俺の推しが幼馴染でアイドルでメンヘラ

ベポ田

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橙矢くんと今村くんの話

ファーストキスは橙矢でセカンドからはずーっと将生くん!!

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小学3年に上がってすぐの話だ。
学芸会の演劇で、橙矢は王子役に選ばれた。本人は泣いて嫌がったが、ルックスだけで言うと橙矢以上の適任はいなかったし、何より女子が橙矢以外を許さなかった。
演目は白雪姫。
誰もが絶世の美少年からのキスを渇望し、クラスの半数以上の女子が白雪姫役を奪い合う。最終的に選ばれた白雪姫3人は、死闘を潜り抜けるだけの猛者であるし、執念が並ではなかった。
白雪姫達は、絶対にモノにしてやると橙矢・プリンス・将生を追い回す。そして本人は、少女のように泣きながら逃げ回る。練習にならない。
そこで白羽の矢が立ったのが、橙矢のお世話役の俺だった。

「今村くん、橙矢くんのレッスンに付き合ってあげてくれない?」

相手役になって、セリフを合わせてあげるだけで良いから、と。
先生は、襤褸雑巾みたいになった橙矢の肩を抱いて俺に懇願した。俺は猪役で、肝を取られる時の「痛い!!」と「ゆるして」「死にたくない…」しかセリフが無かったので快諾した。

『なんて美しい人だ。この人を私に譲ってください』
『それはできません。僕たちの大事なお姫様です』
『そうですか。ではせめて、別れの口づけをさせてください。生まれて初めての恋なのです』

落ち着いて台詞を誦じる橙矢は、悔しいけど誰よりも王子様だった。台本を読みながらチラリと視線を上げれば、物鬱げな碧眼と視線がかちあう。
その時のアイツの雰囲気はいつもと違って、役に没頭してるって感じだった。泣き虫の面影は残ってすらいない。俺は同じクラスのミカちゃんが好きだったけど、ドキッとしてしまったくらいに魅力的だった。

『小人さん』

低い声で囁かれて、肩を揺らす。そんな台詞は台本には無かった筈だが。目を剥けば、橙矢が目線で俺の台本を示した。

「あー、すまん」

アイツに見惚れていて、セリフを読むのを忘れていた。咳払いをして、『どうぞ。あなた様なら、白雪姫も本望でしょう』とセリフ読み上げる。
台本を捲る音。
場面は終盤、王子が、白雪姫の死体にキスをするシーンだ。なんて猟奇的な王子なんだと思うけど、たしかにこいつが王子なら、どんな性癖も業も許される気がした。

『……姫』
「へ」

すぐ真上から降った声に、弾かれるように相貌を上げる。俺は小人さんだぞ。
まず視界に広がったのは、ミルクみたいな真っ白な肌と、煙るような睫毛。潤んだ碧眼は暗澹とした湖面みたいで、ずっと見つめていたら、引き摺り込まれてしまうような気がした。
悩ましげな吐息が鼻先を撫でて。
次の瞬間、唇に、ふにゅりと柔らかい何かが触れる。

