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中編
心と命が溢れる原
しおりを挟む超越者は、片手に綿あめの袋、片手にりんご飴、そして頭には猫のお面と言う、なんともお祭りを楽しみました感満載の風貌だ。異世界の子も同じお面を付けているが、これは不可抗力だ。断じて好きでやっている訳ではない。
超越者がやらなきゃいけない事があるからと一人で何処かに向かった。しかし、ほんの少しで戻って来たのだ。そしてまた祭りに戻る。その後のたった数分で、もうこんなだ。
「超越者」
異世界の子がそれを呼ぶと、彼は『んー?』と言って振り返る。
「おれ、疲れた」
『そっかぁ。んー、まぁ一日目も楽しんだし、もう良いかな』
りんご飴を頬張り、超越者はそれを噛み砕く。そして、笑いながら話した。
『けど、少し残念だなぁ。折角だから、閉会式に乱入してやろうと思ったんだけど。勿論、君も一緒にね』
「うん、帰ろう。今すぐに」
『あはは、半分は冗談だよー』
そう笑うと、超越者は子の手を取って天ノ下にある家まで転移する。
その後に、半分は本音かと子が訝し気な顔をすると、その意を汲み取った超越者はむーっと頬を膨らませる。
『これでも僕、少し根に持ってるんだよー! 祖龍も汰壊も尖岩も山砕も! 何で僕が育てた子は、あぁも突然に家出したがるのかなぁ。前もって言ってくれれば、僕だって驚かないさ』
『そうだよ、酷いんだよ! 祖龍ったらね、夜中に呼び出してきたと思ったら、一言目が「超越者よ、我はお主から独立する!」だよ! 何の訳も話さずに何だってんだって感じじゃない? きちんと説明してほしいよね、ほんとー!』
プンプンと言った様子だが、異世界の子は思ってしまった。
それ、お前に似たんじゃね? と。
「お前に似たんだよ」
そしてそれを口にすると、超越者は心外だと言いたげな顔をする。
『何処がさ?』
「色々と説明不足な所」
言うと、少し考えてから口を開く。
『あぁー、僕に似たのかぁ。それなら仕方ないね』
それで納得出来るモノなのか。と言うか、説明不足は認めるのか。色々と言いたいことはあったが、口にするのも無駄な気がして、子はそれらを呑み込む。
「それで、その祖龍とか言う龍とは、今はどうなの」
一応円満だと言っていたから、今は仲良くしているのだろうか。
子が尋ねると、超越者は小さく微笑み、それに答える。
『死んじゃったよ。ごく普通の、寿命でね』
その表情が、少しだけ悲しそうに見えた。だから異世界の子は、目を逸らす。
「そっか。寿命、あるんだね」
てっきり不死身なのだと思っていた。そう言うと、超越者が首を振る。
『本来は無いよ、僕と同じように創ったからね』
『だけど、あの子はたった一つの龍の個体だ。龍を一つの種族として繁栄させるために、自分の魂を削っていくつかの個体を創り上げたんだ』
『統白、知青、染紅、仙緑の四人だったかな。まぁ、その中で完全な龍の個体となれたのは、統白だけだったけど』
『同族が欲しいなら僕が創ってあげるって言ったのに、「独立した手前お前に頼むわけにはいかぬ」だってさ。ホント、頑固なんだからさ』
ソファーの上にぼすんと座り、何処からか分厚い本のようなものを持ってくる。ふよふよと浮きながらやって来たそれは、超越者の手の中で止まった。
これは、アルバムだ。子は超越者に呼ばれ、その隣に座る。
パラパラとめくられ、目的のページにたどり着く。
『これ、祖龍ね』
示された写真は昔ながらの白黒で、髪が長い超越者と祖龍と言う名の龍が映っている写真だ。白黒であるからはっきりとした色は分からないが、おそらく白龍か銀龍だろう。
超越者の髪が長い事も意外だが、それよりもこの世界に写真と言うモノがある事が意外に感じた。
「カメラってあるの?」
