148 / 191
第四章:歌劇編Ⅰ/Ⅰ、交錯する思惑
03★皇帝陛下に兄上の所業を報告する【エドモン視点】
しおりを挟む
(第二皇子エドモン視点)
翌朝、僕はアンドレア・セラフィーニ師匠と魔法騎士団の師団長、それから数名の騎士たちと共に皇城内の謁見の間を訪れていた。皇帝である我が父に、昨日のことを報告するためだ。
「父上、まずはこちらをご覧ください」
壇上の玉座に腰かけた父に、僕は願い出た。師団長に目配せすると、彼が配下の騎士たちに小声で何かを命じた。
騎士たちが運んできたのは亜空間収納機能が付いた箱。えんじ色の絨毯の上で、凍ったままの六狗女怪を取り出す。本来、女の下半身には六頭の獣が生えているはずだが、その大半がすでに首を落とされている。
父はそれを一目見て、顔を曇らせた。
「スキュラ――か。どこに出た? 瘴気の森か?」
「いいえ。帝都です」
僕は短く答える。
「は?」
皇帝という立場に似つかわしくない、呆けた声を出す父に、
「魔石救世アカデミーで飼われていたのです」
僕は事実を告げた。
一瞬の間があった。だが父は重々しく口をひらく。
「魔石救世アカデミーの地下は魔石の研究施設だと聞いておる。スキュラの飼育も研究の一環だろう」
反論しようとした僕をさえぎり、
「行き過ぎた危険な研究をしないよう、第一皇子に理事として管理させている。あれは、ゆくゆくは武器として活用できるかもしれぬと申しておった」
その兄上が、まったく信用ならないのだがな。しかし不用意に兄を批判すれば、父から次期帝位をねらう危険分子だと判断されてしまう。
なんせ兄上がおかしくなったのは、ごく最近のことなのだ。それまではずっと物静かでおとなしいだけの男だった。確かに皇帝の器ではないが、それは現皇帝たる父上とて似たようなもの。周りがしっかりと支えてやれば問題ないはずだった。
僕が考えをめぐらせていると、
「陛下、発言をお許し願えるでしょうか」
進み出たのはアンドレア・セラフィーニだった。
「許可しよう」
「ありがとうございます。平和な帝国に魔物の兵器利用が必要なのですか?」
「うむ。帝国内は平和だが、南の海を越えた先にある火大陸では、ひとつの部族が急激に力をつけていると、とらえた海賊から証言があったそうだ。そうだな、宰相?」
父はかたわらに立つ宰相に首を向けた。
「おっしゃる通りです、陛下。火大陸は長いあいだ戦乱に明け暮れていましたが、ある部族の首領が大陸統一を果たしたと」
僕もその情報は得ていた。海にへだてられ正式な国交がないため真実かどうか分からないが、火の精霊王たる不死鳥をとらえることに成功し、その生き血から不死の兵士たちを創り出したとか。死なない軍隊が他の部族を圧倒し、短期間に火大陸統一を果たしたという。
「火大陸の王となった部族長が、我々が暮らす水の大陸をもねらっているという話です」
「ご説明、感謝いたします」
アンドレアは礼を言って下がった。
だがまだ僕は、謁見の間を去るつもりはない。話題を変えよう。
「父上、なぜアカデミーの地下にいるはずの魔物を、我々がつかまえられたかお分かりですか」
「その点についてはオレリアンの従者から報告を受けておる。アカデミーが入っている建物は古いから、床が抜けたそうだな。それで客人たちが地下へ落ちてしまったと」
兄上め、虚偽の報告をしたな。
「オレリアンにあの屋敷を相続させたのはわしじゃ。責任を持って改築工事をさせよう」
屋敷のリフォームに話をすり替えられてはたまらない。
「父上。僕がレモネッラ・アルバ公爵令嬢から聞いた話とは異なりますね。彼女たちは落とし穴のような機構によって地下に落とされ、そこには人を食らう三体の魔物が待ち構えていたと」
父に口をはさませず、僕は矢継ぎ早に話した。
「レモネッラ嬢たちはその魔物を倒して応接間に戻ってきた。すると今度は兄上が亜空間を作り出す禁術を使い、彼らとそのスキュラを閉じ込めたそうです」
「エドモン」
父が苦い顔で僕の名を呼んだ。
「お前は朕に、息子の言葉を疑えと申すのか?」
「父上、私もあなたの息子ですよ」
間髪入れずに答えてやった。
「だがエドモン、お前はその目で見たわけではなかろう」
確かにその通りだ。だが僕は反論した。
「ですが父上。我々が部屋に入ったとき、兄上は聖剣の騎士アルジェント卿に剣をつきつけていたそうです。ここにいる師団長が見ております」
師団長に視線を向けると、彼はしっかりとうなずいた。
「はい、この目でしかと拝見いたしました」
父は疲れた表情でため息をつき、
「聖剣の騎士から息子に対して、何か無礼があったのではないか? 竜人族は気性の荒い種族だと聞く」
「父上、お言葉ですがアルジェント卿は、そんな人物では――」
僕はうっかり感情的になってしまった。ジュキエーレちゃんの落ち着いた優しい声色と、真摯にこちらを見つめる濃いエメラルドの瞳を思い出したからだ。
「エドモン。お前は兄を疑い、会ったばかりの少数民族の男を信用するのか?」
まあ、アルジェント卿を知らない父に言わせれば、そんなものだよな。
だが僕は、人を見る目はあるつもりだ。女の子扱いされて戸惑いを隠せず、皇子である僕に取り入ることも考えずに、感情が顔に出てしまう素直な少年――。僕を拒絶するときさえ傷付けないように気を遣って、言葉を選んでくれるあの優しさ。婚約者であるレモネッラ嬢と手をつないで話しているときの、心底幸せそうな屈託のない笑顔。
ああ、僕の美しいアルジェント卿。君の言葉を疑うなんて、できるはずない。
「朕は兄弟喧嘩を望んではおらん」
父の荘重な声が、謁見の間に響いた。
「お前には兄を助けてやって欲しいのだ」
僕だって兄上があの怪しいアカデミーに関わるまでは、そのつもりだった。
「エドモン、お前は聡いから古代の歴史についてもよく知っておろう。古代王朝には後継者争いで滅びた国も多い。だから我が帝国では必ず、帝位は長男に継がせる。それが帝国の平和を維持する第一だ。第一皇子に才がなければ、周囲に優秀な者を配置するのだ。現に朕は、宰相に支えられておる」
父上は――自分が皇帝の器でないと理解していらっしゃったのか……。僕はこうべをたれたまま、父の言葉を聞いていた。
「賢いお前に、朕はその役目を望んでおる」
─ * ─
証拠を見せても動かない皇帝。次話『皇帝を動かす方法はあるのか?』次の作戦が明らかに!
翌朝、僕はアンドレア・セラフィーニ師匠と魔法騎士団の師団長、それから数名の騎士たちと共に皇城内の謁見の間を訪れていた。皇帝である我が父に、昨日のことを報告するためだ。
「父上、まずはこちらをご覧ください」
壇上の玉座に腰かけた父に、僕は願い出た。師団長に目配せすると、彼が配下の騎士たちに小声で何かを命じた。
騎士たちが運んできたのは亜空間収納機能が付いた箱。えんじ色の絨毯の上で、凍ったままの六狗女怪を取り出す。本来、女の下半身には六頭の獣が生えているはずだが、その大半がすでに首を落とされている。
父はそれを一目見て、顔を曇らせた。
「スキュラ――か。どこに出た? 瘴気の森か?」
「いいえ。帝都です」
僕は短く答える。
「は?」
皇帝という立場に似つかわしくない、呆けた声を出す父に、
「魔石救世アカデミーで飼われていたのです」
僕は事実を告げた。
一瞬の間があった。だが父は重々しく口をひらく。
「魔石救世アカデミーの地下は魔石の研究施設だと聞いておる。スキュラの飼育も研究の一環だろう」
反論しようとした僕をさえぎり、
「行き過ぎた危険な研究をしないよう、第一皇子に理事として管理させている。あれは、ゆくゆくは武器として活用できるかもしれぬと申しておった」
その兄上が、まったく信用ならないのだがな。しかし不用意に兄を批判すれば、父から次期帝位をねらう危険分子だと判断されてしまう。
なんせ兄上がおかしくなったのは、ごく最近のことなのだ。それまではずっと物静かでおとなしいだけの男だった。確かに皇帝の器ではないが、それは現皇帝たる父上とて似たようなもの。周りがしっかりと支えてやれば問題ないはずだった。
僕が考えをめぐらせていると、
「陛下、発言をお許し願えるでしょうか」
進み出たのはアンドレア・セラフィーニだった。
「許可しよう」
「ありがとうございます。平和な帝国に魔物の兵器利用が必要なのですか?」
「うむ。帝国内は平和だが、南の海を越えた先にある火大陸では、ひとつの部族が急激に力をつけていると、とらえた海賊から証言があったそうだ。そうだな、宰相?」
父はかたわらに立つ宰相に首を向けた。