「……っ、」

目を見開く。頬に添えられた小さくて柔らかい手に、耳たぶを緩く撫でられる。
唇をなぞった、生温くて湿った感触を最後に、橙矢の相貌が離れていく。

「……?、???、……っ、????」

何が起きたかも分からない。顔に段々と熱が集まってきて、ジワリと涙が滲む。うろうろと目線を彷徨わせたら、また、柔らかい手が俺の頬を撫でた。

『愛してる』
「う、」
『私はきみだけがかわいい』
「…………っ、」
「…………そーくん?」
「うわーーーーーっ!!!」

台本を放り出して、腰を抜かしたまま這うように逃げた。
キスされた。なんかあと、舐められた。ベロって。
アイツはヤバい。橙矢は怖い。
それを実地で擦り込まれた俺は、そのあとアイツから逃げ回った。そして、ぐちゃぐちゃの顔で「ごめんなさいそーくん!ごめんなさい!死んでおわびします!」と、ジャングルジムから飛び降りようとする橙矢を必死で止めるまで、あいつとは会話すら交わさなかった。
橙矢の演技は充分な仕上がりだったが、すっかりキスがトラウマになってしまったのか、(俺も立派なトラウマだ)本番ではポーズを取るだけにしたようだった。
ありがちで屈辱的な思い出だが、俺の犠牲によって3人の白雪姫が救われたのだと思えば悪くは無い。
そして大成功に幕を閉じたこの劇が、彼奴に何らかの影響を与えたのかは知らない。けれどまさか、小学生のお遊戯会で燻っていたコイツが、いまや世界中の人々の前でその演技を披露する事になるとは。感慨深すぎて涙ぐんでしまうぞ。

「…………そんな事はどうでも良くてェ!」

叫ぶ。叫んで、走馬灯のように駆け抜けた約10年前の記憶を振り払う。ついでに頬に添えられた、橙矢の手も叩き落とす。

「痛い!」
「馬鹿なの?お前は馬鹿なの!?」
「勿論ですおれは大馬鹿野郎です!ハムスターよりちっちゃい脳ミソとカブトガニ以下の知能で……え、でもなんで今?」

きょと、と濃いクマのできた目を瞬く。
なんでも何も無い。間違いじゃなければお前今、おれにキ…キスをしようとしたな?あの時の気まずさ忘れたんか。
とは言いにくいので、マイルドに「演技の練習って具体的にはなんだよ」と会話を試みる。そうだまず説明をしろ説明を。

「……ラブストーリーなんだけど」
「うん……」
「恋心とか言う、人間サマの尊い感情がおれに理解できるわけないじゃない。でも監督は計算機にも愛を説くタイプの人間だから…!」
「キ、キレるなよ……」
「伝道師なんだよ……愛の…恋愛マスターなの…小手先の演技とかすぐ見抜かれて……撮影とめちゃって……。このままじゃ能力不足で役降ろされて干されて事務所もクビになる。だから恋愛するか練習するかだけど、恋愛は人間サマの物だし」

頭を抱え、ポロポロと涙を流す橙矢。なんかもう、凄いなこいつ。凄い面倒臭い。人間をニンゲン様扱いするお前は一体何なんだ。苔でも生えてきそうな其奴の肩に手を置いて、「あー、なんだ」と呟く。涙の乗った下睫毛が、反応するようにふると揺れる。

「そう言う演技指導?みたいなのは、俺みたいな素人じゃなくて、プロとか同業者に頼んだ方が良いんじゃないか?」
「プロ……同業者……」
「そう。例えばほら、桃瀬くんとか。そう言うの得意そうだし、喜んで引き受けそう」

桃瀬くんは、将生くんと同じアイドルグループのメンバーである。可愛い見た目に反した、ワイルドな性格とパフォーマンスが人気のギャップモンスター。月9とかにも出てたので、演技にも明るいだろう。何より先輩信者で、将生くんの信奉者であり、将生くんファンの第一線を走る俺たちの代弁者でもある。
こいつが頼んだら彼は喜んで練習に付き合ってくれそうな物だが。ビジネス仲良しでも無い限り。

「………………」
「………………」

死にそうな表情で黙り込む橙矢。ダメそう。

「…………ビジネスなんだ……」
「そう言うわけじゃ、ない、と思う……」
「……?」
「桃瀬くんは、本当の本当に優しくて……俺なんかにも優しくしてくれて……『いつも尊敬してます』なんてリップサービスまでしてくれて……」
「それ多分リップサービスじゃないよ」
「だから、こう、失望されたく無いといいますか……」

言いながら、モジモジと俺のベッドに『の』の字を書き綴る。要は、自分を慕ってくれる後輩にカッコ悪いところを見せたくないのだ。
本当に頼りない。自己肯定感も自尊心も底辺の、乾物みたいな男だが。
確かにこの男は、誰かの理想を守る事に関しては、どこまでも全力だった。それだけに、なけなしのプライドと自尊心の全てを賭けているようにすら見える。
だから自分の苦労も、努力も、弱みも誰にも見せようとしない。

