楽園遊記

紅創花優雷

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後編

ネコはケラケラと笑う

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 正直そうしてくれればありがたいのだが、大人として、そこで素直にじゃあお願いとは言えない。
「無理しなくていい。他の策はいくらでもある」
 一回やんわりと断ったが、鏡月は役に立ちたいともう一押ししてみる。
「魔潜内でも殺し合っていたので、こういうの慣れていますよ。そこは大丈夫です」
「それとこれとでは訳が違うが……。本当に、大丈夫か?」
「はい!」
 真っすぐな返事だ。あまり自分より年下を扱った事が無いからだろうか、白刃はその気持ちを無下にする事が出来なかった。
「分かった。お前も陰壁の一族だ、問題ないだろう」
 白刃は手に力を集め、鏡月の耳に触れる。そうすると、四人の右耳に一瞬だけ不思議な感覚が現れ、溶け込むように消えていく。
 尖岩は、その不快なようなそうでもないような微妙な感覚に耳を触るが、特に何か起こったようには感じない。なにかしらの術を使ったのであろう白刃に目をやると、彼は他四人全員に言う。
「聴覚共有だ。鏡月が中で聞いた事が俺達にも聞こえる。危険がありそうだったら、俺等も行くぞ」
「ただし、鏡月。何処に誰がいるか分からないから、気を付けろよ。いいな?」
「はい、分かりました。じゃあ、行ってきますね」
 鏡月は次の一瞬で気配を消し、一切の足音を立てずに侵入する。それを遠巻きに見守り、白刃達も万が一の為に物陰に隠れた。
 そこで、山砕が心配そうに尋ねてくる。
「あいつ、大丈夫なの?」
「あぁ。そう信じている」
 頷くと、尖岩も「そうだな」と言って鏡月の聞く音の情報に耳を傾けた。
 環境音しか聞こえない。そんな中で、聞き覚えのあるような声がやんわりと聞こえる。
 女人の声だ。どこか色気を感じる、大人な声。鏡月もそれに気が付き、近くによったのだろう。その話声が、はっきりと聞こえた。
「心外ね。私はあの小娘とは違うのよ」
「そう? 私には貴方も扇羅様も同じサディストに見えるけれども」
 もう一人の声も、女人の者だろう。こちらは知らない。だが、最初に聞こえた方の声は、覇白からしたら聞き覚えのあるなんてレベルではなかった。むしろ、耳馴染と言った方が良いか。
 その声は、間違いなく紅蛾だ。彼女は、遺憾そうに説明を加える。
「あのね、私はあの小娘みたいに見境が無い女じゃないのよ。愛しているからこそ、虐めたくなるんじゃない」
「思い出すだけでもゾクゾクするわぁ。まぁ、私の彼は他の男に取られちゃったのだけれども」
 これは覇白の話だろう。山砕がちらりと本人を見てみると、気恥ずかしさを逃がす為か、手だけをせわしく動かしていた。
「え、何々? それめっちゃ気になる! 寝取られってやつ?」
「ま、そう比喩する事もできるけれども。よろしくて? 元よりその婚約は、どうしても満足に家族交流も友達作りも出来ない王子が、少しでも寂しくないようにって言う王様の計らい。そもそも、友達が出来たらお役御免なのよ」
「えー、それなんか嫌じゃない? 婚約を何だと思ってんだーって感じ」
「ま、私もそれを了承の上で婚約したのよ。小さくて可愛い子だったの、今は凄く大きいけど」
「へー。見てみたいなぁ、紅蛾さんの元婚約者」
「そうねぇ。ま、機会があればね」
 魔潜には似合わないガールズトーク。まぁ、紅蛾はガールと言う年齢でもないが。
 そこで覇白の頭に過った。そもそも、何故紅蛾が魔潜の所にいるのだ。あの時を最後に、紅蛾は龍ノ川から姿を消していたとは聞き、下界のどこかにいるのだろうとは思っていたが。
 悪い予測をして冷や汗をかく。そして向こうでは、元婚約者が聞いているとは知らずに、紅蛾は溜息を付いた。
「はぁ。それにしても、あの小娘、紅蝶を人質に取ってまで、何がしたいのか思っていたら。こんなくだらない事だったのねぇ」
 これは、重要な情報かもしれない。鏡月もそう思ったのだろう、耳を澄ませたのか、先程よりも音量が増した。
 紅蛾じゃない方の女人の苦笑いの声が聞こえる。
「扇羅様は見境のないサディストだからねー。全人類の歪んだ表情が見れるって、うきうきしているんだよ」
 これが、魔潜本来の目的だろう。しかし、白刃はどうしても突っかかる所があった。
 超越者の奴、確か「僕の長男」と言っていなかったか。話を聞く限り、頭と思われる扇羅というのは女であろう。
 何かしらの関係はあるだろう。そこを探れば、超越者の長男とやらが誰かを掴める。
 目的と、主犯の一人であろう人物は大方理解できた。鏡月を引かせようと、指示を出そうとした時だった。
「にゃー?」
 猫の声が耳に届いた。しかし、ここらに猫の姿は見えない。これは、かなり不味いかもしれない。四人は直ぐにそちらに向かう。
