楽園遊記

紅創花優雷

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中編

「力」

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 下に降りた五人は、どうしようか考えていた。
 場所は既に覇白が把握している、普通に天ノ下に向かうのがいいだろう。しかし、超越者から頼まれたおつかいの件でそうもいかなくなったのだ。
「超越者の奴、余計な物増やしやがって……そもそも、天ノ下に行かなきゃならない理由も言われてないし」
 不服気な白刃は、そうぼやきながらお茶を飲む。おつかい以前の話として、自分が何故そこに向かっているかも知らないのだ。
「重要な所をはぶくからなぁ、彼奴」
「てか、俺等に関しては普通に実家に顔出せって事じゃないの?」
「お前等はそうであろうな」
 山砕の言う通り、この二人への要件は主にそれだろう。そして覇白は、そこに導くための要員か。そこまでは白刃も察する事が出来た。じゃあ自分と鏡月は何の為に? 用事があるから呼び出したのだろう。だが用事があるならそっちから言ってくれればいいじゃないかと。
 しかし、こんな所で文句を言っても超越者には届かない。
「とにかく、魔潜を探るぞ。それの親玉が超越者の長男なら、上層部は何かを知っている可能性が高い」
「だが、今までの師匠への報告を聞く限り、九割は何も知らない小間使いだ。上層部を探すのは、めっちゃめんどくさいしやりたく無い」
「いや、鬼くそ正直だな」
 真面目な顔して、言っている事は物凄く正直だ。だが、それをするしかなさそうだ。
 魔潜を見つけること自体は容易い。今の世は「魔潜みの世」と言われる程。何か人為的な悪い事が起こると、大体奴等のせいだ。
 表面上は平穏に見える人々。しかし、常日頃から何処に潜んでいるか分からない魔に怯えている。
 白刃は短い溜息を付き、座っていた岩から立ち上がる。
「仕方ない。とりあえず、町に出るぞ」
 それには全員同意だ。こんな自然空間の中で立ち止まっていても何にもならない。しかし、尖岩は少し困っていた。
「そーだな。ところで白刃、ここって何処?」
「知るか」
 木々が生い茂る所は何処も同じに見える。少なからず、あの岩山が目に入らないと言う事は、堅壁の敷地内ではないだろうが。
 四壁を仕切る自然環境には、一応目印がある。堅壁と封壁の間の森には岩山が、封壁と陽壁には山脈にひときわ目立つ四つの山があり、そして陰壁のみ大きな川で完全に隔てられている。
 今回は、前のように覇白に乗って降りて来た訳ではない。行と同じように牡丹が術でここまで移動させてくれた。それは大変ありがたいのだが、せめて人里に近いところで降ろしてほしかった。
 白刃はさてどうしたモノかと考え、思いつく。
「覇白」
「白刃、私の勘はお役立ち便利機能ではないぞ」
 一つ名前を呼ばれただけで白刃が何を言おうとしているかが分かった為、否定しておいた。
 じゃあと山砕が適当な方角を指して言う。
「とりあえず、あっちの方向かってみる? どっかには出るでしょ」
「そっちからは水の音が聞こえますので、陰壁の方向だと思います」
「マジで? お前耳いいな」
 尖岩も耳を澄ませてみるが、水の音など聞こえる気がしない。その聴力であんな銃ぶちかまして耳大丈夫だったのかなと言った心配が出てきたが、口にはしなかった。
 そんな時だ。草むらから、小さな少女が飛び出して来る。少女は咄嗟に白刃の後ろに隠れ、その足をギュッと握った。
 何やら怯えている様子で、何かあったのは間違いない。
「お嬢さん、どうかしましたか?」
「おねがい、たすけて」
 震えた声でそう言うと、次に聞こえた獣のような咆哮を耳にしてその手の力を強める。
 この声は、魔の者だ。どうやらこの少女は、森の中で魔の者に遭遇してしまったのだろう。
 魔の者は、彼女を追ってここまでやって来る。よく見れば、その黒い靄は人の形をしているように思えた。
 どうやらこの魔の者も、堕ちた人間の成れの果てのようだ。
 白刃は少女を背に庇いながら、魔の者に力を向ける。
 魔の者は怯み、そこに出来た隙に術を打ち込む。そうすると、魔の者は声も出さずに消え行き、そこには何も残らなかった。これは、浄化だ。ただ倒した訳ではない。
 安全である事を確認したら、白刃は少女に微笑みかける。
「もう大丈夫ですよ、お嬢さん。お怪我はありませんか?」
 相変わらずの外面だ。まぁ、少女相手にいつものような対応をしたら怖がられてしまうだろう。
 少女はもじもじしながら白刃にお礼を言う。
「う、うん。ありがとう。おねえさん」
 その瞬間、尖岩達は吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。確かにあれだ、白刃は見方によればお姉さんだろう。まぁ身長が身長だが。
「お嬢さん。私は、お兄さんですよ」
「……おにいさん?」
 首を傾げられている。本当にこの人はお兄さんなのだろうかと、そう考えているのは分かりやすく伝わっていた。
