの?」
「いや。ちょっと思い出して」
自分を檻の中に入れたのは超越者だ。まぁそれ自体は因果応報の自業自得でいいのだが、奴は四畳ほどの岩間で何も出来ずに暇を持て余す尖岩を見て、こう言った。『こうして見れば、君は可愛い赤子同然のだねぇ~。いい子にしていれば直ぐに出してあげるからね』と。
赤子同然って何だ、可愛い子とはなんだ。大悪党の呼び名を誇る訳ではないが、一応そう呼ばれていたと言うのに。大体五百年は直ぐではない、当時の尖岩の人生の約五倍だ。人生の五倍の禁錮は短くない、むしろ長い。
考えてみれば、五百年経った所で出してくれるとは限らなかった。何故ならあの超越者だから。実際一年オーバーしたのだ。
「俺、檻から出られて良かったっ……」
今更の喜びを噛みしめると、山砕がお菓子を食べながら言葉を返した。
「良かったなぁ、五百年の刑期が六百年にならなくて」
もぐもぐしながら白刃を横目で見てみると、何かよからぬことを考えていそうな感じがした為、目を逸らした。
そのすぐに、白刃は尖岩を呼び掛ける。
「尖岩」
「んぁ?」
振り向くと、その一瞬の間で、首にいつも感じない感覚が付いた。既にお分かりだろう、首輪だ。
いきなりなんだと言う視線を向けると、白刃はどこか満足気に頷く。
「うん、いいな」
「何が良いんだよ……夜にしてくれ、お前のお師匠さんが戻ってきたらどうするつもりだ。お前にもダメージ行くだろ普通に」
「問題ない。会議はそんな直ぐには終わらん」
だから師匠に見られる事はないと、そう言いたいのだろう。しかし、首輪くらいであれば自分で外してしまえばいいと項の方に手を伸ばすが、気付かれた瞬間に手を取られた。
屈辱だ。流石に首輪は飼い犬のようで好きではない。まぁ、この頭の輪も首輪のような感じで付けられたモノなのだが。そんな尖岩を見て、山砕は露骨な嫌がらせで笑ってみせる。
「似合ってんじゃんチビ助」
「お前の分もある事を忘れるんじゃないぞぉー三歳児」
見てみれば、山砕もそうだが、覇白も鏡月の手を引いて少し離れた所に移動していた。意味は成さない事は知って居るが、ちょっとした逃げだ。
少し離れたそこで、覇白は言う。
「白刃よ。流石に私は犬には成りたくない」
だから、尖岩だけで満足してくれと。まぁ、意味はないのだが。
そんな彼らに、白刃は小さく笑う。
「夕方前には出るぞ。この辺りにも宿はある」
それが何を示すかは大体分かってしまった為、とりあえず「そうだなぁ」と答えておくことにした。
小一時間程白刃と尖岩達が戯れていると、足音も聞こえないまま部屋に幻映が入ってきて、真っ先に鏡月をギュッとした。
驚いたが、鏡月は特にそう言った様子もなく尋ねる。
「叔父さん、どうしたの?」
「いや、その。癒しが欲しくて……」
見れば分かる。幻映は終わった瞬間に癒しを求めてやって来た。慣れない事を頑張ったそのセルフご褒美だ。
あまり知られていない事ではあるが、陰壁の主な血筋の者達は、あまりコミュニケーション能力に優れていない。その名の通り、陰に潜むのが得意な為だ。まぁそれでも、幻映はかなりそちらの系統なのだろうが。
そして今度は他の師匠も揃って部屋に顔を出す。どうやら会議は終わったようだが、大将の様子を見る限り、あまり進展はなかったようだ。
白刃は険しい顔の大将に労いの声を掛ける。
「師匠、お疲れ様です」
「あぁ」
難しい問題のようで、他の師匠もあまりいい顔はしていない。確実に、魔潜の事だろう。
魔潜は、凄く簡単に言えば悪い奴等だ。悪い奴と表記できる程可愛いモノではないが。そいつらが起こした事件の解決や処理に手いっぱいで、未だ根っこを見つける事が出来ていない。沸いた雑草を抜いているうちに、また新しいのが生えているのだ。
早く見つけなければならないのに、一向に進まない。そんな状態は白刃が少年であった時から続いている。
