悪の総統に愛されて夜も眠れないDK

ベポ田

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幼馴染は○○○

悪の総統は嫉妬深い

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「はるちかぁ…………ごめん、ごめんよぉ」

 ────好きでごめん。

 真面目に仕事をしていた怪人に理不尽すぎるパワハラを強いて、かと思えば、同性の青年に勃起しながら号泣大謝罪をかます。
 レオンは、触手にもみくちゃにされるまま、眼前で繰り広げられるやり取りに大混乱していた。
 光の情緒と挙動は、あまりにも不気味で、何よりも得体が知れない。
 ただ一つ確かなのは、目前の青年が、庇護すべき一般人などではないということだった。

「…………お前は。ヒーロー、じゃなさそうだな」

 擦れた声で唸ったレオンに、思い出したように赤目が視線を向ける。
 今しがた、その存在に気付いたとでも言いたげな反応だった。
 ぐる、と、視線で虚空に幾何学を描き、「あー………?」と気だるげに後頭部を掻いて。

「…………っ、」

 瞬きの間に、間合いを詰められていた。
 鼻先が触れ合うほどの距離感で、人外じみた美貌が、レオンの強張った相貌を覗き込む。
 長い前髪の下で、見開かれた赤目の瞳孔が収縮した。

「…………知ってる顔だ。ああそう、思い出した。お前、アレじゃん。『メロン様』。春近の推しじゃん」
「あー……あー、あー、マジで。ムカつく、ムカつくなぁ。つかぜんぜん俺のが強いじゃん。顔だって良いし、優しいし」
「まじでこれの何が良いんだろ、わっかんねぇ。見る目ないよぉ春近。先が思いやられるなぁ、…………うふふ、やっぱりまだまだ俺が居なきゃだめなんだぁ。だめだめだよ。…………本当、」

 かくん、と人形じみた挙動で、首が傾いた。

「──────本当、なんでお前なんだろう……」

 譫言のように呪詛を垂れ流し、妬み、笑う。
 大自然の天候の変化を眺めるような。
 どこか他人ごとのように青年の情緒を観察していたレオンに、剥き出しの悪意がひたと焦点を合わせる。
 ここに来て初めて、自らがいかに脆い断崖のうえに立たされていたのかを理解して。それでもレオンは、虚勢を張った。
 嘲るように口端を持ち上げ、眼前の怪物に挑発的な笑みを向ける。

「よくわからんけど。随分と来るのが遅ぇんじゃねぇの。…………『悪の総統』ともあろう男が」

『悪の総統』という言葉に、光の目元が僅かに痙攣する。
 終始昆虫じみた温度でレオンを観察していた双眸には、僅かな関心が宿っていた。

「目と気概だけは良いようだな」
「…………はは、マジで本物なのかよ。内輪揉めがひと段落したら、握手してくれよ」

 バターでも含んだようにもたついた口内を、レオンは必死に回転させる。
 そんな虚勢を知ってか知らずか、光は何かを思案するように顎先を擦る。

「…………内輪もめじゃない。勝手に湧いた怪人が、勝手な真似をしないよう首輪をつけにきたんだ」
「へえ?」
「五代前ならともかく、今は何をするのにも金と人気が要る。だから現代の怪人はむやみに人を襲わない。そこらのボランティアサークルよりよほど世間様の役に立つし、必要なら道化にもマスコットにもなる」
「…………ああ、おかげで俺たちヒーローは、肩身が狭いったらありゃしない。出馬でもするつもりか?次は政界からヒトを支配するとか?」
「勘弁してよ。俺からしたら、正直支配とかはどうでもいいんだから。仕事ってだけだし。……あとは、そうだな。お前らヒーローへの嫌がらせと──ホンモノが出てこないようにしたいだけだ、し」

 重い睫毛が、音を立てて瞬く。「何がおかしい」と続いた低い声に、レオンは右目を細めて笑った。

「殺す相手には、随分おしゃべりになるんだな」
「──────殺す?」

 無機質な声が、間をおいて復唱する。それは、心底わけがわからないとでも言いたげな口調だった。

「俺が、お前を?…………考えもしなかったな」

 正気を疑るように言いながら、眉を寄せる。
 先刻わずかに見せた関心も失せて、光の相貌にはのっぺりとした無関心がただ横たわっていた。

「居ても居なくても変わらない……外をトコトコ歩いてる虫を、わざわざ殺さないよ」
「…………」
「靴が汚れるし、そもそも俺は平和主義だし──、」
「そのガキに嫌われるからか?」

 室温が一気に数摂氏ほど下がったようだった。
 能面のような無表情になった光に、レオンは口の中で笑う。

「お前の価値基準の根幹は、そいつだな?」
「……………」
「先刻からペラペラペラペラ。そのガキから興味を逸らしたいって見え見えなんだよ。初っ端あんな醜態さらしておいて、無理あるだろうが」

 光の唇がひくりと引き攣る。
 ややおいて、「そうだよ」と落とされた声音は、やはり朴訥としたものだった。

「お前が言う通り、俺は結局、春近以外どうでも良い。仕事を頑張るのも春近の世界を守るためだし、お前を殺さないのも、優しい春近を悲しませたくないから。……悪い怪人は、春近に嫌われちゃうんだ」

 まくし立てるたびに、春近を抱き込む力が増していく。
 苦しげなうめき声に、大事に抱き込んだ青年を一瞥して。
 再びレオンに向き直ったとき、長いまつ毛に縁取られた瞳には、冷えた悪意が満ち満ちていた。

「満足か?これで。お前こそ俺から何か聞き出そうと必死みたいだけど──、」

 冷えた指先を、レオンの広い額に添える。
 完全に視座の異なる脅威からの接触に、虚勢がべろりと剥がれ落ちて。
 その下から現れた怯えの色に、血の色をした瞳がうっそりと弧を描いた。

「残念だね。次に目を覚ましたとき、どうせお前は何も覚えていられない。お前が持って帰れるものは何もない」

 そんな宣言を掻き消す絶叫が、自らの口から出た物であると遅れて気付く。
 脳を直接握りつぶされるような激痛に、ぐるりと白目を剥いて。
 ジタバタと手足のバタつく音とくぐもった悲鳴が、トイレ内に頼りなく響いてはやがて消えた。


 ***

 
 目を覚まして、まず春近の視界に飛び込んできたのは、緩やかに流れるスタッフロールだった。
 流行りのバラードを呆然と聞きながら、必死でここまでの記憶を遡る。が、どう頑張ってもヒーロー最低だな!という感想以外何も思い出せない。
 恐る恐る、横目で左隣の幼馴染を盗み見る。目をウルウルさせながら、余韻に浸るように熱いまなざしをスクリーンに向けている。
 間違っても、「冒頭30分以外は寝てました」と白状できる温度感ではなさそうだった。
 気分屋で、変なところ繊細な幼馴染を宥める言い訳を、必死に考えるが無情にもエンドロールが途切れる。
 明るくなる館内とは反して、春近の心中にはじわじわ焦りの影が落ちていた。

「ぐすっ、」

 心情も相まって、はじめ、春近はそれが自分の体内から漏れた音かと思った。
 だが、音を辿って右隣を見て、すぐにそれが思い違いだと気付く。

「あ゛あー!よがっだ!本当によがった!ポチぃ!どうか達者で!ずっと幸せでいてくれ!」

 めちゃくちゃ泣いていたからだ。
 右隣のあんちゃんが、ちょっと引くほど号泣していた。
 周りの観客がぞくぞくと退出していくのに反して、あんちゃんは未だに立ち上がる気配がない。
 後を引く号泣なのに加え、よくよく見ると、なんとLサイズのドリンクを、両手両脇に抱え込んでいた。
 計4個である。いくら何でも飲み過ぎではなかろうか。
 飛び抜けて整った顔立ちを差し引いても、とても、お近付きにはなりたくない人種だと思った。

「あ…………」

 悲しいかな、いつも何かと一歩遅いのが木通春近という青年だった。
 立ち上がった瞬間には、既に号泣あんちゃんとばっちり視線が合っていた。
 潤んだ琥珀色の瞳が、あまりにも透き通っていたから。
 あまりにも、かわいそうな犬型怪人を彷彿とさせる目をしていたから。

「…………よかったら、どうぞ」
「え?」
「み、未使用なので……」

 いたたまれなくなって、紙ナプキンを差し出していた。
 青年の不思議な色彩の瞳に、星が散る。
 一瞬惚けたような表情で固まったかと思えば、「……あ!」と前のめりに紙ナプキンを受け取った。

「ありがとう。きみは優しいな」
「い、いえ……」

 仰け反る春近の手を、骨張った大きな手がそのまま握り込んで。

「お礼がしたい。この後は暇か?」
「本当に大丈夫ですから!連れがいるし、そもそもそんなお礼されるほどの事でもないし……!」
「謙虚なところも素敵だ」
「ひぃ……!」
「せめて連絡先を教えてくれ。またきみに会いたい。名前は?好きな食べ物は。──お願いだ、教えてくれ。きみのことをもっと知りたいんだ」

 目鼻立ちのはっきりした精悍な顔立ちに、太陽を閉じ込めたように爛々と輝く、金色の瞳。
 ぐいぐいと近付いてくる相貌は、薄暗がりでもわかるほどに整っている。
 そんなレベルの美形でも、この距離の詰め方をされると単純に恐怖が勝る。
 春近は涙目で、つい先刻の自分の判断を悔いた。
 なぜ目に見える地雷を、踏みに行ってしまったのか。

「たすけて……たすけて……」
「俺と友達になってくれ!」
「春近!」

 形の良い唇が、キュッと閉じる。
2人して声が飛んできた方を振り返れば、光が、階段下から仏頂面でこちらを見上げていた。
 光の位置からは死角になって青年の姿が見えないのか、余計いらだたしげな様子である。
 
「すみません!俺、本当に行かなきゃ。友達待たせてて……」
「……いや、こちらこそすまない。急に引き止めたりして」
「気にしなくて良いですから!」

 青年から距離をとって、転げ落ちるように階段を下っていく。尚も怪訝そうな表情で、青年の存在を捉えようと試みる光の肩に腕を回して、ぐいぐいと出口へと引っ張っていく。
 青年はただ、その背を微笑みながら眺めていた。

「『ハルチカ』」

しみじみと呟いて、「ハルチカ、はるちか」と口の中で転がすように何度か復唱する。

「…………どんな字を書くんだろう」

 首を傾けた拍子に、鳶色の短髪が柔らかく揺れる。
 たった今受け取った紙ナプキンを、じっと見つめてはおもむろに鼻先に添えて。
 すぅと残り香を吸う蜂蜜色の瞳は、どこか恍惚に蕩けていた。
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