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春江と夏目
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「ありゃ、夏目先輩やん」
『夏目先輩』と。そう呼ばれた青年は、ペンを止め、相貌を上げる。隣の席に腰掛けてきた青年に、目を見開いた。
「君は確か────、」
「春江です。春江千晶。奇遇ですねぇ」
「勿論、知ってるよ。君は有名だからな」
ペンを置き、向き直る。柔らかな笑みを浮かべる青年は、仄かに制汗剤の香りを纏っている。時間帯から、部活終わりである事が伺えて。
「部活動終わりか?お疲れ様。確かバスケ部だったよな」
「俺の部活知っとるんです?汗臭かったかなぁ」
「いや。冬樹から、君の話はよく聞いてるから」
「あー、」
目を剥いて、少しだけ上体を捻る。冬樹の席を一瞥して、夏目の顔を見る。夏目は、青漆の瞳を人懐こか細めたまま、「それで」と言葉を継いだ。
「俺に何か用があったんじゃないか?」
「そうですねぇ。同好会に入るんで、先輩会員にご挨拶せなあかん思って」
「!そうか、嬉しいよ。宜しく」
「こちらこそですわ。……あと、そうやな。個人的な興味も」
「興味?」
小首を傾げた青年に、春江は薄笑みを浮かべる。立ち上がって、夏目の後ろの席──冬樹の席へと座り直した。
「ええ。一度ちゃんと話してみたいなぁ思って。あれでしょう?前教室で会ったくらいしか絡みないですよね?」
「ああ……」
「俺も先輩の話、良く聞くんすわ。冬樹先輩に」
「冬樹に?」
身を乗り出して、我に帰ったように腰を据える。こほん、と咳払いして、「そうか」と小さく微笑む。ただ、その相貌だけは、仄かに赤く色付いていた。
「いじらしいなぁ」
「な、何か言ったか?」
「何でもないですよぉ。ええ、聖人みたいなお人や聞いてます」
「聖人……」
少しだけ眉根が下がる。「そうか……」と呟いた声は、何処かしゅんと萎んだ物だった。
「そんな器じゃないんだけどな」
「ええ?そうですか?」
「俺は、その。頭が硬いところがあるから、そう見えるだけかもしれない。……あと冬樹に対しては、何かと良い顔をしがちで」
「謙虚なお方やなぁ」
「取り繕ってばっかりだよ、俺は。虚飾だ」
感心したように声を漏らして、春江は視線を伏せる。ペンを取り出して、机に描かれた落書きに、小さく笑みを漏らした。
「『ありのままを愛してもらおう』なんて言う方が、自惚れやと思いますよ。俺は」
「……!」
「でもわかりますよぉ。冬樹先輩、妙に構いたくなる顔しとるんですよね」
「ああ。求められてないこと──お節介を焼かないように、気をつけてはいるんだけどな。中々思うように行かない」
「そんなら、良かったですね?」
机に『後輩より』と書いて、ペンを止める。満足そうに落書きを検分しながら、小さく頷く。「良かった?」と首を傾げた夏目に、うっそりと目を細めた。
「『お願い』されたんでしょ?先輩本人から。『ずっと一緒にいて』って」
「なんでその話を君が?」
目を丸くして、ワイシャツの袖を折る。首を傾げれば、鳶色の猫毛がふわふわと揺れた。
「好きな人間の事は、ぜぇんぶ把握したい質なんです」
「?」
「冗談です。冬樹先輩本人に聞いたんですわ」
「……そうか」
何処か、静かな声音で頷く。青漆の目に、透き通った光が宿る。幾千年の叡知を詰め込んだような光沢を、春江は答えるように覗き込んだ。甘えた声で、「俺ぇ、」と肘を突き、両頬を抑える。
「夏目先輩と、結構似てると思っててぇ」
「俺が──、君と?」
「ええ。実際に話してみて、確信しました」
「…………」
「尽くしたい派でしょう?先輩も」
翠眼が、虚を突かれたように瞬く。こて、と首を傾げる所作は、何処か歳不相応に無垢な物だった。
「分からないな。でも、人の役に立てるのは嬉しい」
「だけど、お節介と親切の境目は分からない。先輩は、人と価値基準が違うみたいやから」
「…………」
「『正しい事』が一番大事なんでしょう?人に寄り添う事より。でも正しさが、場合によっては人を傷付けるんも、よぉご存知みたいやし」
骨張った指先を、夏目の鼻頭に突き付ける。反応を伺うように言葉を切って、少しだけ唇を濡らした。
「自分の価値基準がアテにならんから、相手に委ねてきた。求められた分だけ与えれば良いって」
「それは、」
「だからこそ、冬樹先輩から『お願い』を引き出した。言質さえ取ってしまえば、あとは与えたい放題ですわ」
「……そんな話、冬樹にはしていないけれど」
心底驚いたような表情で呟く。春江は、ここぞと笑みを深め、「ここまでぜぇんぶ、俺の妄想です」と足をバタつかせた。
「でも勉強になりました。確かに自分からやなくて、相手の口からそれを言わせるって事に意味がある」
「……相手…冬樹に?」
「そんで俺が知りたいのは、どこまで意識して、それをやってるのかって事ですわ」
「……………」
湖沼の水面のような瞳が、じぃ、と青年を見つめる。やや於いて瞬いて、そして、すっかりと昏んだ窓の外を眺めて。
「意識、はしてなかったかもしれない」
「……さいですか」
「でも、そうだな」
何処か平坦な声で言う。次に振り返った時、その相貌に浮かんでいたのは、『恥じらい』と呼ばれるそれだった。薄らと頬を赤らめ、視線を揺らす。
「確かに、少し思ってはいたかもしれない。……冬樹に、求めてほしいって」
「…………」
「……だから、う、嬉しかった。すごく」
上擦り、萎んで行く声音に、今度は春江が目を剥く番だった。初恋に嘆く少女のようになってしまった青年を、まじまじと見つめる。
「本気で言ってはるんです?」
「?……ああ…」
「全くの無意識?」
「ああ」
「…………怖ァ」
青い顔で嘆き、湿度の高い目でまた夏目を見る。質の悪い、怪物でも見るような目である。
無意識に人に糸を巻きつけて、『そうなれば嬉しい』と言う願望だけで、純粋に、悪意無く、どこまでも無邪気に糸を繰る。
それは天性の──あまりにも悍ましい、『才能』だった。
少し考えて、春江は柔らかな笑みを貼り付ける。手を差し出して、ゆっくりと赤銅色の目を細めた。
「まぁ、なんや。仲良くしてください、夏目先輩」
きょとと、目を瞬く。鼻先に差し出された指先を掴んで、穏やかに微笑んだ。
「ああ、宜しく」
『夏目先輩』と。そう呼ばれた青年は、ペンを止め、相貌を上げる。隣の席に腰掛けてきた青年に、目を見開いた。
「君は確か────、」
「春江です。春江千晶。奇遇ですねぇ」
「勿論、知ってるよ。君は有名だからな」
ペンを置き、向き直る。柔らかな笑みを浮かべる青年は、仄かに制汗剤の香りを纏っている。時間帯から、部活終わりである事が伺えて。
「部活動終わりか?お疲れ様。確かバスケ部だったよな」
「俺の部活知っとるんです?汗臭かったかなぁ」
「いや。冬樹から、君の話はよく聞いてるから」
「あー、」
目を剥いて、少しだけ上体を捻る。冬樹の席を一瞥して、夏目の顔を見る。夏目は、青漆の瞳を人懐こか細めたまま、「それで」と言葉を継いだ。
「俺に何か用があったんじゃないか?」
「そうですねぇ。同好会に入るんで、先輩会員にご挨拶せなあかん思って」
「!そうか、嬉しいよ。宜しく」
「こちらこそですわ。……あと、そうやな。個人的な興味も」
「興味?」
小首を傾げた青年に、春江は薄笑みを浮かべる。立ち上がって、夏目の後ろの席──冬樹の席へと座り直した。
「ええ。一度ちゃんと話してみたいなぁ思って。あれでしょう?前教室で会ったくらいしか絡みないですよね?」
「ああ……」
「俺も先輩の話、良く聞くんすわ。冬樹先輩に」
「冬樹に?」
身を乗り出して、我に帰ったように腰を据える。こほん、と咳払いして、「そうか」と小さく微笑む。ただ、その相貌だけは、仄かに赤く色付いていた。
「いじらしいなぁ」
「な、何か言ったか?」
「何でもないですよぉ。ええ、聖人みたいなお人や聞いてます」
「聖人……」
少しだけ眉根が下がる。「そうか……」と呟いた声は、何処かしゅんと萎んだ物だった。
「そんな器じゃないんだけどな」
「ええ?そうですか?」
「俺は、その。頭が硬いところがあるから、そう見えるだけかもしれない。……あと冬樹に対しては、何かと良い顔をしがちで」
「謙虚なお方やなぁ」
「取り繕ってばっかりだよ、俺は。虚飾だ」
感心したように声を漏らして、春江は視線を伏せる。ペンを取り出して、机に描かれた落書きに、小さく笑みを漏らした。
「『ありのままを愛してもらおう』なんて言う方が、自惚れやと思いますよ。俺は」
「……!」
「でもわかりますよぉ。冬樹先輩、妙に構いたくなる顔しとるんですよね」
「ああ。求められてないこと──お節介を焼かないように、気をつけてはいるんだけどな。中々思うように行かない」
「そんなら、良かったですね?」
机に『後輩より』と書いて、ペンを止める。満足そうに落書きを検分しながら、小さく頷く。「良かった?」と首を傾げた夏目に、うっそりと目を細めた。
「『お願い』されたんでしょ?先輩本人から。『ずっと一緒にいて』って」
「なんでその話を君が?」
目を丸くして、ワイシャツの袖を折る。首を傾げれば、鳶色の猫毛がふわふわと揺れた。
「好きな人間の事は、ぜぇんぶ把握したい質なんです」
「?」
「冗談です。冬樹先輩本人に聞いたんですわ」
「……そうか」
何処か、静かな声音で頷く。青漆の目に、透き通った光が宿る。幾千年の叡知を詰め込んだような光沢を、春江は答えるように覗き込んだ。甘えた声で、「俺ぇ、」と肘を突き、両頬を抑える。
「夏目先輩と、結構似てると思っててぇ」
「俺が──、君と?」
「ええ。実際に話してみて、確信しました」
「…………」
「尽くしたい派でしょう?先輩も」
翠眼が、虚を突かれたように瞬く。こて、と首を傾げる所作は、何処か歳不相応に無垢な物だった。
「分からないな。でも、人の役に立てるのは嬉しい」
「だけど、お節介と親切の境目は分からない。先輩は、人と価値基準が違うみたいやから」
「…………」
「『正しい事』が一番大事なんでしょう?人に寄り添う事より。でも正しさが、場合によっては人を傷付けるんも、よぉご存知みたいやし」
骨張った指先を、夏目の鼻頭に突き付ける。反応を伺うように言葉を切って、少しだけ唇を濡らした。
「自分の価値基準がアテにならんから、相手に委ねてきた。求められた分だけ与えれば良いって」
「それは、」
「だからこそ、冬樹先輩から『お願い』を引き出した。言質さえ取ってしまえば、あとは与えたい放題ですわ」
「……そんな話、冬樹にはしていないけれど」
心底驚いたような表情で呟く。春江は、ここぞと笑みを深め、「ここまでぜぇんぶ、俺の妄想です」と足をバタつかせた。
「でも勉強になりました。確かに自分からやなくて、相手の口からそれを言わせるって事に意味がある」
「……相手…冬樹に?」
「そんで俺が知りたいのは、どこまで意識して、それをやってるのかって事ですわ」
「……………」
湖沼の水面のような瞳が、じぃ、と青年を見つめる。やや於いて瞬いて、そして、すっかりと昏んだ窓の外を眺めて。
「意識、はしてなかったかもしれない」
「……さいですか」
「でも、そうだな」
何処か平坦な声で言う。次に振り返った時、その相貌に浮かんでいたのは、『恥じらい』と呼ばれるそれだった。薄らと頬を赤らめ、視線を揺らす。
「確かに、少し思ってはいたかもしれない。……冬樹に、求めてほしいって」
「…………」
「……だから、う、嬉しかった。すごく」
上擦り、萎んで行く声音に、今度は春江が目を剥く番だった。初恋に嘆く少女のようになってしまった青年を、まじまじと見つめる。
「本気で言ってはるんです?」
「?……ああ…」
「全くの無意識?」
「ああ」
「…………怖ァ」
青い顔で嘆き、湿度の高い目でまた夏目を見る。質の悪い、怪物でも見るような目である。
無意識に人に糸を巻きつけて、『そうなれば嬉しい』と言う願望だけで、純粋に、悪意無く、どこまでも無邪気に糸を繰る。
それは天性の──あまりにも悍ましい、『才能』だった。
少し考えて、春江は柔らかな笑みを貼り付ける。手を差し出して、ゆっくりと赤銅色の目を細めた。
「まぁ、なんや。仲良くしてください、夏目先輩」
きょとと、目を瞬く。鼻先に差し出された指先を掴んで、穏やかに微笑んだ。
「ああ、宜しく」
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