楽園遊記

紅創花優雷

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中編

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 それから十分後、羅宇がこちらの部屋にやってきて、鏡月に尋ねた。
「鏡月くん。幻映はこちらにいませんか?」
「は、はい。来ていませんけど……」
 どうやらまだ来ていないようだ。
「そうですか。全く、やはり迎えに行った方が良いでしょうかね。全く、誰に似たのだか……」
 羅宇が頭を抱えて溜息を付く。どうやら大分苦労しているようだ。そんな時、緑陽が幻映を連れてやって来る。
「申し訳ありません、幻映様ったら貴方からの連絡を察して逃げてしまって。見つけるのに時間が掛かってしまいました」
「また逃げたのですか、貴方は。何がそんなに怖いと言うのです?」
「す、すみません。反射で……」
 おどおどしながらの答えだが、随分と正直だ。連絡が来たと言うだけだというのに反射で拒否反応を出されるとは、何だろう、ちょっと傷付く。
「それ、地味に傷つきますね……まぁいいですよ。三回連続で顔を出せただけ上出来です。白刃くんと、あと鏡月くんもおいでなさい。早速始めますよ」
「え、私もですか?」
「えぇ。貴方も陰壁次期総長ですし、何より彼が逃げないようにする為です。子どもにはつまらない話でしょうが、適当に玩具で遊んででもいいので」
 流石に話がつまらないからと言って玩具で遊んで待っているような年齢ではないが、鏡月も叔父が心配なため、一緒に話を聞く事にした。
「分かりました」
 そうして、今日もまた四壁の会議が始まった。
 部屋で六人が机を囲んで座り、羅宇は咳払いを一つする。
「それでは、緊急招集となりましたが、始めたいと思います。白刃くん、情報を」
「はい」
 白刃は何時もよりトーンの高い、外面の時と同じ声で答え、分かった事の報告をした。
 魔潜第二組織があった場所、それと、彼らの大きな目的であろう事を伝えると、羅宇は顎に手を当て頷く。
「なるほど、結界の術根がありましたか。あの辺りは封壁としてもくままなく探したつもりでしたが、まさかそんな見落としがあったとは……」
 羅宇は捜査が甘かったと悔やむが、あれは見つけられなくとも仕方がない。
「なぁ白刃、そこはどうやって見つけたんだ? 術根って、力そんな感じないだろ? まさか、本当にくまなく探したんか!?」
 勝手に解釈をして驚かれてしまっている為、白刃は小さく笑ってその問いに答える。
「いえ、そんな根気はありませんよ。実は、連れの知り合いに元魔潜の者がいまして、そちらの方が案内してくれたのです」
「どうやらその第二組織に属する者達が産んだ子どものようで、その場所を知っていました。彼自身は魔潜としての務めを果たせずに追放されてしまった方のようです」
「なるほど。そちらの方、今後も何か使えるかもしれませんね。出来れば、封壁で預からせていただきたい」
 羅宇の意見には大将も同意のようで、うむと一つ頷く。
「分かりました。伝えるように言っておきます」
 術で今の事を山砕に伝えておいて、話に戻る。
 今度は、あの狂った少年の事だ。
「そして、そちらの第二組織で分かった事ですが。どうやら、第二組織のリーダーは寝心と言う名の、見掛け十歳ほどの男でした。おそらく彼はその魔潜全体の長の事も知っているでしょう」
「ねこ、ですか。随分と可愛らしい名前ですね。見掛け十歳くらいと言う事ですが、実際は違う可能性があるのですか?」
「はい。彼からは、物凄い量の魔を感じました。しかも、それらを飼いならしているように思えます。とても子どもとは思えません」
「加えて、本人の言う事が正しければ彼は人体を人工的に造りだせるようです。実際に、そこにいた女性が、自分はこの方に造られた人造人間だと自称していました」
 白刃のその含みある言い方に気が付いたのだろう。大将は顎に手を当て、その言葉を反復する。
「人造人間を自称……」
 本当に人造人間と断定出来るのであれば、白刃はわざわざそんな言い方はしない。おそらく、もう一つの考えがあるのだろう。
「あまり考えたくねぇが、寄生虫の可能性もある訳か」
 その言葉に、幻映がビクリと震える。思考の寄生虫。幻映からすればその虫は、家族を奪ったも同然だ。
「宴我さん」
 黙っていた緑陽がにこりと笑みを浮かべて宴我の名前を呼ぶ。しかし、その一言の意ははっきりとしている。
「す、すまねぇ」
 こういう事をするから一向に心を許してくれないのだろう。しかし、悪意がある訳ではない宴我だ、また嫌われる原因を作ってしまったと、少ししょんぼりとする。
