上 下
146 / 191
第四章:歌劇編Ⅰ/Ⅰ、交錯する思惑

01、第一皇子の極悪な計画

しおりを挟む
「き、貴様ら――」

 亜空間から脱出すると、目の前に皇子が立っていた。

「なかなか楽しい脱出ゲームだったぜ」

 俺はフンと笑ってやった。だってこいつ、亜人族を差別していて嫌いなんだもん。

「せっかく戻ってきたところ悪いが、君たちには死んでもらう」

 皇子は抑揚のない声で宣言すると、腕を一振りして何かの合図をした。一般会員たちがバラバラと現れて俺たちを拘束する。

「何言ってんだ、あんた? 俺たちが手加減しなけりゃ、こんな一般市民が敵じゃねぇことくらい分かってんだろ?」

 俺の言葉に皇子は邪悪な笑みを浮かべた。

さからいたければ逆らうがよい。だが抵抗した場合は、モンテドラゴーネ村にいるお前の家族を罪人としてひっ捕らえ、この帝国で生きられないようにしてやるがな」

「――なっ」

 言葉を失った俺のかわりに、一般会員にはばまれながらレモが叫んだ。

「いくら皇子とはいえ、なんの罪もない人々を裁けるわけないわ!」

「僕とここにいる帝都民が証人になるのさ。聖剣の騎士はテロリストだった、竜人族の村全体が武装組織だったとでも言えば、村ごと焼き払える」

 勝ち誇ったようにのたまう王太子。

「ついでに獣人領主の島もひねりつぶしてやろう。ルーピ伯爵家は商売で金を作り、帝都に反逆する機会をうかがっていたとでも言えば、無知な帝都民はすぐに信じるだろう」

「スルマーレ島はシーサーペントが守ってくれるもん!」

 気丈に皇子をにらむユリア。モンテドラゴーネ村だって水の精霊王であるホワイトドラゴンに守護されている。

「スルマーレ島といったか」

 皇子は何かを思い出したように、

「干潟を埋め立てた人工島など、農作物も育たず放牧もできぬ土地。帝国中央の命令で周りの地域と商売ができなくなれば、飢え死ぬしかないな」

「おさかな食べるもん!」

 言い返すユリアに、皇子は悪意に満ちた笑みを向けた。

「原始的な生活に逆戻りか。獣人にはお似合いだな。うわっはっは!」

 ユリアは悔しそうに唇をかんだ。

 だが困窮するのはモンテドラゴーネ村も同じだろう。いくらドラゴネッサばーちゃんが村を守ってくれたって、街道が封鎖されたり、近隣の村や領都ヴァーリエの民がモンテドラゴーネ村民との接触を禁じられれば、村は経済的に干上がってしまう。

 俺はレモに一瞬、目配せをした。この瞬間、俺たちは作戦その二とその三の実行を決定した。

「分かりました、オレリアン殿下」

 俺は両脇を、死んだ目のやつらにつかまれたまま静かに言った。

「どうした、急に殊勝な態度をとって。醜い化け物め」

 あまりの言われように、唇をかんでうつむいた俺のうしろで、

「コッ……、クゴ……」

 と奇怪な音がする。また魔獣でも現れたのかと視線だけ動かすと、怒りで顔面紫色になったレモが両手で口を押さえていた。――怒りをあらわにしないよう、こらえているのか!? ちょっと怖い……!

 レモのおかげで悲しみが薄らいだ俺は、まっすぐ皇子を見つめ、

「俺たちはここで死にましょう。だけど最期に、自分たちのために鎮魂歌レクイエムを歌うことをお許しください」

「歌だと? くだらん。早く終わらせろ」

「感謝いたします」

 俺は拘束されたまま一度、深呼吸した。そのあしだにうしろでレモが、かすかな声で呪文を唱えている。

拡響遠流風ポルタソンロンターノ

 ささやくように、俺の歌声を屋敷中に広げる風魔法を展開した。

 ふわりと風が動く。皇子は不思議に思ったのか、窓の方を振り返った。さきほどユリアが入ってきたから、開いたままだった。

 左右から拘束されたままだからこそ、俺はいつもより意識してのどをひらき、たっぷりと息を吸いこんだ。

「――偉大なる優しき精霊王よ
 我らの願いに耳をお貸しください――」

 俺は丁寧に旋律をつむぎだす。いつもより少しだけ細い声で、哀愁の音色に祈りをこめて。

「――祈りの歌と共に彼らの魂を
 その御心みこころに受け入れてください――」

 自我を奪われた一般会員たちを憐れむように、彼らの魂をやわらかい羽で包み込むように、俺は歌った。

 何も映さない彼らの瞳から、涙がこぼれ落ちていく。表情が変わらないせいで、異様な光景だ。それは彼らの魂が嘆き続けている証左しょうさに思えた。

「――幾年いくとせも思い出がめぐるように
 雨が川となり海へかえるように――」

 俺の両腕をつかんでいた彼らの力が抜けてゆく。高音を歌う箇所で身軽になれてよかったぜ。

 歌詞が「空」について歌うときは、音楽も高くなるように作曲されている。甘く優しく、だけど張りのある声で、俺は歌いあげた。

「――今日天へのぼる魂がまたいつの日か
 この地に新たに息吹くよう――」

 最後の高い全音符は、ピアニッシモで伸ばさなければいけない。針の穴に音を通すかのように集中して、両脚をしっかり踏みしめて、想いを音に変換する。

 周囲の一般会員たちが次々に、かくんとひざを折りその場にくずおれてゆく。

「面妖な! 貴様、何をした!?」

 皇子の声に、俺は我に返った。すっかり歌に入り込んでいた。

「ユリア、作戦その三よ!」

 レモの言葉が終わらぬうちに、

「おぉーん、ぅおおぉぉぉーん!」

 ユリアが伸びあがって遠吠えをした。

「うるさいぞっ!」

 皇子が耳をふさいでいる。

「ユリアの遠吠えがうるさいなら、俺の歌声だって届くはずだろ?」

「ふん! 歌だの音楽だの、一番嫌いだ! 僕の耳には聴こえないからな」

 いや、おかしいだろ!? 現にこうやって会話しているんだ。歌や音楽だけ聴こえないなんてことがあるもんか!

「美しいものは聞こえない――」

 静かにつぶやいたのはレモだった。

「この世の良きものに対して耳をふさいでいる、そんなところかしら?」

「無礼だぞ! 貴様から成敗してやる!」

 皇子がまた剣を抜いたので、

「やめろ!」

 俺は慌ててレモの前に立ちふさがった。

「ふん、お前から死にに行くか」

 剣の先端が俺の鼻先に突き付けられたとき、廊下が急に騒がしくなった。大勢の靴音が、バタバタと駆けてくるのが聞こえる。

 勝手に扉を開けて応接間に駆け込んできた騎士が、

「何かございましたかな、ユリア嬢!」

 のセリフを発した。



 ─ * ─



彼らが打ち合わせていた作戦とは!? 次話で明らかになります!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:3,855

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,314pt お気に入り:1,518

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:2,419

婚約者は私を溺愛してくれていたのに、妹に奪われた。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,121pt お気に入り:17

前世で眼が見えなかった俺が異世界転生したら・・・

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:3,002

転生チートは家族のために~ ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:38,106pt お気に入り:884

乗っ取られた令嬢 ~私は悪役令嬢?!~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,442pt お気に入り:115

処理中です...