悪の総統に愛されて夜も眠れないDK

ベポ田

文字の大きさ
13 / 40
光と春近

それぞれの邂逅

しおりを挟む
「きみ!大丈夫か!?」

 快活な声に、重い頭を持ち上げる。
 店内を照らす蛍光灯が、目にまぶしい。自らを覗き込む男の顔も、逆光で見えない。
 それでも、陽光を閉じ込めたような金色だけが、きらきら輝いていた。

「ぁ、え、ひかる…………?」

 色彩から咄嗟に連想した名を口走ったが、顔を見るなり、すぐにその青年が幼馴染ではないことに気付く。
 対して青年は、春近の惨状を認めるなりすぅと表情を引き締めて「すまない」と言った。

「俺はヒカル…?ではない。けれど、俺が来たからにはもう大丈夫だ」

 ──────そう、ヒーローがきたからな!

 精悍な声と共に、快感の余韻に震える身体に布切れが落とされる。
 青年が来ていたのだろう、黒のスポーツウェアだった。

「遅くなって済まない。交流イベントがあったのと……その、随分とマーキングが薄くなってしまっていて、見つけるのに時間がかかった」
「…………あ、」

 そして、気付く。
 この青年は、先日映画館で出会った、号泣あんちゃんである。よくよく見ると、服装も当時と同じだ。

 ──────ならばあれはコスチュームで、本人の言う通り彼はヒーロー?
 ──────けれど彼の姿を、メディアや報道で見たことはない。

 混沌を極める思考に目を回す春近をよそに、青年は腰を上げ、しんとした店内を見回した。

「もう一体」

 それだけ呟いて、春近を庇うように一歩前に踏み出す。鳶色の短髪が、風に靡いて柔らかそうに揺れる。
 その拍子に、青年の足元が見える。先刻まではにわだったものの残骸が、哀れっぽく散らばっていた。
 踏みつぶしたのか。
 そう理解すると同時に、春近はわけもなく唾を嚥下する。

「姿の見えない怪人か」

 青年は低く呟いて、顎を引く。
 節くれ立った指先を、自らの首筋に添えて。
 赤が爆ぜる。
 頬に飛来した生温い感触に、それが血液であることを理解する。だが、それだけだった。
 青年が何を思って頸部を切ったのかも、眼前の光景の意味も、何一つ春近には理解できなかった。

「は、なに、して──────」
「そこか」

 青年の姿が消える。
 次の瞬間には、耳をつんざくような音と共に、商品棚が吹っ飛んでいた。そして、隣と、その隣の棚もドミノ倒しのように押し倒される。
 食器コーナーの棚も混じっていたのだろう。
 一際大きな破砕音と共に棚が倒れたのを最後に、生き物の甲高い悲鳴が響いた。
 視線を下に。
 先刻まで青年が居た位置───血飛沫に汚れた床は、不自然に抉れていた。
 そこに来て、理解する。
 青年は消えたのではない。正確には、目視すら叶わないほどの速度で跳躍していた。そして、そのまま潜んでいた怪人との交戦に入ったのだ。
 土煙が晴れる。
 幾分か開けた景色の中。背中を丸めた青年が、無残に横転した棚に乗り上げていた。
 そして、棚に押し付けるように、青年は何か──恐らく怪人だろう──に、馬乗りになったまま、その首を締め上げているようで。
 青年の身体に覆い隠されて、怪人の姿は見えない。
 しかし、じたばたと苦し気に藻掻く異形の腕は、赤い血で汚れていた。猿のような腕だった。

 ──────姿の見えない怪人。

 そんな言葉を思い出す。
 今捕縛している怪人がその通りの性質だとして、青年はその姿を視認するために血液をまき散らしたのだろうか。 
 単に、手近な染料として?自らの首を裂いた?あの一瞬で判断して?

「…………あり得ない、」

 とても、まともな人間の思考回路とは思えなかった。
 本来なら致命傷となるはずの頸部の傷は、既に塞がりかけている。
 姿形は確かに人間なのに、思考も、身体構造も、何もかもが自分とかけ離れすぎている。
 施設内に響き渡る客たちの悲鳴が、やけに遠くに聞こえるみたいだった。

「寄ってたかって、幼気な少年一人を陵辱?」
「ギ、ギギ…………」
「最高に、気分が悪いな」

 低い声には、滾るような憤りが滲んでいる。
 鳶色の前髪で覆い隠された相貌の中で、金色の瞳だけが獰猛に輝いていて。
 直接殺気を向けられたわけでもない。わかってはいるのに、春近の身体は一人でに震え始めていた。

「何かワケがあるのか?それは俺が納得できるものか?あるなら話せ、何が目的だ?──────お前たちの頭領は、一体何を考えている?」
「グギギ…………ギロギロギロギロ…………」
「…………何言ってんのかわかんねぇな」

 淡々と理不尽を押し付けながら、怪人の頸部に空いた右手を添えた。
 ぎしぎし、ぎしぎしと、頸部を締め上げる手元から軋むような音が上がる。
 黒インナーに包まれた筋肉が、ぶわりと膨張して。

「グ……ギャア…………ッ!」

 ぼきん。
 何かがへし折れる音に、春近は口元を抑える。
 うめき声が止んで、もがいていた異形の手がだらりと垂れさがった。
 敵が完全に沈黙したのを見届けて、青年はゆっくりと立ち上がる。

「無事か?」

 柔らかにたわんだ眦に、顧慮に満ちた優しげな声音。だが、青年は頭から血を被ったみたいに、全身赤まみれだった。
 へら、と恐怖に引きつった春近の笑みを見て、何かに気付いたように血濡れの右手を持ち上げた。
慌ただしくインナーの胸部分を引っ張って、ゴシゴシと顔面の血を拭く。
「えっと」と眉間を寄せる表情は、完全に好青年のそれだった。

「俺の戦いかたは、かなりグロいらしい」

 幾分か弛緩した空気のなか、瓦礫を踏みしめながらゆっくりと青年が歩み寄ってくる。
 腰を抜かしたままスポーツウェアを引き寄せることしかできない春近の脇で、膝を折って。

「本当なら、こうして独断で怪人と交戦するのも禁止されているんだ。イメージが悪すぎて。内密……には無理だな、この有様じゃ、うん……」
「…………」
「だから今日のイベントとかもさ、俺だけ無名ヒーローってことで人気なくて……あ、でもそのおかげでいち早く君を助けに来れたから、結果的には良かったのかもな。……あはは、」
「…………いや、その、」

 冷や汗を垂らしながら視線を泳がせる春近に、眉間を抑える。
 やがて苦笑いを引っ込めて、何かを決心したように表情を引き締めて。

「ごめん!」
「⁈」
「……怖がらせちゃったよな」

 がばりと頭を下げた青年を、春近は丸い目のまま見つめる。
 そして、相貌を上げた金眼が、きろ、と春近の震える指先を一瞥して。爽やかながらも、自嘲を滲ませた笑みを浮かべた。

「もっとこう、俺もキラキラした魔法武器とか使えたら良かったんだけど、いかんせん取り柄がフィジカルだけで、」
「お、おれ、あの、」
「目から何か出たと思ったら放射熱線だし、どっちが怪人っていうか、被害だけで言えば怪人より悪質だし…………だから戦力外通告されて、子供にも泣かれて、」
「あの!」

 遮るような大声に、今度は青年の方が丸い目をする番だった。
 満月みたいな瞳に、涙目で肩を震わせる陰気な青年が映り込む。

「おれこそ、すみません。助けてもらったのに変な反応しちゃって。ちょっと驚いたのは事実なんですけど…………それは俺がビビリだったってだけで、普通に感謝してるというか、ええと、」

 言葉を切った拍子に、ブラウンの瞳からぼろりと涙が零れ落ちる。
 血色の悪い肌を、僅かに朱に染めては、オーバーサイズのスポーツウェアを縋るように引き寄せて。

「その……助けてくれて、本当にありがとうございました…………!」
「……!」
「戦い方もカッコよかったと思います!深夜枠って感じで!」

 春近は、上擦った情けない声を張り上げる。
 普段腹から声を出すタイミングがなさ過ぎて、無駄に心臓がバクバクしていた。
 正直、初対面の印象が強すぎて、初めは彼との対面に戸惑ってはいたけれど。
 命を救われた今となって残るのは、感謝と、どうにか彼を元気付けたいという思いだけだった。
 人のために働いた人間が、あんな表情をするのはとても受け入れがたい。

「…………」
「…………あの?」

 完全に沈黙してしまった青年の顔を、恐る恐る覗き込む。
 あまりにも真顔だった。
 涼しげな目元に、整った彫りの深い目鼻立ちは、色が抜け落ちた途端にひどく冷たい印象を受ける。
 表情管理の力ってすごい。
 そんなピントのずれた感嘆半分、恐怖半分、春近は恐る恐る「ヒーローさん?」ともう一度呼びかける。

「ああ!」
「ひぃっ⁈」

 青年の瞳がカッと見開かれたと思えば、思い切り両肩を掴まれる。

「すまない!ぼうっとしていた!呼んだか、呼んだな君のヒーローを!」
「君の……何⁈」
「ヒーローだ!悪を挫き、あらゆる脅威からきみを守ろう!」
「い、痛い、痛い痛い!肩砕けちゃう…………!」

 悲痛な叫びに、青年ははっとした表情で両手を上げる。
 だが心なしか、瞳は未だ10割り増しでキラキラ輝いているように見えた。

「君は、きっとこれからも怪人に襲われる。だから俺が必要なんだ。今日だって、初めて襲われたというわけでもないんだろう?」
「何でそれを……」
「わかるともさ!君は匂うからな!というか、あれから俺はずっときみのことを探していた」

 絶句である。
 真っ青な顔のまま言葉を失う春近に、青年はずいと相貌を近付ける。摺り合わせられた高い鼻先が、スン、と小さく動いて。

「実際に会って、確信した。やはり君の近くには、悪の総統がいる──────なあ、『ハルチカ』」

 いやに静かな声で自らの名前を紡ぐ唇を、春近は散瞳したまま見つめることしかできない。
 その間に青年の服装が、寒々しいインナー姿から量産品のパーカーへと変化する。昼間春近が雑踏で衝突した青年だった。
 お出しされた既視感への答えよりも、春近の思考を占めるのは、彼が今ここで変身を解いた意味で。

「この姿の俺のことも、目に焼き付けて」
「…………っ、」
「明日から、きみを一番近くで守る男だ」

 きゅう、と猛禽のそれみたいに細く引き伸ばされた瞳孔に、春近の頬を冷たい汗が伝った。
 

***

『良きタイミングでお声がけを』

 通知音と共にスマホに表示されたメッセージに、光と女生徒の視線が吸い寄せられる。
 そして、そこに刻まれた送り主の名に、女子生徒の目が見開かれる。口端に寄せられた皺は、露骨な嫌悪と侮蔑を表しているようだった。

「…………嘘つき」
「……………………」
「全部、全部嘘じゃない、もう関わってないなんて」

 奥歯を嚙み締めながら、絞り出すように詰る。
 敵意に濁った視線を受けながら、光は女生徒から隠すようにスマートフォンを持ち上げた。

「何のこと?というか、俺もう行かなきゃ」
「は、まだ話は終わって…………、」
「俺も話したいのは山々なんだけど、本当ごめん、友達待ってるから」

 眉を寄せたまま、二人分の荷物を持って席を立つ。
 椅子と床材の擦れる音に仰け反る女生徒に、穏やかに微笑みかけて。僅かに相貌を傾けた拍子に、艶やかな金髪がさらと揺れる。
 一瞬惚けた表情を浮かべた女生徒は、光の笑みに、また激情を露わに「ふざけないで」と唸った。

「もう春近くんに付き纏わないでよ。春近くんを解放して」
「…………大げさだな。腐れ縁ってだけだよ」
「とぼけないでよ。どうせまたあの時みたいに、春近くんに変なことするつもりで───!」
「あのさ」

 女生徒の言葉を遮った声は、冷え切ったものだった。
 先刻までの微笑は見る影もない。底冷えするような暗い目で女生徒を見下ろして、気だるげに口を開いた。

「君が最後に春近に会ったのはいつ?10年以上前だよね。幼稚園でクラスが一緒だったってだけの君が、今の俺と春近の何を知っているの」
「…………な、そんな、それは、」
「そんなに春近が大事で守りたいって言うならさ、ずっと近くに居るべきだったんじゃない」

 緩やかな口調で畳みかける相貌は、酷薄な笑みの形に歪んでいく。

「────ねぇ、春近から目を離したのは君でしょ」

 黒々とした瞳孔に睨まれて、女生徒の口から引き攣った悲鳴が漏れる。よろめきながら後退る所作は、完全に戦意を喪失した様子だった。

「…………俺、本当にもう行くから」

 囁くように言って、思い出したように穏やかな微笑を浮かべる。
 二、三言、女性徒が何かを言ったが、今度こそ光は足を止めなかった。
 よどみない足取りで、コーヒーショップの扉を潜って。

「じゃあね、カナちゃん」

 自動ドアの駆動音に搔き消された呟きに、自嘲気味に口元を歪めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

「ねぇ、俺以外に触れられないように閉じ込めるしかないよね」最強不良美男子に平凡な僕が執着されてラブラブになる話

ちゃこ
BL
見た目も頭も平凡な男子高校生 佐藤夏樹。 運動神経は平凡以下。 考えていることが口に先に出ちゃったり、ぼうっとしてたりと天然な性格。 ひょんなことから、学校一、他校からも恐れられている不良でスパダリの美少年 御堂蓮と出会い、 なぜか気に入られ、なぜか執着され、あれよあれよのうちに両思い・・・ ヤンデレ攻めですが、受けは天然でヤンデレをするっと受け入れ、むしろラブラブモードで振り回します♡ 超絶美形不良スパダリ✖️少し天然平凡男子

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

処理中です...