 そんな事は無視して、羅宇は話を進める。
「もう少し情報が必要ですね。幻映、陰壁に要請します。第二組織の具体的な総員人数や、体制、その他魔潜についての情報を出来る限り調べてください。分かり次第、私達に報告する事」
「分かりました」
「よろしい。その情報が分かり次第、作戦を立てましょう」
「あぁ、堅壁もいつでも動けるようにしておこう。白刃も、何かあったら直ぐ私に報告するように」
「えぇ、そうさせていただきます」
 この感じ、自分が術に掛った事を知っているのだろう。出来れば知られたくなかったが、封壁に助けて貰ったのなら堅壁にも連絡はいくだろう。
 会議はそこでいったん終わる。詳しい作戦等は、陰壁が情報を集めてからでないと立てられない。
「緑陽。明日動ける子どれくらいいるか確認しておいて」
「分かりました」
 鏡月は真面目な会議が終わったと分かると、なんとなく気になった事を訊いた。
「ねぇ、叔父さん」
「ん、何?」
「さっき羅宇さんが言ってたけど、叔父さんって兎なの?」
 幻映は突拍子もない問いに固まった。そんな彼の代わりに、緑陽が答える。
「うん。幻映様は兎だよ」
「え、ちょっと緑陽?」
 まさか緑陽に兎だと言われるとは思っていなかったようだ。まぁ確かにそれっぽいような気もすると白刃は思ったが、口にはしなかった。
 そして鏡月は、それじゃあ自分も兎なのかと思ったのだろう。続けて問う。
「じゃあ、僕も兎?」
「鏡月くんは、どちらかと言うと小犬かなぁ」
 その話の流れに、何故か大将は便乗して話す。
「うむ。では、白刃は猫であろうな」
「師匠、それは一体何の印象です?」
「二十二年間お前を育てた分の印象だ」
 何をどうして猫判定をされたかは分からないが、とりあえず「そうですか」と笑顔で返しておく。
 あとで尖岩辺りに訊いてみよう。なんて答えるか、興味がある。
「では羅宇、私はこれにて失礼する」
「あ、俺もそろ帰るわー。じゃあな」
 大将と宴我が帰宅すると、幻映も鏡月を撫でてから明日の準備の為に屋敷に戻る。
「白刃くん。貴方達も、陰壁の調査が終わるまで、しばしこちらに滞在してください。場所の確認もありますし、何よりあなたの協力は必要になるでしょう」
「分かりました」
 明日に陰壁は動くと言っていた、少なくとも今夜はここに泊りだろう。
 こう見えてニコニコしているのは意外と疲れる、出来れば四壁屋敷には泊まりたくないが、鏡月もいる事だ。ありがたく使わせてもらおう。
 部屋に戻ると、三人で何やら遊んでいるようだ。
「お、白刃。終わったん?」
 振り向いた尖岩は、手に三枚の紙切れを持っていた。それなりに硬そうな紙だが、これはなんだろうか。
「あぁ。って、お前等は何をしているんだ」
 訊くと、尖岩は山砕から一枚の紙切れを取りながら答える。
「トランプ。ババ抜きしてるんだ、白刃と鏡月もやる?」
「とらんぷ……なんだその奇怪な名前の紙切れは」
 耳馴染のない響きの言葉に眉を顰めると、山砕が言う。
「これもあれじゃない。異世界の奴。実際、超越者の家にあったモノだし。この部屋にもあったんだ」
 白刃は一見興味がなさそうに見えたが、気になっているようで、乗り気で尋ねて来た。
「へー。で、どうやるんだ?」
「私もやりたいですー」
「ちょっと待ってな、これ終わったら五人でやろうぜ」
 そして、尖岩はペアになった二枚を捨て、残り一枚となった。
 結果、その勝負は尖岩が勝った。覇白が最下位だったようで、悔しそうにしている。
「覇白、お前は顔に出すぎなんだよ」
 あははと笑って尖岩がそう言うと、本人に自覚はないようで心外そうに顔を顰めた。
「そうなのか? 出さないようにはしたのだが」
「確かに、お前は分かりやすい」
 ババ抜きのルールは簡単だ。軽く説明をしてから始める。順番は適当に決め、それにより尖岩は白刃から引く事になった。
「おーっし、じゃあどれにしよっかなぁ……」
 そこで尖岩は気が付く。あれ、こいつこういうゲームは得意なんじゃね、と。
 白刃の反応を伺ってみる。しかし、どれを取ろうとしても表情一つ変えない。真顔で早くしろと言わんばかりにこちらを見ている。
 あ、これ積んだ。勘でいくしかない。思い切って真ん中の札を取る。
 そしてそれは、ジョーカーだった。
「お前も大概、顔に出るな」
 笑われた。なんか悔しい。悔しがる覇白を見て笑ったが、なんだか彼の気持ちが分かったきがする。
「鏡月」
「あ、はーい。どうぞ、お取りください」
 白刃が鏡月から引く番だ。鏡月は結構顔に出そうだなぁなんて思いながらそれを見ている。
 しかし、尖岩は忘れていた。陰壁の得意分野は陰に潜む事。そして同時に、感情も潜ませる。
 あれ、この二人、強くね?
