楽園遊記

紅創花優雷

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後編

六人の「超越者」

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 覇白は既になんとなく察していた。白刃が何故龍王子たる自分を従えることが出来るのか、何故こんなにも従わなければならないという気にさせるのか。
 自尊心とプライドの誇り高き龍が、唯一その頭を下げる相手はただ一つだ。
「ふざけるな! 貴方はまたそうやって、全てを捨てるつもりですか! 友も絆も魂も、何もかも無駄にするつもりなのですか!」
 そう声を上げ、廣勢海と名乗った彼の肩を弱い力で掴む。
「折角全てを改められたというのに、何故貴方は……」
「だと思ったぜ、白陽相」
『え……』
「……勘違いなさらぬように。今の私は、白刃です。廣勢海、貴方だってそうであるはずです。だと言うのに何故まだその名を名乗っている」
 睨むように彼を見ると、そいつは薄い笑みを浮かべた。
「そりゃ、なんでだろうなぁ」
「そこの兄ちゃん、お前は龍だろ? ははっ、なっつかしいなぁ。お前もどことなく、祖龍に似ている」
 突然出されたその名は、龍であればだれでも知っているであろう。龍の始祖であり初代龍王、加えて覇白の祖父でもある。そもそも統白は祖龍が自身の遺伝子を分裂させて作られたモノであり、実質的に彼はクローンなのだ。その息子なのだから、そりゃ似てもいる。
 まるで平和だったあの時の再現だ。皆ではしゃいだあの時間、途中から六人と一匹になり、その分賑やかになった楽園。超越者がたった一人となったあの場所は、今でも楽園と呼べるのだろうか。
「白陽相、お前の好きな運命って奴だな。こりゃどんな確率だぁ?」
「気になるなら計算してごらんなさい、その気になれば全人類の総数くらい数えられるでしょう」
「またまた、このナチュラルサディストは。無茶な事言うぜ」
 あははと笑うと、その体から魔が解き放たれる。
「じゃあ計算してみっかぁ。総数減らせば、多少楽になるだろ」
 その魔は魔の者のような状態になり、その場には十体ほどの魔の者が現れる。扇羅もそうだったが、この夫婦は、まるで体内に魔を飼っているかのようだ。
 しかし、魔の者なら心命原が一瞬で浄化できる。放心していた彼だが、魔の気配に気が付くと子ども達の為に直ぐにそれらを消した。
 その超越なる力の波動に撃たれた廣勢海は、体が怯み顔を顰める。その瞬間、尖岩が拳を一発殴り入れた。
「超越者! 状況はよくわかんねぇけど、とりあえず兄貴を一発懲らしめりゃいいんだろ?」
 殴られた廣勢海は、一瞬だけ何が起こったか分からないような様子だったが、直ぐに理解を示し、笑いを漏らす。
「はは、こりゃおもしれぇ。折角だ、表に出て全員で来いよ。こんな部屋じゃ狭いだろ?」
「そうですね。室内で貴方と戦うと、部屋が大変な事になります」
 この部屋はごく普通のリビングのような所だ。こんな所で拳を交えればたちまち部屋が大惨事となる。
 振り返ると、白刃はいつものようにスンとした顔で、四人に言った。
「皆さん、あの馬鹿は一度痛い目を見ないと分からないようです。ですから……」
「遠慮するな、殴れ」
 微笑んだ後に開かれた翡翠色の瞳が、力強く意思を帯びている。
 その時、廣勢海が発動した転移の術により室内から屋外に移動した。おそらく、森の中だろう。木々はざわめき、落ちた葉が空に舞った。
『コウくん……行くよ』
「あぁ、来いよ」
 音が消える。
 それを合図に、その場に力が一斉に満ちた。
 廣勢海の魔が魔の者を呼び寄せ、それらが何処からか沸いて出てくる。
 心命原がそれらを浄化しつつ、同時に廣勢海の魔を祓う手立てを考える。六対一、力でねじ込む事は可能だろう。しかし、それでは根本的な解決にならない。
 魔で構成された術は、人の精神に大きな障害を与える。子ども達は十分に強いが、それは実力の話であり、心が強い訳ではない。であるから、戦闘と同時に己の力で守らなければならない。
『こんなに力を使うのは、久しぶりだなぁ。全く』
 空間に溢れる超越なる力で、相手の魔の力も少しは弱体化されていると願いたい。
 そしてその場は、力が飛び交い、乱戦状態となる。
 沸いてくる魔の者、これ自体は雑魚であるが邪魔だ。心命原が行う浄化もそう連発できるモノではないようで、少しの間にたっぷりと出てくる。
