楽園遊記

紅創花優雷

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中編

少年の実家と、婚約者。

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 この世界の土地は、いくつかの区間に分かれており、その間を隔てるのは今歩いている森や先ほどの岩山などの自然物。それは誰かがそう決めた訳ではなく、自然とそうなっていった。
 中でも大きな括りの中にある四つの町が、四壁のそれぞれが担当する所。そして、今五人が向かっている方向にあるのは、主に陰壁が治める区域だ。
 最初に尖岩がいた岩山と覇白がいた荒野は、堅壁と封壁の土地を隔てる森の中に存在し、山砕のいた屋敷があるあの山は、封壁と陽壁の間に聳え立つ山脈の中の一つだった。そして鏡月のいたあの川だが、あれもまた二つの区域を隔てている物の一つ。
 堅封陽の三つは、山や森が間にあるがそれでも地続きの場所に存在するが、陰壁だけは水で仕切られ、少々行きづらい。
 陽壁に行くための山にはトンネルが掘られており、そこを通ればわざわざ山を登る必要はなく、また森も主要な場所に行くための道は整備されている為、堅壁から封壁もしくは陽壁に渡るのにも少々時間はかかるがそれだけだ。
 であるのだが、陰壁だけはどうもそれが無い。川はその気になれば渡れるくらいの深さではあるが、まずその中に入って歩こうとは思わない。術を使って瞬間移動出来たり、そこを一回でまたぐほどの跳躍力があれば話は別だが。まぁ普通の人間は不可能だ。
 陰壁はなるべく他所と関わりたくないのだろう。実際、そこの長は大抵人見知りと言うか何と言うか、あまり外は好かないみたいだ。それが顕著に出ているのが、あの川だ。
 そして、白刃御一行はそんな陰壁の土地に向かっていた。普通の人はその身一つでは川を渡れない、しかし、言った通りそれは普通の場合はだ。
 流れる川の上、尖岩がひょいと飛び、向こう岸に足を着く。
「おいしょっとぉー。うん、問題ないぜー」
「っとぉ、やっぱここ意外と距離あるよな。鏡月、行ける?」
 続いて山砕もそちらに行き、次に鏡月を招く。しかし彼は、怯んでしまっていた。
「え、えーっと、飛び越えるんですか? これ」
 前にここを脚力のみで超えた時は、ほぼ反射神経だ。飛べと言われて飛べるモノではないだったら泳いだ方がいい。水は得意だ。しかし、勿論だが水に入れば濡れる。
 困っていると、白刃が訊いてくる。
「術は使えないか。瞬間移動の」
「術を使うより脚を使ったほうが楽なモノでして、使った事はないのですが……」
 力はある為、やってみた。ぎゅっと力を込めて、そうするとあっという間に向こう岸に身が行っていた。
「あ、出来ましたよ白刃さん!」
「上手だな。陰壁なだけある」
 直ぐに白刃も術でそちらに行き、褒めてやると鏡月は嬉しそうに笑う。
 使ったこともない術をこうも簡単にやられては、そう難しい事でないと錯覚してしまいそう。これが簡単なら四壁の弟子たちの必死の修行は何なのだろいう話だ。
 それはともかく、四人が向こう岸に渡った後、覇白も龍の姿でそちらまで飛んで、その短距離を渡った後に人に化ける。
 引いた風を見送り、尖岩は何となく気になった。
「なぁ覇白。覇白は人の姿のままで浮遊とかできないのか? 化けるの面倒じゃね」
「出来ない事はないのだろうが、人の姿でやる必要が無いからな」
「けどやっぱ、一々化けるの面倒じゃない?」
 尖岩の時もなんとなく引っかかったが、山砕で確信した。何か、遺憾な勘違いをされている。
「二人、一応言っておくが、龍の方が本来の私だぞ?」
「あ、そっか」
 そっかとはなんだそっかとは。しかも、ただの龍ではなくこれでも第二王子なのだ。本当、龍って何だっけと。何度でも言ってやるが、龍は自尊心とプライドの高い生物なのだ。
 ナチュラルにそれを叩いた二人に、白刃が言う。
「お前等、あまり虐めてやるな」