「昔っから四壁は苦労人だよなぁ、気の毒だぜ」
「主に苦労を掛けたお前が何を言うのだ」
覇白に言われると、尖岩は少し間を開けてから、確かにと無言で頷く。
そんな二人のやり取りには気付かずに、宴我と羅宇が帰る。
「ほんじゃあ俺はそろそろ帰るかぁー。じゃ、また用があったら呼んどくれ爺さん」
「私もそろそろお暇しましょうかね。幻映、次回以降の招集には答えるように。難しいのは分かりますが、仕事ですからね。何をどうすればいいのかさえ分かれば、こちらも努力はいたしますので。それでは」
仕事を終えたら即帰宅するタイプのようだ。そして幻映は、二人が帰るとどこか安心した様子で鏡月から手を放す。そして大将に言った。
「やっぱり、要項だけまとめて送ってください。振られた仕事はきちんとしますので」
その言葉の後ろには、なんともわかりやすく人と関わりたくないという意思が見えたが、見なかった事にしてやる。
「うむ、まぁ今日逃げなかっただけ褒めてやろう。出来るだけ顔は出してほしいモノだがな」
「善処します」
それはその場しのぎの答えな訳だが、あまり詰めると本当に出て来なくなる為、ここもまた見逃してやる。
「鏡月、怖い人には気を付けるんだよ。とりあえず、白刃くんと一緒にいれば安心だと思う。勝手にどっか行ったりしないでね」
「分かってるよ叔父さん。僕もうそんなにひょこひょこどっか行くような子どもじゃないから、大丈夫。それに、何かあっても今の僕なら一人でも対処出来るからさ」
小さく笑ってみせると、幻映は安心したように微笑む。立ち上がると、今度は白刃達に言った。
「じゃあ、鏡月をよろしく頼むよ」
それだけ伝えると、直ぐに帰って行ってしまった。なんとまぁ、足の速い事。この場合は瞬間移動の術であるから脚ではなく手と言った方が良いかもしれないが。
「あぁ師匠、私達もそろそろ出ます。十分休めましたので」
「どうせなら泊っていったらどうだ。皆も喜ぶだろう」
「折角ですが、それはまたの機会にします。今日は少し、用があると言いますか」
「そうか、それは残念。その者達に堅壁の修行をさせてみたかったのだが、次来た時にしよう」
「えぇ、そうしましょうか」
このやり取りの恐ろしさは、尖岩だけに伝わった。
「え!? ちょっと待てよ絶対嫌なんだけど!」
「堅壁の……あぁ、そうか。私も辞退しておこう、うん」
覇白も降りた事で、何かは知らないが色々と察せた。そもそも、先ほどから聞こえる弟子達の物であろう、揃えられた掛け声が物語っているのだ。
「えぇ、何それ怖い。何か分からないけど、俺もよしておくわ」
「そうなのですか? じゃあ、皆さんがそうするなら私も」
山砕が嫌な予感がして同じく辞退しておくと、それなら自分もと鏡月も拒否する。とは言え、その拒否は全くもって意味がないのだが。
「では、これが終わったら意地でも連れてきますね」
「そうしてくれ」
確定演出は見なかった事にしよう。見るべきは未来ではなく今だ、そう、今。とりあえず、今日はここらの宿で泊まって遊ばれる予定がある。あぁ、どっちにしてもだった。
尖岩が適当に屋敷を見渡してみると、二人の女中が遠巻きに白刃を眺め、恋する乙女のような顔をしている。なんとまぁ、妬ましいもの。全く、超越者は自由に加えて不平等だ。と言っても、人の容姿やその他諸々は超越者が決めるモノではないのだが。
白刃は屋敷では大分人気者のようだ。帰り際、もう行ってしまうのかと残念そうな顔をする者も数多くいた。そんな者達と白刃が少々話をしている間、尖岩達はそれが終わるのを待っていた。
やはり、他の弟子や女中にも見せる面はあの優しい好青年の顔だと。笑顔で会話をする白刃を遠目に心の中で呟く。
白刃は堅壁で育ったから、師匠を含む屋敷の者達は家族だろう。普通、己の素というのは主に身内に見せるモノではないのか。親しき中にも礼儀ありと言う事か、まぁそんな事は本人しか知らない事だろう。
