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光と春近
それぞれの邂逅
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「きみ!大丈夫か!?」
快活な声に、重い頭を持ち上げる。
店内を照らす蛍光灯が、目にまぶしい。自らを覗き込む男の顔も、逆光で見えない。
それでも、陽光を閉じ込めたような金色だけが、きらきら輝いていた。
「ぁ、え、ひかる…………?」
色彩から咄嗟に連想した名を口走ったが、顔を見るなり、すぐにその青年が幼馴染ではないことに気付く。
対して青年は、春近の惨状を認めるなりすぅと表情を引き締めて「すまない」と言った。
「俺はヒカル…?ではない。けれど、俺が来たからにはもう大丈夫だ」
──────そう、ヒーローがきたからな!
精悍な声と共に、快感の余韻に震える身体に布切れが落とされる。
青年が来ていたのだろう、黒のスポーツウェアだった。
「遅くなって済まない。交流イベントがあったのと……その、随分とマーキングが薄くなってしまっていて、見つけるのに時間がかかった」
「…………あ、」
そして、気付く。
この青年は、先日映画館で出会った、号泣あんちゃんである。よくよく見ると、服装も当時と同じだ。
──────ならばあれはコスチュームで、本人の言う通り彼はヒーロー?
──────けれど彼の姿を、メディアや報道で見たことはない。
混沌を極める思考に目を回す春近をよそに、青年は腰を上げ、しんとした店内を見回した。
「もう一体」
それだけ呟いて、春近を庇うように一歩前に踏み出す。鳶色の短髪が、風に靡いて柔らかそうに揺れる。
その拍子に、青年の足元が見える。先刻まではにわだったものの残骸が、哀れっぽく散らばっていた。
踏みつぶしたのか。
そう理解すると同時に、春近はわけもなく唾を嚥下する。
「姿の見えない怪人か」
青年は低く呟いて、顎を引く。
節くれ立った指先を、自らの首筋に添えて。
赤が爆ぜる。
頬に飛来した生温い感触に、それが血液であることを理解する。だが、それだけだった。
青年が何を思って頸部を切ったのかも、眼前の光景の意味も、何一つ春近には理解できなかった。
「は、なに、して──────」
「そこか」
青年の姿が消える。
次の瞬間には、耳をつんざくような音と共に、商品棚が吹っ飛んでいた。そして、隣と、その隣の棚もドミノ倒しのように押し倒される。
食器コーナーの棚も混じっていたのだろう。
一際大きな破砕音と共に棚が倒れたのを最後に、生き物の甲高い悲鳴が響いた。
視線を下に。
先刻まで青年が居た位置───血飛沫に汚れた床は、不自然に抉れていた。
そこに来て、理解する。
青年は消えたのではない。正確には、目視すら叶わないほどの速度で跳躍していた。そして、そのまま潜んでいた怪人との交戦に入ったのだ。
土煙が晴れる。
幾分か開けた景色の中。背中を丸めた青年が、無残に横転した棚に乗り上げていた。
そして、棚に押し付けるように、青年は何か──恐らく怪人だろう──に、馬乗りになったまま、その首を締め上げているようで。
青年の身体に覆い隠されて、怪人の姿は見えない。
しかし、じたばたと苦し気に藻掻く異形の腕は、赤い血で汚れていた。猿のような腕だった。
──────姿の見えない怪人。
そんな言葉を思い出す。
今捕縛している怪人がその通りの性質だとして、青年はその姿を視認するために血液をまき散らしたのだろうか。
単に、手近な染料として?自らの首を裂いた?あの一瞬で判断して?