 不服だったのだろう。白刃は笑顔のまま、覇白を示して少女に問いかける。
「お嬢さん。あちらのお方はお兄さんでしょうか、お姉さんでしょうか」
「おねえさん!」
 なんとも元気な即答だろうか。少女の中では、声とか身長とかは放って、髪が長い=お姉さんのようだ。
 尖岩と山砕が必死に笑いを呑み込んでいると、それを咎めるように二人に電撃が走る。白刃を見ると、少女が見ていない事を良い事にいつものすんとした表情で二人を見ていた。その目で大体言われている事が分かり、速やかに目を逸らした。
 その時、今度は女人の声が聞こえる。
「みーちゃん!」
「ママ!」
「もう、心配したんだから! 帰りましょう、パパも探しているのよ」
 少女はは母親に飛びつき、母親は安堵した表情を浮かべる。どうやら迷子になっていた娘を探していたようだ。
「あのね、あのおにいさんがたすけてくれたの」
 母親は白刃達の姿を目にすると、お礼を言う。
「あの、ありがとうございます。この子ったら、目を離した隙に突然いなくなっちゃって……」
「いえいえ、気にしないでください。無事で良かったです」
「今回は良かったですが、何かあってからじゃ遅いでしょう。娘さんを一人にしないでくださいね」
 一人じゃ危ないからと付け足して忠告すると、母親もそれは分かっているようで、重々しく頷いた。
「ごもっともです。母親たるもの、気を引き締めないとですね。みーちゃんも、一人でどっか行っちゃダメよ?」
「はーい!」
 母親がもう一度礼を言うと、ふと思いついたかのように言う。
「あの、もしかして迷われています? 私達の家がこの森のすぐ外にありますので、案内いたしましょうか?」
「それはありがたいです。しかし、よろしいのですか?」
「えぇ。娘を助けてくれたお礼、と言っては何ですが」
 こんな事しかできませんのでと、はにかんで言う。その申し出はありがたい。人がいることろまで出てしまえばどうとでもできる。
「では、お願いします」
「分かりました。こちらです」
 娘としっかり手をつないだ母親に案内され、森を抜けていく。
 どうちゅう、山砕が彼女の近くにより、笑顔で声を掛ける。
「ねぇねぇ、お姉さんは何処の人?」
「あら、お姉さんだなんて。ふふ、口がうまい子ですね。私達は封壁の者ですよ。とは言え、中心地からは離れた小さな村の者なのですが」
 森から出て直ぐの所に家があるなら、そうなるだろう。となると、ここは封壁の敷地か。
 山砕のこれも所謂外面という奴なのだが、白刃はそれの何か気に食わなかったようだ。
「山砕」
「あ、はーい」
 下手に火をつける前に言う事を聞いておいた。
「奥さん、一つよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょうか」
「魔潜についてなのですが、そちらの方では何か被害などはありましたか?」
 魔潜について探る為、彼女に尋ねる。
「そうですね。それでこそ、最近は中心部の方で娘と同じくらいの年齢の子どもの誘拐事件がありまして。羅宇様方も対処に当たり、子ども達も無事に戻って来ているそうですが、まだ安全とは言えない状況でして……」
「やはり、狙われるのは幼い子どもですか」
「はい」
 彼女は一人の娘を持つ母親として、怒りを募らせていた。
「子どもをお金稼ぎに使うなんて、絶対に許せません。それで不幸になった子どもがどれ程いるのか。私にも、力があれば良かったのですが」
 そういう彼女からは、力の気配を感じない。持つことのできない側の人なのだろう。珍しい話ではない。割合としては、彼女のようにそもそも力を持てる体質ではないという者の方が多くいる。
 しかしその娘の方からは、まだ目覚めていないが薄く力の気配を感じた。おそらく、これを感じ取れるのは一部の人間だけだろうが、もしもこの力が奴等に気付かれたら、きっとこの子は狙われてしまうだろう。
 これについての判断は、少し相談をした方が良い。白刃はそう考え、今は黙っている。そのうちに、森から人里が覗いてきて、そこに辿り着いた。
 そして、村の方向から一人の男が駆けて来て、声を上げて二人の名前を呼んだ。
「李野! 美野!」
「あ、パパ!」
 どうやら彼女等の家族のようだ。
 美野は父親を目にすると大きく手を振って、自身の存在をアピールする。元気な娘に安堵して、体の力が抜ける。
「よかった……。李野も、森に入って何ともなかったのか。魔の者とか魔潜とか、なんともなかったか?」
 おろおろとした様子で、質問を重ねる。そんな旦那に可愛らしく思いながら、李野は答えた。
「えぇ、見ての通り。私もなんともありません。こちらのお方が、みーちゃんを助けてくれたのですよ」
「それはそれは、本当、何と感謝を申し上げたらいいか。私、忘杯と申します。どうかお礼をさせてください。大した事は出来ませんが、出来る範囲でなんでも致しますので、なんなりと!」
 その言葉だけで、彼の感じている感謝が表現されていた。
 娘を助けてくれた恩は、それほど大きいのだろう。それならと、白刃は一つお願いする。
「では、ほんの少しだけこちらで休憩してもよろしいでしょうか。少し、お聞きしたいことがありまして」
 そう言うと、忘杯はそんな事で良いのかと言いたげに目を丸くし、その後に、なんて謙虚な方なんだと感動したように表情を変えた。なんとも分かりやすい人だろうか、この人は悪さをできないタイプの大人だろう。
「でしたら、ごゆっくりなさって行ってください、なんせ皆さんは娘の恩人です」
 娘を助けてくれた恩義はそれほど大きかったのだろう。伝わって来る誠意に白刃は少しだけたじろいたが、それを表に出されることは無かった。
 そして五人は、親子の住まう家に招かれる。
 広い家ではなく、男五人が入ると少々狭く感じるが、休憩させてもらう分にはこれで十分だろう。白刃は出されたお茶を飲み、夫婦に言った。
「少々、娘さんについてお話したいのですが、よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょうか」
 真剣な切り出しに、忘杯の背筋も伸びる。
 真面目な話であることは雰囲気で分かる。
「見たところ、娘さんは力を持てる体質のようです。まだ幼い事もあり、その力は表立っておりませんが、おそらくもう少し大きくなればその力も目覚めるでしょう」
「もしも魔潜のような良からぬ輩に、彼女が『力を持てる』と言う事を知られてしまいますと、それは大変大きなリスクに繋がるでしょう。彼等の中では、その素質のある個体は他と比べて高く取引されます」
「今の段階でしたら、力を完全に封印して、なくしてしまう事が可能です。ですが、力があるからこそ救われると言う面も出てくるでしょう。どちらにせよ、完全に安心できる状態になる訳ではありませんが、リスクの在り方が違います。こちら判断は、お二人でよくお考えになって決めていただきたい」
 つまりは、どちらかを選べと言う事だ。
 力を持てる素質があると言う事は、本来喜ばしい事だ。しかし、昨今のご時世として、素直に喜べないのが現状。とは言え、それを完全に消し去ってしまえば安心できるのかと言うと、そうではない。
 この判断は、他人が決められるモノではない。この子はまだそんな事は考えられないだろう。勿論両親からしても、そう簡単に下せるものではなかった。
「李野。どうする?」
 忘杯が尋ねると、李野は少し思考してから、白刃に尋ねる。
「……あの、その力と言うのもは、使いこなすのは難しい物なのでしょうか」
「一般的には難しいとされていますが、護身の術くらいであればそこまで難儀ではないでしょう。ですが、どんな簡単な術でも指南する者が必要となります」
 彼女も一人の親として真剣に向き合いたいのだろう。要望に合わせて、白刃は最初に提示しなかった選択肢を出す。
「こちらでしたら、封壁の門下に預けると言う選択肢もありますね。そうすれば、魔潜に狩られると言った事態はかなり抑えられます。しかし、預けるという形になります故、しばらく一緒に暮らす事が出来なくなってしまうでしょう」
 やはりそれは嫌だと思ったのだろう、夫婦共に苦い顔をした。
 忘杯が娘の顔を見る。大人が自分には理解できない何やら難しい話をしていると、とても退屈そうだ。
 そんな娘に、訊いてみる。
「美野は、ママとパパと一緒にいたいか?」
「うん、いっしょ!」
 にこりと笑って、これからも家族一緒である事を一片も疑っていない様子だ。
 やはり、その選択肢はなしだろうと、二人の中で決まる。
「私は……この子が不幸になるくらいなら、力なんていりません」
「あぁ、そうだね。あの、その封印って言うの、お願いしてもいいですか?」
 そちらで腹は決まったようだ。
「分かりました。美野さん、少々失礼しますよ」
 一声かけてから美野の手を取る。その一秒間の間に、少女の中に収まっていたその力が封じられた。
 成功だ。手を放して確認してみると、その体から力の気配が感じる事はなかった。
「完了です」
「?」
 美野本人も、何をされたか分からないようで、触られた手を見て不思議そうにしている。ついでに尖岩と山砕も首をかしげる。だが、覇白と鏡月はそれが分かっているようで、特にそのような反応はしていなかった。
「ありがとうございます。あの、今の術、どこかの屋敷のお弟子さんでしょうか?」
「私は、堅壁の白刃と申します」
 その回答で色々と納得がいったようだ。
「まぁ、堅壁の。それであの森にいたのですね、わざわざお疲れ様です。そちらも方々も、同じお弟子さんですか?」
 これも当然の解釈だろう。まぁ違うのだが。
 ここで普通に違うと言ってくれればいい話なのに、白刃はそれに一つ付け加えて回答する。
「いえ、この者達は私の弟子です」
「ちょっ」
 尖岩は「いつからお前の弟子になった」と反発しようとしたが、話がややこしくなるから今はやめろと、覇白に口を塞がれる。ついでに白刃に軽く頭の輪も絞められた。
 済ませるべき用事は済んだ。もう戻ってもいいのだが、少し休ませてもらうと言った手前、こんな直ぐに出て行ってしまうのは逆に失礼だろうと思い、小一時間程ここにいる事にする。
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