尖岩は。まだかなぁと思いながら小石を蹴り。屋敷で貰った饅頭を食べている鏡月と山砕を見ている。そんな時、大将から声を掛けられた。
「お前等」
「ん、なんだお師匠さん」
用事を訊くと、大将は真剣な顔で四人に話す。
「白刃は十分強いが、それでもまだ成長段階の若い芽だ。加えて、奴は父も祖父も、非常に早死にだった」
「よいか、何があってもあの子を護れ。決して、死なせてはならない」
そう言うと、懐から黒い物体を取り出し、鏡月に手渡した。
尖岩にも山砕にも覇白にも、その物体の名前は知らない。話の流れから、武器なのであろう。しかし、こんな物が存在していたか。
しかし、鏡月はそれが何か知っているようだ。
「銃ですか」
「あぁ。ただし、抜いていいのはいざと言う時だけだぞ」
この感じからして、大将も多少は知っているのだろう。
「ジュウ?」
山砕が訊き返すと、鏡月は慣れた手つきでそれを扱う。勿論こんな所でぶっ放しはしないが。
「はい、銃です。なんて説明すればいいのかは分かりませんが、異世界の品だそうです。魂の宿り場に弾を打ち込めば大抵は死にますね」
「何それこわっ。異世界の品って、んな物騒な物もあんのか」
尖岩が異世界の武器に若干引いていると、話を終えた白刃が表面のままこちらに来る。
「あ、白刃さん」
「お待たせしました。行きましょうか」
「そうだなぁ」
鏡月の持っている銃にはとりあえずノータッチのようだ。尖岩が返事をすると、白刃は大将に向き直り、挨拶をする。
「師匠、お世話になりました」
「気にするな。気を付けるのだぞ」
「はい」
浮かべている笑顔が怖く感じるのは、多分尖岩達だけだっただろう。
「爺さーん! 俺が来たぞー? 何処にいるー?!」
声の元はここから離れていると言うのに、横から叫ばれているかのような声量。幻映はビクンと震えて、大将に嘘だろと言いたげな目を向ける。
「折角お前が屋敷から出て来たのだ、この機会を逃すわけにはいかないのでな」
さっき帰してくれなかったのはこの為かと、察した幻映は頭を抱える。
そんな叔父に鏡月が「どうしたの?」と声を掛ける前に、その激しい声はこの部屋に入り込んできた。
「やほっす爺さん! おっ、幻映もいるじゃねぇーか! 珍しい~、引きこもりは止めたのかぁ? いい事じゃねぇか!」
「年下を虐めるのは感心しませんよ、宴我。大体、この子が会議に出なくなったのは貴方がグイグイ行くからでしょうが」
「うむ、羅宇の言う通りだ。お前は何事においても遠慮がなさすぎる、たまには弁えたらどうだ」
二人から一斉に放火され、宴我は悪びれる素振りもなく笑う。何でだろうか、深い事情は知らないが幻映が気の毒な気がしてきた。
「白刃。急ではあるが、私達は今から向こうで会議を行う。折角来てくれたのにすまない、しかし一度逃がすと幻映があと半年は顔を出さぬのでな。帰る時は一声かけろよ」
先ほど席を外したのはこの二人を呼ぶためだったのだろう。大将が白刃に言うと、羅宇は礼儀として五人に挨拶をした。
「この子が堅物爺さんのお気に入りの子ですか。どうも初めまして。封壁の長、羅宇と申します。この煩いのは宴我です、信じ難い話ですが、一応陽壁の長らしいですよ。まぁ、適当にジジイとでも呼んでやってください」
真面目な顔で淡々と言うものだから、冗談かどうかの判別は付かないが、まぁ多分戯れの一種だろう。
幻映は彼等の目を盗んでこっそりと抜け出そうとしているが、あっさりと見つかっていた。
どう見ても乗り気ではないが、彼も大人であるため逃げられなかったからには呑む事にしたようだ。
四人が他の部屋に移動したのを見送ってから、尖岩が何となく言う。
「しっかし、鏡月。お前は陰壁の屋敷の子だったんだなぁ、道理で逃げ足が速いわけだ。超越者が捕まえられないのも納得だな」
