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とりあえずハッピー(個人差有)エンド
初恋の話
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春近は、花が好きだった。
花は綺麗でいい匂いがするし、育てる過程も楽しい。
種を蒔くときはどんな花が咲くのか想像してワクワクしたし、特に水やりは、雨の日が憂鬱になるくらいに夢中になった。
ゾウさんジョウロを傾けると、水が放物線を描きながら、きらきら光が反射する。小さな虹みたいで、どれだけ見ていても飽きない。
鬼ごっこやお絵描きで遊ぶお友達を尻目に、自由時間になると真っ先に花壇へと走った。
けれど、年中さんに上がってすぐ、水やりと同じくらいに夢中になれる物に出会った。
丸くてふわふわな、猫型怪人。
人懐っこくて、喉を鳴らしながら擦り寄ってきてくれるのがたまらなくてかわいい。
そして、その猫型怪人といつも一緒にいる、綺麗な少年。
どう言った事情で怪人を飼っているのかも、考えていることもよくわからかったけれど、とても優しい子であることは伝わってくる。
反応は薄かったけれど、嫌がっているわけではなさそうだったので、猫型怪人と少年の元へと通い続けた。
一緒に過ごす時間の殆どは、春近が一方的に話していた。けれどいつしか少年は、猫型怪人を抱いたまま、春近の水やりを隣でじっと眺めるようになった。
年長に上がるとき、一度喧嘩らしいものをした。
少年が急に、春近を避けるようになったのだ。大きな怪我をして、退院してすぐのことだった。
理由はわからないけれど、少年が望まないのなら無理矢理押しかけるべきではない。
理屈では分かっていたのに、感情は──胸にぽっかりと穴が空いたみたいな寂しさには、耐えられそうになかった。
結局春近は、少年を引き留めた。
泣きながら絶交は嫌だと懇願する春近があまりに哀れだったのか、少年はその後、春近を避けなくなった。
年長になって、春近と少年は同じクラスになった。
前よりも格段に距離が縮まって、一緒にいる時間が増えた。
毎日飽きもせず、ずっと隣で水やりを眺めている。
分け与えたおやつを春近が頬張るのを、じっと見つめては心底幸せそうに笑う。
知れば知るほど、少年は不思議な子供だった。
そしてある日、不思議な少年は不思議な遊びを持ち掛けてきた。
五円玉を春近の目の前に垂らして、ふらふら揺らした。楽しさはよくわからなかったけれど、少年があまりにも必死な表情をするので、春近もまた真剣に付き合った。
それからのことは、あまり思い出せない。
春の寝床みたいに、心地良い微睡の中にいた気がする。
そして少しだけ長い夢から覚めたとき、少年が泣いていた。
枯れたアサガオを抱いたまま、ただ泣いていた。わけを聞くと、少年はまた泣いて。
どうして少年が謝るのか分からなかった。
アサガオが枯れてしまったのは悲しかったけれど、それ以上に少年を泣かせてしまったことが悲しかった。
「光くん」
だから、春近は少年の名前を呼びながら手招きした。
おずおずやってきた光の手に、アサガオの鉢に残った種を握らせる。
そうして、もう一度一緒にアサガオを植えた。
一緒に育てたアサガオは、季節外れなのもあって上手く育たなかった。
図書館で借りた本を母親に解読してもらいながら、唯一咲いた小さな花を押し花にした。
不格好でお世辞にも綺麗だとは言えなかったけれど、光は喜んで受け取ってくれた。
「ありがとう、春近くん」
眉を寄せて、真っ白な頬を薄桃に染める。
目を細めた拍子にわ宝石みたいに綺麗な瞳から、ぽろりと大粒の涙が溢れる。
泣きながら、あまりにも綺麗に、何より嬉しそうに笑う物だから。
目が離せずに、ただ胸をほわほわと満たす温かい物を大事に抱いていた。
また喜んでほしくて、その笑顔が見たくて、それから一緒に花を育てて押し花をプレゼントした。
秋はコスモス、そして春はマーガレットを育てた。
卒園式で渡したマーガレットの押し花は、初めて渡した物よりか、幾分か出来が良かった。
相変わらずよくわからない子だったけれど──……というか、今でもよくわからないヤツだけれど。
一つだけ分かるのは、多分、春近にとってそれが初めてで最後の恋だったということだ。
─────────ねぇ、光。
光、ごめんね。おれ、本当はうっすら覚えてるんだ。
春の寝床みたいに、心地良い微睡のなか。
ずっと、きみが何度も好きだと言ってくれたこと。
花は綺麗でいい匂いがするし、育てる過程も楽しい。
種を蒔くときはどんな花が咲くのか想像してワクワクしたし、特に水やりは、雨の日が憂鬱になるくらいに夢中になった。
ゾウさんジョウロを傾けると、水が放物線を描きながら、きらきら光が反射する。小さな虹みたいで、どれだけ見ていても飽きない。
鬼ごっこやお絵描きで遊ぶお友達を尻目に、自由時間になると真っ先に花壇へと走った。
けれど、年中さんに上がってすぐ、水やりと同じくらいに夢中になれる物に出会った。
丸くてふわふわな、猫型怪人。
人懐っこくて、喉を鳴らしながら擦り寄ってきてくれるのがたまらなくてかわいい。
そして、その猫型怪人といつも一緒にいる、綺麗な少年。
どう言った事情で怪人を飼っているのかも、考えていることもよくわからかったけれど、とても優しい子であることは伝わってくる。
反応は薄かったけれど、嫌がっているわけではなさそうだったので、猫型怪人と少年の元へと通い続けた。
一緒に過ごす時間の殆どは、春近が一方的に話していた。けれどいつしか少年は、猫型怪人を抱いたまま、春近の水やりを隣でじっと眺めるようになった。
年長に上がるとき、一度喧嘩らしいものをした。
少年が急に、春近を避けるようになったのだ。大きな怪我をして、退院してすぐのことだった。
理由はわからないけれど、少年が望まないのなら無理矢理押しかけるべきではない。
理屈では分かっていたのに、感情は──胸にぽっかりと穴が空いたみたいな寂しさには、耐えられそうになかった。
結局春近は、少年を引き留めた。
泣きながら絶交は嫌だと懇願する春近があまりに哀れだったのか、少年はその後、春近を避けなくなった。
年長になって、春近と少年は同じクラスになった。
前よりも格段に距離が縮まって、一緒にいる時間が増えた。
毎日飽きもせず、ずっと隣で水やりを眺めている。
分け与えたおやつを春近が頬張るのを、じっと見つめては心底幸せそうに笑う。
知れば知るほど、少年は不思議な子供だった。
そしてある日、不思議な少年は不思議な遊びを持ち掛けてきた。
五円玉を春近の目の前に垂らして、ふらふら揺らした。楽しさはよくわからなかったけれど、少年があまりにも必死な表情をするので、春近もまた真剣に付き合った。
それからのことは、あまり思い出せない。
春の寝床みたいに、心地良い微睡の中にいた気がする。
そして少しだけ長い夢から覚めたとき、少年が泣いていた。
枯れたアサガオを抱いたまま、ただ泣いていた。わけを聞くと、少年はまた泣いて。
どうして少年が謝るのか分からなかった。
アサガオが枯れてしまったのは悲しかったけれど、それ以上に少年を泣かせてしまったことが悲しかった。
「光くん」
だから、春近は少年の名前を呼びながら手招きした。
おずおずやってきた光の手に、アサガオの鉢に残った種を握らせる。
そうして、もう一度一緒にアサガオを植えた。
一緒に育てたアサガオは、季節外れなのもあって上手く育たなかった。
図書館で借りた本を母親に解読してもらいながら、唯一咲いた小さな花を押し花にした。
不格好でお世辞にも綺麗だとは言えなかったけれど、光は喜んで受け取ってくれた。
「ありがとう、春近くん」
眉を寄せて、真っ白な頬を薄桃に染める。
目を細めた拍子にわ宝石みたいに綺麗な瞳から、ぽろりと大粒の涙が溢れる。
泣きながら、あまりにも綺麗に、何より嬉しそうに笑う物だから。
目が離せずに、ただ胸をほわほわと満たす温かい物を大事に抱いていた。
また喜んでほしくて、その笑顔が見たくて、それから一緒に花を育てて押し花をプレゼントした。
秋はコスモス、そして春はマーガレットを育てた。
卒園式で渡したマーガレットの押し花は、初めて渡した物よりか、幾分か出来が良かった。
相変わらずよくわからない子だったけれど──……というか、今でもよくわからないヤツだけれど。
一つだけ分かるのは、多分、春近にとってそれが初めてで最後の恋だったということだ。
─────────ねぇ、光。
光、ごめんね。おれ、本当はうっすら覚えてるんだ。
春の寝床みたいに、心地良い微睡のなか。
ずっと、きみが何度も好きだと言ってくれたこと。
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