 これは、今ここでどの口が言うんだ選手権をやったら確実に一位になるだろう。弱いところを虐めているのは白刃が一番だ。
「お前が一番こいつのプライド踏んでる気がするけど」
「そりゃ俺のだからな」
 要約するのであれば、自分のモノだから自分はどうしても良いと言う事だ。さらっとそう答えた白刃は、最早流石と言ってもいい。
 もうそれで良いのだと覇白が告げると、白刃はどこか満足気になったように見えた。
 そんなこんなで、会話をしながら前に鏡月と尖岩達が鬼ごっこをした森の中を道通りに通ると、その先に人が住んでいそうな場所が見えてくる。本格的な町はもう少し奥にあるのだろう、見えたのは小さめの農村だ。
 近くから、二人の男の会話が聞こえる。
「おい聞いたか、幻映様、ついに領地の外に出向いたらしいぞ。なにせ、四壁の会議に出たそうだ」
「えぇ!? それ本当なの?!」
 そんな些細な事に思えるようなことが、中心地から離れた村にまで伝わっているみたいだ。この反応、全く些細な事ではないのだろう。
「鏡月よ。お前の叔父は、そんなに引きこもりなのか?」
「確かに、昔も好んで外に出るような人ではありませんでしたが。あんなに驚かれるほどではなかったと思いますけど……」
 しかし、自分の知らない間に変化した事はいくつもあるだろう。それに昔の記憶も曖昧で、はっきりとこうだとは言えない。
 こちらの話し声に気が付いたのか、向こうで話していた男二人が一斉にこちらに振り返り、そしてこれまた驚いた顔をする。
「そこの人達! もしかして、旅の人かい?」
「えぇ、そんな所です」
 白刃が笑顔で応答すると、男は表情をそのままで五人の体を確認するように一周二周と見た。そして驚きが回って不思議そうに訊いてくる。
「森を渡って大丈夫だったのか? あそこには化け物が住んでいて、被害は絶えないのだぞ」
「被害と言いますと?」
 白刃が尋ねると、もう一人の男が答えた。
「あぁ、川の方面に近づく程危険でね。五年程前に他所に商売をしようと森を抜けた奴がいたんだが、それっきり帰って来なくて。そいつを探すために向かった者達も、数名帰って来なかったんだ」
「それで、無事に戻って来れた奴等は、皆口を揃えて『あの川の付近には、人食いの化け物が住んでいる』と報告してきた。それから、誰も近寄らないように注意されているんだ」
 そして、再度五人の姿を見る。どいつも体に負傷を追っている訳ではなく、争った形跡などもない。
 白刃達が傷を負っていないのは当然だ。何故なら、その人食いの化け物は、紛れもない鏡月なのだから。
「それでしたら、もう心配ないですよ。化け物はもういませんので。そうですよね、鏡月」
「え、あ、はい! 問題ありません!」
 急に話を振られて、無意識に気配を消していた鏡月も慌てて返答する。
 そう言われても直ぐには納得できないが、しかし、そう言っている五人がこの様子なのが何よりも答えであり、証明だ。
「あぁ、そうだね。……ん、ちょっと待って! 今、鏡月って……」
 頷きかけた所で、その名に気付いたのかまた目を丸くする。
「花水様のご子息ではないか!」
「あぁ!」
 その声は村中に響き、なんだなんだと村人たちが顔を出す。
「鏡月くん、本人なんだよね? そうだったら早く幻映様に顔を見せてくれ!」
「そ、そうだ、お願いします鏡月くん!」
「な、なんだって。おいおい、鏡月って花水様の息子さんの名前じゃないか」
「おい、今の聞こえた? 花水様の息子が生きていたらしいよ!」
「え、本当? あの、行方不明だった子でしょ?」
 じわじわと広がっていく騒ぎ。試しに鏡月の名前を出してみた白刃だが、まさかそんなに騒がれるとは考えていなかった模様で、彼自身少しだけ焦っているように見えた。
「旅の者! 鏡月くんは一体何処で――」
 一人が白刃に尋ねようとしたところだ。
「どうかいたしましたか、皆さん」
 可愛らしい少女の声が聞こえ、皆が一斉に声を静めた。
 男たちが見せた顔は、惚れた女を前に緩む。その少女はまさに美少女と言った顔立ちなのだ、無理もない。
