楽園遊記

紅創花優雷

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中編

嫌な事の後に楽しい事を

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 起きると、外は既に騒がしく、祭りが始まっているようだ。
 自分の体が大人に戻ったことを確認すると、布団の横に司白がいるのに気が付く。彼は白刃達が起きるのを目にすると、安心したように微笑む。
「あぁ、良かった。皆さん、目が覚めたのですね」
「兄上、いつからそこに?」
「三十分ほど前からだよ。入ってみたら揃いも揃って術に囚われていたから、心臓に悪いよ、本当。何にせよ、お前も無事でよかったよ」
 安堵して、弟を撫でまわす。その様子から、ただ事ではなかった事は伝わった。
 しかし、あの夢は悪い記憶を見せられていただけではないのか。その場合、嫌な思いはするが、そこまで心配されるような事になるものかのかと。
「あの仮想夢の術って、そんな危ないのか?」
 尖岩が尋ねると、司白は重めに頷く。
「最悪死にますので」
「しにっ……ちょ、俺等そんな危険な事なてったの?!」
「はい。もし仮想夢で見せられるその記憶に心が負けたら、結果的に死に繋がります。まぁ、これは本当の本当に最悪の結果なのですので、ご安心ください」
 それで安心は出来ないのだが。山砕は心の底から良かったぁと呟く。
「あまり気分は優れないでしょうが、幸い今は祭りの最中です。気を晴らしてきたらどうでしょうか」
 彼の言う通り、祭りはいい気晴らしになるだろう。どうやら出ている屋台やらは昨日と変わっているようだし、十分に楽しめるはずだ。
 白刃は、自分にひっついて離れない鏡月を撫でながら、司白に答える。
「えぇ、そうしましょうかね」
「無理はなさらずに。では、失礼しますね」
 司白が部屋から出ていくと、寝巻を着替える事にする。
 髪を結い始めた頃には、既に鏡月もいつもの様子に戻っていた。しかし、一応尋ねておく。
「鏡月、大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です。ただ、お腹すきました」
 美味しい食べ物を求めている胃袋は、今も食べ物が欲しいなぁとおねだりをしている。夢で食べたのはノーカウントのようだ。いや、鏡月の場合、カウントしても尚欲している可能性もあるが。
 しかし、お腹が減っているのは皆一緒だ。
「それは俺も」
「とっとと着替えてどっかで何か食おうぜー。俺も腹減ったわ」
「そうだな」
 早速だが、朝ご飯を食べる事にした。丁度城の近くの出店に炒飯があり、覇白がそれを大変食べたそうにしていた為、そこで済ませる。
 注文を取るために店番を呼ぶと、彼は覇白の顔を見て「お」っと声を漏らす。
「第二王子様。お久しぶりじゃありませんか。もしかして、その方達が龍王妃様のおっしゃっていた初めてのお友達ですか?」
 知り合いのようで、こいつも開会式での「第二王子の初めてのお友達」の話を聞いていたようだ。いざ知り合いにこんな事を言われるのは気恥ずかしく、覇白は苦笑う。
「それ、お前も聞いていたのか」
「そりゃ、百年に一度っすからねぇ。それで、ご注文は?」
「あぁ、私はいつものの並で。あと、お茶を」
「並ですか、珍しいですね。承りました。そちらのお友達はいかがなさいます?」
 山砕と鏡月は、カウンターに貼られたメニューに目を通し、後ろが突っかると良くない為、さっと決めてしまう。
「俺はこの百龍祭限定具材マシマシ炒飯ってやつの大盛りで。飲み物は、烏龍茶で」
「私もそれで。あと、オレンジジュースがいいです」
「はいよー。お二人さんには、おまけに当店自慢の餃子付けておくよ」
「ホント? それは嬉しいな」
「えぇ。味が気に入ったら、是非御贔屓に」
 明るい笑顔を見せ、ここぞとばかりに売り込みに入る。
 おそらく、昨日の大会を見ていたのだろう。なんとも商売上手な事だ。
「あ、俺この栗炒飯がいい。あとお茶」
「では、私もこの子と同じもので」
「はいよー。用意して出すから、好きな席に座って待っててくださいねー」
 調理場に注文を伝えると、次のお客の注文を取る。五人は開いている席に座って、料理を待つことにした。
