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第四章:歌劇編Ⅰ/Ⅰ、交錯する思惑
02、第二皇子のずる賢い作戦
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「き、貴様らは誰の許可でここへ参った――」
抜き身の剣を右手にぶら下げたまま、オレリアン第一皇子は乾いた声で問うた。
「これはこれは兄上、魔法剣の親善試合でもされている最中でしたか」
騎士団のうしろから進み出たエドモン第二皇子は、社交界の花形を思わせる笑みを浮かべていた。一点の曇りなき百点満点の微笑なんだが―― 素じゃないのが分かるから、なんか怖ぇ……
「盛り上がっていたところに水を差したことは申し訳なく思いますが、多種族連合自治領親善大使殿が、我々に緊急で援助を求めていましたので」
「親善大使だと?」
怪訝そうに訊き返す第一皇子は、すっかり弟の術中にはまっている。
「はい。こちらのユリア・ヌーヴォラ・ルーピ伯爵令嬢を、多種族連合自治領の親善大使として帝都にお呼びしていたのです」
「き、聞いていないぞ! そんな話は!」
そりゃそうだ。今朝の話し合いで決まった作戦なんだから。
だがエドモン殿下は、綺麗な碧眼をきょとんと見開いた。
「あ~れ~? おかしいなぁ。文書の回覧漏れかな? あとで事務方によく注意しておきます」
「すっとぼっけやがって! お前はまたこの僕をだまそうとしているだろう!? この犬は僕の依頼に従って、レモネッラ嬢と聖剣の騎士をこのアカデミーに連れて来たんだ!」
ユリアのことを犬呼ばわりするオレリアン。一発ぶん殴ってやりてぇな。
「ほほーう、奇遇ですな」
エドモン殿下はまったく動じない。今にもつかみかからんとする兄を前に、顔色ひとつ変えず、
「僕もちょうど、ユリア嬢と一緒にレモネッラ嬢とアルジェント卿をお招きしていたのですよ。兄上はご存知なかったかな、ほら僕にとってユリア嬢とレモネッラ嬢は妹弟子なんだ。僕たち皆、魔法学園でセラフィーニ師匠に師事していたからね」
よどみなく滔々と話し続ける弟をさえぎろうとするも、オレリアンは何度か口をひらきかけただけで言葉をはさめない。こうした不器用さが、長いあいだ耳が不自由だったせいかと思えば、わずかばかり同情心が芽生えないでもないけどな。
「兄上はこんな話に興味はないでしょうが、一月ほど前レモネッラ嬢、それからすぐにユリア嬢が学園を退学してね、セラフィーニ師匠は大変心配していたんだ。手紙のやり取りはしていたようだけど、それなら二人とも帝都にお呼びしようかと僕が提案してね」
あることないこと本当によく喋るなあ、この皇子。
「レモネッラ嬢は故郷に帰って聖剣の騎士と婚約もされたようだし、護衛として彼にも来てもらえば実に心強い。そういうわけで正式に三人をお呼びしたんだ。ちょっと手違いがあって通達が漏れていたようだけど。アルバ公爵家やルーピ伯爵家とのやり取りはセラフィーニ師匠に一任していたから、詳しくは彼に訊いてくれたまえ」
弟の弁舌にあっけにとられるオレリアンの前にひげの師団長が歩を進め、うやうやしく礼をした。
「というわけで我々は、レモネッラ嬢とユリア嬢、そして聖剣の騎士アルジェント卿をお守りする義務があるのです」
「うっ、ぐっ……」
言葉につまるオレリアン。セラフィーニ師匠の助言に従って第二皇子を味方につけておいて、本当によかったぜ! 俺たち三人がバトルで勝てねえ相手なんざぁいねぇけど、権力をかさに着て故郷の両親を人質に取られたら、手も足も出ねえからな。
慇懃無礼に一礼する騎士団に守られて、俺たちは応接間を出た。
廊下を歩いていると、そこかしこに眠りこけた一般会員たちの姿があった。壁にもたれかかって首をたれている者、絨毯の上に倒れふしている者などさまざまだ。
