俺の推しが幼馴染でアイドルでメンヘラ

ベポ田

文字の大きさ
1 / 7
橙矢くんと今村くんの話

クソメンヘラの橙矢と神な将生くん

しおりを挟む
二重幅の広い双眸を縁取るのは、絨毯みたいに長い睫毛。青い瞳が瞬くたびに、星が散るみたいに光を反射する。奥行きのある目鼻立ちも、まっしろな肌も、緩くうねった茶色の髪も。
昔婆ちゃんの家で見た、外国の人形みたいだと思った。
ときに1000年に1度の美少女が居るなら、1億年に1度の美少年だっているだろう。そしてこいつこそが、それに違いない。
当時4歳。
その辺の石ころと、クラスで一番人気のアイちゃんとの区別もつかなかった俺は、確信した。白亜紀以来の美貌だと、そう確信したのだ。
それだけで、彼の美貌が俺にどれだけの衝撃を与えたのかはお分かりいただけただろう。

「綺麗な顔は、何よりすごい才能なんだって」
……つまりおまえの顔面は天才だ。

6個上の姉ちゃんの言葉を引用すれば、目の前の少年は、涙を溜めた目を見開いた。目を見開いて、「きれいなかお?」と言って自分を指差すので、俺は頷く。姉ちゃんが写真を見ながら「既に出来上がってる……なんだこの美少年……」と呟いていたので、彼の顔が綺麗なのは間違い無いと思っていた。俺の感性ならともかく、面食いの姉が言うのなら間違いねぇ。
青褪めた綺麗な顔が少しだけ色を取り戻して、俺は胸を撫で下ろしたのを覚えている。
ありがとう、姉ちゃん。俺が姉に素直に感謝したのは、この時が最初で最後だったのだろう。けれども一生分の借りだ。
橙矢将生(とうや まさき)くん。
姉の目に狂いはなく、あの時お隣に引っ越してきた彼は、今芸能界でブイブイいわせてる。


***


電車が揺れるのに合わせて、車内にぶら下がった広告が揺れる。ゆらゆらする橙矢将生くんに向かって合掌し、手元のスマートフォンへと視線を落とした。
『将生くんやばい』
『映画監督と将生くんのご両親に感謝』
『肌荒れが治りました』
『死ぬなら今!死ぬなら今!!』
マスク下の口元をピクピクさせながら、SNSの同胞たちに共感のいいねを送る。内容は、今日の新作映画の感想が3割、将生くんへの感謝が6割、彼を産み落としたお母様への感謝が1割である。
最寄駅への到着を告げるアナウンスと、音を立てて止まる電車。燻る熱を押し殺して、SNSを閉じる。スマートフォンをポケットへと仕舞って、駅のホームへと降り立った。大人しく家路を辿りながらも、俺の頭の中は、中断された長文感想の続きでいっぱいである。
……ここまで来たら、改めて宣言する必要も無いかもしれないが。
俺は将生くんの大ファンだ。
彼が表舞台に現れたのは約4年前。高校2年生で、大手アイドル事務所から、4人組アイドルグループとしてデビューしてからだ。
他の追随を許さぬパフォーマンスは、今も昔も健在。下積み時代は『西のカリスマ』と言う二つ名をほしいままにした、リーダー青野。
片や下積み時代から『東の帝王』と名を馳せた生来のスター性。圧倒的な華と、エキセントリックな言動で周囲を魅了してやまない、センターエース赤峰。
チーム最年少ながら、周りに引けを取らないキャラクター性と力強い表現力。常に新たな側面を見せる多面的な求心力を持つ、ワイルド担当桃瀬。
そして、圧倒的顔面とマルチな才能。ラップパフォーマンスから俳優業まで全てを完璧にこなす、我らがパーフェクトプリンス・橙矢。
この精鋭4人を擁し、彗星の如く現れたスーパーアイドルは、CDセールスランキングや男優賞を総舐め。
完全無欠の正統派アイドルとして、破竹の勢いでスター街道を走り抜けた。
かく言う俺は、『お、泣き虫幼馴染うまくやってっかな』と言う感覚で彼の出演する音楽番組を流し見したが最後、ごろごろと将生くん沼へと転がり落ちた。その勢いたるや、山道を転げ落ちる小石にも引けを取らないほどだ。
将生くんメモリアルを捲りながら、赤信号に足を止める。少しの時間も惜しいので、スマホを取り出して待受の将生くんをうっとりと眺める。
あの頃からは想像もできないほどの自信に満ちた笑顔に、あの頃からさらに洗練された美貌。
画面の向こうの彼は、こちらの目が潰れるほどの、圧倒的な輝きを放っていた。

「────死にたい」

だからこそである。

「消えて無くなってしまいたい……夏の陽炎のように……」

だからこそ俺はしばしば、現実を疑う。
自室の扉を開けた瞬間に充満する、鈍色の瘴気。暗く湿った室内の、隅っこに体操座りする『それ』。
俺は米神を揉み解し、溜息を噛み殺す。

「…………橙矢さんや」
「……………」
「橙矢将生さん」
「そーくん」

膝から相貌を擡げ、ゾンビのような顔でこちらを見てくる。『そーくん』とは、今村颯真(いまむら そうま)な俺のあだ名で、こいつは橙矢将生。何を言っているかわからないと思うが、俺が信奉してやまない、あの橙矢将生だ。

「海か樹海、どっちが良いとおもう……」
「なんの話だよ…どっちもいやだよ……」
「じゃあアルゼンチンとブラジルだったらどっちが良い…?」
「高跳びする気?お前の事務所ヤクザなの?」
「一緒に旅行いこう……」

