75 / 87
後編
桜、白い太陽の下に咲く。
しおりを挟む長い時間熟睡出来たかのような、久方ぶりの感覚だった。軽く揺さぶられ目を開けると、そこは栗三号の上ではない。
広い空間に、一本の木が生えている。自分はその下で寝ていたのだ。
桜色の花びらが落ち、空には暖かな太陽が優しく地を照らしている。
眩しくて目を細めると、そこには人がいた。自分と同じ白髪で、翡翠色の瞳をした男だ。
「……?」
『おや、覚えてないですか。小さい頃はよく遊んだではありませんか。まぁ、あれは正確に言えば貴方自身ではないのですが』
小さく笑うと、隣に座ってくる。それ自体は別にいい、しかし妙な気持ちになるのは何故だろうか。
『桜、綺麗ですね』
「そうだな」
『旅はどうですか、楽しいですか』
「あぁ、それなりに」
『それは良かったです』
軽い二つの問いかけに答えると、彼はふんわりと笑って白刃の頭にぽんと手を置く。その行動は、子どもにするそれと同じものだろう。そう思うと、なんか遺憾だ。
「……おい」
『すみません、貴方ももう大人なのでしょうけど、如何せん幼い頃の印象がどうもそのままでして』
『懐かしいですねぇ。貴方、この樹に登ろうとしたのですよ。流石の私も焦りましたね、こんな高い頃から落ちたらどうなる事やら』
懐かしさに目を細め、落ちて来た花びらを掴む。不思議な事に、それは触れると同時に光となって消えていった。
「俺は、そんな事した覚えないが」
『そりゃそうでしょう。それをやったのは、子どもである事を拒んだ貴方の子ども心ですから』
木の上を見上げても誰もいない。あるのは立派に咲く桜の花だけだ。
一度だけ、何を思ったか木に登った事がある。屋敷にある一番大きな木、見上げてみてふとその上に行きたくなったのだ。
そんな時、隣の彼が訊いてくる。
『……私の名前、知りたいですか?』
「別に」
『淡白ですね、まぁ知りたいと言われても答えに困ってしまいますが』
じゃあ何故訊いたと心の中で呟くと、それが伝わったのか彼は『なんとなくです』と微笑む。マイペースなのはあの超越者と同じかと白刃は思った。
『心命原に会いに行くのですよね』
「心命原……あぁ、超越者の名前か。まぁそうだな。そもそも彼奴が来いというから行く事になった。面倒だ」
本人の耳が届かない場所である事を良い事に、とても正直な感想を吐く。しかし、本気で嫌がってはいなさそうだ。
『お陰で楽しく過ごせているではありませんか。それに、それがあったからこそ月画慈の転身は魔から逃れられたのですよ』
「それは、鏡月か?」
『おぉ、正解です。私達も完全に別個という訳でもなさそうですね』
完全に勘ではあるのだが、彼の言う事は間違っていない、気がする。
そもそもここが何処かも知らないし、彼が誰かも知らない。同時に、わざわざ知る必要はないという事を感じている。妙に居心地がいい、その事実だけでいい。
白刃は何も言わず桜を眺めている。桜は散っていると言うのに、大きな木には満開とも思える花が咲き続けていた。
『運命という奴なのですかね。一度バラバラになった私達が、またこうして同じ場所に集うとは。最も、彼等は覚えていないようですが』
『ですが、確かにあの中には私の知る彼等がいる……私は貴方が羨ましいですよ、白刃』
美しい横顔からほのかな哀愁を感じる。
白く輝く太陽が今も尚優しく大地を包み込んでいた。
その時、何処からか自分の名を呼ぶ声が聞こえる。聞こえるそれは朧気だが、段々とはっきりとしてきた。
『おや、もうそんな時間が経っていましたか。久しぶりに貴方とまともに話せて嬉しかったです』
『行ってらっしゃい。私はいつでもここにいますから』
その時、視界が暗転し、次に目を開くとそこは栗三号の上だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる