雨上がりには

Two-dragon

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第一章 過去

10話 理想

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「涼一、明日は何時に帰ってくる?」

「仕事終わりにそのまま行くから19時には帰るよ。姉貴は?何時になるの?」

「香織は17時には帰るって言ってたよ」

「そっか」

「じゃあ、明日待ってるからね」

「うん」

智子からだった。
香織は3カ月前から新居に引っ越しているが、結婚式を明後日に控え、前日は家族で過ごす予定にしていた。

「いよいよか」

涼一は浩介に初めて会った時のことを思い出していた。

「は、初めまして、涼一です」

「どうも、内藤です」

「ははっ!なーに2人とも緊張してんのよー」

香織が横ヤリを入れた。

「初めましてなんだから緊張するだろ!」

涼一はムキになって言った。

「それでよく営業やってるねぇ」

「うるさいよ」

ふたりのやり取りを聞いていた浩介が言った。

「仲がいいんだね」

強面の笑顔は何よりも効き目がある。涼一の緊張は一気に緩和した。

「涼一君は彼女いないの?」

手に持った生ビールのジョッキが小さく見える。

「居ないんですよー」

「モテそうだけどな」

「あーダメダメ 。この子、前の彼女引きずってるから」

香織が妙な空気を醸し出す。

「そうなんだね」

「うん、私の高校の後輩なんだけどね、すっごく可愛いくていい子なのよ。涼一にはもったいないから、別れて正解だったかもね」

(コラコラ…)

「でも、そんないい子と何でまた別れちゃったの?」

浩介が不思議そうに訊ねた。

「まぁ…いろいろありまして…」

涼一はバツの悪い表情でタバコに火をつけ、話を変えるため浩介に質問した。

「内藤さんは何で姉貴と付き合うようになったんですか?」

「ん?俺たち?」

「はい」

「そーだね。香織はいつも明るいだろ?」

「はい、うるさいですけどね」

「とても人気があってね。うちは建設会社だから男性社員が多いんだよ。みんな香織を意識していろいろ頑張ってた」

「へぇ、姉貴がですか?」

涼一は怪訝そうに言った。

「コラ!結構モテたのよ!浩介以外には」

「はっはっはっ」

浩介が笑った。

「え?以外には?」

涼一は言った。

「そう。入社して皆さんから色々助けてもらって、それなりに仲良くなっていくじゃない?」

「うん」

「でも、浩介は全くだったの。朝礼の時も現場から帰ってきても業務以外で話すことはなかった」

「うんうん」

涼一は腕組みして頷いた。

「コラ…何に納得してんのよ!」

香織が不機嫌そうに言った。

「はっはっはっ!本当に仲いいな」

浩介は嬉しそうにふたりを見ている。

「でさ、そんな浩介が突然、強い口調で話しかけてきたの、(前田さん!この資料急ぎでコピー頼めるかな!)ってね。私はデータ処理が忙しくてイライラしててさ、もう!何なのこの人ー!って思ったわ!で、仕方なくコピーしてたら最後の紙に、(前田さん、今日の夜、食事に行きましょう!!お願いします!)って書いてあってびっくりしちゃった。で、面白そうだからOKしたの。付箋に焼肉がいいです!って書いて、資料に付けて渡したわ」

「へぇ !そーなんだ」

「でね、そのあとが傑作なの!」

ビールを飲みながら香織は続けた。

「コピーした資料にはその紙が入ってるでしょ?浩介ったらその資料をそのまま課長に提出してしまって。課長にこっぴどく絞られてた」

「ははは…まずいね、それは」

「私も心配してたんだけど課長が理解のある人でね」

(内藤!それで、返事はどうだったんだ?)

「え?あっ!はい、焼肉がいいそうです!」

(そうか!よかったな!頑張れよ!)

「って言ってくれたみたい」


「あっはっはっは!面白いね!」

涼一は笑って言った。浩介は苦笑いしながら二杯目のビールを飲み干した。

「浩介、そろそろハイボールでしょ?」

飲み干したグラスを手に取り香織が言った。

「すみませーん!ハイボール1つ」

「浩介とはその日焼肉屋で告白されて付き合い出したんだけど、今も課長が私達の1番の理解者よ」

夢中で話す香織を優しく見守る様に浩介が言った。

「香織、袖にケチャップがつきそうだぞ」

「え?あっ本当だ!危なかった」

「それと、グラスが落ちそうだ」

「あっ!ヤバイ、ヤバイ」

涼一は呆れて言った。

「姉貴、もう少し女子力つけたほうがいいぞ」

「余計なお世話です!」

「はっはっは!」

浩介が笑った。

(お互いを理解するとはこういう事なのかな)

涼一はふたり見て思った。


◇◇


実家に着いて玄関を開けると智子が迎えてくれた。

「おかえり。早かったねぇ」

「うん、定時で上がれたからね」

「香織もさっき帰ってきたよ」

「そっか」

「ご飯もできてるよ」

久しぶりの実家だった。そんなに離れてはいないが一人暮らしを始めてから帰ることはほとんどなかった。

礼服と着替えの入ったボストンバッグを持って居間に行くと聡と香織がビールを飲んでいた。

「おお、涼一 帰ったか」

「おかえり」

「ただいま」

居間の隅にバックを置き鴨居に礼服を掛けた。

「涼一もビールでいい?」

智子はそう言って缶ビールを持ってきた。

「うん」

ネクタイとシャツの第1ボタンをはずし、聡の前に座った。聡の横には香織が座っている。

「まぁ飲め」

聡がビールを差し出した。

「ああ、ありがとう」

よく冷えたビールだった。

「母さんは?飲まないの?」

「私はいいよ、弱いから」

「そう?それじゃ乾杯!」

智子は麦茶で乾杯した。

香織は出前の寿司を取り分けながら言った。

「ねぇねぇ涼一」

「ん?」

「私達が子供の頃、お父さんとお母さんが喧嘩して一度だけお母さんが出ていった事があったでしょ?」

「あーあった、あった。俺はまだ小さかったけど、驚いたから、覚えてるよ」

「そう!あの時のお父さんて笑えたよね」

「そうか?俺は普通だったけどな」

聡は照れくさそうに言った。

「あの日は朝まで帰ってこなかったよな」

「そうそう、あんた先に寝ちゃったけど、私は起きてて様子を伺ってたんだぁ」

「母さんはあの時どこに行ってたの?」

「あー、あの時はね、近所の友達の家に行ったのよ。朝まで帰ってやるもんかーって、飲めないお酒を結構飲んじゃって」

「どんな喧嘩したの?出ていく程って」

「うん、俺も気になる」

香織と涼一は興味津々だった。

「あの日お父さんが仕事で嫌な事があったみたいで、帰ってからずっと機嫌が悪くってね。あんまりしつこく言うから、あんた男でしょ!言ってる事が女々しいのよ!って言っちゃったの。そしたらお父さんも、うるさい!出て行けー!って」

「へぇ」

「出て行ったまではよかったんだけど、財布も持ってきてなかったから、どうしようと思って、とりあえず友達の家行ったの。友達もびっくりしてて、まぁ、事情を話して一緒に飲んだんだけどね。色々愚痴聞いてもらってたら眠くなっちゃって、気がついたら朝だった」

「そーだったんだぁ」

香織と涼一は声を揃えて言った。

「お母さんが出ていったあと、お父さんはナイターを見ながら知らん顔してて、ご飯もなくて、私が聞いたら、出前取ってくれて、3人で天丼食べたよね」

「そうそう」

「お父さんったら、しばらくは頑張ってたけどだんだん不安になったのか、何度も外を見にいってさぁ。なーんか落ち着かない様子で、電話も日頃でないのに、あの日ばかりは気にしてたし。私達には妙に優しくてね」

「そ、そうだったか?」

親父は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「あははは」

久しぶりだった。家族の笑い声に懐かしさを感じた。



「じゃあ、俺は先に寝るよ」

「明日早いから、ちゃんと起きるんだよ」

「わかってるよ」

実家では幾つになっても子供扱いだ。
二階にあった自分の部屋に行き、敷いてくれていた布団に潜り込んだ。
すぐに寝付いたと思うが、ふと目が覚めた。

(どれくらい寝てたのかな?)

トイレに行くために階段を下りる途中で涙ぐむ香織の声が聞こえてきた。

(ん?)

「お父さん。お母さん。今までありがとう。浩介と二人でがんばっていくね」

「浩介さんと仲良くね」

智子も泣いていた。

「香織、お前が信じた男だ、何があっても支えてやれ」

「はい。ありがとう…」

階段を下りた涼一も泣いていた。
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