 まだ昼前の為、お客はそこまでいない。しかし、もう少ししたらここも忙しくなるだろう。どうやら、過度な混雑を避ける為に、飲食店の出店は数か所に分かれて出ているようだが。
「ねぇ、これ食べたらどこ行く?」
「あの、私これが見たいです」
 鏡月がパンフレットに示したのは、午後から行われるお笑いショー。爆笑必死! とやけにハードルが挙げられているが、それ程に選ばれし芸人が腕を振るう所なのだ。
「お笑いか。いいな、私もこう言ったのあまり見ないから興味あるぞ」
「いいなそれ! 俺、白刃がめっちゃ笑ってるの見た事無いし」
 尖岩だけ微妙に目的が違うが。
 確かに、白刃が面白い物をみてあははと大笑いしている所は見た事が無い。ワンチャンこれで見られるかもなんて、少し期待し始める。
「おい、妙な期待をするな。これでも結構笑っている」
「おめぇの笑いいつも大体悪いか気色悪いんだよ」
 尖岩の率直な意見を聞き、白刃は真顔のまま手を握る。
「とぁっ! お前、今本気で行かなかった? すっげぇ痛いんだけど」
 この常に白刃に握られている武器から攻撃を受け、その痛みに顔を顰める。そうすると、白刃はふっと悪く笑った。
「そうそれ! お前はもっと、こう、ニコニコーって可愛く笑えないのか」
 言われると、白刃はいつもの表面の人当たりのいい微笑みを見せる。これがそうじゃないのかと言いたげだ。
「それはなんか気色悪い」
「うん。俺もそう思う」
 これまた率直中の率直だ。もう少し遠慮してほしいモノだが。しかし、これは悪い顔をする白刃を知っているからの感想だ。何も知らなければ、まぁこれが正解だろう。
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「この場合、何をしても不正解になるであろうな」
「んな理不尽な」
 文句ありげに呟くと、丁度出来上がった料理が運ばれる。白刃が先程の笑みを浮かべて礼を言うと、お手伝いをしていたのであろう少女の顔が少しだけ赤くなり、ごゆっくりどうぞの一言を三度言い直してから立ち去って行った。
「そういう所だよ」
「うん。そういう事」
 五割方はモテる男への嫉妬なわけだが。じゃあ残り五割は何なんだと言うと、それは不明だ。
 そんなくだらない事をやっている間にも、お腹が空いた鏡月はお先に頂く。大きな一口目を食べると、目を輝かせた。
「んー、美味しいですこれ!」
 可愛いニコニコというのは、正にこれの事だ。尖岩は鏡月を示し、白刃に言う。
「そう、こういうの」
「お前は俺に何を求めているんだ?」
 よく分からない要求に純粋な疑問を口にする。その後に、先程の女の子が一枚の紙を持ってとことこと駆け足で寄ってきて、それに気が付いた白刃がすっと笑みを作った。
「あ、あの」
「いかがなさいましたか、お嬢さん」
 もじもじとした様子で躊躇っている彼女に白刃が声を掛けると、彼女は意を決してその紙を手渡して来る。
「こ、これ。私の連絡先です、よ、良かったらお願いしますっ!」
「ありがとうございます。受け取っておきますね」
「あっ、ありがとうございますっ! で、では、失礼します!」
 逃げるように去って行ったその子を目で追い、尖岩は白刃の手の中にある紙に視線を移す。
 女子から連絡先を貰うだなんて、自分は生まれてこの方無かったと言うのに。それ以前の問題で、そもそも女子と絡んだことが無いのだが。素直に言ってしまえば、羨ましい。
 しかし、白刃は微妙な反応だ。この感じ、どうしたらいいのかが分からないと言った所か。その考えは正解のようだ。
「……いつも思うのだが、これ、どうしたらいいんだ」
「連絡入れてあげればいいじゃん」
「なんて?」
 その問いに、尖岩は答えることが出来なかった。
 女子に送る連絡? だから女子と関わって来なかったってんだという話になる。
「そりゃぁ、お前。あれだ。えーっと、あれだよな、山砕」
 突然話を振られた山砕は、口に入っていた米をごくりと飲みこむ。そして直ぐに回答を出した。
「え、無難にこんにちはから入って、相手の応答次第で適当な日常会話に持ち込めばいいんじゃないの」
「そうそれ。それだぜ白刃」
 あたかも自分もそう考えていたかのように白刃に言うと、彼は「ふーん」と興味もなさそうに呟く。尖岩はじゃあ訊くなよと、そう文句を心の中に浮かべた。
「お前等、同じ環境で育ったのであろう」
「五百年のブランクは伊達じゃねぇーぞ?」
