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後編
その海は、海を嫌った。
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魔潜第一組織は誰も立ち入らない森の中にある。数時間ほど前に白刃達がそこに入ったが、今度は心命原も連れてそこに行く。
勿論彼女等も馬鹿ではない為、結界は張り直されていた。
『結界ねぇ。この術って、居場所知らせてるようなものだからあんまし使えないんだよね』
心命原がそう言いながら見えない壁に手を添え、次の瞬間に破壊される。白刃といいこいつといい、結界ってそんな簡単に破れる術だっけかと。
無慈悲に割られた結界を気の毒に思いながら、本日二度目となるそこに足をついた。先程の変わらない家、しかし、何だか変な感じがする。
この、体の奥底に寒気が走る感じ。
『こりゃ悟陸連れて来なくて正解だったねぇ』
心命原が言う同時に、地面から這い上がるように魔の者が大量に発生しだした。やはり先程感じたのは魔の者の気配だったのだ。扇羅が四壁に備えて用意したのであろう。しかし、一般的な魔の者に判断能力は備わっていない。
「うおっ! 気持ちワリっ!」
無差別に襲い掛かって来た魔の者を殴ると、それは意とも簡単に姿を消す。これをひたすら繰り返さなければならいと思うと、気が引けるモノだ。
そんな所で、心命原が尖岩の手を掴み、魔の者を殴るのを止めさせる。
『尖岩、そんなモノ素手で触っちゃ駄目だよ!』
「そう言われても、俺術はそんな使えねぇぞ」
『まぁまぁ、任せなよ』
『僕は、超越者なんだぞ』
ほんの一瞬の事だった。心命原がそう言って笑ったその次の瞬間に、その場に蔓延っていた魔の者が浄化され、消滅していた。
おそらく、この前白刃が魔の者の軍団を浄化したのと同じシステムなのだろう。しかし、それも一瞬では何が起こったのかが理解できない。それでも、今この場に魔の者はいなくなった。その事は喜んでおこう。
「ねぇ、やっぱ超越者すっごい怒ってる……?」
「ちょっと、怖いですね……」
そんな事を囁かれている事は知らず、心命原は先に進んでいた。そんな彼の一歩後ろを歩き、白刃が尋ねる。
「どうするつもりなのですか?」
『決めてない。まず汰壊がコウくんの生まれ変わりである確証もないし、そもそもどういう状況かが分かっていないから。まずは一回、話してみるよ』
心命原は気配を感じた一つの部屋の前に立ち、そこの扉を勢いよく開ける。ソファーで横になって、のんびりとしていた彼は目を丸くしてそちらの方面を見る。
「げ、超越者……」
妻か子どもかと思っていたのだろうか、げ、だなんて予想だにしない好からぬことが起こった時にしか使わない言葉を漏らす。
超越者だけならまだしも、加えてなんかいるのだ。
『やぁ汰壊、久しぶり。何百年ぶりかなぁ?』
「そうだこいつだ! 俺達の兄貴、一回見た事あるの絶対こいつ!」
「へー、確かに凄い胸筋だ。これは忘れる事ないね」
心なしか、若干尖岩と似ているような気がしない事もないが、血の繋がりはないためこれに関してはちょっとした共通点でそう見えるだけだ。
しかし、汰壊からすれば知らない男の子に兄と呼ばれたような感覚だったそうだ。
「は、え? 俺、弟いんの……?」
「いや、兄貴だって言ってきたのそっちだろ!」
尖岩の記憶では、間違いなくこいつが「俺が兄貴だ」と言ったのだ。
それを言うと、本人は覚えがないようで首を傾げる。
「そうだっけか? まぁいいわ。で、超越者。何の用だよ? 言っとくけど、帰りはしねぇぞ」
『んーそうだな。まずは、魔潜のリーダーは君だろ?』
「あぁ、そうだな。一応、そういう事になっているらしいが。それがなんだよ?」
『じゃあさ、君からして魔潜は何の集団かな?』
「魔の者とかめっちゃいるだろ、暇だからそいつ等の利用方法でも探してやろうって思ってよ。色々調べてんだよ、どこまで戦えるのかとか、知能は持てるのかとかさ」
紙飛行機として折られた紙を飛ばされると、それは鏡月の頭にこつんと当たる。開いて見てみれば、そこには得られたデータのメモが書かれていた。
「突然やってきて訊く事それかぁ? しかも、そんな奴等も一緒に。なんだ、俺が何か変な事でもしてるって思ってんのかよ」
あははと笑って、彼は起き上がる。
『あぁ、そうだとも。一体何がしたんだ、コウくん』
その瞬間、空気が変わった。
「……ははっ、超越者サマには敵わねぇなぁ」
「久しぶりだなぁ、心命原。俺の事覚えていたとは、光栄なこった」
超越者である彼の事を名で呼び、悪い笑みを浮かべる。
その名は廣勢海。かつてこの世に存在していた、超越者の一人だ。
廣勢海は心命原の周りにいる奴等を見る。緊張しているのか、数歩離れた所で黙って様子を伺っていた。その中で一人、真剣な顔でこちらを見ている者がいる。
あぁ、そうか、そういう事か。そんな奇跡、
「あるもんなんだなぁ」
呟くと、なんだか愉快そうに笑い、もう一度彼等に目をやる。
「気付けはまた海の名を持っていた。そうしたらどうだ、俺は海を嫌った。面白いもんだよな、廣く勢力な海であった俺が、生まれ変わって海を嫌うんだ」
この森の中には海はない、探せば川や池ならあるかもしれないが。
「なぁ心命原。『俺』に言った事覚えているか」
問うと、心命原はどれの事か分からないようで考える。そうして一つ、思いだした。
綺麗な海を嫌うなら、濁して壊してしまえば良いんだ。だから心命原は、彼にその名を授けた。
「口にする言葉は違わねぇ、だけどそれが示す意味が変わった。感謝してるんだせ、お前のお陰で俺は本当の意味で蘇れた。この魂が、全てを壊す事を決意できたから俺はここにいる」
「なぁ心命原、あの時と同じだ。俺を殺してみろ、お前の大事な友を殺した俺をよ」
笑う廣勢海。そこから感じた「魔」は普通の魔では無かった。魔のような気配を放つ、歪んだモノ。これが何かは知らないが、ヤバいという語彙のない事だけが伝わった。
「なんか、怖いです……」
「分かる。あいつ、俺よりよっぽど大悪党なんじゃね」
「ねぇ白刃、俺等ここいて大丈夫なの?」
山砕が尋ねると、白刃は何も答えずにその魔を見ている。
「お前、まさか」
覇白が尋ねるが、彼は何も答えなかった。そして、何を思ったのか足を進め、廣勢海の下に行く。
そしてその次の瞬間、彼は廣勢海の頬を叩いていた。
勿論彼女等も馬鹿ではない為、結界は張り直されていた。
『結界ねぇ。この術って、居場所知らせてるようなものだからあんまし使えないんだよね』
心命原がそう言いながら見えない壁に手を添え、次の瞬間に破壊される。白刃といいこいつといい、結界ってそんな簡単に破れる術だっけかと。
無慈悲に割られた結界を気の毒に思いながら、本日二度目となるそこに足をついた。先程の変わらない家、しかし、何だか変な感じがする。
この、体の奥底に寒気が走る感じ。
『こりゃ悟陸連れて来なくて正解だったねぇ』
心命原が言う同時に、地面から這い上がるように魔の者が大量に発生しだした。やはり先程感じたのは魔の者の気配だったのだ。扇羅が四壁に備えて用意したのであろう。しかし、一般的な魔の者に判断能力は備わっていない。
「うおっ! 気持ちワリっ!」
無差別に襲い掛かって来た魔の者を殴ると、それは意とも簡単に姿を消す。これをひたすら繰り返さなければならいと思うと、気が引けるモノだ。
そんな所で、心命原が尖岩の手を掴み、魔の者を殴るのを止めさせる。
『尖岩、そんなモノ素手で触っちゃ駄目だよ!』
「そう言われても、俺術はそんな使えねぇぞ」
『まぁまぁ、任せなよ』
『僕は、超越者なんだぞ』
ほんの一瞬の事だった。心命原がそう言って笑ったその次の瞬間に、その場に蔓延っていた魔の者が浄化され、消滅していた。
おそらく、この前白刃が魔の者の軍団を浄化したのと同じシステムなのだろう。しかし、それも一瞬では何が起こったのかが理解できない。それでも、今この場に魔の者はいなくなった。その事は喜んでおこう。
「ねぇ、やっぱ超越者すっごい怒ってる……?」
「ちょっと、怖いですね……」
そんな事を囁かれている事は知らず、心命原は先に進んでいた。そんな彼の一歩後ろを歩き、白刃が尋ねる。
「どうするつもりなのですか?」
『決めてない。まず汰壊がコウくんの生まれ変わりである確証もないし、そもそもどういう状況かが分かっていないから。まずは一回、話してみるよ』
心命原は気配を感じた一つの部屋の前に立ち、そこの扉を勢いよく開ける。ソファーで横になって、のんびりとしていた彼は目を丸くしてそちらの方面を見る。
「げ、超越者……」
妻か子どもかと思っていたのだろうか、げ、だなんて予想だにしない好からぬことが起こった時にしか使わない言葉を漏らす。
超越者だけならまだしも、加えてなんかいるのだ。
『やぁ汰壊、久しぶり。何百年ぶりかなぁ?』
「そうだこいつだ! 俺達の兄貴、一回見た事あるの絶対こいつ!」
「へー、確かに凄い胸筋だ。これは忘れる事ないね」
心なしか、若干尖岩と似ているような気がしない事もないが、血の繋がりはないためこれに関してはちょっとした共通点でそう見えるだけだ。
しかし、汰壊からすれば知らない男の子に兄と呼ばれたような感覚だったそうだ。
「は、え? 俺、弟いんの……?」
「いや、兄貴だって言ってきたのそっちだろ!」
尖岩の記憶では、間違いなくこいつが「俺が兄貴だ」と言ったのだ。
それを言うと、本人は覚えがないようで首を傾げる。
「そうだっけか? まぁいいわ。で、超越者。何の用だよ? 言っとくけど、帰りはしねぇぞ」
『んーそうだな。まずは、魔潜のリーダーは君だろ?』
「あぁ、そうだな。一応、そういう事になっているらしいが。それがなんだよ?」
『じゃあさ、君からして魔潜は何の集団かな?』
「魔の者とかめっちゃいるだろ、暇だからそいつ等の利用方法でも探してやろうって思ってよ。色々調べてんだよ、どこまで戦えるのかとか、知能は持てるのかとかさ」
紙飛行機として折られた紙を飛ばされると、それは鏡月の頭にこつんと当たる。開いて見てみれば、そこには得られたデータのメモが書かれていた。
「突然やってきて訊く事それかぁ? しかも、そんな奴等も一緒に。なんだ、俺が何か変な事でもしてるって思ってんのかよ」
あははと笑って、彼は起き上がる。
『あぁ、そうだとも。一体何がしたんだ、コウくん』
その瞬間、空気が変わった。
「……ははっ、超越者サマには敵わねぇなぁ」
「久しぶりだなぁ、心命原。俺の事覚えていたとは、光栄なこった」
超越者である彼の事を名で呼び、悪い笑みを浮かべる。
その名は廣勢海。かつてこの世に存在していた、超越者の一人だ。
廣勢海は心命原の周りにいる奴等を見る。緊張しているのか、数歩離れた所で黙って様子を伺っていた。その中で一人、真剣な顔でこちらを見ている者がいる。
あぁ、そうか、そういう事か。そんな奇跡、
「あるもんなんだなぁ」
呟くと、なんだか愉快そうに笑い、もう一度彼等に目をやる。
「気付けはまた海の名を持っていた。そうしたらどうだ、俺は海を嫌った。面白いもんだよな、廣く勢力な海であった俺が、生まれ変わって海を嫌うんだ」
この森の中には海はない、探せば川や池ならあるかもしれないが。
「なぁ心命原。『俺』に言った事覚えているか」
問うと、心命原はどれの事か分からないようで考える。そうして一つ、思いだした。
綺麗な海を嫌うなら、濁して壊してしまえば良いんだ。だから心命原は、彼にその名を授けた。
「口にする言葉は違わねぇ、だけどそれが示す意味が変わった。感謝してるんだせ、お前のお陰で俺は本当の意味で蘇れた。この魂が、全てを壊す事を決意できたから俺はここにいる」
「なぁ心命原、あの時と同じだ。俺を殺してみろ、お前の大事な友を殺した俺をよ」
笑う廣勢海。そこから感じた「魔」は普通の魔では無かった。魔のような気配を放つ、歪んだモノ。これが何かは知らないが、ヤバいという語彙のない事だけが伝わった。
「なんか、怖いです……」
「分かる。あいつ、俺よりよっぽど大悪党なんじゃね」
「ねぇ白刃、俺等ここいて大丈夫なの?」
山砕が尋ねると、白刃は何も答えずにその魔を見ている。
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