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第一章 過去
4話 花火
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タバコを吸い終わっても車の冷房は効かず、結局窓を開けて走る事にした。
「スーツでも取りにいくか」
涼一は通勤途中にある行きつけのクリーニング屋に向かった。
預かり証を出してスーツの上下を受け取る。
「いつもありがとうございます」
年輩女性の店員さんはいつも優しく、店を出るまで見守ってくれている感じがした。
後部座席の釣り手にスーツを掛け、ため息をついた。
「はぁ、明日からまた仕事かぁ」
涼一は地元の商社に就職して2年目になる。営業職にも慣れて最近は担当する顧客の数も増えてきている。
「前田さん?」
「ん?」
振り向くと総務部の竹下里奈が立っていた。
「竹下さん、こんなところで、ん?クリーニング?」
「そーなんですよ、前田さんもですか?」
「そう、スーツを取りにね」
総務の仕事は大変だ。何でも屋さんのように色々やってくれる。困った時の総務!それが会社の合言葉になっていた。
竹下里奈は涼一の一年後輩になる。入社1年目のフレッシュマンだ。小柄だが華奢ではなく健康的で、肌は小麦色に灼けている。目がクリッとしていて笑うと八重歯が可愛らしい。
「竹下さん、休みなのにクリーニング?あっ、俺もか」
「あははっ!前田さんって意外と天然なんですね!おもしろーい」
「そ、そうかな?」
自分は天然とは思っていない。それが天然の天然たる由縁なのかもしれない。
「あっ、そうだ!前田さん!今日これから時間ありますか?」
「え?そうだね、特に予定もないかな」
「だったら!今日の夜、花火しませんか?」
里奈は目を輝かせて言った。
「え?花火?どこで?」
「海です!家の近くだし、前田さんも確か隣の地区じゃなかったですか?」
「そうだよ、海までは歩いて行けるかな」
「じゃあ決まり!私これ出してから花火買っておきます」
「え?これから買いに行くの?」
「はい、何か?」
涼一は笑った。
「アハハ。竹下さんも天然だねー。準備してあるのかと思ったよ」
「え?これからですけど?」
里奈は小さく首を傾げて言った。
里奈は自転車に乗って来ていた。
「じゃあ、これから俺の車でドライブしない?
花火も一緒に買いに行けるし。自転車はここに置いて行こう。どうだい?」
「え?はい、いいですね、行きましょう」
里奈は少し驚いた様子だったが、笑顔で快諾した。店員さんにお願いすると、建物の裏にどうぞと言ってくれた。優しい人だ。
「ありがとうございます」
ふたりはお礼を言って車に乗った。
バタン!と助手席のドアが閉まった。
「素敵な車に乗ってるんですね」
里奈はキョロキョロと車内を見渡した。
「平日はほとんど会社のワンボックスだけどね」
涼一の会社は直行直帰もあり、営業車での通勤が許されているため涼一が外車に乗っていることはあまり知られていなかった。
「風、気持ちいいですね」
里奈が気持ち良さそうに外を眺めている。
「あー、ごめんね、エアコンの調子が悪くて。暑いでしょ?」
「ぜーんぜん、私、自然の風が好きなんです。風というか、空気の匂いかな。キンモクセイの匂いや、潮風。あと、雨上がりの道路の匂いも好きですね」
「え?雨上がり?の?道路?」
涼一は驚いて里奈を見た。
「はい、変ですか?」
里奈が不思議そうに言った。
「いや、一緒かも」
「え?本当ですか?」
「うん、あの道路の匂い、俺も好き、雨上がりの」
「一緒ですね」
里奈は嬉しそうに言った。
「だね」
涼一も笑顔で言った。
会社では業務で少し話したことがあるくらいだったが、ふたりは打ち解け、先輩の愚痴や、上司のゴシップなんかを熱弁し、楽しい時間は過ぎていった。
隣町をひと回りして地元のホームセンター前の信号で停止した時、里奈の携帯が鳴った。
「あっ、お母さんからだ。」
「もしもし?」
「うん」
「え?!今日だっけ?!ごめーん忘れてた」
「うん」
「うんうん」
「今からでも大丈夫?」
「うん、わかった、すぐ帰るから。じあゃね」
ピッ!