……誰かにとっての、完璧な『橙矢将生』を守るために。

チームメイトにすら頼れないのは、中々危ういし、この先どうやっていくつもりなのかと言う気にもなるが。
───『自分以外になってる時は、真っ直ぐきみの目が見れる気がするんだ』
───『そーくん、おれ、頑張る。胸を張って、みんなの前に立てるようになる』
ただ悲しいかな俺は、橙矢将生のそう言うところに惚れて追ってるみたいなところがあった。

「……………分かったよ……」

顔を覆って呟けば、隣で橙矢がバッと此方を見る。「ぞーぐん゛!!」と縋り付いてくるソイツの顔面を、咄嗟にパンフレットで抑え付ける。びょーんと付着した鼻水と涙。血と涙と鼻水、橙矢の体液という体液でふやけるパンフレット。
唇を噛んで、また映画の予約をした。


***


「す、すき、だいすき……」
『……それ、本当?』
「…………」
『夢みたい』

後頭部に回された右手が、くしゃりと俺の髪に絡まった。あどけない所作で引き寄せられて、非現実じみた美貌が鼻先に迫る。爽やかな柔軟剤の香りが、鼻腔を撫でて。
ふわ、と優しげに瞳が撓んだかと思えば、唇を奪われている。触れるだけのキスは、しかし、唇にその感触を深く残した。

「……もう、充分じゃ…」
『…………』
「10回以上してる。唇ふやけそう」

今日失ったキスの数だ。10回目以降は数えるのをやめた。もう一度「ま、将生くん……」と声をかければ、将生くんは、『そんな台詞台本にあったっけ…アドリブ?』みたいな怪訝な表情を消した。

「あ、ごめん……」

スイッチが切り替わる音が聞こえたみたいだった。先刻までの幸色を消して、将生く……橙矢の相貌には影の濃い負の感情が渦巻く。
サッと身を引きながら、ウェットティッシュをこちらへと差し出してきた。これで唇を除菌しろと言うことらしい。そこまで率先して自分を菌扱いする人間を、俺は初めて見ました。
受け取ったティッシュで唇を拭きながら、これまでのアレソレを回想する。
この練習を始めたのは3日前で、その間俺は、憧れの将生くんから迫られ、唇がふやけるくらいキスされた。ぶっちゃけ素人なので、どの演技に対しても『女の子になっちゃう!』『同担に殺されちゃう!』と言う感想しか湧かないわけだが。場数を踏む事に意味があるようで、将生くんは着実に何かを掴んできているらしい。

「……ほん、本当にありがとう…そーくんが居なかったらと思うとおれ、うぅ、想像しただけで吐き気してきた……」
「いや将生くんのためなら、正直こんなんなんぼでも付き合うけどさぁ。お前あれなの?本当に俺で良いの?」
「?」
「本番は可愛い女優さんと演技するんだろ。大丈夫?イモ顔の野郎とで耐性付く?」

首を傾げれば、橙矢の顔が青を通り越して蒼白になる。石膏像みたいだ。そのままヒビ入って真っ二つに割れそう。

「そそそそそーくんはイモ顔じゃない!」
「そこ!?」

あまりの剣幕に仰け反れば、ずい、とゾンビみたいな顔が近付いてくる。先刻と全く同じシチュエーションなのに、これはキス前と言うよりか、クリーチャーに捕食されるモブの気分だ。

「丸っこい頭も、まんまるな黒目も、なんか髪もツヤツヤサラサラしてて眩しい。そう、全体的に……」
「お、おう……」
「イモなのは、きっとそーくんが垢抜けたいと思ってないからだよ」
「結局イモはイモなのかよ」

胡乱な目で見れば、橙矢はまた表情を強ばらせた。この干物みてぇなメンタルの男が、珍しく不機嫌を露わにしている。

「イモじゃない……」
「顔こわ……」
「そもそも、おれが雪白さんとこんなチュッチュしてる方が不味いよ……盗撮されて、週刊誌に有る事無い事好き勝手書かれて、社会的にころされるんだ……」

それもそうだ。
と言うか、相手役の女優さんの名前サラッと漏らしたけど、それで良いの?守秘義務とか大丈夫?

