楽園遊記

紅創花優雷

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前編

道中

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 人並みが外れた所で覇白を馬に化けさせ、そこに乗る。向かっているのは、尖岩がいたあの岩山の方面だ。
「そういや、あの檻まだあんのかなぁ」
 何とはなしに行ってみると、何のことか分からない鏡月が尋ねる。
「檻ですか?」
「ん、あぁー鏡月知らないっけ。こいつ、つい最近まで向こうにある岩山の中に閉じ込められていてさ」
「そうそう。禁錮五百年はマジヤバいぞ、やる事はないわ岩間は湿っぽいわでさ」
 思い続けて来た、退屈な日々が笑い話として語れるその瞬間を迎え、尖岩は内心嬉しかった。
 鏡月はそんな所よりも五百年という単位に目を丸くしているのだが。
「五百……よく、生きていますね」
「遺脱者に寿命という寿命はないようですからね。あと、人間よりずっと丈夫らしいですよ。人間は一週間食べないと死にますが、彼らは一か月なら大丈夫だそうです。ね、尖岩」
 それは、初耳だ。試した事ないからそりゃ知る訳もないのだが。
 そこで思い出した。尖岩自身は毎日食べていたが、五百年の間に超越者がご飯を持ってくるのは月一の間隔だった。ケチだななんて思っていたが、あれはそういう事だったのかもしれない。
「そういや、月一で超越者が飯くれたわ。そういう事か」
「月一って、死なないとは言えきつくない?」
「そこはな。あそこ、猿めちゃ住んでるから、木の実とか食えるモノ持ってきてもらってた、あと水な」
 その事を言うと、肩の上の小猿はなんとも誇らしそうに「ウキャァ」と胸を張る。僕が助けたのだとそう言いたげだ。
「そうだな、ありがとなぁ」
 そして猿がふふんと笑うと、白刃の上にひょいと飛び乗る。
「キャァ……!」
「あぁ、ごめんな白刃。ほら猿吉、戻ってこい」
 なにやら感動した様子。尖岩がそれを回収しようと手を伸ばすと、小猿は煽るような声で言った。
「キャ、ウキャア?」
 猿の言葉は分からないはずだが、なんとなく何を言っているかが伝わるのが面白いところだ。思った通りの言葉だったのだろう、尖岩がツッコんだ。
「だからそれに関しては白刃がデカいだけなんだよ!」
 また猿に身長をいじられている。しかも猿に。お前も猿の中では小さい方だろうと。この猿は肩に乗っても気にならない程に軽量なのだ。
「お猿さんに怒鳴ってはいけませんよ。貴方が小さいのは事実ですし」
「ウキィ」
 白刃の言葉にそうだといいたげに頷く小猿。なんとも煽りスキルの高いこと。
「お前だって、あの辺りの猿の中では一番チビだろうがよ」
「キー」
 小猿は「お仲間だ」と言ったようだ。何度見ても猿は何と言っているのかは分からないし、それを理解できる尖岩もよく分からない。そう思っている山砕も、猪科の生物と言葉を交わせるわけなのだが。
 岩山付近の森に入ると、勿論そこには猿がいっぱい住んでいた。白刃が最初に通った時は、誰もいなかったのだが。
「前通った時はこんないなかったんだけどな」
「知らない人が来たから隠れたんじゃない?」
 動物というのは警戒心が強いモノだ。山砕が言うと、小猿は頷く。
「ウキ」
「『そうだ』だってよ」
「ウキャキャ、ウッキー」
「『けど僕は勇気を出して案内したんだ』」
「ウキャァ!」
「『面白そうだったから!』って、面白そうで案内してくんな! 関係ない奴だったらどうするつもりだったんだよ!」
 とはいえ、あんな岩山に近づく輩は滅多にいない訳なのだが。子どもが好奇心でやって来ることはあるかもしれないが、世の親と言うのは子を森に近づかせようとしない。
「安心しろ。牢からはそう簡単に出してやれるモノではない。他の奴が来たとしても、何も出来ずに終わる」
 何に安心すればいいのだろうか。尖岩はそう思いながら、白刃に目をやる。
 そう言えばこいつ、素手でこじ開けたなぁと。檻の中の人を出してやろうとなった時、普通は鍵を探すだろうに。迷いなく真っ先に格子に手をかけ、ぐぐーっと一発。