「男装姿も似合っておるぞ、僕のジュキエーレちゃん」
肩に腕の重みを感じて見上げると、エドモン殿下が満足そうな笑みを浮かべている。さっきまでの作り笑顔とは違う、本当に幸せそうなほほ笑みだ。
「男装!? いや、俺は――」
「皆まで言うな!」
止められてしまった。でも兄のオレリアンがあそこまで亜人族を差別していたってことは、帝国中枢ではやっぱり俺なんて半分魔物みてぇな扱いなのかな……。
鍵を壊された扉を通り、階段を下りながら、エドモン殿下に肩を抱かれたまま俺はうつむいた。
「でもさ、殿下―― 俺の顔、化粧落とすと白すぎて不気味ですよね」
ガキの頃からずっと抱えてきたコンプレックスが、黒い染みのように心を占拠していく。
「ジュキ――」
エドモン殿下がいきなり足を止めた。階段の途中で向きなおり、俺の両肩をガシッとつかんだ。
「わっ……」
びっくりして小さく声を上げた俺に、
「何を言っているんだ!? 白皙の肌は君の美点だ! 僕はほかの者と違う君の全てを愛している!!」
「殿下――」
俺は言葉を失った。鼻の奥がツーンとして、涙があふれそうで、何度も目をしばたいた。
「あ……ありがとうございます――」
それだけ伝えるのが精一杯だった。
殿下の長い指が俺の頬をなで、彼の日に焼けた顔が近づいてくる。
えっ!? これって――
「ちょーっとやめてくださいそれは!!」
俺はあわてて殿下を押しとどめた。
「ちっ、だめか。ちょっといいこと言えば唇を奪えるかと思ったのに」
作戦だったのかよ!?
ふと気付くと階段の上から、レモがユリアの戦斧を構えて殿下をねらっている。
殿下も気付いたらしく、おとなしく階段を下り始めた。それに続く俺の耳に、騎士たちのささやき声が聞こえた。
「アルジェント卿が少年の姿になったのに、殿下が正気に戻られないとは――」
「殿下がリベラルなのは存じ上げておったが、まさか指向も両刀なのか!?」
「これは我が帝国で、同性婚が法制化される日も近いのでは……?」
─ * ─
次話、初の【第二皇子エドモン視点】です。氷漬けのスキュラを父である皇帝に見せに行きます。皇帝の反応や、如何に!?
抜き身の剣を右手にぶら下げたまま、オレリアン第一皇子は乾いた声で問うた。
「これはこれは兄上、魔法剣の親善試合でもされている最中でしたか」
騎士団のうしろから進み出たエドモン第二皇子は、社交界の花形を思わせる笑みを浮かべていた。一点の曇りなき百点満点の微笑なんだが―― 素じゃないのが分かるから、なんか怖ぇ……
「盛り上がっていたところに水を差したことは申し訳なく思いますが、多種族連合自治領親善大使殿が、我々に緊急で援助を求めていましたので」
「親善大使だと?」
怪訝そうに訊き返す第一皇子は、すっかり弟の術中にはまっている。
「はい。こちらのユリア・ヌーヴォラ・ルーピ伯爵令嬢を、多種族連合自治領の親善大使として帝都にお呼びしていたのです」
「き、聞いていないぞ! そんな話は!」
そりゃそうだ。今朝の話し合いで決まった作戦なんだから。
だがエドモン殿下は、綺麗な碧眼をきょとんと見開いた。
「あ~れ~? おかしいなぁ。文書の回覧漏れかな? あとで事務方によく注意しておきます」
「すっとぼっけやがって! お前はまたこの僕をだまそうとしているだろう!? この犬は僕の依頼に従って、レモネッラ嬢と聖剣の騎士をこのアカデミーに連れて来たんだ!」
ユリアのことを犬呼ばわりするオレリアン。一発ぶん殴ってやりてぇな。
「ほほーう、奇遇ですな」
エドモン殿下はまったく動じない。今にもつかみかからんとする兄を前に、顔色ひとつ変えず、
「僕もちょうど、ユリア嬢と一緒にレモネッラ嬢とアルジェント卿をお招きしていたのですよ。兄上はご存知なかったかな、ほら僕にとってユリア嬢とレモネッラ嬢は妹弟子なんだ。僕たち皆、魔法学園でセラフィーニ師匠に師事していたからね」
よどみなく滔々と話し続ける弟をさえぎろうとするも、オレリアンは何度か口をひらきかけただけで言葉をはさめない。こうした不器用さが、長いあいだ耳が不自由だったせいかと思えば、わずかばかり同情心が芽生えないでもないけどな。
「兄上はこんな話に興味はないでしょうが、一月ほど前レモネッラ嬢、それからすぐにユリア嬢が学園を退学してね、セラフィーニ師匠は大変心配していたんだ。手紙のやり取りはしていたようだけど、それなら二人とも帝都にお呼びしようかと僕が提案してね」
あることないこと本当によく喋るなあ、この皇子。
「レモネッラ嬢は故郷に帰って聖剣の騎士と婚約もされたようだし、護衛として彼にも来てもらえば実に心強い。そういうわけで正式に三人をお呼びしたんだ。ちょっと手違いがあって通達が漏れていたようだけど。アルバ公爵家やルーピ伯爵家とのやり取りはセラフィーニ師匠に一任していたから、詳しくは彼に訊いてくれたまえ」
弟の弁舌にあっけにとられるオレリアンの前にひげの師団長が歩を進め、うやうやしく礼をした。
「というわけで我々は、レモネッラ嬢とユリア嬢、そして聖剣の騎士アルジェント卿をお守りする義務があるのです」
「うっ、ぐっ……」
言葉につまるオレリアン。セラフィーニ師匠の助言に従って第二皇子を味方につけておいて、本当によかったぜ! 俺たち三人がバトルで勝てねえ相手なんざぁいねぇけど、権力をかさに着て故郷の両親を人質に取られたら、手も足も出ねえからな。
慇懃無礼に一礼する騎士団に守られて、俺たちは応接間を出た。
廊下を歩いていると、そこかしこに眠りこけた一般会員たちの姿があった。壁にもたれかかって首をたれている者、絨毯の上に倒れふしている者などさまざまだ。
「男装姿も似合っておるぞ、僕のジュキエーレちゃん」
肩に腕の重みを感じて見上げると、エドモン殿下が満足そうな笑みを浮かべている。さっきまでの作り笑顔とは違う、本当に幸せそうなほほ笑みだ。
「男装!? いや、俺は――」
「皆まで言うな!」
止められてしまった。でも兄のオレリアンがあそこまで亜人族を差別していたってことは、帝国中枢ではやっぱり俺なんて半分魔物みてぇな扱いなのかな……。
鍵を壊された扉を通り、階段を下りながら、エドモン殿下に肩を抱かれたまま俺はうつむいた。
「でもさ、殿下―― 俺の顔、化粧落とすと白すぎて不気味ですよね」
ガキの頃からずっと抱えてきたコンプレックスが、黒い染みのように心を占拠していく。
「ジュキ――」
エドモン殿下がいきなり足を止めた。階段の途中で向きなおり、俺の両肩をガシッとつかんだ。
「わっ……」
びっくりして小さく声を上げた俺に、
「何を言っているんだ!? 白皙の肌は君の美点だ! 僕はほかの者と違う君の全てを愛している!!」
「殿下――」
俺は言葉を失った。鼻の奥がツーンとして、涙があふれそうで、何度も目をしばたいた。
「あ……ありがとうございます――」
それだけ伝えるのが精一杯だった。
殿下の長い指が俺の頬をなで、彼の日に焼けた顔が近づいてくる。
えっ!? これって――
「ちょーっとやめてくださいそれは!!」
俺はあわてて殿下を押しとどめた。
「ちっ、だめか。ちょっといいこと言えば唇を奪えるかと思ったのに」
作戦だったのかよ!?
ふと気付くと階段の上から、レモがユリアの戦斧を構えて殿下をねらっている。
殿下も気付いたらしく、おとなしく階段を下り始めた。それに続く俺の耳に、騎士たちのささやき声が聞こえた。
「アルジェント卿が少年の姿になったのに、殿下が正気に戻られないとは――」
「殿下がリベラルなのは存じ上げておったが、まさか指向も両刀なのか!?」
「これは我が帝国で、同性婚が法制化される日も近いのでは……?」
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