「あと誰であれそーくんより緊張することはないから大丈夫」
「お前滑舌良いのな」
「あめんぼあかいなあいうえおっ!」

ノンブレス早口で言い切った橙矢が、「かきくけこっ!」と続けて叫んだ。顔を真っ赤にして、何かを誤魔化すみたいに両手をバタバタさせる。
ペンギンにでもなりたいのだろうか。
どうにしろ、こいつの顔色がマシになったので俺はちょっと安心する。

「まぁ、ともあれ練習になったなら良かったよ。演技のことは知らんけど、全国の将生くん担がキュン死なのは間違いなしだ」
「……した?」
「おお、とても童貞とは思えん。……何?なんて?このゼロ距離で聞き取れなかったんだけど。せっかく滑舌良いんだからハキハキ喋……」
「ドキドキした?」

控えめで上擦ったそれは、しかし妙に響く声だった。
思わず口を噤めば、終始伏せられていた相貌が上向く。ギョッと目を剥いた俺に、優しげな目尻が、ゆったりと柔くたわんだ。それでも瞳に宿る光は、妙な求心力とプレッシャーを伴っていて。
目が覚めるような青色に貫かれて、動けない。
脳裏を駆け抜けるのは、あの日の記憶。この碧眼に睨まれ、何もできずにファーストキスを奪われた根深きトラウマである。
なんだ、どうしたんだよお前。その顔まるで、

「…………そーくんは、ドキドキした?」

────まるで将生くんのようじゃないか!

「ァアァアア当たり前だろうが!?」

俺の声は上擦っていた。
上半身を仰け反らせ、堪らず橙矢の肩を押し戻す。
無理無理無理無理。なに、急にスイッチ入るじゃん。死滅した芸能人オーラのせいで忘れてはいたが、橙矢と将生くんの顔は同じなのだ。顔だけじゃ無くて、ついでに体格とか声とか匂いとか……いやいや、俺が将生くんの匂いを知っているわけがないだろうが。でも将生くんもきっとこういう匂いする。フローラルな柔軟剤の匂い。こんな感じの、香る程度の自然な芳香。あれ、じゃあ今おれの目の前に居るのは……

「橙矢橙矢橙矢橙矢!お前は橙矢!!」
「ヒ!?」

背を向け、姿見に向かって叫ぶ俺に、橙矢はギョッとした顔で肩を揺らす。いつも通りのザ・インキャムーヴに安堵。息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
もう一度瞼を閉じて開ければ、姿見越しに、幽霊みてぇな幼馴染がいた。

「…………急に、将生くんの顔をするな」
「せ、整形してきます……」
「おい!将生くんの超絶ナチュラル美顔を荒らすな!美しい花畑に人間の手なぞ不要だ!」
「おおおおおお俺はどどどどどどどうすればばばば」
「何もしなくて良い」
「え……」
「そのままのお前でいてくれ」
「そーくん…………」

口元を抑え、切なげに目を潤ませる将……橙矢。何がおまえの琴線に触れたのかはわからないが、すまん、今の俺に他人を気遣う余裕は無い。
額の汗を拭って、カピカピになったパンフレットの将生くんへと視線を移す。ああ、カピカピのグシャグシャになっても将生くんは美しいな。確かにそこに存在している。同じ人間は同時に2人存在しない。なので目の前のこいつは将生くんじゃない。
照明完了、QED   ペンパイナッポーアッポーペン。
肩にソッと手を乗せて微笑めば、橙矢は首を傾げた。こいつ。人の気も知らないで。
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