 その直ぐに、新たな声が聞こえる。
「あれぇ。逃げたとは聞いたけど、ちゃぁんと生きていたんだぁ。なーんだ、堕ちてくれればよかったのに」
 先ほどまでガールズトークをしていた二人とは比べ物にならない程に、その声だけではっきりと伝わる魔があった。
 その気配がする部屋に飛び込み、尖岩が鏡月を呼ぶ。
「鏡月!」
「み、皆さん! ごめんなさい、猫がいるとは思っていなくて……」
 申し訳なさそうにしょんぼりしてしまった鏡月に、白刃が「気にするな」と答え、そいつに目をやる。
 見た所、十歳行くか行かないかくらいに見える、余りにもぶかぶかな白衣を着た男の子。しかし、そこから感じる力と魔は、明らかに子どものモノではない。
「あれれぇ、いっぱい人来ちゃったぁ。一体どこの誰が結界開いたのかなぁ、悪い子は後でお仕置きしないとねぇ」
 白刃と子どもの目が合い、彼は「ねっ」っと言って笑った。
 白刃は鏡月を招き、護るように背後に回す。こうなってしまった以上、逃げる訳にもいかない。力でねじ伏せるしかないかと、いつでも仕掛けられるように準備をする。山砕と尖岩もいつでも動けるように心構えをして、少しの沈黙が流れる。
 紅蛾と一緒に喋っていたのであろう彼女は、困惑した様子で交互に目をやっている。
 その間に耐え切れずに、覇白は紅蛾に声を掛ける。
「紅蛾、どういう事だ?」
「どうと言われてもね、小娘共にちょっと力を貸してやっているとしか言えないわ。事情が変わったのよ」
 そう言って、紅蛾が広げた扇。それがいつもと違う物である事に、覇白は気が付いた。その事を尋ねようとすると、その前に覇白自身が話しかけられる。
「あ、もしかして紅蛾さんの婚約者の人? わぁ、すっごい美人! 美男美女カップルかぁ、いいなぁ~」
 何の前ぶりもなしにグイグイ来られて怯む。何だこいつ、遠慮が無いなと思いながら、彼女が誰かを尋ねた。
「あ、あぁ。えっと、君は?」
「あ、私はポチって呼ばれてるの」
「ぽ、ポチ? え、ポチ?」
 その自己紹介に、山砕は思わず二度聞き返してしまう。それは、犬の名前だ。
「そうなんだぁ、人造人間ってやつ~。この寝心サマの発明ひぃん」
「そうです。寝心様の技術力により完璧に造られた人造人間、それが私です!」
 自身の事を誇るように胸を張るポチの名を持つ彼女。どうやら、この子どもは寝心と言うらしい。
 ねこだから猫を飼っているのか。尖岩がそんな三歳児の山砕と同じレベルの同音異義ネタが思いつくが、そんな事を考えている場合ではないだろうとその脳内を叩く。
 そうしている中で、寝心はくにょりと瞳を歪ませて、侵入者を観察していた。
「さてとぉ、侵入者は駆除するのが道理ってもんだよねぇ~。だけどぉ、殺しちゃうのが惜しいくらいぃ、興味深い物ばっかりだなぁ。超越者に選ばれた魂、その持ち主が四人もいるなんてぇ、夢みたいだぁ」
 恍惚と語るその様は、本能的恐怖を覚えるモノであった。
 彼はぶかぶかの白衣を引きずりながら白刃に数歩前近づき、見上げながら問うた。
「ねーぇ、白刃くぅん。君、眠れないんでしょお?」
「体は休みたがっているはずなのに、なぜか眠れない。意識が沈んで行かない。疲れを感じないけど、その体にはちゃぁーんと疲労がたまっている。嫌だよねぇつらいよねぇ」
 そんな言葉は気にも留めず、白刃は口を開く。
「お前、この第二組織とやらの頭だろ」
 睨みながら問うと、寝心は一秒ほどぽかんとしてから、急に大声で笑い出す。
「あははははははははっ! ははっ、はぁ……バレちゃったぁ?」
 顔を覆った手の指を隙間から、紫色の瞳が怪しい光に帯びる。これは、術だ。その光の正体に気がついは覇白が声を上げる。
「白刃! そいつの目を見るな!」
 その言葉の後に、白刃もそれに気が付き対処しようとするが、遅かった。
 術に掛った白刃は、力が抜けるようにその場に倒れる。この感じ、尖岩が最初に見た白刃の就寝と同じだ。しかし、この状況下でただ眠っただけとは思えない。
「白刃さん!」
「えっ、何、白刃、どうしたの?!」
 鏡月と山砕は、突然の事に驚いて慌てる。何かの術にはめられたことは分かるが、何がどうなってこうなったかが分からない。
「白刃、おい白刃!? は、覇白、これは何なんだ?」
「説明は後だ、一旦戻るぞ!」
 尖岩の問いかけに答えるや否や、覇白は龍に姿を変えて自身の背に白刃を乗せる。
「紅蛾、事情は察する。だが、私は主に身を捧ぐと決めた」
「えぇ、知っているわ」
 去り際に軽い会話を交わすと、覇白は龍として白刃を乗せ、尖岩達もそれに付いて行った。
「マスター。逃がしてよかったんですか?」
「超越者の魂がどれ程のモノかぁ、見せてもらおうかぁってねぇ」
 寝心は笑った。まるで無邪気な子どものようだと、その闇が無ければ誰しもそう思えただろう。
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