「お前はその牢を素手でこじ開けたんだけどな」
「師匠から教わった。あれくらいは出来る」
「てことは、あのお師匠さんも出来るの!? あの爺さんがぁ?」
 それがここ最近の一番の驚きかもしれない。
「うん。昔、弟子が数人捕まった時、そうやって出してた。やってみれば大した事ではない、ただ開ければいいだけの話だ」
 人間は歩けると言う事を話しているかのように平然と語る。改めて、桁違いな奴だ。
 岩山の方向に進み、そこを西に曲がる。正にその話題の牢の場所だ。まさか戻って来るとは。尖岩はこじ開けられた鉄格子を横目に苦笑いをする。
「そういや、天ノ下から降りた時に最初についたのもここだったなぁ」
 懐かしそうに言うと、山砕が言った。
「マジ? 俺、いつもの野原だった」
「あー、あの豚がいっぱいいる所な」
 降りた時の場所も違うようだ。行く道が変わるのであれば帰る道も変わると。覇白は少し苦い顔をする。
「本当に辿り着くだろうか。超越者の気まぐれなのだろ、進んでいる間に逆方向に移動されたらずっと着かないでないか」
 それをされたらもう積みだ。一生辿り着かない。しかし、超越者本人が来いと言っている為、そんな事はしないだろうと思う。
「流石に、向こうが呼んでるんだからそれは無くないか?」
「どうだろうなぁ……」
 白刃が言うと、尖岩は微妙な反応を見せた。あの自由人の事だ、断定はできない。
 しかし、どんなに不安でもまず進まねばどうにもならない。その進むための勘も不安要素なわけだが。
 そこまで考えて、覇白はそもそもの話が頭に浮かんだ。
 天ノ下は、下界に伝わる御伽噺では上空にあるとされている。仮にそれが誠だとして、いくら地上を探したところでなのだ。それでも、粗方の位置は掴めるだろうが。
「しかし、本当に上空にあるのなら、私が飛んで探した方が速いような気もするな」
 言うと、鏡月がそれに同意する。
「言われてみれば、そうですね」
「白刃」
 同意を求めると、白刃は頷いて覇白から降りた。
「そうだな。覇白、探してこい。あとついでに、超越者にそこから動かすなとも言っておけ。見つけた後に変わられたら面倒だ」
「あぁ、了解した」
 龍に戻り、空に飛んでいく。今回は人を乗せていないため、本来の速さで進んでいった。
 鏡月は龍の本来の強みを目にしたのは初めてのようだ。
「龍って速いんですね!」
「本来は飛行特化だからなぁ」
 たった数秒でその姿すらも見えなくなった。本当に速い。上に人を乗せてあのスピードをだしてくれれば、いや死ぬか。自分と山砕はともかく、この人間二人が。そう思いながらその場に座り、覇白の戻りを待った。
 しかし、その間暇だ。どのくらいかかるかも分からないし。
「暇だし、ここらでやるか?」
「あぁ、そうだな」
 尖岩が提案してみると、山砕は直ぐに乗って来る。何をするのか気になった鏡月が、二人に訊いた。
「何かするんですか?」
「んー、手合わせって言うのかな」
「手合わせ……?」
 多分、というより絶対、鏡月が考えたのは読んで字の通りの「手合わせ」だろう。
「鏡月、手合わせというのは戦う事だ。分かりやすく言えば、力比べだ」
「あぁそういう事ですか」
 白刃の説明でそれが分かったようだ。流石の鏡月も手を合わせるだけじゃ暇つぶしにも何にもならないだろとは思っていた。
 岩山の前で始まった二人の手合わせ。それを観ながら、白刃と鏡月は買ったおにぎりを食べた。
「肉弾戦って、凄いですよね。私あぁいう戦い方は出来ません」
「そうだな。お前に肉弾戦をさせるには細すぎて心配だ」
「白刃さんは結構鍛えてありましたもんね」
 他愛もない会話をしている最中に、白刃が手で何かをしたのが見える。それと同時に尖岩と山砕の痛がる声が聞こえた。
「何をしたのですか?」
「電撃だ。いいか鏡月、不意打ちが一番効果ある」
 そう言ってまた力を使ったが、今度はどちらも痛がっていない。
「今のは?」
「覇白」
 それは、不意打ちの中の不意打ちだ。今この場にいないというのに。
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