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Ⅴ、敵は千二百年前の大聖女

46、女装でプロポーズとかなんの罰ゲームだ

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 俺は恐る恐る鏡に視線を向けた。

 幼いころのねえちゃんによく似た少女が、少しおびえた表情で鏡の向こうから見つめていた。アクアグリーンの長いリボンでふたつに結んだまばゆい銀髪が、ゆるゆると波打って肩や胸にかかるのが美しい。眉下で切りそろえた前髪がきつい目元を強調している気もするが、あどけなさの残る顔立ちのせいか反抗期の少女らしい魅力を感じる。

「ジュキ、どう? 気に入った?」

「え、まあ」

「何よそのあいまいな返事。かわいいでしょ?」

「あー、一応ごまかせるんじゃね?」

「もーう! こんな美少女になったのになんも思わないわけ!?」

 不満そうなレモには申し訳ないが、言えない。絶対言えない。女装した自分が意外と好みのタイプだなんて! そう、気が強くて元気なっていう俺の理想にドンピシャなんだよーっ!

 何かに目覚めそうで怖いので、俺は早々に鏡から目をそらした。やばい。禁断の果実に手を伸ばした気分。

 そこへ侍女をともなって公爵夫人がやってきた。

「準備は整ったかしら?」

 廊下から部屋をのぞくなり俺の姿を見とめて、

「まあ!」

 と、口もとをおおった。

「ジュキエーレくん!?」

「あ、はい」

「愛らしい少女そのものじゃないの! うちの三人目の娘にしたいくらいよ!」

 公爵夫人を「お義母さん」と呼ぶ妄想をしたことはあるが、娘になるのは違う。断じて違うっ!

「わたくしが見込んだだけあったわね!」

 なんの審美眼を持ってるんだよ、公爵夫人……。



 そして日も暮れる頃、俺たちはなんの変哲もない馬車に乗って公爵邸の裏門からこっそりと出発した。昼に見たときとは打って変わって人通りの少なくなったアルバ公爵領をしばらく走ると、馬車は城壁の外へ出た。御者が門番に声をかけるとすぐに通過できたから、公爵夫人が話を通しておいてくれたのだろう。

 城門を出てオリーブ畑の間を走り、糸杉の木立を抜けると、王都へ向かう街道は林に入った。馬車の正面左右に取り付けられた魔力燈に、御者が魔石をセットして明かりを灯すと、地面に落ちた光の輪の中に茶色い道が浮かび上がる。

「王都までどれくらいかかるんだっけ?」

「馬たちの休憩も含めて六時間くらいよ」

「暗いから明かりつけるか」

 俺は光明ルーチェを馬車の低い天井に放り投げた。

「いいわね! ジュキのかわいらしい顔がよく見えて」

「はいはい。俺からもあんたのかわいい顔がよく見えるんだぜ」

「えっ……」

 言い返してやったらレモが思いっきり赤面した。かわいい。ひとには言うくせして自分は無防備なんだなぁ。

 これから聖堂に忍び込むってのに緊張感もなく、俺たちは互いの子供時代の話や最近あったおもしろかったことなど、色々と話し続けた。他愛もない内容でも、レモと話しているだけで幸せだった。彼女といると瑠璃石を破壊するとか復讐とか、どうでもよくなってしまう。

「レモはクロリンダ姉さんに無理やり辞めさせられた帝都の学園に、戻りたいとは思わないのか?」

「言ったでしょ?」

 俺の質問に、彼女は憧れを秘めたまなざしでどこか遠くを見つめた。

「私の夢は冒険者になって帝国中――できればほかの大陸も含めて世界中を旅することだって。夢の実現が数年早まっただけよ」

 きらめく彼女の瞳に、数年前にいだいていた高揚感を思い出した。一日も早く村から抜け出して、広い世界に旅立ちたかったんだよな。

 だが次の瞬間、レモは思いがけないことを言い出した。

「卒業後は一緒に旅しようって約束してる相手もいたのよ。ただひとり私を慕ってくれてた後輩がいてね」 

 そういえば出会った日に言ってたな――人族にしては大きすぎるレモの魔力量を恐れて誰も近づかない中、ひとりだけ友人がいたって。

 俺はレモから目をそらすと、窓枠にひじをついて外を見下ろした。暗くてほとんど何も見えない。

「ふぅん。その男は今も学園に残ってるんだろ?」

 うっかり意地の悪い声を出した俺をレモはしばらく、まじまじとながめていた。

「ぷっ、やだジュキったら! アハハハ」

 はじけるように笑い出したレモに面食らう俺。

「後輩って女の子よ!」

 そ、そうでしたか……。安堵しつつ、恥ずかしさに全身が熱くなる。

「彼女は獣人族だから人族より魔力量も多くて、最初から私を恐れたりしなかったの」

 その後輩との友情があったから、レモは竜人の俺にもまったく抵抗がなかったのかもしれない。

 獣人族で貴族学園に通えるっていうと……、多種族連合ヴァリアンティ自治領で爵位を持っている家は――と考えていた俺のひざにレモが手を乗せる。

「女の子の恰好でねるジュキ、いつも以上にかわいくて惚れちゃいそうよ!」

「まだ惚れてなかったんだ」

 ぷいっとそっぽを向いてやる。

「あら、その問いに答えなくちゃいけないの?」

 視線だけレモに向けると、挑発するような瞳で俺を見つめている。

「俺はとっくにあんたに惚れてるぜ」

 女装で言ってもかっこつかないんだが、だからこそ言えるような気もする。

「ジュキ……!」

 レモがドレスを着た俺の腕をひしと抱きしめた。

「だから王太子殿下からあんたを奪わなくちゃなんねえ。王都に行く理由はそれもある」

「ようやく言ってくれたわね」

 レモはあたたかい色味の茶色い瞳に、うっすらと涙を浮かべていた。

「簡単に言えねえだろ。俺は庶民で、しかも聖ラピースラ王国と歴史的に敵対してきた竜人族なんだぜ?」

「ありがとう。勇気を出してくれて。あなたは本当に強いひとなのね」

 レモはうっとりと俺を見つめた。いや、俺いま女の子の恰好なんだけど。

「俺が強いとしたら、それはあんたを守るためだから」

 ――というようなことを今朝作っていた曲の詩に書いたのだが、実際口にするのは恥ずかしすぎる! 俺はまた目をそらして窓の方を向いた。暗いガラスに美少女が二人映っている。

「私みたいに魔力値が異常な女は、王太子様に婚約破棄されたら一人で生きていくしかないと思っていたわ。もちろん私は喜んで自由を受け入れていたけれど、誰も私に結婚なんて申し込まないって思うとチクリと胸が痛むのよね」

「何言ってんだよ。俺なら喜んで申し込むのに」

 あ。しまった。つい本音がだだ漏れに……

 レモは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに答えた。

「喜んでお受けするわ!」

 俺はたまらずレモを抱きしめた。窓ガラスに目をやると、せまい馬車の中で令嬢が二人抱き合っていた。

「ジュキ、大好きよ」

「俺もレモのこと愛して――」

 ドカーンッ!

 誰だーっ! 俺の人生初の告白シーンを邪魔したのはーっ!!

「や、野盗です!」

 御者が叫んだ。

「結界強化!」

 レモが間髪入れずに結界を強化する――って、すでに結界かけてたのか! 結界術をコントロールしながら告白シーンこなすとか、さすが最強聖女候補。

 パチパチ……

 と、草の燃える音に見下ろせば、放たれた火矢が結界にはじかれ地面に落ちて下生えを燃やしている。二匹の馬はおびえてはいるものの、取り乱してはいない。

 闇におおわれた木々の間から、松明を持った屈強な男たちが姿をあらわした。

「お嬢さんがた、こんな時間に護衛も連れずに馬車旅とは訳ありかい? 命が惜しくば身ぐるみ置いていってもらおうか!?」



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「な、なんて古典的な野盗なんだ!」
「こいつぁ由緒正しいぜ!」
「この二人を襲うなんてむしろ盗賊に同情するわ・・・」

等々、思われましたらお気に入り追加してお待ちください☆
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