変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田

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不穏な方のII型だ! 下

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「『グレア』…………」
 誰かの呟きが聞こえるころには、咄嗟に鼻と口を覆っていた。
 ────グレア。
αは時に、威嚇を目的にフェロモンをまき散らすことがある。フェロモンの受容器官が発達した同種は勿論のこと、それはβである俺ですら、本能的に危機感を覚えるほどの濃度だった。
「…………っ、あ、」
  甘い嬌声は、クラス内のΩの一人が漏らしたものだ。ただでさえαのフェロモンは彼らにとって毒なのだ。Ⅱ型のグレアの直撃を受けた彼らが、無事でいられるはずがない。
  半開きの口許から、唾液と意味のない喃語を垂れ流しながら身を震わせる。彼らは完全に正気を失っていた。
 視界の端で、猫田がこちらに視線を向けるのが見えた。頷けば、間髪入れずに教室から転がり出て行って。
「愛宕!」
 俺の叫びに、愛宕の視線が此方へと向けられる。
光を反射しない黒目に抱いた感想と言えば、「見つかった」という一言だった。 
「ええなに、委員長。そんな怖い顔せんで」
「校内でのグレアは、最悪停学処分だ」
「……だから?」
「…………」
 うすら寒い笑みを張り付けたまま、「だってぇ」と間延びした声を上げる。
「しょーがないやん。言ってわからんアホには、ちょっと手荒にでもわからせんとやろ」
「…………『わからせる』か」
「なんか問題ある?」
「問題はない。ただ、気に入らないだけだ」
 空気が俄かに張りつめるのがわかった。
 本能的に後ずさろうとする踵を引き留め、虚勢のまま顎を引く。
「まるであいつが間違ってるみたいじゃないか」
「じゃあ、僕が間違ってる?」
 間違ってはいない。ただ、どちらも軽んじられる謂れは無いというだけだ。
 眉根を寄せれば、その黒目が敵意を覆い隠すように弧を描く。長い脚を伸ばしては、ずいと相貌を鼻先に近づけてきて。
「僕、β嫌いなんよね」
 絹みたいに滑らかな声音で、ヘイトスピーチを始める。何のつもりだ。
 かと思えば、ろくに立つこともできないΩの前髪を、無造作に掴み上げる。
物にでもするような────少なくとも、人に対しての扱いではないと思った。
「こいつらも同じ。αに擦り寄って、簡単に股開いて。人に寄りかかるしか能の無い寄生虫」
 心の底からの軽蔑が滲んだ声音にも、Ωの瞳は幸福そうに蕩ける。
 対話でも、磨き上げた技能でもなく。本人の意思ではどうにもならない、先天的な体質の有利で相手を捩じ伏せる。
 率直に、野蛮だと思った。獣のやり方だ。
「あは、怖い顔。嫌わんどって、委員長。僕委員長に嫌われるのはちょっと嫌なんやけど」
「…………俺もβだぞ」
「きみ個人のことは嫌いやないよ。だってほら、口と権利意識だけいっちょ前のあいつらとは違うもん、委員長は」
 義憤ではない。
 愚弄するような台詞とは裏腹に、その声音には鮮度の高い怒りが滲んでいるようだった。
「僕には無理やし。このガッコの考査で、上位十人以内に入るなんて。しかもβで。並の努力量じゃないやろ」
「…………余計なお世話だ」
「ありゃ。何か地雷踏んだかんじ?」
その通りだ。今の瞬間、バース性関係なく俺は愛宕が嫌いになった。露骨に顔を顰めた俺に対して、眼前の男はなぜか笑みを深める。
「ねーぇ。委員長?」
「…………近い」
「僕、思うんよね。Ωは嫌いやけど、Ωな委員長やったら好きになれるんやないかなって」
「だから、俺はβだって────、」
 気分が悪い。何だってこんな宣誓を、こう何度もさせられねばならんのだ。