「…………あり得ない、」
とても、まともな人間の思考回路とは思えなかった。
本来なら致命傷となるはずの頸部の傷は、既に塞がりかけている。
姿形は確かに人間なのに、思考も、身体構造も、何もかもが自分とかけ離れすぎている。
施設内に響き渡る客たちの悲鳴が、やけに遠くに聞こえるみたいだった。
「寄ってたかって、幼気な少年一人を陵辱?」
「ギ、ギギ…………」
「最高に、気分が悪いな」
低い声には、滾るような憤りが滲んでいる。
鳶色の前髪で覆い隠された相貌の中で、金色の瞳だけが獰猛に輝いていて。
直接殺気を向けられたわけでもない。わかってはいるのに、春近の身体は一人でに震え始めていた。
「何かワケがあるのか?それは俺が納得できるものか?あるなら話せ、何が目的だ?──────お前たちの頭領は、一体何を考えている?」
「グギギ…………ギロギロギロギロ…………」
「…………何言ってんのかわかんねぇな」
淡々と理不尽を押し付けながら、怪人の頸部に空いた右手を添えた。
ぎしぎし、ぎしぎしと、頸部を締め上げる手元から軋むような音が上がる。
黒インナーに包まれた筋肉が、ぶわりと膨張して。
「グ……ギャア…………ッ!」
ぼきん。
何かがへし折れる音に、春近は口元を抑える。
うめき声が止んで、もがいていた異形の手がだらりと垂れさがった。
敵が完全に沈黙したのを見届けて、青年はゆっくりと立ち上がる。
「無事か?」
柔らかにたわんだ眦に、顧慮に満ちた優しげな声音。だが、青年は頭から血を被ったみたいに、全身赤まみれだった。
へら、と恐怖に引きつった春近の笑みを見て、何かに気付いたように血濡れの右手を持ち上げた。
慌ただしくインナーの胸部分を引っ張って、ゴシゴシと顔面の血を拭く。
「えっと」と眉間を寄せる表情は、完全に好青年のそれだった。
「俺の戦いかたは、かなりグロいらしい」
幾分か弛緩した空気のなか、瓦礫を踏みしめながらゆっくりと青年が歩み寄ってくる。
腰を抜かしたままスポーツウェアを引き寄せることしかできない春近の脇で、膝を折って。
「本当なら、こうして独断で怪人と交戦するのも禁止されているんだ。イメージが悪すぎて。内密……には無理だな、この有様じゃ、うん……」
「…………」
「だから今日のイベントとかもさ、俺だけ無名ヒーローってことで人気なくて……あ、でもそのおかげでいち早く君を助けに来れたから、結果的には良かったのかもな。……あはは、」
「…………いや、その、」
冷や汗を垂らしながら視線を泳がせる春近に、眉間を抑える。
やがて苦笑いを引っ込めて、何かを決心したように表情を引き締めて。
「ごめん!」
「⁈」
「……怖がらせちゃったよな」
がばりと頭を下げた青年を、春近は丸い目のまま見つめる。
そして、相貌を上げた金眼が、きろ、と春近の震える指先を一瞥して。爽やかながらも、自嘲を滲ませた笑みを浮かべた。
「もっとこう、俺もキラキラした魔法武器とか使えたら良かったんだけど、いかんせん取り柄がフィジカルだけで、」
「お、おれ、あの、」
「目から何か出たと思ったら放射熱線だし、どっちが怪人っていうか、被害だけで言えば怪人より悪質だし…………だから戦力外通告されて、子供にも泣かれて、」
「あの!」
遮るような大声に、今度は青年の方が丸い目をする番だった。
満月みたいな瞳に、涙目で肩を震わせる陰気な青年が映り込む。
「おれこそ、すみません。助けてもらったのに変な反応しちゃって。ちょっと驚いたのは事実なんですけど…………それは俺がビビリだったってだけで、普通に感謝してるというか、ええと、」
言葉を切った拍子に、ブラウンの瞳からぼろりと涙が零れ落ちる。
血色の悪い肌を、僅かに朱に染めては、オーバーサイズのスポーツウェアを縋るように引き寄せて。
「その……助けてくれて、本当にありがとうございました…………!」
「……!」
「戦い方もカッコよかったと思います!深夜枠って感じで!」
春近は、上擦った情けない声を張り上げる。
普段腹から声を出すタイミングがなさ過ぎて、無駄に心臓がバクバクしていた。
正直、初対面の印象が強すぎて、初めは彼との対面に戸惑ってはいたけれど。
命を救われた今となって残るのは、感謝と、どうにか彼を元気付けたいという思いだけだった。
人のために働いた人間が、あんな表情をするのはとても受け入れがたい。
「…………」
「…………あの?」
完全に沈黙してしまった青年の顔を、恐る恐る覗き込む。
あまりにも真顔だった。
涼しげな目元に、整った彫りの深い目鼻立ちは、色が抜け落ちた途端にひどく冷たい印象を受ける。
表情管理の力ってすごい。
そんなピントのずれた感嘆半分、恐怖半分、春近は恐る恐る「ヒーローさん?」ともう一度呼びかける。
「ああ!」
「ひぃっ⁈」
青年の瞳がカッと見開かれたと思えば、思い切り両肩を掴まれる。
「すまない!ぼうっとしていた!呼んだか、呼んだな君のヒーローを!」
「君の……何⁈」
「ヒーローだ!悪を挫き、あらゆる脅威からきみを守ろう!」
「い、痛い、痛い痛い!肩砕けちゃう…………!」
悲痛な叫びに、青年ははっとした表情で両手を上げる。
だが心なしか、瞳は未だ10割り増しでキラキラ輝いているように見えた。
「君は、きっとこれからも怪人に襲われる。だから俺が必要なんだ。今日だって、初めて襲われたというわけでもないんだろう?」
「何でそれを……」
「わかるともさ!君は匂うからな!というか、あれから俺はずっときみのことを探していた」
絶句である。
真っ青な顔のまま言葉を失う春近に、青年はずいと相貌を近付ける。摺り合わせられた高い鼻先が、スン、と小さく動いて。
「実際に会って、確信した。やはり君の近くには、悪の総統がいる──────なあ、『ハルチカ』」
いやに静かな声で自らの名前を紡ぐ唇を、春近は散瞳したまま見つめることしかできない。
その間に青年の服装が、寒々しいインナー姿から量産品のパーカーへと変化する。昼間春近が雑踏で衝突した青年だった。
お出しされた既視感への答えよりも、春近の思考を占めるのは、彼が今ここで変身を解いた意味で。
「この姿の俺のことも、目に焼き付けて」
「…………っ、」
「明日から、きみを一番近くで守る男だ」
きゅう、と猛禽のそれみたいに細く引き伸ばされた瞳孔に、春近の頬を冷たい汗が伝った。
***
『良きタイミングでお声がけを』
通知音と共にスマホに表示されたメッセージに、光と女生徒の視線が吸い寄せられる。
そして、そこに刻まれた送り主の名に、女子生徒の目が見開かれる。口端に寄せられた皺は、露骨な嫌悪と侮蔑を表しているようだった。
「…………嘘つき」
「……………………」
「全部、全部嘘じゃない、もう関わってないなんて」
奥歯を嚙み締めながら、絞り出すように詰る。
敵意に濁った視線を受けながら、光は女生徒から隠すようにスマートフォンを持ち上げた。
「何のこと?というか、俺もう行かなきゃ」
「は、まだ話は終わって…………、」
「俺も話したいのは山々なんだけど、本当ごめん、友達待ってるから」
眉を寄せたまま、二人分の荷物を持って席を立つ。
椅子と床材の擦れる音に仰け反る女生徒に、穏やかに微笑みかけて。僅かに相貌を傾けた拍子に、艶やかな金髪がさらと揺れる。
一瞬惚けた表情を浮かべた女生徒は、光の笑みに、また激情を露わに「ふざけないで」と唸った。
「もう春近くんに付き纏わないでよ。春近くんを解放して」
「…………大げさだな。腐れ縁ってだけだよ」
「とぼけないでよ。どうせまたあの時みたいに、春近くんに変なことするつもりで───!」
「あのさ」
女生徒の言葉を遮った声は、冷え切ったものだった。
先刻までの微笑は見る影もない。底冷えするような暗い目で女生徒を見下ろして、気だるげに口を開いた。
「君が最後に春近に会ったのはいつ?10年以上前だよね。幼稚園でクラスが一緒だったってだけの君が、今の俺と春近の何を知っているの」
「…………な、そんな、それは、」
「そんなに春近が大事で守りたいって言うならさ、ずっと近くに居るべきだったんじゃない」
緩やかな口調で畳みかける相貌は、酷薄な笑みの形に歪んでいく。
「────ねぇ、春近から目を離したのは君でしょ」
黒々とした瞳孔に睨まれて、女生徒の口から引き攣った悲鳴が漏れる。よろめきながら後退る所作は、完全に戦意を喪失した様子だった。
「…………俺、本当にもう行くから」
囁くように言って、思い出したように穏やかな微笑を浮かべる。
二、三言、女性徒が何かを言ったが、今度こそ光は足を止めなかった。
よどみない足取りで、コーヒーショップの扉を潜って。
「じゃあね、カナちゃん」
自動ドアの駆動音に搔き消された呟きに、自嘲気味に口元を歪めた。
快活な声に、重い頭を持ち上げる。
店内を照らす蛍光灯が、目にまぶしい。自らを覗き込む男の顔も、逆光で見えない。
それでも、陽光を閉じ込めたような金色だけが、きらきら輝いていた。
「ぁ、え、ひかる…………?」
色彩から咄嗟に連想した名を口走ったが、顔を見るなり、すぐにその青年が幼馴染ではないことに気付く。
対して青年は、春近の惨状を認めるなりすぅと表情を引き締めて「すまない」と言った。
「俺はヒカル…?ではない。けれど、俺が来たからにはもう大丈夫だ」
──────そう、ヒーローがきたからな!
精悍な声と共に、快感の余韻に震える身体に布切れが落とされる。
青年が来ていたのだろう、黒のスポーツウェアだった。
「遅くなって済まない。交流イベントがあったのと……その、随分とマーキングが薄くなってしまっていて、見つけるのに時間がかかった」
「…………あ、」
そして、気付く。
この青年は、先日映画館で出会った、号泣あんちゃんである。よくよく見ると、服装も当時と同じだ。
──────ならばあれはコスチュームで、本人の言う通り彼はヒーロー?
──────けれど彼の姿を、メディアや報道で見たことはない。
混沌を極める思考に目を回す春近をよそに、青年は腰を上げ、しんとした店内を見回した。
「もう一体」
それだけ呟いて、春近を庇うように一歩前に踏み出す。鳶色の短髪が、風に靡いて柔らかそうに揺れる。
その拍子に、青年の足元が見える。先刻まではにわだったものの残骸が、哀れっぽく散らばっていた。
踏みつぶしたのか。
そう理解すると同時に、春近はわけもなく唾を嚥下する。
「姿の見えない怪人か」
青年は低く呟いて、顎を引く。
節くれ立った指先を、自らの首筋に添えて。
赤が爆ぜる。
頬に飛来した生温い感触に、それが血液であることを理解する。だが、それだけだった。
青年が何を思って頸部を切ったのかも、眼前の光景の意味も、何一つ春近には理解できなかった。
「は、なに、して──────」
「そこか」
青年の姿が消える。
次の瞬間には、耳をつんざくような音と共に、商品棚が吹っ飛んでいた。そして、隣と、その隣の棚もドミノ倒しのように押し倒される。
食器コーナーの棚も混じっていたのだろう。
一際大きな破砕音と共に棚が倒れたのを最後に、生き物の甲高い悲鳴が響いた。
視線を下に。
先刻まで青年が居た位置───血飛沫に汚れた床は、不自然に抉れていた。
そこに来て、理解する。
青年は消えたのではない。正確には、目視すら叶わないほどの速度で跳躍していた。そして、そのまま潜んでいた怪人との交戦に入ったのだ。
土煙が晴れる。
幾分か開けた景色の中。背中を丸めた青年が、無残に横転した棚に乗り上げていた。
そして、棚に押し付けるように、青年は何か──恐らく怪人だろう──に、馬乗りになったまま、その首を締め上げているようで。
青年の身体に覆い隠されて、怪人の姿は見えない。
しかし、じたばたと苦し気に藻掻く異形の腕は、赤い血で汚れていた。猿のような腕だった。
──────姿の見えない怪人。
そんな言葉を思い出す。
今捕縛している怪人がその通りの性質だとして、青年はその姿を視認するために血液をまき散らしたのだろうか。
単に、手近な染料として?自らの首を裂いた?あの一瞬で判断して?
「…………あり得ない、」
とても、まともな人間の思考回路とは思えなかった。
本来なら致命傷となるはずの頸部の傷は、既に塞がりかけている。
姿形は確かに人間なのに、思考も、身体構造も、何もかもが自分とかけ離れすぎている。
施設内に響き渡る客たちの悲鳴が、やけに遠くに聞こえるみたいだった。
「寄ってたかって、幼気な少年一人を陵辱?」
「ギ、ギギ…………」
「最高に、気分が悪いな」
低い声には、滾るような憤りが滲んでいる。
鳶色の前髪で覆い隠された相貌の中で、金色の瞳だけが獰猛に輝いていて。
直接殺気を向けられたわけでもない。わかってはいるのに、春近の身体は一人でに震え始めていた。
「何かワケがあるのか?それは俺が納得できるものか?あるなら話せ、何が目的だ?──────お前たちの頭領は、一体何を考えている?」
「グギギ…………ギロギロギロギロ…………」
「…………何言ってんのかわかんねぇな」
淡々と理不尽を押し付けながら、怪人の頸部に空いた右手を添えた。
ぎしぎし、ぎしぎしと、頸部を締め上げる手元から軋むような音が上がる。
黒インナーに包まれた筋肉が、ぶわりと膨張して。
「グ……ギャア…………ッ!」
ぼきん。
何かがへし折れる音に、春近は口元を抑える。
うめき声が止んで、もがいていた異形の手がだらりと垂れさがった。
敵が完全に沈黙したのを見届けて、青年はゆっくりと立ち上がる。
「無事か?」
柔らかにたわんだ眦に、顧慮に満ちた優しげな声音。だが、青年は頭から血を被ったみたいに、全身赤まみれだった。
へら、と恐怖に引きつった春近の笑みを見て、何かに気付いたように血濡れの右手を持ち上げた。
慌ただしくインナーの胸部分を引っ張って、ゴシゴシと顔面の血を拭く。
「えっと」と眉間を寄せる表情は、完全に好青年のそれだった。
「俺の戦いかたは、かなりグロいらしい」
幾分か弛緩した空気のなか、瓦礫を踏みしめながらゆっくりと青年が歩み寄ってくる。
腰を抜かしたままスポーツウェアを引き寄せることしかできない春近の脇で、膝を折って。
「本当なら、こうして独断で怪人と交戦するのも禁止されているんだ。イメージが悪すぎて。内密……には無理だな、この有様じゃ、うん……」
「…………」
「だから今日のイベントとかもさ、俺だけ無名ヒーローってことで人気なくて……あ、でもそのおかげでいち早く君を助けに来れたから、結果的には良かったのかもな。……あはは、」
「…………いや、その、」
冷や汗を垂らしながら視線を泳がせる春近に、眉間を抑える。
やがて苦笑いを引っ込めて、何かを決心したように表情を引き締めて。
「ごめん!」
「⁈」
「……怖がらせちゃったよな」
がばりと頭を下げた青年を、春近は丸い目のまま見つめる。
そして、相貌を上げた金眼が、きろ、と春近の震える指先を一瞥して。爽やかながらも、自嘲を滲ませた笑みを浮かべた。
「もっとこう、俺もキラキラした魔法武器とか使えたら良かったんだけど、いかんせん取り柄がフィジカルだけで、」
「お、おれ、あの、」
「目から何か出たと思ったら放射熱線だし、どっちが怪人っていうか、被害だけで言えば怪人より悪質だし…………だから戦力外通告されて、子供にも泣かれて、」
「あの!」
遮るような大声に、今度は青年の方が丸い目をする番だった。
満月みたいな瞳に、涙目で肩を震わせる陰気な青年が映り込む。
「おれこそ、すみません。助けてもらったのに変な反応しちゃって。ちょっと驚いたのは事実なんですけど…………それは俺がビビリだったってだけで、普通に感謝してるというか、ええと、」
言葉を切った拍子に、ブラウンの瞳からぼろりと涙が零れ落ちる。
血色の悪い肌を、僅かに朱に染めては、オーバーサイズのスポーツウェアを縋るように引き寄せて。
「その……助けてくれて、本当にありがとうございました…………!」
「……!」
「戦い方もカッコよかったと思います!深夜枠って感じで!」
春近は、上擦った情けない声を張り上げる。
普段腹から声を出すタイミングがなさ過ぎて、無駄に心臓がバクバクしていた。
正直、初対面の印象が強すぎて、初めは彼との対面に戸惑ってはいたけれど。
命を救われた今となって残るのは、感謝と、どうにか彼を元気付けたいという思いだけだった。
人のために働いた人間が、あんな表情をするのはとても受け入れがたい。
「…………」
「…………あの?」
完全に沈黙してしまった青年の顔を、恐る恐る覗き込む。
あまりにも真顔だった。
涼しげな目元に、整った彫りの深い目鼻立ちは、色が抜け落ちた途端にひどく冷たい印象を受ける。
表情管理の力ってすごい。
そんなピントのずれた感嘆半分、恐怖半分、春近は恐る恐る「ヒーローさん?」ともう一度呼びかける。
「ああ!」
「ひぃっ⁈」
青年の瞳がカッと見開かれたと思えば、思い切り両肩を掴まれる。
「すまない!ぼうっとしていた!呼んだか、呼んだな君のヒーローを!」
「君の……何⁈」
「ヒーローだ!悪を挫き、あらゆる脅威からきみを守ろう!」
「い、痛い、痛い痛い!肩砕けちゃう…………!」
悲痛な叫びに、青年ははっとした表情で両手を上げる。
だが心なしか、瞳は未だ10割り増しでキラキラ輝いているように見えた。
「君は、きっとこれからも怪人に襲われる。だから俺が必要なんだ。今日だって、初めて襲われたというわけでもないんだろう?」
「何でそれを……」
「わかるともさ!君は匂うからな!というか、あれから俺はずっときみのことを探していた」
絶句である。
真っ青な顔のまま言葉を失う春近に、青年はずいと相貌を近付ける。摺り合わせられた高い鼻先が、スン、と小さく動いて。
「実際に会って、確信した。やはり君の近くには、悪の総統がいる──────なあ、『ハルチカ』」
いやに静かな声で自らの名前を紡ぐ唇を、春近は散瞳したまま見つめることしかできない。
その間に青年の服装が、寒々しいインナー姿から量産品のパーカーへと変化する。昼間春近が雑踏で衝突した青年だった。
お出しされた既視感への答えよりも、春近の思考を占めるのは、彼が今ここで変身を解いた意味で。
「この姿の俺のことも、目に焼き付けて」
「…………っ、」
「明日から、きみを一番近くで守る男だ」
きゅう、と猛禽のそれみたいに細く引き伸ばされた瞳孔に、春近の頬を冷たい汗が伝った。
***
『良きタイミングでお声がけを』
通知音と共にスマホに表示されたメッセージに、光と女生徒の視線が吸い寄せられる。
そして、そこに刻まれた送り主の名に、女子生徒の目が見開かれる。口端に寄せられた皺は、露骨な嫌悪と侮蔑を表しているようだった。
「…………嘘つき」
「……………………」
「全部、全部嘘じゃない、もう関わってないなんて」
奥歯を嚙み締めながら、絞り出すように詰る。
敵意に濁った視線を受けながら、光は女生徒から隠すようにスマートフォンを持ち上げた。
「何のこと?というか、俺もう行かなきゃ」
「は、まだ話は終わって…………、」
「俺も話したいのは山々なんだけど、本当ごめん、友達待ってるから」
眉を寄せたまま、二人分の荷物を持って席を立つ。
椅子と床材の擦れる音に仰け反る女生徒に、穏やかに微笑みかけて。僅かに相貌を傾けた拍子に、艶やかな金髪がさらと揺れる。
一瞬惚けた表情を浮かべた女生徒は、光の笑みに、また激情を露わに「ふざけないで」と唸った。
「もう春近くんに付き纏わないでよ。春近くんを解放して」
「…………大げさだな。腐れ縁ってだけだよ」
「とぼけないでよ。どうせまたあの時みたいに、春近くんに変なことするつもりで───!」
「あのさ」
女生徒の言葉を遮った声は、冷え切ったものだった。
先刻までの微笑は見る影もない。底冷えするような暗い目で女生徒を見下ろして、気だるげに口を開いた。
「君が最後に春近に会ったのはいつ?10年以上前だよね。幼稚園でクラスが一緒だったってだけの君が、今の俺と春近の何を知っているの」
「…………な、そんな、それは、」
「そんなに春近が大事で守りたいって言うならさ、ずっと近くに居るべきだったんじゃない」
緩やかな口調で畳みかける相貌は、酷薄な笑みの形に歪んでいく。
「────ねぇ、春近から目を離したのは君でしょ」
黒々とした瞳孔に睨まれて、女生徒の口から引き攣った悲鳴が漏れる。よろめきながら後退る所作は、完全に戦意を喪失した様子だった。
「…………俺、本当にもう行くから」
囁くように言って、思い出したように穏やかな微笑を浮かべる。
二、三言、女性徒が何かを言ったが、今度こそ光は足を止めなかった。
よどみない足取りで、コーヒーショップの扉を潜って。
「じゃあね、カナちゃん」
自動ドアの駆動音に搔き消された呟きに、自嘲気味に口元を歪めた。
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