 しかし、やはり白刃は異性に興味を持たないようで、様子を変える事はなく、凄いなこいつと言いたげに尖岩はそれを目にしていた。
「あら、美しい旅のお方。遠路遥々ようこそいらっしゃいました。わたしく、陰壁、都乙女の杏明と申します」
「お邪魔しております、堅壁の白刃と申します」
「まぁ堅壁のお弟子さんでしたか。道理でお強そうなわけです」
 美青年と美少女の二人はとても絵になる。しかし、尖岩達は白刃の素を知っているため、この杏明とやらも実は何か隠し持っているのではないかと勘繰ってしまう。それもそうだが、単純にこの子は可愛いため、自分も彼女に惚れてしまいそうなのだが。
 そして杏明は鏡月に目をやり、可愛らしい顔に静かな驚きが混じった。
「……あら、その子。もしかして、鏡月くん?」
「え、は、はい。私は鏡月です」
「本当!? もしかして、皆さんこれで賑やかでいらしたのですか?」
 鏡月が答えると、淑やかだった声が一瞬だけ高揚したように聞こえた。
「あ、あぁ、そうなんだよ。杏明ちゃん、この子、間違いなく鏡月くんだよ」
「えぇ間違いありません。わたくしが言うのですから。鏡月くん。わたくしの事、覚えておいでで?」
「えっと、すみません。昔の事はあまり……」
「そうでしたか」
 答えに少し残念そうな顔をしたが、小さく首を横に振り、気を切り替える。
 そして、杏明は鏡月を真っ直ぐと見て告げた。
「わたくしは、貴方様の婚約者でございます」
 その一言で、少し退屈そうにしていた覇白も「え?」と声を漏らす。
「婚約者って、お前。そんなんいたのか!?」
「まぁ、陰壁のお偉いさんの血筋の子なら、可笑しい話ではないか。そ、それにしてもだ鏡月! こんな可愛い子の事忘れちゃダメでしょ!」
 幼馴染とかそのあたりだろと考えていた二人は特に驚き鏡月に詰め寄る。鏡月本人は困ったように苦笑い、白刃に助けを求めた。
 白刃が助け舟を出してやる前に、杏明が声を上げた。
「わたくしと鏡月くんが顔合わせしたのは、互いにまだ幼い三歳の時の十二月十六日の午後三時十二分十三秒。最後にあったのも、貴方が行方不明になる十か月と十日前です。覚えていないのも、無理はありません」
 可愛らしい顔は悲しみが帯び、鏡月の中にも罪悪感というものが沸いてくる。
 いや、少し待て。覚えていない自分もそうだが、彼女も彼女だ。出会った年齢を覚えているのはまだ分かる。日にちも、まぁ分からない事はない、記憶力がいい子がそこまで覚えているだろう。
 しかしながら、そんな正確に時間まで覚えている物か。それに、最後にあった日に限っては、日にちではなく行方不明になった日からの逆算した日にちだ。
 あれもしかして、この子ってちょっとヤバめ? そう尖岩が思った時、彼女は確証に至らせる事を口走る。
「この十二年間、ずっとお待ちしておりました。貴方だけを、ずっと、ずーっと。お待ちしていたのですよ、ね? 嫁入りの準備は出来ております、乙女の貞操も貴方の為に取っておいておりますのよ」
 なんか、どこかが異常を起こしている。ただ愛しの人を待ち続けた一途な乙女にも見えない事はないが、これを訴えているのは男としてのおそらく本能部分だ。
 それは村の男達も少し感じたのだろう。いつの間にか少し離れた所に移動し、遠巻きにそれを観ていた。
「えっと、ごめんね。僕、君の事覚えてないから、一回叔父さんに確認取っていいかな?」
「必要ありませんわ! だってこのわたくしがフィアンセを記憶違いするわけありませんのよ」
「あ、え、まぁそうかもだけど……」
「もしかして、わたくしの事嫌いになっちゃいましたか? でしたらもう一度惚れさせてみせますわ、もう一度チャンスをくださいませ。貴方がいない間、女を磨いてきたのです、自身があります!」
 じわじわと詰め寄って来る婚約者に、鏡月は怯えてついに白刃の背後に逃げた。さりげなく庇ってやり、杏明に微笑みかけると彼女は「あ」っと冷静になり立ち止まった。
「あら、わたくしったら。ついつい興奮しちゃいました、ごめんなさい」