 頬を撫でた冷たい指先が、顎に掛かっては相貌を上向かせる。弧を描いた濡れた黒目に、得体の知れない寒気が背筋を伝った。
「僕のΩにならん?」
「…………頭でも沸いたか」
「真面目も真面目。物知りな委員長が知らんわけないよね。そういうことが、理論上は不可能じゃないってこと。実例も少なくないし」
「…………ビッチングにはⅡ型でも最低十年はかかる」
「安心して。僕、忍耐強い方やけん。……周りも煩いんよね、いい加減、丁度いいΩ見繕えって」
 ぞわ、と。
 全身の産毛が逆立つような。そんな得も言われぬ圧は、眼前の男の発するフェロモンによるものだった。グレアとはまた別の、発情を促すためのもの。
 それは真っ直ぐに、俺に────βの俺だけに向けられていて。
「………んの、つもりで…!」
「Ωになっても、委員長はちゃんとかわいがってあげるから」
 安心してね、なんて。
歌うように言いながら、足元に縋りつくΩの頭を、先刻とは打って変わって甘やかすように撫でる。
それだけで、Ωの表情は夢見心地に蕩けた。
意思も、理性も人格も。全てを奪われ、本能に支配されて。虚ろに濁り切ったその眼に、平生の彼の自我は伺えない。
 見せつけるようにΩを愛撫しながら、すうと瞳を細め。こちらを流し見る愛宕の目は、まるで、「じきにお前もこうなる」とでも言うようだった。
Ωの姿に、わけもなく自らを重ねては、臓腑が裏返るような不快感を催す。
 けれど、本能的に仰け反る上躯に反して、足は地に根を張ったように動こうとしなくて。
悠然と眼前に迫った指先に、引き攣った悲鳴が漏れた。
「────へえ?」
 低い声に、きつく瞑った目を開く。
 まず目に入ったのは、薄くとも広い背中。
「おいΩ、邪魔」
 唸る愛宕の表情からは、先刻までの不敵な笑みは消え失せていた。ただただ怜悧な黒目で、俺と愛宕の間に身を割り込ませた男を睨め付けて。
「ちゃんと名前で呼んで、愛宕くん。『みちる』って」
 男──原の言葉に、苛立たし気に舌打ちした。
「…………らしくない真似すんなや。こういう面倒ごとに首突っ込むタイプやないやろ」
「やりすぎだもん。流石の俺も、棒立ちってわけにはいかないよ」
「…………」
「あと、博人に乱暴しないで」
 平生のかんぴょうみたいな風体とは打って変わり、その佇まいは妙に心強い物だった。表情こそ見えないものの、ここまで張りつめた空気を纏う原を、俺は初めて見た。
「ΩはΩらしくつくばっとけや」
「この霧吹きみたいなフェロモンで?……無理あるでしょ」
「…………は、お前……」
 にわかに殺気立つ両者に、焦燥が増す。
原以外のΩはもう限界であるし、何より、原がここでその気になると不味い。
Ωのフェロモンは、αとは違い、βにももろに影響を及ぼす。
この二人のいがみ合いに巻きこまれて、クラスの大半がダウンする、だなんて展開は、最悪にして大いにあり得た。
「…………原」
 俺の呼びかけに、琥珀色の瞳がこちらを振り返った。平生のとおりに柔らかく撓んでは、「わかってるよ」と穏やかに答える。かと思えば、その視線は教室の出入り口に投げられて。
「無事か、委員長!」
 息を切らしながら顔を出した猫田は、複数の教師陣を引き連れていた。『すぐに大人の人を呼びましょう』というのは、こういったトラブルが起きた時の鉄則だった。
 猫田を睥睨する目つきの険しさに反して、空気感は随分と軽くなったようだった。安堵のまま息を吐いて、そのまま内臓が裏返るような不快感に口元を抑える。
「ぉ、ええええええええ!」
「博人!」
「委員長!?」
 クラスメイトたちの悲鳴を遠くに聞きながら、口を抑えたままトイレに全力疾走した。
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