 そう気づいて尖岩は少し焦った。しかし、自分が札を取るのは覇白からだ。そこは大丈夫だろう。
「そうだ山砕。さっきのやったか」
「あぁ、安真への伝言ね。したした、『今からそちらに向かいます』だって。あいつ転移は使えるから、もう来てるんじゃない? お、やったペア出来た」
「覇白、取っていいよ」
「あぁ」
 覇白は特に悩む様子もなく、その一枚を取る。運に任せているみたいだが、揃いはしなかったみたいだ。
「ん、あ、ごめん。安真から連絡来たわ、ちょっと待って」
 山砕は飛ばされた術に応える。その通信は、音声だけのやつのようで、画面は表示されず音声だけが聞こえる。
「はいもしもし。どした?」
『申し訳ありません旦那様、ちょっと、色々ありまして、そちらに行けそうにないです』
 随分と小声でその旨を伝える安真。何かあったのだろうが、そんな絶対に見つかっちゃいけない人に追われているみたいな連絡は、少し不穏な空気だ。
「え、どうしたの?」
『あ、いやちょっと。大変な事になったと言いますか、下手に動けないと言いますか』
 説明に困っている様子で、しどろもどろになりながら完結的に状態を口にする。とにかく今直ぐにこちらに来るのは難しいのだろう。
『安真くぅーん? どこにいるのかなぁ?』
『ひゃっ。そ、そう言う事ですので。失礼しますっ』
 通信はそこで途切れた。
 誰でも分かるだろう、これは放っておいたらダメな奴だ。
「……これ、ヤバくない?」
「ヤバいな」
「ちょっと俺、迎えに行ってくる」
「待て山砕。お前は止めた方が良い」
 仮にも数年間過ごした仲だ、心配になった山砕は手札を置いて立ち上がろうとする。しかし、覇白に止められた。
「あの術の詳細は分からぬが、一つ予測できることがある。私が行ってくるから、お前はいかない方がよい」
 その意見に白刃も同意するようだ。そして、一言彼に尋ねる。
「大丈夫か?」
 そうすると、覇白は軽く笑って答える。
「私も龍だ、好き勝手されるのは超越者とお前で十分足りている。迎えに行くだけなら私だけでも問題なかろう」
「それに、私も負けが分かる勝負は嫌なのでな」
 そう言うと、覇白は龍に姿を変え、飛び立った。
 恐らく、三割ほどは負けが分かる勝負(トランプ)をしたくなかったのだろう。しかし、彼が行くのが最適だと白刃も考えていた。あと大丈夫であろう奴は、尖岩か。
 そう考えていると、丁度尖岩が名乗りを上げる。
「なんか心配だし、俺も行ってくるわ。いいよな!」
「……ま、お前も大丈夫だろ」
「サンキュー。じゃ、行ってくるわ」
 尖岩はそのまま屋敷から飛び出し、覇白を追って自慢の脚で走って行った。

 そして安真はと言うと、奴から必死に逃げている所だった。
「はぁ、はぁ……はぁ、もう、なんでこんな事に……」
 息を切らして膝に手を付くと、背後からひょっこりとそれが顔を出す。
「安真ぁ、そんな所にいたんだぁ」
「うわっ!! ね、ねこさんっ」
 思わず跳ね飛び、転覆する。安真の中で、心臓が信じられない程に踊っていた。
 何故だろうか、この人の笑顔は本能的な恐怖を感じる。
「ひっどいなぁ、そんな驚かなくたっていいじゃなぁい。君が悪いんだよぉ、結界開いて余所者入れちゃってさぁ」
「ぼ、僕はその、もう組織からは捨てられた身でして、秘密を守る義理はないと言いますか、そのぉ……」
 怖がりながらも、馬鹿正直に話してしまった。それは勿論、この状況において間違った行為である。
「悪い子だなぁ。あいつ等が勝手に逃がしただけで、このねこサマが良いとは言ってないでしょぉ?」
 妖しく笑う彼から、安真は必死になって逃げようとした。
 その時、とても強い風と共に、一匹の白龍が飛んでくる。地面に近づくと、それは人の姿に化けた。
「あ、旦那様と一緒にいた。りゅ、龍だったんですね。というか、実在するんだ」
「あの、もっと見たい……って、今はそう言う場合じゃないっ」
 龍である事にこういった反応をされるのは新鮮で、なんとなく嬉しかった。しかし、本来されるべき反応はこれ、これなのだ。
 この反応に感動していると、飛んできた方向から尖岩の気配が向かってくる。
「覇白ー! 大丈夫か!?」
「尖岩、お前も来たのか!」
「一人じ危ねぇだろ? なんか俺も大丈夫だろうってさ」
 まぁ確かに、尖岩なら大丈夫だろうとそこは心配しないでおいた。
 その会話で分かったのだろう。寝心はけらけらと笑って、やって来た二人を見る。
 正確に言えば、二人ではなく、二人のその先にいる白刃を見ていたのだろう。
「ふぅん、なぁるほどねぇ。あのたった一回で術見破っちゃったぁ? 流石だなぁ凄いなぁ、もおーっと興味が出てきちゃった」
「超越者の魂かぁ……ははっ、気分良いから安真は逃がしてあげるぅ。そーだなぁ、このねこサマに勝てたら、ボスの事も教えてあげるよぉ。だぁかぁらぁ、愉しませてよねぇ」
 こてんと首をかしげて、ぶかぶかの白衣の袖を揺らす。寝心は笑いながら、その姿を消した。いざと言う時の事は考えていたが、相手は何もしてこなかった。
 憶測はあっていたのかもしれない。あの術は、大切な誰かを失っている者にのみ効果を果たすのだろう。
 恐怖が去っていって安心した安真は、息を吐いて転んだ時に付いた砂を掃った。
「ま、マスター、何も変わって無かったな……腰抜けるかと思った」
「なんだ、彼奴ずっとあぁだったん?」
「はい。僕が小さい頃から、一切年を取らずあの姿でして」
 尖岩が聞いたのは性格の方であったが、それはそれで気になる情報だった。
「そりゃ奇妙だなぁ」
「あぁそうだな、奇妙だ」
 と、五百年以上見た目の歳を取っていない二人がそう言う。遠くからブーメランが飛んでくる前に、尖岩は町の方角を指さす。
「お前も屋敷に行くんだろ、一緒に行こうぜ、危ないし」
「そうですね。旦那様を待たせてしまっていますし、急ぎましょうか」
 もう夕方なのだ。良い子はお家に帰る時間、と言ってもこの中にそんな年齢の奴なんていないのだが。
 帰ろう帰ろうと三人で向かった時、丁度一人の少年が通りすがる。
「ん、なぁお前! そっち行かない方がいいぞ、すっげぇあぶねぇ奴等いるから」
 尖岩がそう声を掛けると、十六・七の少年は立ち止まってこちらを見る。
「大丈夫です! 僕達、呼ばれているんで」
「呼ばれて……? すまないが、名を聞かせてもらえぬか?」
「あ、宝砂です! では」
 宝砂は一言で名乗ると森の方に走って行ってしまった。
 それを指さして、尖岩が問う。
「なぁ、あれほっといて平気だと思う?」
「今は下手に首を突っ込まない方が良いだろう。何が起こるか分かったもんじゃない」
「それもそっか。行こうぜ」
 今日はこれ以上の苦労はしたくない。二人は安真を連れて屋敷に戻った。走ろうとも思ったが、安真は普通の人間である為、覇白が龍になって運んだ。ついでに尖岩も乗った。
「そう言えば、お話では龍って自尊心とプライドの塊のような生物だと聞きましたけど、乗せてくれるって事は、やっぱり御伽噺は御伽噺だったって事ですか?」
「あー、いや。こいつは飼いならされているから例外な」
「聞こえているぞ」
 尖岩も、覇白に聞こえないように小さめの声で答えたが、龍の耳には普通に届く。しかし、否定はしなかった。
 かく言う尖岩も、大悪党とかこっぱずかしい呼ばれをしていたあの頃の影もないのだが。これら全て白刃のせいだ。いや、お陰と言った方が良いか。まぁここは何でもいいのだが。
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