 気を取り直して、杏明は五人に話す。
「折角来たのです、陰壁のお屋敷に出向いてくださると、幻映様も喜ばれるでしょう。わたくしが案内いたしますよ」
「そうですね、では伺わせていただきましょうか。皆さん、大丈夫ですよね?」
「おー、俺は平気だぜ」
「俺も」
「私も構わぬぞ」
「僕も大丈夫です」
 全員が大丈夫だと言う事で、早速と杏明は屋敷のある方を示す。
「分かりました。ではご案内いたしますね」
「皆さん、わたくしは少し村を空けますので、何かあれば陰壁の方へ直接連絡をくださいませ」
 村の者達が頷いて答えると、にこりと微笑み先に進んだ。案内の為、五人より少し前を歩く。そして尖岩は、本人には聞こえないように小声で白刃に話しかけた。
「なぁ白刃。あの子、お前と同類だな」
「どういう意味だ」
「見掛けいい面して中身がヤベェ奴って意味」
 半笑いで応えると、当然のように癪だったようで頭の輪を軽く絞める。しかし、他人が近くにいる手前、あまり大声を出されても困る為かなり緩い。まぁこれは尖岩判定であり、他の者からすれば叫ぶのには十分であろうが。
「どうかいたしましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
 相変わらずの変わり身の速さで応えると、杏明は「そうですか」と言って再び前を向く。
 それで何かを見出したのか、それから白刃が不意に手を握るようになった。本当に勘弁してほしい。なんのチキンレースだ、バレた時に困るのはそっちだろうに。
 山砕がこいつは大変だなぁと他人事のように思っていると、何にも触れていないのに静電気が走り、それで確定で白刃の術だと察知した。
「おい白刃」
 小声で声を掛けてみると、ふっと笑って一言。
「こいつだけだと何だろ」
 被害を広めるつもりのようだ。
「やめてよ。俺、女の子の前で変な声出たら嫌だよ」
「我慢しろ」
「出来ないかもしれないから言ってるの」
 最小限に抑えた声での必死の訴えだが、当然聞き入れてはくれない。それは分かってはいた、しばらく気を抜けなさそうだ。
 大丈夫かなと不安がる山砕に、尖岩が言葉をかける。
「それに関しては諦めろ三歳児。お前ならできる」
「根性論じゃねぇか」
 そんな中で覇白がビクリとなったのが見え、こいつもやられているなと察する。結局全員白刃の思うがままなのだろう。覇白は何も言わずにそれを受け入れ、度々来る電気に耐えている。
 それで白刃は内心とても楽しそうで、こういうのも好きみたいだ。そして鏡月は白刃の袖を小さく引く。
 自分にもやってくれという意だ。鏡月の一緒が良いという思いはこういった所にも適応される。勿論白刃は喜んで応えた。
 遊ばれてんなぁと思いながらも尖岩はとりあえず声に出さないように堪えてみせていると、ふと杏明が足を止める。
「皆さん仲良しなのですね」
 流石にこの距離で何も聞こえないなんてことはなく、向こうも察しがついたのだろう。何度でも言うが、これで一番困るのは白刃だと思う。しかし、当の本人は動じる事はない。いいのか、本当に大丈夫なのかと言う目を向けるが、それは無視される。
「えぇ。私のモノですから」
 そこで何となく気が付いた。これは、同類への威嚇だ。いや、と言うよりかは密かな縄張り主張か。何にせよ確定なのは一つ、敵意だ。
「ね、鏡月」
「はい、私は白刃さんのモノですよ」
 彼女の表情が一瞬だけスンとし、直ぐに可愛らしい微笑みを浮かべて前を向く。
 何か、白刃がとんでもない地雷を踏んだ気がするが、まぁ見なかった事にしよう。触らぬ神に祟りなし、そういう言葉が異世界にはあるそうだから。この場合は、触らぬ乙女に地雷なしか。
 微妙に空気が気まずくなったところで、陰壁のお屋敷にたどり着く。中からは気配が全くと言っていい程にしないが、意識を集中させてみれば確かにその中に人がいる事が分かる。
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