ついにコテ……と体操座りのまま倒れてしまった橙矢。俺は「今度ね」と言いながらカーテンをジャ!と開ける。

「あ゛うッ!」
「窓も開けるからな。換気だ換気」
「う、ヴヴヴーー」

眩しさに目を覆う橙矢。今にでも灰になって風にさらわれそうだ。恨めしげにこちらを見上げる碧眼は、どうしようもないくらいに濁っている。待ち受け画面の彼の貫くような目力を思い出せば、この妙に小綺麗なだけのヘドロみたいな男とのギャップに切なさが込み上げてくる。

橙矢とは幼馴染だ。
幼稚園の時に、橙矢家が近所に引っ越してきたのだ。モデルみたいに綺麗なお母様から、「まーくんを宜しくね」と頼まれたので、俺は張り切って橙矢の世話を焼いた。昔から泣き虫で俺の背後について回った橙矢は、のちのち芸能界入りを果たすのだが。
図体がデカくなってスターになった今でも、極端なマイナス思考と自己肯定感の低さは治らなかったようだった。
忙しい仕事の合間に俺の部屋に上がり込んでは、こうして隅っこの方で呪詛を垂れ流している。そう言う妖怪だと思えば、大して気にもならない。

「ほんとに同一人物なのか……」
「陰キャが陽キャみたいな顔して息吸っててごめんなさいファンの皆様を騙してごめんなさい」
「騙……」

騙してるは違くないか?と厄介オタク俺が顔を出すが、どうにか沈めてベッドに腰掛ける。俺は忙しいのだ。このジメジメくんに構っている暇はない。

「……それなに?」
「映画パンフレット」

気付けば隣で体操座りしていた橙矢。覇気のない目で、隣からパンフレットを覗き込んでくる。ふわふわした毛が、視界に映り込んできて鬱陶しい。輝く将生くんのご尊顔を網膜に焼き付けようと目を凝らせば、直後に「うぇ゛!」と言うダメージボイスが上がった。

「虚飾虚飾虚飾吐血ッッ!」
「うわ最悪最悪最悪!こいつ俺のパンフレットに吐血しやがった!俺の将生くんに!」
「耐えられないっ!何が『演じたキャラクターに共感する部分が多かったので、役に入りやすかったです』だよ!共感できるわけないじゃんあんなキラキラで余裕たっぷりの人格者!こちとら毎日毎日人を妬みながら生きるか死ぬかで生きてるのに……!虚飾だ……そいつは嘘しか言わない……」
「おいテメぇ将生くんをディスんなよ!」

俺はキレた。
胸倉を掴めば、橙矢は「そんなの絶対おかしいよ!」と泣き叫ぶ。おい将生くんの顔でそんなえげつない号泣すんな。

「あんま変なことばっか言ってると、しまいにゃ殴るぞ」
「もう殴ってる……顔以外全部……」
「…………そもそもお前何しに来た」
「うっ、う゛っ、」
「俺は将生くんの新作映画の余韻に浸るので忙しいんだよ。それとレポ。感想ツイート」
「感想なら直接おれに言ってくれたら良くない!?」
「やだよお前、俺が何言っても将生くんの悪口しか言わないじゃん。あとなんか、ファンとしてズルいし」
「じゃあせめてアカウントだけでも教えてよ!」
「やだね!俺は本人の目に触れない閉鎖集落で同胞たちと静かに馴れ合うんだ!鍵垢という名の閉鎖集落でな!!」

ぺぺぺ!と唾を飛ばしながら舌を出せば、橙矢が泣きながら仰反る。良心が痛むが、許してほしい。
本人に直接感想を言うのは、こう、ファンとしての自我がギリギリ許さないのだ。何ならこうして普通に会話するのだって、本来は許されないはずだ。
それでもこうして不法侵入を許し、剰え会話を交わしているのは、中学時代に橙矢が大暴れして国交断絶を拒んだからだ。
例えばあの将生くんポスターの下の壁。あそこにはゴリラが暴れた後みてぇな穴があるが、ゴリラじゃなくて橙矢が拳を振り回して開けた物である。あの時のあいつは本当に凄かった。
まあ今は、橙矢と将生くんが全くの別モノだと知っているので、コミュニケーション自体に躊躇いは無いが。
正直、自分でもこの境界線はよくわからない。
血でカピカピになったパンフレットに青筋を立てて、黙り込んでしまった幼馴染を一瞥する。
辛気臭く澱んだ碧眼が、気不味げに揺れていた。

「邪魔するなら帰れよ」
「…………」
「何か用があるんだろ」
「………のォ……て……」
「なに?」
「えん…のォ……て……」

ボソボソと早口で喋る男に、耳を寄せる。小蝿が飛び回るような声では、何を言っているのかわからない。もう一度「なんだって!」と言えば、耳元で「うーー!うーー!!」と唸りを上げられる。ヤケクソかよこいつ。

「演技のォ!練習に!付き合って!ください!」

キーン!とゼロ距離響いた絶叫に、耳が痺れる。涙目で呼吸を荒げる橙矢。なんだか必死なのはわかったけれど、言っている意味は全くわからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

嘘をついたのは……

hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。 幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。 それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。 そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。 誰がどんな嘘をついているのか。 嘘の先にあるものとはーー?

計画的ルームシェアの罠

高木凛
BL
両親の転居をきっかけに、幼馴染の一ノ瀬涼の家に居候することになった湊。 「学生のうちは勉強に専念しろ」なんて正論を吐く涼に反発しながらも、湊は心に決めていた。 しかし湊は知らない。一ノ瀬涼の罠に。 【初回3話は毎日更新! 以降は火・木19時更新予定】

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

処理中です...