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5人の姫君
しおりを挟むかぐやくんの必死な抵抗により、求婚旋風は下火と相成った。意味もなく家の周りをウロつく女も減れば、濃いクマを作った目つきの悪い男に睨まれるので、寝床に夜這いに来る女も居なくなった。
その中で、それでもやはり言い寄って来たのは、色好みと名高い5人の姫君たちだった。
少しでも容貌が美しい男がいると聞けば、すぐに自分のものにしたがる女達だった。彼女たちのかぐやくんに対する執着は凄まじく、その容貌を一目見た瞬間から、「婿に貰いたい」「たくさん食べさせたい」「蒐集品に加えたい」「毎日愛でたい」「水責めしたい」と、口々に欲望をぶち撒けた。
耐えられなくなったかぐやくんは、ある日姫君達を集めると、「貢物を持って来た姫君に婿入りする」と言った。
石作の姫君に「仏の御石の鉢」、車持の姫君には「蓬莱の玉の枝」、阿倍の姫君には「火鼠の皮衣」、大伴の姫君には「龍の首の珠」、石上の姫君には、「燕の産んだ子安貝」を持ってくるように言った。無理難題をふっかけたのである。
さて、仏の御石の鉢を要求された石作の姫君は、「天竺に鉢を取りに行ってきます」とだけ手紙を残して、かぐやくんの前に現れなくなった。そして三年後、
申し訳程度の花が一輪添えられた真っ黒な鉢を携えて、かぐやくんの元へと再びやって来た。
「朝露程度の光すらない。仄暗いだけのこの代物が、件の御鉢だと本気でお思いで?」
けれどもかぐやくんは、間髪入れずそれを突き返した。
「小倉山まで何を取りに行かれたのです?まさかこの煤入れを?」
遊びも全くない反論だった。
「ボロクソ言う……逆にそれっぽくないですか?」
「いいえ、全く」
「優れた物が全てきらきらしいとは限らな───」
口を開きかけた姫君を、「いいえ、全く、ぜんぜん、」と、かぐやくんは壁際まで追い詰める。
「ぜんぜん、それっぽくないです」
その顔面のきらきらしさに、石作の姫君は負けた。
蓬莱の珠の枝を要求された車持ちの姫君は、職人を囲って枝を作らせた。根は銀。茎は金とし、白い珠を実として実らせる。腕の良い職人たちは、3年の歳月をかけて、その評判に違わぬ仕事をし遂せた。
「蓬莱の珠の枝です」
「本物ですか?」
「大変だったのですよ」
目を見開くかぐやくんに、車持ちの姫君は獰猛な笑みを浮かべる。
「ええ。蓬莱に向かうため航海した船は、嵐に見舞われ難破。遭難した先の国で鬼ときったはった」
「えっ、」
「病に見舞われ、食料がつき、草の根と貝を齧って食い繋ぎ」
「おいおいおいおい」
「さらに道中で魑魅魍魎に追い回され」
「どうなっちゃうんだ……」
「命からがら航海を続け、五百日かけて蓬莱にたどり着きました。そして四百余日かけて難破に戻り、昨日都に帰ってきた次第です。……従者が」
「従者が」
ちょっとワクワクしながら冒険譚を聴いていたかぐやくんは、鼻白んだように目を細める。
「手柄の所在も、私の苦労も些細な問題です。大切なのは、今ここに珠の枝が存在し、約束が果たされたということ」
「い、いやだ、水責めはいやです……」
「約束は約束です。大人しく私の犬になってください」
「兄様、兄様。おたすけください」
助けを求めるかぐやくん。叫びが通じたのか、スッと開いた襖の隙間から、兄様が顔を覗かせる。
「車持の姫君、『げにいみじき枝制作班』を名乗る職人達が、請求書片手に押しかけてきたのですが……」
「『げにいみじき枝制作班』……!?」
かぐやくんの叫びに、車持の姫君は「あら……」とだけ言って立ち上がる。ぴしゃんと鞭を打ちながら職人達への元へ向かう後ろ姿を見届けて、かぐやくんは兄様に縋り付いた。
「職人達に褒美を取らせましょう」
阿部の姫君は、伝手の伝手の伝手を辿り、唐土の商人から火鼠の皮衣を取り寄せた。
やっとこさ手に入れた貢物を抱え、恋文片手にかぐやくんを訪ね。そんな健気な姫君を出迎えたのは、目つきの悪いぱっとしない男と、その着物の裾をギュッと掴んでこちらを威嚇するかぐやくんだった。
心に深い傷を負ったかぐやくんは、兄様の側から離れられなくなっていた。
「ちょお゛!」
ぱっとしない顔の兄様が悲鳴を上げる。毛を逆立てたまま、かぐやくんが火鼠の皮衣を火にくべてしまったからだ。
「何してるんだお前は!ぐえ!」
反射的に火元へと駆け寄ろうとする兄様の首根っこを引っ掴む。ついでにしれっと抱きしめて、「火傷をしてしまいます、兄様」とかぐやくんは睫毛を伏せた。
「そうは言ってもおまえ。百両だぞ、百両」
「あれが本当に火鼠の皮衣であるならば、皮衣自体は燃えずその汚れだけが焼け落ちるはず。それがどうです。ご覧ください、あの景気の良い燃えようを」
「ああ……」
安堵に息を吐く兄様とは対照的に、阿部の姫君の顔面は、深緑のように瑞々しい緑色だった。
失意のままふらふらと立ち上がって、おぼつかない足取りで退室するその背を見送って。
かぐやくんは、抱きしめた兄様の背に顔を埋めた。
「……貴族は皆うそつきばかりです…………」
「あの姫君も商人に騙されたんだろう。かわいそうに」
返事はない。代わりに、腹に回った手が薄い腹の皮をギュッとつねる。かぐやくんが拗ねたときのクセだった。兄様は諦めたようにかぶりを振り、「温かいな」とだけ言う。
「はい」
パチパチと燃える火を眺めながら、目を閉じる。
「温かいです」
言いながらかぐやくんは、その温もりを逃すまいと痩躯を抱き寄せた。
竜の首の珠を要求された大伴の姫君は、「珠を手に入れるまで、帰ってきてはいけませんよ」と家来を筑紫の海に放り出した。けれども家来も家来で姫君の狂信者であったので、「龍をころします」とやる気満々だった。「あなたのために首から珠を毟り取ります」と。そう強気に宣言した瞬間に、船は嵐に飲まれた。船頭は、「これは竜の仕業です」と被りを振った。
三日三晩祈り、「やっぱ嘘、やっぱ嘘です」と命乞いをして、やっと嵐がやむ。
命からがら逃げ帰ってきた家来達を出迎えたのは、スモモのような目ばちこを拵えた姫君だった。そして両目を指差して、「珠ならここにあります」と言った。
笑って良いのかよくわからない。
「竜のたたりでこうなりました。よく、竜を殺すことを諦めてくれました」
「あのような大盗人の家に、家来共々二度と近づいてはなりませんよ」
大伴の姫君は、二度とかぐやくんを訪ねることは無かった。
燕の子安貝を求められた石上の姫君は、燕の巣を覗き込んだ拍子に梯子から落ちて死んだ。燕の糞を握りしめたまま落下し、腰をやってしばらくして死んだらしい。
「…………かぐや、お前なにかやったんじゃないだろうな。この前みたいに」
「俺がかけた呪は目ばちこの呪だけです……」
「やっぱり目ばちこの呪はお前の仕業だったんじゃないか!性格が悪いな!」
妖め!妖め!と叫ぶ兄様に揺さぶられながら目を伏せる。
「おれは妖ではありません。呪は嗜みますが」
「見え透いた嘘を。ただの人間が、呪を嗜むわけが……ウ、ウワー!なんだ、腕が勝手に…!」
「『愛する者を抱き締めたくなる呪』です。兄様、何だかんだ言いながら、さては俺のことが大好きですね?」
「な、何でもありなのか、適当な事を言うな!う、嬉しそうな顔をするな、頬を赤らめるな!そこに俺の意思はない、人心を操る妖め!」
かぐやくんは、幸せそうな顔のまま石上の姫君の訃報を一瞥する。「流石に気の毒ですね……」と呟いて、ギュウギュウと兄様に抱きしめられながら、歌をしたためた。
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