通話終了ボタンを押すと同時に里奈は言った。
「ごめんなさい!前田さん!」
「んん?どうしたの?」
「今日お母さんの大事な用事があって私が車で送り迎えする事になってたんです。すっかり忘れてて。ごめんなさい…。花火は今度でもいいですか?」
里奈は慌てているようだった。
「気にしなくて大丈夫だよ。それより時間大丈夫?」
「うーん。自転車だとギリかも?!」
時間が迫っているようだった。それを察した涼一は言った。
「じゃあ、このまま送って行くよ!」
「え?いいんですか?でも、自転車が…」
「そっかぁ、ないと困るよね…」
「いえ、通勤は車だし、困るほどではないんですけどね」
「そっか、それなら竹下さん送ったあとクリーニング屋さんに説明しとくよ」
「本当にいいんですか?」
申し訳なさそうに里奈は言った。
「うん。会社では総務部にお世話になってるし、このあとの予定も延期になったからね」
「ごめんなさーい」
泣きそうになった里奈に涼一は笑って言った。
「アハハ。冗談だよ、少しスピード出すけどいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
地元ならではの裏道を通り、予定より早く里奈の家に着いた。
「前田さん!本当にありがとうございます」
「お気になさらずに」
涼一は笑顔で言った。
「絶対花火しましょうね」
「うん。やろう。じゃあ、また」
「はい。ありがとうございまーす」
里奈は深々と頭を下げて涼一を見送った。
涼一はクリーニング屋に向かうため、アクセルを踏み込んだ。
「スーツでも取りにいくか」
涼一は通勤途中にある行きつけのクリーニング屋に向かった。
預かり証を出してスーツの上下を受け取る。
「いつもありがとうございます」
年輩女性の店員さんはいつも優しく、店を出るまで見守ってくれている感じがした。
後部座席の釣り手にスーツを掛け、ため息をついた。
「はぁ、明日からまた仕事かぁ」
涼一は地元の商社に就職して2年目になる。営業職にも慣れて最近は担当する顧客の数も増えてきている。
「前田さん?」
「ん?」
振り向くと総務部の竹下里奈が立っていた。
「竹下さん、こんなところで、ん?クリーニング?」
「そーなんですよ、前田さんもですか?」
「そう、スーツを取りにね」
総務の仕事は大変だ。何でも屋さんのように色々やってくれる。困った時の総務!それが会社の合言葉になっていた。
竹下里奈は涼一の一年後輩になる。入社1年目のフレッシュマンだ。小柄だが華奢ではなく健康的で、肌は小麦色に灼けている。目がクリッとしていて笑うと八重歯が可愛らしい。
「竹下さん、休みなのにクリーニング?あっ、俺もか」
「あははっ!前田さんって意外と天然なんですね!おもしろーい」
「そ、そうかな?」
自分は天然とは思っていない。それが天然の天然たる由縁なのかもしれない。
「あっ、そうだ!前田さん!今日これから時間ありますか?」
「え?そうだね、特に予定もないかな」
「だったら!今日の夜、花火しませんか?」
里奈は目を輝かせて言った。
「え?花火?どこで?」
「海です!家の近くだし、前田さんも確か隣の地区じゃなかったですか?」
「そうだよ、海までは歩いて行けるかな」
「じゃあ決まり!私これ出してから花火買っておきます」
「え?これから買いに行くの?」
「はい、何か?」
涼一は笑った。
「アハハ。竹下さんも天然だねー。準備してあるのかと思ったよ」
「え?これからですけど?」
里奈は小さく首を傾げて言った。
里奈は自転車に乗って来ていた。
「じゃあ、これから俺の車でドライブしない?
花火も一緒に買いに行けるし。自転車はここに置いて行こう。どうだい?」
「え?はい、いいですね、行きましょう」
里奈は少し驚いた様子だったが、笑顔で快諾した。店員さんにお願いすると、建物の裏にどうぞと言ってくれた。優しい人だ。
「ありがとうございます」
ふたりはお礼を言って車に乗った。
バタン!と助手席のドアが閉まった。
「素敵な車に乗ってるんですね」
里奈はキョロキョロと車内を見渡した。
「平日はほとんど会社のワンボックスだけどね」
涼一の会社は直行直帰もあり、営業車での通勤が許されているため涼一が外車に乗っていることはあまり知られていなかった。
「風、気持ちいいですね」
里奈が気持ち良さそうに外を眺めている。
「あー、ごめんね、エアコンの調子が悪くて。暑いでしょ?」
「ぜーんぜん、私、自然の風が好きなんです。風というか、空気の匂いかな。キンモクセイの匂いや、潮風。あと、雨上がりの道路の匂いも好きですね」
「え?雨上がり?の?道路?」
涼一は驚いて里奈を見た。
「はい、変ですか?」
里奈が不思議そうに言った。
「いや、一緒かも」
「え?本当ですか?」
「うん、あの道路の匂い、俺も好き、雨上がりの」
「一緒ですね」
里奈は嬉しそうに言った。
「だね」
涼一も笑顔で言った。
会社では業務で少し話したことがあるくらいだったが、ふたりは打ち解け、先輩の愚痴や、上司のゴシップなんかを熱弁し、楽しい時間は過ぎていった。
隣町をひと回りして地元のホームセンター前の信号で停止した時、里奈の携帯が鳴った。
「あっ、お母さんからだ。」
「もしもし?」
「うん」
「え?!今日だっけ?!ごめーん忘れてた」
「うん」
「うんうん」
「今からでも大丈夫?」
「うん、わかった、すぐ帰るから。じあゃね」
ピッ!
通話終了ボタンを押すと同時に里奈は言った。
「ごめんなさい!前田さん!」
「んん?どうしたの?」
「今日お母さんの大事な用事があって私が車で送り迎えする事になってたんです。すっかり忘れてて。ごめんなさい…。花火は今度でもいいですか?」
里奈は慌てているようだった。
「気にしなくて大丈夫だよ。それより時間大丈夫?」
「うーん。自転車だとギリかも?!」
時間が迫っているようだった。それを察した涼一は言った。
「じゃあ、このまま送って行くよ!」
「え?いいんですか?でも、自転車が…」
「そっかぁ、ないと困るよね…」
「いえ、通勤は車だし、困るほどではないんですけどね」
「そっか、それなら竹下さん送ったあとクリーニング屋さんに説明しとくよ」
「本当にいいんですか?」
申し訳なさそうに里奈は言った。
「うん。会社では総務部にお世話になってるし、このあとの予定も延期になったからね」
「ごめんなさーい」
泣きそうになった里奈に涼一は笑って言った。
「アハハ。冗談だよ、少しスピード出すけどいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
地元ならではの裏道を通り、予定より早く里奈の家に着いた。
「前田さん!本当にありがとうございます」
「お気になさらずに」
涼一は笑顔で言った。
「絶対花火しましょうね」
「うん。やろう。じゃあ、また」
「はい。ありがとうございまーす」
里奈は深々と頭を下げて涼一を見送った。
涼一はクリーニング屋に向かうため、アクセルを踏み込んだ。
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