楽園遊記

紅創花優雷

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後編

超越者の思惑

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 体を起こすと、栗三号のは比較的ゆっくりなスピードで進んでいた。
「あ、おはようございます白刃さん。あと十分ほどで天ノ下に付くそうですよ」
「なんだ、出発してたのか」
「出発する前に起こそうとも思ったのだがな、珍しく熟睡しているようだったら止めておいたのだ」
 覇白は栗三号にはおらず、隣で龍となって飛んでいる。それは、最初に会った時よりも大きく感じる。
 忘れがちだが、こいつは立派な龍なのだ。しかも王子。普段そんな風に見えないのは、自分のせいなのだが。
「そういやお前、龍だったな」
「私が龍らしくないのは、粗方お前のせいなのだが」
 ごもっともな反応に白刃が「悪かったな」と笑う。
 だって愉しいんだもん。しかし、それは言わないでおいた。
 そうして十分程経ち、そこは顔を出した。一見の雲ような形をしているが、よく見ればそれは固そうで、その土地の下部は絞られているように細くなっている。
 ここが天ノ下、別名楽園。楽園の二つ名については諸説あるが、一般的な解釈はそこがとても美しい場所である事からという簡単な由来だ。
 澄んだ空気に美しく程よい自然、点々とする池には蓮の花が見える。そんな中、来客の気配を察した超越者が、子どもと一緒にやって来た。
『皆よく来たねぇ、待ってたよ』
「あぁきちんと来たぜー。そんで何の用なん?」
『まぁそれは家で話そうか。皆、おいで』
 覇白は龍から人に姿を変え、心命原に付いて行く。その家は少し歩いた先にあり、白塗りの木製の家だった。五段ほどの階段を登り、お邪魔しますと中に入った。
「ただまー」
『悟陸、ちゃんとただいま言えて偉いねー!』
 ただいまを声に出した悟陸を褒めると、心命原は玄関で靴を脱ぐ尖岩と山砕に、ちらりとに目をやる。
 何を言わんとしているかは伝わった。
「はいはい、ただいま」
「ん、ただいまー」
 二人の言葉に微笑みを浮かべ、心命原はそれに答えた。
『うん、お帰りなさい』
 尖岩は小さく笑うと、脱いだ靴をその辺に置いて中に入る。
 手を洗ってから、案内された部屋で適当に座った。
 悟陸は大人のお話などどうでもいいようで、おもちゃ箱をひっくり返す。尖岩と山砕にも覚えがあるおもちゃ達が床に溢れ、悟陸はその中から音の出る人形を選んだ。
 握ると人形はぷひょと間抜けな音をあげ、それだけで楽しそうに笑う。そんな子供を横目に、心命原は話し出した。
『さてと。勿論僕も用事があったから呼んだ訳だけど、その前に。頼んだお使いはどうかな?』
「その事でしたら、やはり魔潜のボスは貴方の長子で間違いないでしょう。しかし、彼自身は魔潜がどんな事をしているかなどは大方把握していないようで、具体的な指揮は彼がやっている訳ではなさそうです」
「扇羅という彼の妻の話によれば、彼の中にはもう一つの魂が存在しているようで、これまでの魔潜の行いはそこにいる者の目的であり、扇羅のしたい事だそうです」
 その報告に、心命原は難しい顔をする。安心したような、逆に不安になったような。
 そんな彼に、白刃は重ねて報告する。
「そして一つ、扇羅からの伝言があります」
「『アナタの息子はグレてなんていない、グレたのはその中にいる廣勢海だ』との事」
 扇羅が言った言葉をそのまんま伝えると、心命原はゆっくりと目を見開く。
『なんで、コウくんが……? 僕は皆の魂が砕けていくのを見たんだ、あんな欠片で転生できる訳ないじゃんか!』
 大声をあげた心命原。それに驚いて、悟陸が泣きそうになる。それに気が付くと、取り乱してしまった事に気が付き、慌てて子を宥めに行く。
『あ、ごめんね悟陸。違うんだよ? 怒った訳じゃないんだ』
「びっくいちたの……」
『そうだよね、ごめんね。僕もちょっとビックリしちゃって、おっきな声出しちゃったんだ』
 よしよしと宥めながら子を抱え、座っていた椅子に戻る。
「んだよ超越者、その廣勢海ってのと知り合いなん?」
『……まぁいっか、教えても。コウくん、つまり廣勢海はね、僕と同じ超越者の一人。僕のお友達の一人だよ』
『尖岩や山砕を育てていた時よりも、龍が僕から独立するよりもずっと前、天ノ下には六人の超越者がいたんだ』
 話したのは、昔の話。この広くはない天ノ下、六人で気ままに過ごしていた時。広くないと言えど、六人で過ごすには多少持て余す天ノ下で、仲良く過ごしていたその時の事だ。
『コウくんは、ある日急に可笑しくなっちゃったんだ。全てを超越して司る者が六人いるのは変だって、皆を殺した』
『皆が死んで、僕はコウくんを殺した。そうして世に存在する超越者は僕一人、本当の意味で全てを超越する者になった』
 覚えがある話だった。山砕は前に白刃が話していた御伽噺を思い出す。
「もしかして、この前白刃が話していた御伽噺ってこの事なの?」
「そうだな、基本的な話は同じだ。六人の超越者での戦争が起こり、そこで勝ち残ったのが今の超越者」
『はは、戦争かぁ。そうか、そうとも言えるね』
 だが、本人からすれば戦争と言うより身内での喧嘩に近いのかもしれない。とは言え、世の戦争も大規模な喧嘩の延長戦であるのだが。
『じゃあ、本題が済んだら皆で出かけようか。コウくんが何でまたそんな事をしているのかを知らなきゃいけない』
「ちょーえちゅしゃ、おでかけ?」
『うん。悟陸は危ないからお留守番してようねー、その間は統白がお世話するからねー』
「とーはく? だりぇ?」
『あそこのお兄ちゃんのお父さんだよー』
 悟陸は心命原の示した覇白を見ると、子どもながらに何かを感じ取いたのかこくりと頷く。
「わかった、おるしゅばんしゅる」
『いい子だねぇ悟陸』
 ごく普通に龍王を子どもの世話に使おうとしているのが超越者権限といった所だろう。覇白には色々と言いたい事はあったが、それらは全て呑み込んだ。
 その後に、白刃がいよいよ本題を切りだす。
「それで超越者よ。何か用があっての呼び出しでしょう、何の用事でしょうか?」
 特に心当たりはなく呼び出された白刃。尖岩、覇白、山砕、鏡月の四人を連れて天ノ下に来いと言う、重要な要件と天ノ下の場所を見事に抜かしたその要望に応え、ここまでやって来たのだ。
『いつくか用事があってね。まず一つに尖岩の釈放。そして山砕の目を覚まさせる事、覇白と統白を仲直りさせる事、鏡月を魔から解放する事の四つ』
 一つ言うと一つ指を立て、その四つ指が立てられた後のその手は悟陸の頭に移される。
『尖岩はともかく、山砕も覇白も僕の言う事なんて聞きやしないし、鏡月は気配を感じるだけで逃げるしでさ。案外人間の方がどうにかしてくれるだろうと思ってね。まぁ勿論それだけで君をここまで呼んだ訳ではないよ』
 そう言うと、視線を前に向けまっすぐと白刃達を見る。
『超越者に選ばれた魂って言葉は知っているよね。実際僕が人の魂の選別をしている訳じゃないんだけど。分かっていると思うけど、君達はそれだ』
『遺脱者っていうのは、特殊な魂の持ち主がその特別性を受け入れた時に初めて成り立つ。尖岩と山砕は僕が育てたから、意識しないでも人の身から遺脱する事を選んだ』
『だけど、魂がある程度の特別性を持っていても、大抵の人間は遺脱者にはならないんだ。普通に人の世で人として過ごしていれば、そもそも自身に遺脱者としての素質がある事に気が付かないで、そのまま人として死ぬ事が多い』
『大抵の場合は放っておくのさ。何も素質がある人を皆僕と同じにしたい訳じゃないし、人間死ぬのが正常でしょ。だけどね、今回はちょっと場合が違う』
 心命原は真剣な顔をしていた。そうして、この中で「人間」である二人に言う。
『君達は平然と天ノ下に入れたよね。けどね、実はこの場所、力が強すぎて普通の人間は足を踏み入れる事が出来ない。例えそれが、選ばれた者でもね。僕がそれを確認したくて君達を呼んだんだ』
 しかし、案の定「五人」は平然とそこに足を踏み入れた。人間であるはずの二人もだ。
 続けて、心命原は本題を告げる。
『白刃、鏡月。君達の魂はこの世から手放してはいけない、そんな気がするんだ』
 超越者である彼がこうして人に直接こんな事を言うのは、前代未聞であった。
「えっと、それってつまりは」
「大方、遺脱者になってほしいと言う事だろうな」
 白刃は少し考えながら、鏡月に目をやる。彼は困惑した様子で、答えを迷っている。それを確認してから、白刃は心命原に視線を戻し、その言葉に答えた。
「直ぐに答えを出す事は私にも出来ません。鏡月はそのうち陰壁の長とならねばならなくなるでしょう。私にとっても、独断でそう簡単に決められる事ではありません」
「ですので、ここは一つ。事の成り行きで決めるのはどうでしょうか」
 笑みを浮かべそう提案すると、話を続ける。
「遺脱者の条件は、魂の特別性を受け入れる事。たった今の貴方の発言により、私も鏡月もこの魂が普通の物ではない事を確信しました。これを受け入れるかどうかは、今後の私達次第。人生、どう転ぶか分かったモノではないでしょう?」
 どうするかは今後の自分次第。この身が、魂が選ぶ方に任せると。
 そう言うと、心命原は『なるほどねぇ』と目を細める。快く受け入れられた訳ではないというのに、どこか楽し気だ。
『分かった、それでいいよ』
『いつだって遺脱者が生まれる時は事の成り行きだ。なりたいと思ってなった子はそうそういないからね』
 心命原はそう言って微笑む。
 彼は、いくつかの遺脱者の誕生を見届けた事がある。それら全て、本人がそうなりたいと思っていた訳ではなかった。それは一種の不可抗力でもあり、もしくは魂が無意識に選択した運命である。
 運命が何処に向いて何処に導くかは、超越者が決められる事ではない。「己」が司る事の出来る「全て」と言うのは、目に見えるか概念がしっかりと存在しているものだけの事を指すのだ。
 だからこそ、育てた子どもがどのように育つかは分からないし、魂がどのようにして次の生を持つかも分からない。
『じゃあ、汰壊の所に行こうか。案内してよ、コウくんが何を考えているのか聞いてあげないと』
 笑顔でそう話す彼に、心なしかゾッとした尖岩と山砕。そして尖岩はこの感覚に覚えがある。
 そう、大体五百年前の事。仮にも大悪党と呼ばれた自分を捕らえた時の彼と同じ表情。つまりは、お怒りの顔だ。
 若干のトラウマを思い出し寒気を覚える。それに気が付いたのか、心命原は尖岩を頭をぽんぽんとした。
『あ、その前に悟陸の子守頼まないと。ちょっと待っててねー』
 心命原が力を鳥の形にして飛ばす。伝達術の一つだ。
 鳥が飛んで行った一分後、人の姿をした白龍がやって来た。
「超越者よ、一体何用だ」
 急いできたのであろう彼は、正しく龍王その者である。統白はその場に息子がいる事に気が付き、一瞬だけ固まったが、直ぐに気を取り直し心命原に目をやる。
『僕ね、これから抜かせない用事できたからさ。この子の子守りをお願いしたんだ~』
 そう言うと、統白は龍王らしいその表情に変化を見せる。
 子どもが嫌いな訳ではない。どちらかと言うと、何をしてやればいいのかが分からずに固まってしまうのだ。その動揺を隠す為か、統白は呆れたように言う。
「貴様は大して子育て上手くないくせにまた拾ったのか」
『えー、統白だって下手じゃん! 君は不器用な上に頑固な男なんだから、その点は僕の方が優秀さ』
「私には妻がいるのでな、多少下手でも帳尻が合う。結果問題なく育ったのだ、別によいであろう」
『僕の子だって元気に育ったもん! 揃いも揃って世間に迷惑かける程!』
 おそらくこれは今ここにいる育て子二人へのちょっとした皮肉だろう。悪かったなと尖岩は声にせずに言った。
「それでよいのか貴様は……」
『元気でやってるならとりあえずはいいのー! とにかく、悟陸を頼んだよ。泣かせちゃダメだからねー、絶対だよ!』
「なら尚更私に頼むでない!」
 そんな会話をしている二人。威厳ある龍王も、超越者を前には振り回されるよう。なんだか、白刃と覇白を見ているような感覚だ。
 覇白を横目で見ると、彼はなんだかいたたまれない様子。そりゃそうだろう、統白が息子が犬やら馬に化けている所を見たくないのと同じだ。
 心命原はおもちゃで遊んでいた悟陸を抱え、それを見せる。
『等価交換って事で、後で炒飯作ってあげるからさ。ね? 頼むよー』
「……拉麺も付けろ。それで等価としてやる」
『いいよー』
 子を抱えさせられると、直ぐに元居た場所に戻し、その近くのソファーに座る。
『じゃ、皆行こうかー』
「ほーい」
 覇白は心命原に付いて行く前に、父に声を掛ける。
「あの、父上」
「気にするな。範囲制限なしの鬼ごっこよかずっとマシだ」
「それは、可能な遊びではないような気がしますが……」
 それはともかく、あまり待たせるといけない。「失礼します」と一つ頭を下げてから、覇白も皆と一緒に外に向かった。
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