『それは君の世界の物だろ? 術でそういうのがあるんだよ。あぁけど、今なら力を使えない人でも記録を残せるように、カメラみたいなものは出回っているよ。なんなら今度買ってきてあげるよ』
異世界のカメラらしきもの。なんだか、興味が沸く。そんな彼に気が付いた超越者は、心なしか嬉しそうに笑う。
『はは、異世界の子の反応は新鮮でいいね。尖岩と山砕なんて、若い時の僕の写真を見せたらすっごく驚いちゃってさ。これ、僕に見えないんだって。小さい子どもって、髪型だけで人を判断しているところあるよねぇ』
「まぁ、確かにね」
子は、とある母親が髪を切ったら幼い子供が「ママじゃない!」と大泣きしてしまったとかいう話をどこかで聞いたことがある。子どもにおってはそれほど大きな判断材料なのだろう。
しかし、子どもでなくともこれが超越者と違うと思うのは仕方ないと思う。だって、異世界の子からしてもなんか違うと思ってしまうのだ。
それにしても、超越者はきちんとアルバムを作るタイプみたいだ。今まで育てたのであろう子どもの写真がきちんと日にち順に並べられ、こうして流し見をすると成長がうかがえる。
「きちんと育ててるんだ」
『そりゃ、折角拾った命だからねぇ。育ててみると、中々可愛いもんだよ』
あははと笑い、過去に残したその記録を横目に見る。もうそんなに時が経ってしまったのか、懐かしいモノだ。
その時、異世界の子がふと口を開く。
「……悟」
「ん?」
「遠藤悟。おれの名前」
何の前触れもなしに告げられた名前。それが何を意味するか、超越者には直ぐに分かった。
『悟、か。なるほどね』
『教えてくれたって事は。その魂、貰っていいって事だよね?』
悟は、その答えを声に出さずに頷く。
『ありがとう、悟』
超越者は微笑み、その頭に手をかざした。その力が淡い光のように浮かび上がると、その子は目を閉じて、眠りにつく。
確かにその名は、魂の持っていた名のようだ。
さて、名前はどうしようか。考えながら、超越者はその子を布団に運ぶ。
『あ、そう言えば……』
ふと思い出して、棚にしまってあった一つの本を取り出す。
西遊記。これは確か、サイユウキと読むのだっけか。異世界で見つけた、なにやら面白そうな本。一読してからそのまま放置していた物だ。
内容は確か、あるお坊さんが三人のお供を連れて、西にある天竺とやらに行く。その旅の最中に起こった出来事を記した、まさに遊記だ。
もう一度開いて、パラパラと中身を見る。
『孫悟空、か』
それは、良くも悪くもとても自分に正直な、暴れん坊のお猿さんの名前だ。元気も元気、その元気さと強さで皆を困らせ、その罰として山の下に封じられる事五百年。その後に、三蔵法師というお坊さんの用心棒として彼にお供する事になる。そんな人物だ。
元気であり自分に素直である事、この子に欲しいモノだ。しかし、この孫悟空はそれが過ぎる。この子にここまで行かれると、ヤンチャを盛るに盛らせて大悪党の名を持った尖岩の二の舞だ。
となると、そうだ。空の下には大地がある。
『……ゴロク。うん、悟陸だな』
その名を口にし、超越者は寝ている子に向き直り、自身の力を引き出す。
どんなモノとも比較できない、全てを超越したその力が、魂に結び付きそれを呼び覚ます。
『よく聞け、我の名は「心命原」。この世の全てを超越し、司る者である。この名を受け入れ、我の世界にその身を捧げよ』
『汝の魂に命ずる、悟陸よ。新たな名を持ち、これよりその生を改めたまえ』
直接呼びかけられた魂は、彼のその言葉を身に受け止め、新たな力を得る。
『……ふぅ。こんな所かな。久しぶりにやるから、疲れちゃったよ』
儀式を終えると、超越者は肩の力を抜き、息を吐く。
新たな魂と肉体が調合するまで数日はかかるだろう。再び鼓動が蘇るまで、意識は眠りにつく。
この時点で彼はもう、異世界の子ではなくなった。
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