「鬱陶しいな」
 白刃がいつもの口ぶりでぼやく。尖岩はそれに気が付き、おっと声を漏らした。
「いつもの白刃じゃん。その、ハクヨウソウってのはどしたん?」
「一旦こちらに任された」
「そっか」
 正直に言えば理解していないが、そういう事にしておいた。
 辺り一帯は、一般人が立ち入ったらそれだけで気を失ってしまうであろう状態であった。多くの力が混じり、その魔を静めんとする。しかし、魔も黙って消えるような簡単なモノでは無かった。
 これでは直にこちらの体力が尽きて負けると考えた廣勢海は、体の中の魔を一斉に放出し、彼等を一掃してしまおうと考えた。魔を活性化させ、それを放出しようとするが、それは未遂となった。
 何故か、それと同時に、天からいくつもの光る何かが落ちて来たのだ。
 きらきらと光る不思議なモノ。ガラスの破片のようにも思えるが、それにしては丸っこい気がする。
 心命原はそれを見た事がある。
『これは……』
 遠い昔、儚く砕け散った魂の破片。
 それらは尖岩と山砕と鏡月の中に吸い込まれるように溶け込み、最後に追いかけてくるように落ちて来た破片が白刃に入る。
 そして、突然尖岩が声を上げた。
「……っとぉ! なんだ今の感覚、初体験!」
「うぅ、すっげぇお腹空いた。なんだよの空腹具合、異常だよこんなの。力出せるかなぁ」
「わっ! すっごいです。この感覚、久しぶりですね!」
「こらこら。定着していないのですから、あまり騒ぐとまた散りますよ」
 彼等が喋り出した途端、その場の空気ががらりと変わる。
 咄嗟に、覇白はその場に控えた。その行動に本人も少し驚いたようだったが、今起こった事を考えれば当然の動きだろうと、もう一度浮かび上がり、主の傍についた。
 そんな覇白を軽く撫で、彼は微笑む。
「お待たせしました、心命原。少々一人にさせ過ぎたかもしれません」
『皆……?』
「この状態なら、『はい』とも言えましょう。少々怪しい所ですが」
 ぽかんとしている心命原の頭をぽんぽんとする。
「こりゃまぁ、想定外だなぁ」
「おう、随分久しぶりだなぁ廣勢海。俺等の事、忘れたとは言わせねぇぜ?」
「覚えている。勿論、覚えているさ。望根岩、介在山、月画慈、白陽相」
 世に散らばっていた魂の破片が集まり、今ここに彼等の存在が蘇った。
 全てを超越し、司る者。かつてこの世に存在していたそれらが、再びこの地に集う。
「本領発揮ってか、破片持っているだけでそこそこ強いってのによ」
 流石の彼も「ヤバい」と思っているようで、苦笑いながら後ずさる。
 白陽相が笑顔はそのままでその肩をガシッと掴んだ。
「馬鹿に一杯食わせるにはこのくらい必要でしょう? 昔っから貴方は、一人で突っ走った上に道を見失う。その上流れに身を任せて自暴自棄ですか? いつから貴方は幼児になった」
「あ、その例え適格じゃん。なんやかんや言ってこいつが一番問題児だもんな」
「そうそう、俺も大概だけど? やっぱりこいつの方が問題児だってな!」
「三人共、そんなに言ったら廣勢海も気まずくなっちゃいますよ。廣勢海は、あれです、自分に素直なだけなのですよ!」
 あははと笑う二人に、月画慈があわあわしながら柔らかくそれを止めようとする。しかし、これはよく言う、善意で出来た精神攻撃だ。
「おい廣勢海、月画慈にこれ言われたら終わりだぞ? お?」
「うっせ」
 その場にどかんと座り、にやにやとしている望根岩から目を逸らす。まるで抵抗する気はないようだ。
 それもそのはず、魂の中に蔓延っていた魔が一気に静まったのだ。
「おや、抵抗してくださっても良いのですよ?」
「俺は無意味な事はしない主義なんだ。それに、こっちは破片が集まる事が出来るなんて聞いてねぇんだよ」
 そういう廣勢海は不貞腐れた子どものよう。やった事はとんでもないと言うのにその様子はなんだか悪戯をした子どものようで、白陽相はふふっと笑う。
 それはいい。今はすべきことがある。
「心命原、お分かりですか。廣勢海の魂には大分昔から魔が居座っています、それが人の子の魂に接着されている訳ですから、当然汰壊としての魂にも魔が憑きやすくなります。その結果がこれです」
 心命原は言われてそれに気が付いた。
 確かに、悪い事をしていた長男からは魔を感じ、それは確実な「悪意」であると判断していた。しかしながら、それは違った。
 心から発生する魔と、魂から感じる魔は違う物だ。心に魔が浮かび上がり、それが悪化した時、魂にそれが染みついてしまったものが、魂の魔。その状態で成り果てる事を回避したとして、根源である魂が汚れれば正常さは失われる。
 そして、今その彼から感じる魔は、魂のそれだ。
 気が付けなかった。時を共にして育てていたと言うのに。何故だ、これらに関しては誰よりも、解っているはずなのに。
 そんな彼を慰めるように望根岩に肩を叩かれる。
「こりゃ仕方ねぇと思うぜぇ? だってよ、あまりにも自然に溶け込んでる」
「そうだね、これは俺もちょっと気付けなかった。白陽相でさえ、こいつが俺等を殺し始めたあたりで初めて気が付いたくらいなんだ、無理もないよ」
 二人が心命原を慰める中、月画慈は黙ってそっぽを向いている廣勢海の前にしゃがみ、尋ねる。
「廣勢海、いつの間に魔なんか抱えていたのですか? 言ってくれれば、そんな事になるまえに私達もどうにかしましたのに……」
 月画慈は、彼が何も言ってくれなかった事にへこんでいた。そんなに頼りないと思わrていたのだろうか、そう考えていたのだ。
 しかし、そうではない。廣勢海は何も言わなかったが、少しだけ何か言いたげだ。
「そればかりは本人でも分かる事でもありませんよ。魔はいつのまにか『ある』ものですので。ねぇ、廣勢海」
 意地悪く微笑むと、隣で浮いている覇白に声を掛ける。
「覇白、ここらに結界を張りなさい。魔のように悪いモノではありませんが、私達の力は人体にどういった影響を及ぼすかは未知数ですから」
「あ、あぁ。分かった」
 話を振られるとは思っていなかった覇白は、指示の処理に少し遅れたが、仰せの通りに結界を張る。必要な個所をぐるりと一周囲うように飛ぶと、そこに見えない壁が現れた。
『コウくん』
『ずっと、ごめんね』
「……そりゃ、俺が言うべき言葉だろうがよ」
 その時、五つの超越なる力が結びつき、その場にあった一つの魂を確実に捕らえ、縛り付いた。
 力は結界の中で静かに消え去り、その場には何事もなかったかのように風が吹く。
「心命原。私達の魂はあの時、確かに砕けてしまいました。ですが、こうして人の身に魂の破片を持つ事でこうして再びここにいます」
「安心しろよ心命原! これは俺じゃねぇけど、確かにこの中に俺はいるらしいからさ、実質俺だ!」
「そうそう。実際、生まれ変わっても俺達同じような場所にいたじゃんか、龍もいるし、実質元通りだよな!」
「そうですね。心命原、今の私もお願いします! この魂も一時は大変な事になっていたですけど、もう問題ないのです。だから、廣勢海もきっと大丈夫です!」
 笑みを浮かべ、心命原の手を取る。
 どうやら、ここまでのようだ。
『うん。僕達、ずっと友達だからね!』
 心命原は笑った。流れている涙は、嬉し涙なのだろう。なんて言ったって、こんなにも心が満たされているのだから。
 そうして、魂の破片は再び宙へ舞い、姿を消した。
「超越者」
『ん、どうした?』
「私の気持ち、考えられるか」
 龍の姿であるから表情はあまり読み取れないが、何を言わんとしているかは十二分に伝わった。
『ははっ、ごめんって。お詫びに統白の分と一緒に炒飯作ってあげるよ』
「卵のやつだぞ」
『分かってる分かってる。統白も、なんなら祖龍もそれが一番好きだったからね』
 そして地面に倒れた四人が起き上がった。だが、起きた瞬間に入った大きな頭痛に、皆頭を抱える。
「頭いてぇ……白刃、輪締めた?」
「今この状況で出来るとでも? ってぇ……」
「っあ、頭痛が痛い……!」
「うぅ、確かに痛いです。さっきの、何だったのでしょうか」
 山砕に至っては痛みのせいで言葉の意味が複縦してしまっているが、その頭痛も直ぐに引いて行った。
 尖岩は頭の輪に触れ、もう一度これが原因でない事を確認してから状況を把握する。
 すると、そこに汰壊が倒れているのが見えた。
「あれ、兄貴もなんか倒れてる……。てことは、結局おめぇがやったんか、超越者」
 訊くと、心命原がんーっと考えて答える。
『確かに、「超越者」がやったね』
「?」
 含みのある言い回しに鏡月が首を傾げるが、それ以上は追求しなかった。
『とりあえず、あの屋敷に戻ろうか。色々と、話さないといけない事があるし』
 心命原がそう言って、転移の術を発動する。そうすれば、場所はここに来る前にいた部屋に戻っていた。
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