「おっしゃる通りです、陛下。火大陸は長いあいだ戦乱に明け暮れていましたが、ある部族の首領が大陸統一を果たしたと」
僕もその情報は得ていた。海にへだてられ正式な国交がないため真実かどうか分からないが、火の精霊王たる不死鳥をとらえることに成功し、その生き血から不死の兵士たちを創り出したとか。死なない軍隊が他の部族を圧倒し、短期間に火大陸統一を果たしたという。
「火大陸の王となった部族長が、我々が暮らす水の大陸をもねらっているという話です」
「ご説明、感謝いたします」
アンドレアは礼を言って下がった。
だがまだ僕は、謁見の間を去るつもりはない。話題を変えよう。
「父上、なぜアカデミーの地下にいるはずの魔物を、我々がつかまえられたかお分かりですか」
「その点についてはオレリアンの従者から報告を受けておる。アカデミーが入っている建物は古いから、床が抜けたそうだな。それで客人たちが地下へ落ちてしまったと」
兄上め、虚偽の報告をしたな。
「オレリアンにあの屋敷を相続させたのはわしじゃ。責任を持って改築工事をさせよう」
屋敷のリフォームに話をすり替えられてはたまらない。
「父上。僕がレモネッラ・アルバ公爵令嬢から聞いた話とは異なりますね。彼女たちは落とし穴のような機構によって地下に落とされ、そこには人を食らう三体の魔物が待ち構えていたと」
父に口をはさませず、僕は矢継ぎ早に話した。
「レモネッラ嬢たちはその魔物を倒して応接間に戻ってきた。すると今度は兄上が亜空間を作り出す禁術を使い、彼らとそのスキュラを閉じ込めたそうです」
「エドモン」
父が苦い顔で僕の名を呼んだ。
「お前は朕に、息子の言葉を疑えと申すのか?」
「父上、私もあなたの息子ですよ」
間髪入れずに答えてやった。
「だがエドモン、お前はその目で見たわけではなかろう」
確かにその通りだ。だが僕は反論した。
「ですが父上。我々が部屋に入ったとき、兄上は聖剣の騎士アルジェント卿に剣をつきつけていたそうです。ここにいる師団長が見ております」
師団長に視線を向けると、彼はしっかりとうなずいた。
「はい、この目でしかと拝見いたしました」
父は疲れた表情でため息をつき、
「聖剣の騎士から息子に対して、何か無礼があったのではないか? 竜人族は気性の荒い種族だと聞く」
「父上、お言葉ですがアルジェント卿は、そんな人物では――」
僕はうっかり感情的になってしまった。ジュキエーレちゃんの落ち着いた優しい声色と、真摯にこちらを見つめる濃いエメラルドの瞳を思い出したからだ。
「エドモン。お前は兄を疑い、会ったばかりの少数民族の男を信用するのか?」
まあ、アルジェント卿を知らない父に言わせれば、そんなものだよな。
だが僕は、人を見る目はあるつもりだ。女の子扱いされて戸惑いを隠せず、皇子である僕に取り入ることも考えずに、感情が顔に出てしまう素直な少年――。僕を拒絶するときさえ傷付けないように気を遣って、言葉を選んでくれるあの優しさ。婚約者であるレモネッラ嬢と手をつないで話しているときの、心底幸せそうな屈託のない笑顔。
ああ、僕の美しいアルジェント卿。君の言葉を疑うなんて、できるはずない。
「朕は兄弟喧嘩を望んではおらん」
父の荘重な声が、謁見の間に響いた。
「お前には兄を助けてやって欲しいのだ」
僕だって兄上があの怪しいアカデミーに関わるまでは、そのつもりだった。
「エドモン、お前は聡いから古代の歴史についてもよく知っておろう。古代王朝には後継者争いで滅びた国も多い。だから我が帝国では必ず、帝位は長男に継がせる。それが帝国の平和を維持する第一だ。第一皇子に才がなければ、周囲に優秀な者を配置するのだ。現に朕は、宰相に支えられておる」
父上は――自分が皇帝の器でないと理解していらっしゃったのか……。僕はこうべをたれたまま、父の言葉を聞いていた。
「賢いお前に、朕はその役目を望んでおる」
─ * ─
証拠を見せても動かない皇帝。次話『皇帝を動かす方法はあるのか?』次の作戦が明らかに!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,314
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる