雨上がりには

Two-dragon

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第一章 過去

3話 衝突

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よし!洗濯終わり!

休日を何もしないまま終わらせたくなかった涼一は、一念発起し溜まった洗濯を終わらせた。シャワーを浴びたあとTシャツを着てジーンズに足を通した。

「さあ、どこ行くかな」

時計は13時を指していた。
スニーカーを履いて玄関のドアを開けた。

「うわっ!」

眩しさに目がくらむ。
突き刺すような陽射しと蝉の鳴き声が肌にまとわりつき、暑さを増長させた。

「暑いな、くそっ!」

駐車場に駐めてある車の中も蒸し風呂の様だった。エンジンを始動しエアコンのスイッチを全開にして日陰で待つ間、涼一はタバコに火をつけた。

(ふう~)

タール9ミリのタバコの煙をいっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

タバコをはじめたのは大学に入る前だった。


◇◇◇


大学入学を間近に控えた土曜日の夕方、いつもの黒塗りセダンで律子が迎えに来た。

「ごめーん、待った?」

運転席のウインドウから両手を合わせて律子は言った。

「少しね!」

涼一は明らかに不機嫌だった。

「ん?怒ってる?」

不安そうに律子が聞いた。

「いや、全然」

「本当ごめんね」

「だから怒ってないって!」

原因は律子が待ち合わせの時間に1時間半遅れてきたことにあった。予約していたレストランは今からでは間に合わない。人気店で予約厳守、過ぎるとキャンセル扱いになる店だ。

「わかった…でも、ごめんね」

サプライズ演出で予約していた店のことは当然律子は知るよしもなかった。涼一も自分がなぜここまで苛ついているのか分からなかった。

「もういいから!」

涼一は吐き捨てるように言った。その言い草に、とうとう律子も反発した。

「なんでそんなに怒るの??さっきから謝ってるのに!バカじゃないの??」

「はぁ??逆ギレかよ!」

「だって!今日の涼一 、変だよ!遅刻したのは私が悪いけど、そんなに怒んなくたっていいんじゃない?デートの時間はまだあるんだよ?」

「律子は何にもわかってない!もういい!俺帰るわ!」

そう言い放ってしまった涼一は、律子の話も聞かず帰ってしまった。


家に帰り着いた涼一は、部屋で洋楽を大音量で聴いていた。

「くそっ!」

悔しさのあまり悪態をついてしまう。

その時、香織が部屋に入ってきた。

「涼一!」

「ん?なんだよ」

「電話、律から」

「出たくない!」

「何があったの?律とケンカでもしたの?律に聞いても言わないし」

「姉貴には関係ないだろ!」

「ちょっとなに?関係ないはないんじゃない?
律は私の後輩だよ?あの子泣いてたよ。あんた男でしょ!彼女泣かしてどうすんの!」

「わかってるよ俺だって…。ただ、今は話したくないんだ、まだ苛ついてるから」

少しの沈黙のあと香織は言った。

「わかった。律には私から伝えとく。何があったかは知らないけど、ちゃんと話して仲直りしないとダメだよ!いい?」

「わかった…」

香織は部屋を出て行った。

それから暫く律子と連絡をとらずにいた。
律子からも連絡はなかった。

◇◇

2週間位たったある日、涼一は机の引き出しを開け小さな箱を取り出した。綺麗にラッピングしてありリボンが付いていた。涼一が律子へプレゼントするはずだったシルバーのペアリングだ。バイト代を貯め、安物だが涼一が買える精一杯のリングだった。律子は付き合いだした頃
、いつかお揃いの指輪付けようねと言っていた。時間が掛かったが、やっと渡せると思っていたあの日、律子とケンカしてしまった。

律子への苛立ちは落ち着いたが、今度は自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。

「はぁ~。何をやってるんだ俺は….チクショウ!」

指輪の箱を引き出しにしまい溜息をついた。

「はぁ…。気晴らしに雅彦のところにでも行くか」

雅彦の家は徒歩で30分はかかる。免許は取得したが、あいにく父親と香織が家の車を独占中で移動の手段がなかった。

「母さんちょっと出てくる」

母親に声をかけた。

「どこに?」

「雅彦のとこ」

「迷惑かけるんじゃないよ」

「わかってるよ!」


(未だに俺は子供扱いだな)

近くに住む後輩の家によって原付を借りた。途中コンビニでジュースとスナック菓子、タバコを買って雅彦の家へ向かった。

「おう!久しぶりだな、あがれよ。あっ、梨沙来てるけどいいよな?」

玄関のドアを開けた雅彦は言った。

「ああ大丈夫だよ、逆に大丈夫か?」

涼一が意味深なことを口にした。

「まぁな、さっき終わらせたから大丈夫だ」

ドヤ顔で言う雅彦に涼一は言った。

「ほう、聞き捨てならんな雅彦君」

「いいから、あがれよ」

「おう!お邪魔しまーす」

奥の居間に向けて声を掛けると雅彦の母親の声がした。

「いらっしゃーい、その声は涼ちゃんね。ごゆっくりー」

「ありがとうございまーす」

トントンと階段を上り部屋に入ると、ポニーテールの似合う童顔の有本梨沙が笑顔で迎えてくれた。

「涼一さんこんにちは」

「梨沙ちゃん久しぶりだねー。元気?」

「元気ですよー」

「雅彦はいつも元気でしょ??」

「え?あっ!もう!まさ君ダメだってばー!恥ずかしいじゃない!」

涼一がひやかすと顔を赤らめて梨沙は言った。

「涼一!余計なこと言うな、バカ!」

焦った雅彦の声はうわずっていた。

「すまん、すまん」

涼一は意地悪な笑みを浮かべて言った。

雅彦は卒業前にやっと彼女ができた。最後の青春を謳歌するため毎日のように梨沙と一緒にいた。梨沙は同じ高校の1つ下で、愛嬌があり、笑顔の可愛い子だった。

「へぇ~涼一、お前タバコ始めたの?」

雅彦は涼一がコンビニで買ってきたタバコを見つけて言った。

「あーそれな、なんか吸ってみようかなーって」

「そうか、俺が誘っても吸わなかったのにな。
どう言う心境の変化だ?」

「うーん…。今まではバスケしてたし、それに律子もうるさいし」

「そうだな…たしかに先輩の前じゃなぁ」

「そうそう、でも今日から解禁するのさ!」

その会話を聴いていた梨沙が言った。

「まさ君はこんなだからわかるけど、涼一さんがタバコ吸うって、なんか意外」

「そう?似合わない?」

「そんなことないですけど、イメージわかないなぁって」

梨沙がキョトンとしてるのを横目にふたりはタバコに火をつけた。涼一は慎重に少し吸い込んでみた。そしてすぐに目眩いに襲われた。

「ん?目の前がクラクラするぞ?なんだこれ?腐ってるのか?」

喫煙歴の長い雅彦は余裕の表情で煙を燻らせながら笑った。

「はっはっはっ、涼一ってばウケる!大丈夫かあ?」

「口の中が変!」

「そのうち慣れるさ」

「そうなのか?雅彦ジュースくれ、具合悪くい…」

「おいおい吐くんじゃないぞ俺の部屋で」

「涼一さんて面白ーい」

梨沙が無邪気に笑った。

具合が悪くなった涼一はその場に横になり、そのまま眠ってしまった。

目を覚ますと梨沙は居なかった。

「涼一大丈夫か?」

雅彦が声をかけた。

「おー、なんとかな。まだ少し気分悪いけど。梨沙ちゃん帰ったのか?」

「ああ、さっき帰ったよ。それより涼一、今から街いかね?」

「ん?今から?」

時刻は19時だった。

「いいけど、何しに?」

「ナンパに決まってるだろ!最近駅前にナンパ目的の女の子が結構いるらしいぞ」

「マジ?」

「マジ!、でも、涼一、律子先輩は大丈夫か?連絡してアリバイ作っとくか?」

「いや、いいさ別に」

「ん?何かあったのか?」

「ああ。ケンカして連絡してない」

「マジ?大丈夫なのか?」

雅彦は驚いて言った。

「いいってあいつの事は。いこーぜ!」

雅彦もそれ以上は聞かなかった。

「わかった、いこーぜ!」

くわえタバコで駅前に向かった。


駅前では雅彦の言った通り、女の子達が屯して騒いでいた。ナンパ目的の男達もいて、噂通りの光景だった。

「こんばんわー!今からカラオケ行かね?」

雅彦が同年代くらいの派手な女の子数人に声を掛けてまわった。

「え~無理~。ごめんね~」

女の子達はナンパ慣れしてるようで、あしらわれ続けた。

「けっ!なんだよ!全然ついてこねぇじゃん!」

雅彦は苛ついて言った。

「まあまあ落ち着け!お前目が血走ってるぞ」

涼一が嗜めた。

「そう?ヤバイ?」

「かなり…」


その時後ろから声がした。

「おーい!お兄ちゃん達、何してんのかなー?」

振り返るとガラの悪そうな4人組がふたりを見ていた。

涼一も雅彦もケンカは多少の自信があったが、倍の人数ではどう考えても不利な状況だった。

(ここは、謝ってやり過ごすか…)

涼一はそう思っていたが、雅彦は明らかに応戦するつもりでいるようだった。

(こうなったらやるしかないな…)

腹を決めた涼一は雅彦に言った。

「雅彦、どれやる?」

「1番左!」

1番強そうな奴を雅彦が選んだ。

「わかった。残りは俺がなんとかする!そっち終わったら応援してくれ!」

「任せろ!」

「おい!コラ!お前ら何をコソコソ言ってんだ!こっちこい!」

4人組に近くの鉄橋の下まで連れて行かれ、対峙した。

「さっきからお前ら2人!調子に乗ってんなー」

雅彦がやる予定の一番強そう奴が自信満々で吠えてきた。

(こいつ!だんだんムカツいてきた!)

涼一も応戦した。

「なんだぁ!コラ!やってやろーか!」

雅彦も続いた。

「おめーら!ムカつくよコラ!!」

雅彦は予定通り掴み掛かった。
それがキッカケであとの3人が涼一に向かってきた。

「おらー!」

相手の1人が涼一の頬を殴りつけた。

「うぅ…痛ぇなこの野郎!」

殴られた痛みにキレた涼一はその男の胸ぐらを掴んで一発入れ返した。すぐに残りの2人から同時にやられ、雅彦が助けにくる前に記憶がなくなった。薄れていく意識の中で、もうひとりのアゴにハイキックを入れたが応戦もそこまでだった。ひとりで3人相手はさすがにキツかった。


気がつくと雅彦の家に居た。

律子がいて驚いた。
泣いたあとなのか、目が真っ赤だった。

「ん?なんで律子が?」

「雅彦君が連絡くれたの!もーっ!心配したじゃない !バカ!」

律子はそう言って涙ぐんだ。

「雅彦!」

涼一は事態が把握できないまま、雅彦を責めた。

「すまん、さすがにケガもしてるしヤバイかなって、ハハ…」

雅彦も申し訳なさそうに言った。

雅彦は涼一に、ケンカのあと律子に電話して、実家に帰省中だった律子がすぐに駆けつけ、気絶した涼一を2人で運んだと説明した。

涼一はようやく理解し、雅彦と律子に言った。

「そうだったのか、すまなかった」

顔を腫らした雅彦が言った。

「涼一、手伝えなくてすまん、あいつメチャクチャ強かった」

涼一が気絶したあと、雅彦も奮闘したが、完敗だった。

「お前がそれだけやられるんだから、強ぇだろうな」

「俺もボロボロだ」

シャツも血がついて汚れていた。

「でも涼一、お前凄かったぞ!ハイキック入れた相手も気絶してたから」

「うれしくなーい。痛いし…」

「帰れるか?泊まってもいいんだぞ」

「いや、帰るわ…イタタタ」

起きようとすると律子が手を貸してくれた。

「大丈夫?」

「大丈夫に見える??」

「もう!」

涼一は律子の肩をかりて立ち上がった。

「家まで送るよ…」

律子は俯いて言った。

「そっか…ありがとう」

涼一は平静を装って言った。

「雅彦、またな」

「おう」

「雅彦君ありがとう。涼一連れて帰るね」

「はい!来てくれてありがとうございました。涼一をお願いします!」

「うん」


玄関横に駐車していた律子の車はセダンではなく、水色の軽自動車だった。

「車、変えたの?」

「うん。親と相談して買ってもらったの。もうすぐ卒業だし、就職するから」

「そっか」

律子はエンジンをかけ、涼一に言った。

「もう遅いけど、お家大丈夫なの?」

「うーん、姉貴がうるさいだろうなぁ」

涼一がそう答えると、律子が小さな声で言った。

「それなら…うちにこない?」

「ん?律子の実家?」

「違う…私の部屋。今日向こうに帰る予定だったから…」

涼一はしばらく考えてから言った。

「そうだな、姉貴にいろいろ聞かれるのもウザいし。律子はいいの?俺が泊まっても」

「う、うん…大丈夫…」

久しぶりの会話はよそよそしかった。


涼一はいつしか眠っていた。

「涼一、涼一」

「ん?」

律子の声で目が覚めた。
車はマンション前のコインパーキングに駐めていた。

「着いたよ、立てる?」

「ああ」

涼一は言った。

「本当に大丈夫?病院行く?」

心配そうな顔をして律子は聞いた。

「行かない、注射いやだから」

涼一は笑みを浮かべ茶化した。

「もう!バカなの?フフッ、大丈夫そうね」

律子も微笑んだ。


律子がTシャツとスエットを貸してくれた。
涼一は痛みをこらえながら着替え、血のついたシャツとジーンズは律子が洗濯を始めた。

「綺麗になるかわかんないよ」

「うん。サンキュー」

「お腹すいてない?何か作ろうか?」

「いや、口の中が切れてるから、食べれない」

「そっか…」

「律子、横になってもいい?」

「うん、私は洗濯終わるまで起きてるから、涼一はゆっくり休んで。あっ、それと、怒んないで欲しいんだけど、香織さんに連絡したよ、心配するといけないから…」

「ん?マジ?」

「うん…」

「何か言ってた?」

「うん。(ごめんね、涼一をお願い)って」

「そっか。じゃあ寝るよ」

「うん、おやすみ」


深い眠りについたらしく、目が覚めた時は11時をまわっていた。

「おはよう」

律子が声をかけた。

「お粥食べる?作ったんだけど」

「んーそう言えば腹減ってるな…口の中痛いけど食べてみるか」

律子は茶碗にお粥を注ぎ、小皿に梅干しを添えて持ってきた。

「お粥だから感想は言わなくていいからね」

「そう?」

涼一はスプーンで少し掬い口に入れた。

「イタタタ…痛いけど美味いよ」

「そう?ありがとう」

しばらく沈黙が続いた。涼一は少しずつ食べながら言葉を探していた。

律子もそれを待っているようだった。

「律子…」

涼一が口を開いた。

「ん?」

俯いていた律子が返事をした。

「この前はごめん…」

「…うん…大丈夫…私もごめんなさい」

「俺さ、あの日…」

「うん…」

「いや、やっぱりいいや…」

涼一は言いかけてやめた。

「そっか…。涼一、もしかして好きな人できた?」

「いや…」

「隠す事ないじゃん」

「いないって」

また沈黙になった。律子は俯いたままだった。

「帰るよ」

涼一が言った。

「うん…送ってく」

「いや、電車で帰るよ」

「そっか…じゃあ駅まで…」
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