褒めているのだが、鏡月にはピンと来ていない様子で尖岩を見詰め返した。
陰壁の事も、他の壁の名を持つお家の事も知らないのだろう。無理はない。それに、言うて尖岩もそこまで詳しくないのだ。
例えるのであれば、正義のヒーローのような。この世に佇む四つの巨壁、悪を許さず正義を貫く、それが四壁だ。
ちなみに、尖岩も山砕も昔世話になった。
「俺、陽壁にはちょっとしたトラウマあんだよなぁ。怖かったぜ、いきなり寝床の近くで爆発起こされてさぁ、行ってみたら奴等がいるんだもん。目立つことに定評があるだけあるよなぁ」
「分かるわそれ。俺、封壁にやられたもん。家から出られなくなっていた時の衝撃は凄いもんだよな。部屋戻ったら知らん人いたの、マジで死ぬかと思ったもん。小一時間説教されただけなんだけどさ」
「それで済んだだけいいじゃん! 俺マジで殺されそうになったんだぞ。途中で陰壁も隠れて加わってさ、逃げていたら結果超越者に捕まったんだ。一言目が『鬼ごっこは楽しかった?』だぞ、ガチ目に怖かったんだからな!」
床を叩いて訴えかける。あの時の恐怖は、誰かに共感して貰いたい。本当に震えたのだ、服の中に潜り込んでいた小猿も一緒に。
「それに関してはお前が悪いと思うのだが」
「あぁ。お前が悪い」
「正論は求めちゃねぇよ」
今欲しいのは共感だ。そうは言っても、こいつらにそういうのを求めるのは違うか。
「追いかけられるのって怖いですよね、分かります。私はもう慣れちゃいましたけど、最初の頃は凄く怖かったですよ」
そう、こういうのが欲しかった。尖岩がいいこいいこをしてやると、白刃も無言で鏡月を撫でた。鏡月は不思議そうな顔をしてそれを受け入れている。
最近、やけに物騒であることは尖岩も何となく知っている。閉じ込められている間もちょくちょく顔を出す超越者に、色々と話をされていたから。そこまで思い出して、尖岩はちょっとだけムッとする。
「どしたの?」
「いや。ちょっと思い出して」
自分を檻の中に入れたのは超越者だ。まぁそれ自体は因果応報の自業自得でいいのだが、奴は四畳ほどの岩間で何も出来ずに暇を持て余す尖岩を見て、こう言った。『こうして見れば、君は可愛い赤子同然のだねぇ~。いい子にしていれば直ぐに出してあげるからね』と。
赤子同然って何だ、可愛い子とはなんだ。大悪党の呼び名を誇る訳ではないが、一応そう呼ばれていたと言うのに。大体五百年は直ぐではない、当時の尖岩の人生の約五倍だ。人生の五倍の禁錮は短くない、むしろ長い。
考えてみれば、五百年経った所で出してくれるとは限らなかった。何故ならあの超越者だから。実際一年オーバーしたのだ。
「俺、檻から出られて良かったっ……」
今更の喜びを噛みしめると、山砕がお菓子を食べながら言葉を返した。
「良かったなぁ、五百年の刑期が六百年にならなくて」
もぐもぐしながら白刃を横目で見てみると、何かよからぬことを考えていそうな感じがした為、目を逸らした。
そのすぐに、白刃は尖岩を呼び掛ける。
「尖岩」
「んぁ?」
振り向くと、その一瞬の間で、首にいつも感じない感覚が付いた。既にお分かりだろう、首輪だ。
いきなりなんだと言う視線を向けると、白刃はどこか満足気に頷く。
「うん、いいな」
「何が良いんだよ……夜にしてくれ、お前のお師匠さんが戻ってきたらどうするつもりだ。お前にもダメージ行くだろ普通に」
「問題ない。会議はそんな直ぐには終わらん」
だから師匠に見られる事はないと、そう言いたいのだろう。しかし、首輪くらいであれば自分で外してしまえばいいと項の方に手を伸ばすが、気付かれた瞬間に手を取られた。
屈辱だ。流石に首輪は飼い犬のようで好きではない。まぁ、この頭の輪も首輪のような感じで付けられたモノなのだが。そんな尖岩を見て、山砕は露骨な嫌がらせで笑ってみせる。
「似合ってんじゃんチビ助」
「お前の分もある事を忘れるんじゃないぞぉー三歳児」
見てみれば、山砕もそうだが、覇白も鏡月の手を引いて少し離れた所に移動していた。意味は成さない事は知って居るが、ちょっとした逃げだ。
少し離れたそこで、覇白は言う。
「白刃よ。流石に私は犬には成りたくない」
だから、尖岩だけで満足してくれと。まぁ、意味はないのだが。
そんな彼らに、白刃は小さく笑う。
「夕方前には出るぞ。この辺りにも宿はある」
それが何を示すかは大体分かってしまった為、とりあえず「そうだなぁ」と答えておくことにした。
小一時間程白刃と尖岩達が戯れていると、足音も聞こえないまま部屋に幻映が入ってきて、真っ先に鏡月をギュッとした。
驚いたが、鏡月は特にそう言った様子もなく尋ねる。
「叔父さん、どうしたの?」
「いや、その。癒しが欲しくて……」
見れば分かる。幻映は終わった瞬間に癒しを求めてやって来た。慣れない事を頑張ったそのセルフご褒美だ。
あまり知られていない事ではあるが、陰壁の主な血筋の者達は、あまりコミュニケーション能力に優れていない。その名の通り、陰に潜むのが得意な為だ。まぁそれでも、幻映はかなりそちらの系統なのだろうが。
そして今度は他の師匠も揃って部屋に顔を出す。どうやら会議は終わったようだが、大将の様子を見る限り、あまり進展はなかったようだ。
白刃は険しい顔の大将に労いの声を掛ける。
「師匠、お疲れ様です」
「あぁ」
難しい問題のようで、他の師匠もあまりいい顔はしていない。確実に、魔潜の事だろう。
魔潜は、凄く簡単に言えば悪い奴等だ。悪い奴と表記できる程可愛いモノではないが。そいつらが起こした事件の解決や処理に手いっぱいで、未だ根っこを見つける事が出来ていない。沸いた雑草を抜いているうちに、また新しいのが生えているのだ。
早く見つけなければならないのに、一向に進まない。そんな状態は白刃が少年であった時から続いている。
「昔っから四壁は苦労人だよなぁ、気の毒だぜ」
「主に苦労を掛けたお前が何を言うのだ」
覇白に言われると、尖岩は少し間を開けてから、確かにと無言で頷く。
そんな二人のやり取りには気付かずに、宴我と羅宇が帰る。
「ほんじゃあ俺はそろそろ帰るかぁー。じゃ、また用があったら呼んどくれ爺さん」
「私もそろそろお暇しましょうかね。幻映、次回以降の招集には答えるように。難しいのは分かりますが、仕事ですからね。何をどうすればいいのかさえ分かれば、こちらも努力はいたしますので。それでは」
仕事を終えたら即帰宅するタイプのようだ。そして幻映は、二人が帰るとどこか安心した様子で鏡月から手を放す。そして大将に言った。
「やっぱり、要項だけまとめて送ってください。振られた仕事はきちんとしますので」
その言葉の後ろには、なんともわかりやすく人と関わりたくないという意思が見えたが、見なかった事にしてやる。
「うむ、まぁ今日逃げなかっただけ褒めてやろう。出来るだけ顔は出してほしいモノだがな」
「善処します」
それはその場しのぎの答えな訳だが、あまり詰めると本当に出て来なくなる為、ここもまた見逃してやる。
「鏡月、怖い人には気を付けるんだよ。とりあえず、白刃くんと一緒にいれば安心だと思う。勝手にどっか行ったりしないでね」
「分かってるよ叔父さん。僕もうそんなにひょこひょこどっか行くような子どもじゃないから、大丈夫。それに、何かあっても今の僕なら一人でも対処出来るからさ」
小さく笑ってみせると、幻映は安心したように微笑む。立ち上がると、今度は白刃達に言った。
「じゃあ、鏡月をよろしく頼むよ」
それだけ伝えると、直ぐに帰って行ってしまった。なんとまぁ、足の速い事。この場合は瞬間移動の術であるから脚ではなく手と言った方が良いかもしれないが。
「あぁ師匠、私達もそろそろ出ます。十分休めましたので」
