楽園遊記

紅創花優雷

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後編

家族と共に

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 そこには、彼の家族がいた。どうやらこんな急に帰って来るとは思っていなかったようで、扇羅は驚いた様子で持っていた飲み物を机に置いた。
「あら、突然のお帰りなのねぇ」
「あ、本当だ! お帰りとうさん!」
「あれ、とうさん寝てる? 疲れてるのかな?」
 双子が父に駆け寄り、首を傾げる。
「んまぁ、状況は察せるわねぇ。金砂、銀砂、念のため隠れておきなさいな」
「「それ意味ある?!」」
「ないわ」
 きっぱりと言い切ると、双子を抱えて心命原達を見る。
「この感じだと、ワタシの旦那は負けたみたいねぇ」
 そのまま扇羅は寝ている旦那の脇腹を踏み、「起きなさい」と声を掛ける。負けた事への腹いせかと思ったが、目が覚めた彼の反応をみればそれ言うわけではなさそうだ。
「っと、ちょっと待って、思い出すから。超越者に魔潜が何をしているかを訊かれて答えた所までは覚えているんだ」
 踏まえていると言うのに、何故こんなにも冷静なのだろうか。踏まれ慣れているのかなとまで考えた所で、よからぬ想像をしてしまいそうだったから思考を止めた。
『覚えていない?』
「ない」
 足がどけられると、起き上がってもう一度考える。そして思った、というか、そもそも何故家に超越者がいるのだと。
「てかそれ以前に、お前は何の用で俺の家来てんだよ」
『あー、まぁ用事は粗方終わったかな』
「そうかそうか、なら帰れぇ」
『まだ帰れないよー。「君」がしていた事、きちんと理解してくれないと』
 そう言いながら、汰壊にデコピンをした。これはただ単におでこを弾いた訳ではない。
 汰壊は一秒ほど固まってから、顔を青くして扇羅の肩を掴んで揺らす。
「……扇羅! そんな事してるんだったら言ってくれよ!」
「だってぇ、アナタの中の廣勢海って人がアナタには言うなって言うんだもの。仕方ないでしょ?」
「あ、アイツが? いやそうだとしても、言ってくれって!」
 何も知らなかった汰壊本人は、なんてことをしてくれたんだと慌てている。
 これが、魔潜のボスかと。やはり、大悪党の二つ名はまだ自分の物だろう。尖岩がそう考えていると、ふと覚えのある感覚が走った。
 本日二度目、いや、二度目ではないかもしれない。
『解ったでしょ、汰壊。君の意思ではなかったのだろうけど、確かに君のやった事だ』
「げっ……あ、いや、うん」
 笑顔を見せる心命原、だが、その空気が非常に恐ろしい。
 扇羅から手を離し、一歩後退る。
「金砂、銀砂、ワタシ達は一回向こうに行きましょうかねぇ」
「「なんでー?」」
「多分、怖いわよ。色々と」
「「それは嫌だ!」」
「とうさん、頑張って!」
「とうさん、ファイト!」
 双子は父の応援をすると、扇羅に連れられて一旦退室する。彼女の判断は正しいだろう、なんせ、怖いは怖いでも「本能的に」怖いなのだ。
 心命原は三人が去って行ったのを確認してから、長男である彼に問いかける。
『汰壊。今から言う二つのうち、好きな方を選んでね』
『大人しく僕の所に戻って来るか、』
『禁錮五千年か!』
 とてもいい笑顔で、必要以上に五千年という言葉を強調した。とんでもない数字だと思うだろう? 全くその通りだ。
 どうやら彼は、禁錮刑を科す時は年齢の五倍の年数にするタイプの超越者のようだ。
「ごせっ……え、五千?」
 聞き間違いを疑ったが、心命原が見せている笑顔は「嘘ではないぞ」と言っているかのようだ。
「今までの俺の人生の五倍じゃねぇか!」
『うん、流石の僕も五千年は長いと思うなぁ』
 次男と同じツッコみをする長男に思わず笑う。五百年をちょっとと言った彼が、長いと思う年数だ。それはもう、伊達ではない。
「こんなの、選択させる気ゼロだろ……」
「兄貴。言っとくけど五百年でもキツかったぞ」
『尖岩、すっごい暇そうだったもんねー。それで、どうするんだい?』
 この顔、選ばせる気は全くないのだ。これぽっちもない、もっと言えば空気中の塵程もない。
 これはもう、腹をくくれという事だ。
「分かったよ、帰りゃいいんだろ帰れば!」
 ほぼやけくそになって答えると心命原はとても嬉しそうで、汰壊も既に大人以上だというのに、小さな子供と接するように褒める。
『いい子だねぇ汰壊。受け入れてくれて、僕も嬉しいよ』
 汰壊も、不服そうではあるがそこまで嫌がっている様子もない。
 そんな時、よしよしと撫でるそのどさくさに紛れて、心命原が術を発動したのだ。
 予想だにしない所で発生した術にその場にいた全員がビックリしたが、その場に一番驚いたのは汰壊本人であろう。
「なっ……何してんだよ超越者!」
 そう叫んだ彼の声は、声変わり前の少年のモノで、丁度先程の双子より一・二歳大きいくらいが、そこにいた。
 今の術は、その肉体が重ねた年数を戻すモノだったのだろう。ここまで小さくなったと言う事は、もう九百うん十年は巻き戻している。
 尖岩と山砕のチビ二人は、あの巨体にもこんな小さい頃があったのかぁと無駄に感心していた。
『まぁまぁ、いいじゃない。早速、奥さんの待っている所に行こうか! あの子達にも引っ越しの準備してもらわないと』
 ひょいと軽々しく持ち上げられるのは、とてともない昔ぶりなのだろう。羞恥指数が最高値近くまで登りあがり、汰壊は声にならない声をあげた。
「っくぅ……これも罰だっていうのかよ……」
『そゆ事』
 チビ汰壊を抱えながら、彼の家族がいる部屋に向かおうとする。扇羅は子どもに戻った旦那を見て何と言うのだろうか。大体は予測が付くが。
『君達は先に天ノ下戻っててー。僕達も後で帰るから』
『あと、統白の事、ちょっと宥めておいてね。僕が帰る前に』
 なんだか不穏な事を言い残して、部屋から出ていく。
「覇白、お前の父さんはお前に頼むぞ」
「あぁ」
 そうして、五人はもう一度天ノ下に向かって出発した。
 覇白は龍にの姿になって空を飛び、その横を栗三号で飛行する。
「にしても、なんかよく分かんなかったなぁ。結局なんだったんだ?」
 栗三号の運転をしながら、尖岩はそんな事を呟く。
 突然何かが起こり、気が付けば事が解決していた。何が何だか、全く分からない。しかし、心命原の様子を見る限りこの事件は綺麗に片付いたのだろう。
 何かがあったが、その何かが分からないという非常に複雑な感じ。四人からすればそんな感じだ。
 しかし、覇白は全て見ていた。その上で今回の事態を一つにギュッとまとめるのであれば、これだろうと言う事が一つある。
「結局は、魔が全てを狂わすと言う事であろうな」
「あ、覇白さんは何事もなかったですもんね。その、私達が意識無い間に、何があったのですか?」
「あぁ、そうだな。私にとって、居づらい雰囲気であった事は伝えておこう」
「なんだよそれー、俺らにも分かるように説明してよ」
 かなり主観的な感想を伝えたが、恐らくあれは誰かに知らせるような事ではないのだろう。覇白はそう考え、意地悪するようにわざと飛ぶスピードを速める。
「あ、待てよ覇白! 栗三号、追うぞ!」
 乗り物である栗三号は答えない。しかし、言葉の代わりに速度を上げる事でそれに応えた。

 天ノ下にある家に帰ると、きゃっきゃと楽しそうにおもちゃで遊んでいる悟陸と、ソファーの上でぐったりとしている龍の姿があった。
「ち、父上、大丈夫ですか?」
 覇白が声を掛けると、数秒の間が空いてから統白はそちらに気が付き、ハッと体を持ち上げる。
「覇白、いつ帰って来た……?」
「つい先程です」
「そ、そうか。すまぬ、みっともない所を見せたな」
 人の姿に化けると、今度はしっかりと上品に腰を掛けた。王様も人目が無ければだらけるんだなぁと思いつつ、尖岩と山砕は適当な位置に座って悟陸と一緒に遊び、それを見た鏡月が自分も一緒に遊びたいとそこに混じった。
 そして白刃は、椅子に座って遊んでいる彼等を眺める。小さな子ども一人だけだというのに、他の三人も幼子のようだ。
 それを見ていると、ふと視界の中に桜の花びらが映り、大きな桜の木の下に立っていた。
『ご協力していただきありがとうございます、白刃』
 声につられ隣を見てみれば、同じ白髪の男が微笑みを浮かべる。
「お前も俺だろうが」
『ふふ、その通りですね』
『色々と、お願いしますよ』
 花吹雪が視界の中で舞うと、その事が夢だったように現実に戻る。
「白刃、こいつすげぇぜ! こんなちまっこいクセに、知恵の輪を簡単に外しやがる」
「知恵の輪? なんだそれは」
「私も今日始めて知ったのですけど、異世界のおもちゃなんですって」
 白刃は立ち上がり、彼等のいる所に行く。それから少しして、超越者が満足気に汰壊を抱えながら、息子家族と共に帰って来た。

 それから、心命原がご飯を振舞うついでに、白刃達も泊まって行くことになる。
 不思議なモノだ、天ノ下は御伽噺の中での存在だったのに、そこに泊るだなんて。

『えー、統白は泊って行かないのー?』
「これでもそこそこ忙しいのだ」
 そんな事を話しながら夕飯の準備をし、大きな中華鍋にご飯を突っ込む。そんな彼の横に、ひょっこりと汰壊が顔を出す。
「超越者、俺の分に牛は絶対入れんなよ」
「俺も豚は食べないからね」
 肉制限がある二人が、久しぶりであるからか注意してくる。忘れている訳ないのになぁ、なんて。どちらにせよ、今日の炒飯は卵である為その心配は無用だ。
『大丈夫大丈夫、今日は卵のやつだから』
 この感じを懐かしみながら、慣れた手つきでご飯を炒める。
 それにしても、この大きな鍋を使うのはいつぶりだろうか。心命原はなんだか嬉しくなりながら、鍋を振った。

 その日の夜、少し前まで双子のはしゃぐ声が聞こえていたが、それも聞こえなくなりどうやらもう眠ったようだ。時計の短針は八を示しており、子どもは寝るのが早いモノだ。
 この部屋は尖岩と山砕が実家暮らしをしていた時の部屋だ。いない間もきちんと掃除されていたようで、中は綺麗だった。
「あー! 超越者の奴お菓子の箱根こそぎ捨ててる! ちぇー、やっぱ出て行く時に持って行った方がよかったかなぁ」
「昔から思ってんだけど、お前、それ集めてどうするつもりなん?」
「そりゃ、いつか使うかもしれないじゃん」
 兄弟のちょっとした会話を聞きながら布団を敷くと、五人分で床はほぼ埋まった。皆して寝巻姿でふかふかの地面に座っていた。
「やっぱ、こうするとお泊り会って感じでいいですねぇ。超越者さんの料理も美味しかったです」
「ねー、美味かった」
 夕飯に食べた炒飯の味を思い出し、頬を緩める。あれはとても美味しかった、流石超越者と言った所か。山砕と鏡月はその後に所謂締めの拉麺も食べたが、これも中々いい。白刃は見ているだけでお腹いっぱいだと言わんばかりに少ししか食べなかったが、肉まんだけは三つ平らげていた。
 他にもいくつかのおかずが出ており、心命原も気合を入れた夕食だったと分かる献立だった。デザートで食べた天ノ下特性の桃だが、これは絶品以外の何物でもない。
 ご飯の事を思い出せば、それに連動してこの旅の目的は果たされたと言う事も思い出す。
 元々、心命原が白刃に今ここにいる四人を連れて天ノ下に来いと伝えたのが始まりだ、つまりこ今いるここがゴールだ。
「もう天ノ下に付きましたし、旅も終わりですね」
 鏡月が少し寂しそうに言うと、横になっていた尖岩が笑いながら彼の背を叩く。
「んまぁ、また適当に遊びに行きゃあいいだろ。割と忙しく進んでいたから、ゆっくり出来ていないしよ。観光できたの、龍ノ川くらいじゃん?」
「俺と尖岩はどうせ暇してるだろうしね。また行こうよ、覇白も来れるでしょ?」
「そうだな、私も呼んでくれればいつでも付き合うぞ」
「あぁ、また遠くないうちにな」
 生きている限り、旅ならいつでも出来る。そうだろう?
 そうしてその日の夜も、五人で賑やかしく進んでいた。というより、全体的に白刃が愉しんだと言った方が良いか。まぁ、いつもの事だ。
 しかし、この男、一体何処で鞭の扱いなど覚えたのだろうか。そんでもって妙に上手いのはなんなのだろうか。堅壁育ちなのに、いや、堅壁育ちだからこそか。あぁ、痛い。
 少しすれば痛みは引いたが、打たれた所は赤くなっている。やはり、白刃のようなタイプの人間はこう言うので興奮するのだろうか。まぁ、するからやっているのだろう。
 手首に薄く残っている縄の痕を見てから、久しぶりの実家の布団で眠った。近くで覇白が何かに化けたような気がしたが、これは犬か猫の二択だろう。犬だったら嫌だななんて、寝るからどちらでも構わないのだが。
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