 言うと、覇白は尖岩が大悪党であったことを思い出したそうだ。
「あぁ、そう言えばそうだったな。大悪党」
 久しぶりに呼ばれる肩書に苦笑いを浮かべる。
「大悪党ねぇ。俺なんかより悪い奴なんていっぱいいると思うけどなぁ」
 まぁ実際、いなかったからそう呼ばれている訳なのだが。
 さて、ご飯も食べ終わり、適当に見て回ってから、鏡月の行きたがっていたお笑いショーを見に行く。爆笑必死とハードルを上げていただけあって、会場には爆笑の渦が巻き起こっていた。
 横目で白刃の表情を確認してみる。あぁこいつ、こうやって笑うんだ。そう思い浮かべると、ふと視線に気づかれ、咎めるように軽く輪を締められた。ほんの少しの痛みの後、舞台上に目を戻す。
 五人共、もうすっかり朝の事など忘れていた。
 その一日も祭りを楽しみ、そして祭り最終日の三日目も五人は目一杯楽しんでいた。位置が入れ替わる屋台や出し物で、開催されているその三日間の全てを楽しめるように作られ、そのお陰で飽きる事はなさそうだ。
 そして、人気の少ない所で休んでいた時だ。
 五人でそれぞれ買ったフルーツジュースを飲んでいると、そこに子連れの超越者が通りかかる。
『あ』
「あ……」
 尖岩と超越者はばっちり目が合った。そして超越者はニコニコと笑い、話しかけてくる。
『凄い奇遇だねぇ』
 超越者は嬉しそうだが、尖岩と山砕、あと覇白からすればあまり嬉しくない奇遇だ。その反応は向こうにも伝わったようで、超越者が連れている子どもが遠慮なく言った。
「やっぱ嫌われてんじゃない」
『もう、君はなんでそういう事言うのさー! 嫌いじゃないよね? ね?!』
 そう、とても必死に尋ねてくる超越者。それはもう、面白い程に必死だ。
「嫌いじゃないけど、外で話したくないっちゅーか何と言うか。なぁ、三歳児」
「うん。なんかね」
『君、それでこの前目逸らしたの? 全く、冷たい子なんだからぁ……』
 頭を掻くと、今度は白刃を目に映し、ニコッと笑う。
『あ。君、白刃でしょ? 始めましてー、この僕が全てを超越する超越者サマだぞ!』
 中々にフランクな対応だが、白刃はいつも通りの装いでそれに応えた。
「お初にお目にかかります、超越者よ。仰る通り、白刃でございます」
『うん。君も祭り楽しんでいるみたいだねぇー。ふふっ、僕も百年に一度の楽しみなんだ』
 良かった良かったと笑っている超越者本人も、子連れで楽しんでいるようだ。しかし、この祭りの起源を考えれば、超越者はあまり楽しめない気もする。
 そう思った覇白が、その事を口にする。
「これ、龍が超越者から独立した記念の祭りだぞ。お前にとってはあまりいい祭りではないのではないか?」
『まぁ、一応円満独立だからさ。殴り合ったけど』
「それ、円満って言う?」
『一応って言ったろ?』
 所謂独立戦争と言った所だろう。まぁ、タイマンだったわけだが。それでも最終的には互いに納得できる形だった為、一応円満独立だ。
 納得いってなさそうな子どもを横目に、超越者は思い出したかのように白刃に話しかける。
『あ、そうそう。白刃、ちょっといい? ちょっとお使いを頼みたいんだ。僕の所の長男の事なんだけどね。最近また動きが怪しいんだ。随時確認するようにはしているけど、僕だって全部を見張れる訳じゃないからさ』
『ちょっと、寄り道がてら様子見てよ。何かしでかす様子だったら、出来る範囲で止めてあげてね』
 あれ、今ごく自然に用事を増やされなかった? そう気が付いた白刃は、その詳細を尋ねようとする。
「え、あの。その息子さんってどちらに」
『あ、もうこんな時間なの!? 急がないと、終わっちゃう! じゃ、待ってるからねー!』
 そうして話も聞かずにとっとと走って行ってしまった。
 それだけ言われても困る。まずその長男とやらがどんな人なのか、そしてどこに住んでいるかが分からなければ確認の仕様がない。
 このほんの少しの対面で分かった、物凄く、苦手なタイプだ。
「なんだ彼奴は……」
「自由人なんだよ」
 祭りで超越者も半場浮かれているのだろう。自由人が浮かれて更にマイペースになったら、もう手の付けようがない。
 まぁ、何となるだろう。難しい事は後に考える事にして、白刃達は次に行くと決めていた出し物を見に向かった。
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