「どうせなら泊っていったらどうだ。皆も喜ぶだろう」
「折角ですが、それはまたの機会にします。今日は少し、用があると言いますか」
「そうか、それは残念。その者達に堅壁の修行をさせてみたかったのだが、次来た時にしよう」
「えぇ、そうしましょうか」
このやり取りの恐ろしさは、尖岩だけに伝わった。
「え!? ちょっと待てよ絶対嫌なんだけど!」
「堅壁の……あぁ、そうか。私も辞退しておこう、うん」
覇白も降りた事で、何かは知らないが色々と察せた。そもそも、先ほどから聞こえる弟子達の物であろう、揃えられた掛け声が物語っているのだ。
「えぇ、何それ怖い。何か分からないけど、俺もよしておくわ」
「そうなのですか? じゃあ、皆さんがそうするなら私も」
山砕が嫌な予感がして同じく辞退しておくと、それなら自分もと鏡月も拒否する。とは言え、その拒否は全くもって意味がないのだが。
「では、これが終わったら意地でも連れてきますね」
「そうしてくれ」
確定演出は見なかった事にしよう。見るべきは未来ではなく今だ、そう、今。とりあえず、今日はここらの宿で泊まって遊ばれる予定がある。あぁ、どっちにしてもだった。
尖岩が適当に屋敷を見渡してみると、二人の女中が遠巻きに白刃を眺め、恋する乙女のような顔をしている。なんとまぁ、妬ましいもの。全く、超越者は自由に加えて不平等だ。と言っても、人の容姿やその他諸々は超越者が決めるモノではないのだが。
白刃は屋敷では大分人気者のようだ。帰り際、もう行ってしまうのかと残念そうな顔をする者も数多くいた。そんな者達と白刃が少々話をしている間、尖岩達はそれが終わるのを待っていた。
やはり、他の弟子や女中にも見せる面はあの優しい好青年の顔だと。笑顔で会話をする白刃を遠目に心の中で呟く。
白刃は堅壁で育ったから、師匠を含む屋敷の者達は家族だろう。普通、己の素というのは主に身内に見せるモノではないのか。親しき中にも礼儀ありと言う事か、まぁそんな事は本人しか知らない事だろう。
尖岩は。まだかなぁと思いながら小石を蹴り。屋敷で貰った饅頭を食べている鏡月と山砕を見ている。そんな時、大将から声を掛けられた。
「お前等」
「ん、なんだお師匠さん」
用事を訊くと、大将は真剣な顔で四人に話す。
「白刃は十分強いが、それでもまだ成長段階の若い芽だ。加えて、奴は父も祖父も、非常に早死にだった」
「よいか、何があってもあの子を護れ。決して、死なせてはならない」
そう言うと、懐から黒い物体を取り出し、鏡月に手渡した。
尖岩にも山砕にも覇白にも、その物体の名前は知らない。話の流れから、武器なのであろう。しかし、こんな物が存在していたか。
しかし、鏡月はそれが何か知っているようだ。
「銃ですか」
「あぁ。ただし、抜いていいのはいざと言う時だけだぞ」
この感じからして、大将も多少は知っているのだろう。
「ジュウ?」
山砕が訊き返すと、鏡月は慣れた手つきでそれを扱う。勿論こんな所でぶっ放しはしないが。
「はい、銃です。なんて説明すればいいのかは分かりませんが、異世界の品だそうです。魂の宿り場に弾を打ち込めば大抵は死にますね」
「何それこわっ。異世界の品って、んな物騒な物もあんのか」
尖岩が異世界の武器に若干引いていると、話を終えた白刃が表面のままこちらに来る。
「あ、白刃さん」
「お待たせしました。行きましょうか」
「そうだなぁ」
鏡月の持っている銃にはとりあえずノータッチのようだ。尖岩が返事をすると、白刃は大将に向き直り、挨拶をする。
「師匠、お世話になりました」
「気にするな。気を付けるのだぞ」
「はい」
浮かべている笑顔が怖く感じるのは、多分尖岩達だけだっただろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる